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第1回:トイレの行列と灰の散らばる喫煙所が暴く、JRの「人間不在」な業務設計

システムエラーで全てのサービスが停止し「無限の待機」と表示された電光掲示板の前で、長蛇の列を作って並ぶ多くの人々。


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【結論】

綺麗でスタイリッシュな外観の裏で、新大阪駅では男子トイレに長蛇の列ができ、喫煙所は灰にまみれ、関空の案内板は初期化すらされない。これらはすべて、インフラや都市計画から「全体を俯瞰する知性」と「フェールセーフ(安全側に倒れる思想)」が失われ、現場の人間をベルトコンベアの荷物のように扱う「人間不在の設計」がもたらした必然の惨状である。

【ポイント3選】

  • JRの自己満足と欠陥灰皿: トイレの数を減らして行列を作り、「万が一モーターが止まったら」を考えない欠陥灰皿を設置するJRのフェールセーフなき業務設計。
  • 関空の狂ったUI: 「トイレの地図がトイレの前にしかない」「前の客の画面が放置される」という、スーパーファミコン以下の思考力で作られたインフラの崩壊。
  • マンションが街を殺す: 札幌の地下街が「人間を守る」ためにあるのに対し、神戸のど真ん中をマンションの「城壁」で囲い、人間を排除して街を廃墟化させる日本の狂った都市計画。
設計者の独りよがりな計画から始まり、フェールセーフの欠如を経て、新大阪駅、関空、都市計画の具体的な崩壊事象へと至り、最終的に社会の劣化を招くプロセスを示すフローチャート。
ピラミッド状の巨大な構造物の上から巨大な赤い矢印が突き刺さり、下の層にいる利用者を押しつぶしている様子と、「権力の暴走と人間不在のインフラ」という見出しおよび3項目の問題点が記された図。

極力、JRとは距離を置きたい。 新幹線に乗らざるを得ない時でも、せいぜい東は一関市、西は……いや、もう西へ向かうJRには1秒たりとも乗りたくない。私が飛行機移動に固執し、自作のスクリプトまで組んで最安値の航空券を這いずり回って探す理由は、単なる交通費の節約ではない。

現在のJR東海、そしてJR西日本の駅構内に蔓延する「能力の低さ」と「人間不在の業務設計」を目の当たりにして、強烈な目眩とイライラを覚えるからだ。奴らは「よかれ」と思ってやっている。そこが一番タチが悪い。

JRの「自己満足」が作り出す駅構内の地獄絵図

新大阪駅の便所問題:スタイリッシュな外観と「漏れそうな男たちの長蛇の列」

最近、新大阪駅を利用した人間なら誰もが気づいている異様な光景がある。 巨大なターミナル駅であるにも関わらず、改札内のコンコースには土産物屋ばかりが増殖し、肝心のトイレの数が激減しているのだ。

JRの言い分はこうだろう。「スタイリッシュで新しく、清潔で匂いの少ないトイレに改修しました」。確かに見た目は綺麗になった。だが、その代償として個室の絶対数を減らした結果、何が起きているか。男子トイレから、個室の空きを待つ男たちの長蛇の列が外の通路にまで溢れ出しているのだ。

女性トイレに行列ができるのは構造上まだ理解できる。だが、男子トイレで行列ができるなど異常事態だ。「改革しました」と胸を張って、結果的に客に行列を作らせている。これを自己満足と言わずして何と言うのか。改革をして人が不便になっているなら、それはただの「改悪」である。定量的評価も総合的な調整もできない、まるで「税制改革をして税務署の職員が増えた」と喜んでいる自民党の愚かさと全く同じ構造だ。

新大阪駅のトイレ改修における、運営側の利益・外観優先が利用者の利便性低下を招いているという批判的な分析を示した図。

灰を捨てられない「蜂の巣みたいな鉄の筒」:フェールセーフなき業務設計の末路

喫煙所にある水を使わない自動消火式の灰皿と、それについて話しているパジャマ姿の菅野完の映像。

怒りはトイレだけではない。巨大な新大阪駅にたった1箇所(あるいは極端に少ない)しか用意されていない喫煙所。そこに置かれている「灰皿」の狂気について語らねばならない。

