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【第2回】兵庫県の借金が増え続ける原因:斎藤元彦知事の「圧倒的な怠惰」を証明する証拠

現代の政治の肖像と題し、自我的な尺度で測る政治家と、報告書が積まれ統治の重機が地割れと財政破綻の危機を招く様子を対比的に描いた風刺的なイラスト。

5/20(水)朝刊チェック|斎藤元彦兵庫県政で兵庫県の借金が増え続ける原因が明確に理解できるとある証拠について

【結論】

兵庫県の借金が増え続ける真因は、過去のツケや予算配分の問題ではなく、トップである斎藤元彦知事の自己目的化と「圧倒的な怠惰」にある。地域貢献者を大道具にする権力の狂気、自らの下劣さを「自己評価」で揉み消す公益通報の圧殺、そしてミスを修正するPDCAを一切回さず無駄な「スベった天丼」を重ねるマネジメントの完全な崩壊が、巨大組織を底なしの財政赤字へと引きずり込んでいる。

【ポイント3選】

  • 権力の私物化と狂気: 叙勲受賞者をフレームアウトさせ、自分だけが主役として写る『兵庫ジャーナル』の異様な自己目的化。
  • 「自己評価」という名の喜劇: 3号通報を「自分が上品だったか」という身内の狂った定規で握りつぶす、公益通報者保護法の根本的破壊。
  • PDCAなき「DD」の暴力: 2年前の告発を読みもせずカメラの前で「天丼」して実証する怠惰が、無駄な投資を重ねさせ財政を殺す。

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たもっちゃん
たもっちゃん

「ちょっと待ってくださいね。今からこの兵庫県政のドタバタ劇、斎藤元彦という男の統治機構の崩壊について詳しくお話ししていくわけですけどね……。

もしかしてあなた、第1回の『歴史と大衆の主体性』の話を読まんと、いきなりこの第2回に飛び込んできてはるんと違いますか?

あぁ、やっぱりそうですか。まあね、ニュースで話題のハラスメントだの、3号通報の揉み消しだの、県の借金の話だの、そういう『目先の刺激的なファクト』が気になる気持ちはね、痛いほどよく分かるんですよ。

でもね、ちょっと呆れるのを通り越して、親切にアドバイスさせてもらうとね、物事の根っこにある『因果関係』を知らんと表面のニュースだけをデータベースに登録していっても、人間、本当の意味での論理的思考力は身につかないものなんですね。

なんで兵庫県政がこんな異様なことになってしもたのか。おかしいことにおかしいと言えんような、牙を抜かれた大衆の集まりになってしもたのか。

その本当の真因はね、明治政府が日本のカオスな多義性を強引に圧殺して、お上の都合のいい綺麗事のデータベースに社会を押し込もうとした欺瞞と、それに『なあなあ』で従うてきた私たちの歴史の不徹底さに、見地として地続きで繋がっとるんです。歴史のツケがね、そのまま斎藤元彦というトップの『圧倒的な怠惰』として遺伝しとるわけですよ。

急がば回れ、と言いますでしょう?

もしお時間があるならね、まずは第1回のコラムに戻って、徳川家康の徹底性と無血開城の欺瞞、あるいは新潟の神社数日本一の裏にある富の抵抗といった、人間が思考するための真の『定規』を、頭のインフラとして整えてからここに戻ってきてほしいんです。その方がね、この後にお話しする『難波文男株式会社の喜劇』も『スベった天丼の悲劇』も、骨の髄まで深く、面白いくらいに構造が理解できるようになりますから。

お上から流されるナラティブ(物語)に洗脳されず、みずからの精神を防御するためにもね、ちょっとだけ寄り道して、第1回から順番にお付き合いしてみませんか」

主役を奪う知事と手しか映らない受賞者――『兵庫ジャーナル』にみる権力の狂気

組織のトップが完全に自己目的化し、自らの権力を誇示するためだけの記号と化したとき、その統治機構は内側から確実に腐り始める。その決定的な証拠が、兵庫県の県職員向け広報紙『兵庫ジャーナル』の紙面に、これ以上ないほど生々しい形で晒されていた。

毎年春と秋、地方の交通安全に長年貢献してきた近所のおじいさんや、緑のおばちゃん、あるいは新しいネギの品種改良に人生を捧げてきた地元の研究者といった、真に地域を支える功労者たちに「勲章」が手渡される叙勲・褒章の伝達式が行われる。この式典の本質的な主役は、知事などでは断じてない。長年の労をねぎらわれるべき、その地域貢献者たちそのものであるはずだ。周囲でプロテストをかける人間たちに対し、世の「分かったような顔をした批評家ども」は、「主役は緑のおばちゃんなんだから、そこで抗議するのは下品だ」などとお綺麗な正論をのたまっていたが、そんな生温い擁護は兵庫県政の狂気の前には一瞬で吹き飛ぶ。