品川駅もそうだが、JR東海が設置しているあの「蜂の巣みたいに穴だけが開いた鉄の筒」。あれはタバコを吸ったことのない人間が設計した欠陥品だ。吸い殻は斜面を転がって穴に落ちるが、「灰」が捨てられない。 灰皿の定義とは「灰が捨てられる皿」であるはずなのに、ただの筒を置いている。結果、周辺の床は落ちた灰で汚れきり、清掃員の負担を無駄に増やしている。

なぜあんなアホなものを置くのか。理由は「自動消火のギミック」だ。筒の下にベルトコンベアとセンサーが仕込まれ、落ちてきた吸い殻を検知して水で潰すという、無駄に高度な仕組みが詰まっているらしい。

ここで業務設計のプロなら一発で気づくはずだ。「そのモーターが故障したらどうなるのか?」と。テクノロジーとしては立派かもしれないが、そこには「安全側に倒れる(フェールセーフ)」という思想が完全に欠如している。万が一、稼働部が止まればどうなるか。例外が起きた時に、自動的に安全な状態へ移行し、そこからゆっくり業務を再開させるのが「業務設計」の基本中の基本だ。JRのシステムには「倒れようがない」のだ。

だいたい、我々喫煙者はタバコ税という目的税を通じて、国鉄清算事業団の借金を肩代わりして払ってやっている立場だ。本来なら「先輩が偉い借金作ってすんません。皆様のおかげで返せてます。どうぞ吸ってください」と灰皿を差し出すべきだろう。喫煙者を虐げた挙句、欠陥灰皿で現場を汚す。何も考えとらへんのだ。

過剰な自動化がモーター故障時の安全対策の欠如を招き、現場業務の破綻に至るという設計思想の欠陥を、3つのステップで示した図解。

関空の惨状とUIの崩壊:ギミックに溺れて「客の導線」を忘れた愚かさ

30年ぶりの関空で見た「広島空港・石垣空港以下の小ささと不潔さ」

極力JRを避けるため、自作スクリプトで航空券を取った結果、30年ぶりに利用することになった関西国際空港(LCCターミナル)。そこで待っていたのも、やはり「人間」を蔑ろにする空間だった。

千歳空港のスケール感や清潔さを知る人間からすれば、絶句するほかない。広島空港や石垣空港以下の貧相なターミナル。清掃も行き届いておらず、ただただ不潔だ。程度の低い人間が住む場所で、程度の低い運営がなされれば、インフラはここまで堕落する。

案内板の崩壊:「トイレの地図がトイレの前」という狂気

その関空で極めつけにイラついたのが、施設の「案内設計」と電子掲示板のUIだ。 到着ロビーに出た瞬間の総合案内を見逃すとどうなるか。レストランの地図はレストランの前にしかなく、トイレの地図はトイレの前にしか存在しない。 トイレを探しているのに、トイレの前に行かないと地図が見られないのだ。全体像を提示せず、機能ごとに地図を切り刻む狂った設計である。

さらに、1階にある電子掲示板(案内マップ)で「3階」を探そうとタッチパネルを操作する。問題は、その客が立ち去った後だ。次に別の客が1階の案内板の前に立った時、画面は「3階の地図」が拡大されたまま放置されているのだ。

客がいなくなれば、初期画面(現在地の1階)にリセットされるのが当たり前だろう。そんな基本的なユーザー導線も設計できないくせに、画面が「ダダダッ」と無駄に拡大するギミックだけはいっちょ前に盛り込んでいる。

関西国際空港の導線設計の崩壊をテーマに、施設案内や電子掲示板の課題を箇条書きで示し、右側に各施設間をつなぐ線上にバツ印が記された格子状の図を配置したインフォグラフィック。

昔のローソンの「ロッピー」を思い出してほしい。あれの中身はスーパーファミコンだった。あの程度の処理能力で、人間にとって十分すぎるソリューションを提供していたのだ。今や無駄に豪華なOSを積みながら、客をイライラさせることしかできない。銀行のATMで200円の手数料を引かれた直後に、「からあげクン20円引きのお得な情報です!」と画面に表示される狂気と同じだ。180円損しとるやないか、と。誰も客の「体験」や「導線」を全体視していない。