実際にその様子を伝える『兵庫ジャーナル』の写真を凝視してみるがいい。そこに写っていたのは、満面の笑みでスポットライトを浴びる斎藤元彦知事の姿と、その傍らで、顔も体も完全にフレームアウトさせられ、文字通り「手しか映っていない」受賞者の無残な姿だった。

普通の自治体の広報であれば、受賞者全員の晴れがましい集合写真を載せるか、せめて夫婦揃って正装し、芝生の上で並ぶ姿を温かく切り取るのが当たり前の作法だ。しかし、この空間では違う。まるで柄本明と志村けんの芸者コントを見せられているかのような異様な非対称性のなかで、せっかく留袖を着てきた地域貢献者たちは、お茶を挽かされた挙げ句、知事の自己顕示欲を引き立てるための「生きた大道具」として泥々にされている。

知事の動向を伝える職員向け新聞やから知事が映るのは当然?アホ抜け。それなら挨拶してるところを普通に引きで撮ればええだけの話やないか。わざわざ相手の顔を完全にすっ飛ばして、「手」だけを画面に残して自分が主役ですってアピールするその構図。これ、何をしてるか分かるか。狂ってんねん。この異様な自己目的化の瘴気こそが、プロテストの対象として100%大正解やと言い切れる決定的な証拠なんや。

おかしなことに誰も「おかしい」と言えなくなり、異常な光景が日常の風景としてデータベースに登録されていく。この狂気に対する慣れこそが、最も深い組織の病理である。

「称えられてる功労者の顔をドブに捨てて、自分1人が天下を取ったようなツラして写るトップ。こんなもん広報やない、ただの権力の私物化や!」

3号通報の揉み消しに見る「自己評価」という名の喜劇

この「自己目的化」という病理は、組織の自浄作用を担保するための最後の砦である「公益通報制度(3号通報)」をめぐる対応において、完全に論理的な破綻をきたした。メディアやジャーナリストに内部告発の文書を配る3号通報に対し、本来通報された側である県幹部や知事自身が「この通報は事実無根だ」「悪質な噂話だ」などと自分で定規を持って判断すること自体、公益通報者保護法の根本的な趣旨を真っ向から圧殺する違法不当な暴挙にほかならない。

なぜ自分で判断してはいけないのか。その不条理劇の滑稽さを、他ならぬ知事の最側近であるはずの県幹部・難波文男氏が自らの言動によって見事に立証してくれた。難波氏は、自身のこれまでの傲慢な振る舞いを告発された際、こともあろうにタイムラインの上で「とはいえ神戸祭りでの私は全体としてかなり上品だった」と言い放ったのだ。

嘘をつけ、と思わずスマホの画面に突っ込みを入れざるを得ない。自分がどれだけ周囲に凄まじいハラスメントの瘴気を振りまいていたとしても、「俺の自己評価では上品だったからセーフ」という理屈が通るなら、この世のすべての裁判も統治機構も1秒で崩壊する。これは「俺がディーン・フジオカよりモテる」と言い張ったり、「現役時代のシルベスター・スタローンよりデカいものを持っている」と自称して回るアホの論理と、構造的に1ミリの狂いもなく同じである。

自分のハラスメントや下劣さを、自分が作った「難波文男株式会社」の内輪の閣議決定で適切でしたと揉み消す。こんな自己評価が第三者に対して何の説得力を持つというんや。だからこそ、3号通報を元彦や片山や井ノ本といった当事者どもが自分で処理して握りつぶしたのは、絶対にやってはならんシステムの破壊行為やったんや。他人の目に晒して、外側の定規で測ってもらうしかない領域を、全部身内の身勝手なロジックで上書きしとるんやからな。

外側の冷徹な「定規」から徹底的に逃げ回り、自らの鼻の下を伸ばしながら都合のいい自己評価だけで組織を運営する。難波文男株式会社の不条理劇は、斎藤元彦というトップが率いる兵庫県政そのもののミニチュア版であった。

「自分が上品やったかどうかなんてな、お前が評価するんやなくて相手さんが決めることや!スタローン気取る前に定規で現実を測り直せボケ!」

PDCAを回さず「スベった天丼」を重ねる圧倒的怠惰が財政を殺す

世の間違った言説は、「斎藤知事は防災予算を削って独自の投資をした」とか「過去の井戸県政の借金のツケが回ってきただけだ」と、言葉の表面だけで財政問題を語ろうとする。だが、借金が増え続ける真因は、そんな小手先の予算配分の話ではない。斎藤元彦というトップの根底にある「圧倒的な怠惰」による、マネジメント機能の完全な停止である。