マンションが殺す街、人間を排除する都市計画

廃墟と化す神戸、そして「城壁」に囲まれる日本の異常性

この「人間不在の設計」は、インフラやUIにとどまらず、日本の「都市計画」そのものを蝕んでいる。

夜8時。食事のために神戸の北野からハンター坂、そして東門街を歩いて背筋が凍った。西部警察のロケ地かと思うほど、誰も歩いていない。完全な廃墟だ。多くの人間は「阪神淡路大震災のせいだ」と言う。嘘をつけ。震災から3、4年後の東門は、肩がぶつかるほど人で溢れ返っていた。

街が死んだ理由はたった一つ。街のど真ん中にマンションを乱立させたからだ。東門の入り口(山手幹線沿い)に高層マンションが建った。これは神戸だけの話ではない。京都の人間がせっかく守ってきた「日ノ字」のど真ん中や、東京の東銀座にまでマンションを建てて喜んでいるのは、世界中で日本だけだ。

ヨーロッパの都市を見れば一目瞭然だ。高層の集合住宅は必ず郊外(空港の周辺など)にある。そこから田園地帯を抜け、都心に向かう。日本の都市は、都心部を「城壁のように」マンションで囲い込み、息の根を止めている。街を歩く楽しさを根こそぎ奪っているのだ。

都市計画による弊害を批判する図解であり、中心部の空洞(デッドゾーン)を囲むように高層マンションが連なり、外側から都市空間を圧迫する様子が描かれています。

人間をベルトコンベアに乗せるな:札幌と大阪の「地下街思想」の差

「運営と利用者の構造的な対立」という見出しの下に、利益を優先する運営側と体験が損なわれる利用者側の方向性が正反対に乖離していく様子を、2つの矢印と折れ線グラフで示した図解。

都市の主役は誰か。「歩く人間」である。 札幌の地下街がなぜあんなに賑わい、歩いていて楽しいのか。それは「雪や寒さから人間を守るため」という、人間中心の強烈な思想が根底にあるからだ。

ひるがえって大阪・梅田の地下街はどうだ。あれは「地上は車が通るから、人間は邪魔だ。地下に潜っとけ」という思想で作られている。だからただの移動通路であり、歩いていて何の喜びもない。ヨドバシカメラ側に向かう通路など、人間をベルトコンベアに乗せて運んでいるだけだ。(唯一、人間中心に作られている「新梅田食道街」の周辺だけが居心地が良いが)

新大阪駅の便所から、関空の案内板、そして死にゆく街まで。 すべては繋がっている。全体を俯瞰する知性を失い、目先のギミックや利益に飛びついた結果、「そこに生きる人間」を完全に排除した社会の末路である。こんな国で、株高だAIだと浮かれている連中の薄っぺらさには、反吐が出る思いだ。

「システムによる人間の徹底排除」という見出しとともに、利益・テクノロジー・外観の要素が統合されて社会インフラを形成する一方で、そこから人間が排除される様子を描いた図解。
たもっちゃん
たもっちゃん

「新大阪の便所で男が長蛇の列作ってるアホな光景の話したけどな、ホンマに怖いのは目に見えへんところやねん。ネット見て『株高や!AIや!』って浮かれてる連中おるやろ? あいつら、自分が見たい『心地よいニュース』しか見えへんようになっとるんよ。ネットはディスプレイで見てる限り、見たいもんしか見えへんのよな。

せやけどな、同じ日の日経新聞めくっていくとな、投資面のすぐ横の『大機小機』っていうコラムで『高市内閣は議論から逃げるな』ってボロカス書かれてんねん。金儲けのことしか考えてない資本主義の絶対的な強者どもから、『お前政策ないやんけ』って冷笑されてるわけ。ネットの称賛記事しか見てへん支持者は、このリアルな現実に絶対気づかへんのよ。

自分の嫌いな情報、目え背けたい現実が『強制的に』視界に入ってくる。これこそが紙の新聞の最大の価値やし、自分の思い込みを日々排除していくための『大人の嗜み』やと俺は思うんよね。

次回はな、この『見たいものしか見ない病』の恐ろしさと、紙の新聞が持つノイズの重要性についてちょっと話させてもらうわ。まあ、雨降ったら地面濡れるぐらい当たり前の話やねんけどな。 よかったら、次も付き合ってや。」

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