人間であれ、人間の集合体である組織であれ、ミスを犯すことは避けられない。重要なのは、そのミスを「ホイッスルブロー(公益通報)」によって火急的速やかに検知し、軌道修正するためのPDCAサイクルを回すことだ。しかし、兵庫県政において、このサイクルは完全に破壊された。

2年前の職員アンケートには、生々しい告発が記録されていた。――「イベントで歩いていて知事が急に振り返って止まる。それは今写真を撮れという合図らしい。少しでも対応が遅れると激怒する」。こんな内容を、知事は現在の自身の行動によって、全く同じキモいテニスのポーズをカメラの前で再現することで、自ら「ほんまです」と上書き実証してしまったのである。

普通の組織トップであれば、たとえ心の中で「2年前に俺を嵌めた連中を絶対に復讐して殺したる」と黒い野心を燃やすにせよ、あるいは「一から出直して猛省します」と殊勝な顔をするにせよ、その告発内容を読み込み、少なくとも「同じミスがバレないようにコントロールする」のがマネージャーとしての最低限の勤勉さである。ところが、彼は「見もしない、興味もない」という態度で、職員アンケートという貴重なリスク管理のリストを完全に放置した。

お笑いの技術で言うたらな、1回目に大滑りしたネタを、何も修正せんとそのまま2回目、3回目の「天丼」として重ねてくるようなもんや。しかも稚拙な芸人やなくて、自分が滑ってることすら認知できへん精神構造のまま、滑りが激しければ激しいほど意地になって天丼を重ねてく。do it yourself やない、 do・do・do(ドウ)の暴力や。上本町6丁目の近鉄百貨店のCMで、村上ショージとMr.オクレが「ド、ド、ドン」ってやってたのだってな、そこに圧倒的な笑いの技術があったから成立してたんや。マネージャーがこんな怠惰でPDCAも回さんと暴走してたら、借金が膨らまない方がおかしいやろ。

マネジメント不在に陥った巨大組織は、ブレーキのない重機と同じだ。ミスを軌道修正する仕組み(ホイッスルブロワー)を自ら圧殺し、反省も復讐すらもしない圧倒的な当事者意識の欠落(怠惰)。これこそが、兵庫県の財政を終わりのない底なし沼へと引きずり込んでいる真犯人である。

「滑り倒した天丼を意地になって2度付け、3度付けしてくるトップに組織預けとったら、県の金なんかいくらあったって一瞬で溶けてまうわ!」

たもっちゃん
たもっちゃん

「地方自治体のトップがマネジメントを放棄して、自分の都合のいい自己評価だけで突っ走るとどうなるか。兵庫県政の生々しいケースを見てきましたけどね、本当にため息しか出ない不条理劇ですよね。

でもね、ここで私たちがもう一歩踏み込んで考えなあかんのは、『なんでこんな異常な状態が、今までまかり通って、データベースに日常として登録されてしもたんやろか』という疑問なんです。

組織が腐っていくのを監視して、社会のファクトを伝える役割を担っているはずの存在が、どこかで機能しなくなっとるんと違うか。そう、他ならぬ『メディア・報道』の側の問題なんですね。

実はね、同じ日付の同じ政府発表のデータを手渡されても、それをただ鵜呑みにしてお綺麗な『広報』として垂れ流すだけの新聞と、ちょっと待てよと、次に来る景気減速に備えなアカンぞと冷徹に『報道』する新聞とで、綺麗に二極化しとる現実があるんです。メディアが権力の犬に成り下がっとる現場と、ジャーナリズムの牙を辛うじて残しとる現場の、決定的な分水嶺。これを知るだけでも、新聞の読み方という論理の定規がガラリと変わってきます。

おまけにね、そのメディアのフィルターを並べて読んでいくと、今の中東の砂漠で起きとるサウジとUAEの対立構造と、私たちが暮らす極東の半島や海原で起きとる日韓首脳会談の裏側が、驚くほど不気味な『アメリカ不在』という同じ相似形(ナラティブ)でシンクロしとる事実も見えてくる。

私たちがネットのアルゴリズムという蛸壺に閉じ込められて、お上から流される大本営発表に洗脳されんために、どうやってファクトを一覧し、精神を防御していけばええんか。

普段は政府のポチみたいな新聞が、中東報道の特定の解説欄においてだけは、なぜか民族派の血を滾らせて最高品質の論説を放ってくるっていう、紙の新聞の持つ奇妙な奥深さやスクラップの本当の価値についてもね、次の記事で少し呆れながらも、親切に解説してみようと思ってます。

私たちが情報に踊らされんための『メディアリテラシーの定規』。国策の分岐点を生き抜くためにも、ちょっと次の論考でお付き合いいただけたら嬉しいです」

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