5/14(木)朝刊チェック|自民党がますます「社民党化」している件について
【結論】
世間の「ルパン=大野雄二」という浅はかな認識を一刀両断し、山下毅雄の泥臭い天才性を再評価する。一方で、大野雄二の真の凄みは『犬神家の一族』における狂気的な「1秒」の刻みと、あえて音を鳴らさない「引き算の美学」にある。死の淵にあった筆者を救ったその「極限のロックンロール」と、それを生んだ文化の重みにひれ伏す。
【ポイント3選】
- ルパン第一部の神格化: 神が作ったとしか思えない山竹ルパンの「泥臭さ」と大野サウンドの対比
- 1秒の狂気と羊羹の美学: 『犬神家の一族』の秒針演出と、どこで切っても成立する職人技
- ドーナツの穴と鳴ってない音: 命を救われたうつ病の朝と、譜面にない空白が魅せる極限のロックンロール

涙をこらえて語る、「大野雄二=ルパン」論の浅はかさ
大野雄二が死んだ。昨日からずっと、黙っていると涙が溢れそうになる。喪失感。しかし世間の追悼の声に耳を傾けると、どうにも鼻白む。「大野雄二といえばルパン三世」という思考停止の条件反射。断言する。ルパンといえば山下毅雄(山竹)。これしかない。
「ルパンと言えば大野雄二やと? 浅い。浅すぎる。日本人が作ったテレビアニメの最高傑作は、ルパン第一部の第一話『自動車レース』の回なんや。神の領域。あれだけで80年食っていける代物やねん」

日本アニメ最高傑作・山竹ルパンの「泥臭さ」を知らぬ者たちへ
大野雄二を軽視しているわけではない。だがルパンが真に泥臭く、大人向けで、圧倒的にクールだった時代。不二子を口説き、そして振られるシーンの狂おしいまでの色気。それはすべて山竹サウンドの賜物。口笛。スキャット。背後で不気味に響く正体不明の楽器。誰もが「ルパンがカッコよかった」と回顧するあのルパンには、大野雄二の音は一滴も混じっていない。

子供には早すぎた第一部(1年間)と、路線変更で生まれた大野サウンド
山竹の手がけた第一部は、あまりにも大人向けすぎた。子供が理解できず、視聴率が低迷。テレビアニメとしての敗北。結果としてわずか1年足らずで路線変更。作風もストーリーも、そして音楽も。そこで満を持して投入されたのが、皆がよく知る大野サウンドである。
「今やったらあの大人向けの設定でも全然成立するんやろうけどな。当時の日本テレビは『子供にウケへんやないか!』言うて慌てふためいたんやろな。そらそうや。次元のピストルにも、ルパンのピストルにも、全部シリアルナンバーが書き込まれてるような異常なアニメやねんから」

劇伴職人の天才性。『犬神家の一族』で刻まれた「1秒」の狂気
大野雄二の真の天才性は「ルパン」ではなく『犬神家の一族』にこそ凝縮されている。彼は単なる作曲家ではない。「劇場作曲家」。あるいは「劇伴職人」。
全日本人が誤解している「スケキヨごっこ」と、誰も覚えていないオープニング
我々45歳以上の世代は、小学校のプールの時間に例外なく「犬神家ごっこ」をやった。水面から足を出すあの行為。しかしあれはスケキヨではない。皆がスケキヨだと思い込んでいるが、実は別人の足。それほどまでに強烈なトラウマを残す『犬神家の一族』。だが奇妙なことに、最も重要なオープニングシーンを誰も覚えていない。
「1時間半経った中華のフルコースみたいに、『え、まだ来んの?』ってぐらい次から次へと強烈なシーンが襲ってくるからな。飯食うて、風呂入ってからテレビの前に座るから、最初の肝心なところを全員見逃してんねん」
三國連太郎の死と秒針のリンク、そして坂口良子の芝居(冒頭20分間を20回見ろ)
市川崑と和田夏十の狂気が詰まったオープニング。玄関から廊下、そして死の床にある三國連太郎へとカメラが這う。その間、柱時計の秒針は異様に遅い。周囲の人間が固唾を呑んで見守る中、三國連太郎が息を引き取ったその瞬間。大野雄二の「愛のテーマ」が鳴り響き、秒針のリズムが正確な「1秒」へと回帰する。
「あの完璧な1秒の刻み。あれは『ええ感じで音楽作って』って丸投げされたんちゃう。市川崑と和田夏十と、極限まで打ち合わせした結果や。職人の狂気やで、あんなもん」

「あと坂口良子な。あの布団出すまでの芝居の凄さ。坂口杏里にね、お前のオカンがどんだけ凄かったかって話を、ちょっといっぺん誰か説教せなあかんと思うよ。お前のオカンが『犬神家の一族』の冒頭、布団出すシーンまでの間にやった芝居の凄さ。和田夏十がずっと睨んでる市川崑の現場で、お前のオカンがどんな仕事をしたか。ちょっとお前、俺が解説したるから、俺と一緒に犬神家のDVDの冒頭20分間だけを20回見ろと。もう1場面1場面が芝居なんですよ、ただ歩いてるだけやのに。お前さ、そういうことしてたらあかんぞと。お前のオカンええ仕事しとったのに。お前、被写体側に回ってどうすんねん。お前は(男を)操作する側やろ、言うて説教したるわ」

どこで切っても成立する「羊羹と月餅」の美学
大野雄二の音楽はどこで切っても完璧に成立する。NHKの『小さな旅』のテーマ。そして『犬神家の一族』の愛のテーマ。
「大野雄二の音楽は、羊羹とか月餅みたいなもんや。そのまま食うても絶対うまない。スパーンと切ったその『断面』が綺麗でうまいんや。どこで切れてもええように、最初から計算し尽くされとんねん」
【独白】2013年、死にたかった俺を救った「鳴ってない音」
ルパンと言えば山竹。そう断言する私だが、それでも大野雄二の「ルパン」は特別な存在。2013年、私はうつ病で精神科に入院していた。退院して会社に復帰した後も、心は深く風邪を引いたまま。
毎日恵比寿駅で飛び込もうとしていた朝の「ギャン泣き」
毎朝、恵比寿駅のホームで電車に飛び込もうと考えていた。生きていくのが辛かった。そんな時、同僚から渡された大野雄二のビッグバンド版ルパン三世のライブDVD。それを通勤前に聴くと、理由もわからず涙が止まらなくなった。
「ギャン泣きすんねん。かっこよすぎて泣けてくんねん。泣きじゃくって、それでちょっとだけマシになって、また会社に向かえるんや。俺、大野雄二に命救われてんねん。鳴ってほしい音が、全部そこにあるんや」
ドーナツの穴が美味いように。極限のロックンロールと「大野屋の実家の太さ」
大野雄二の凄み。それは全てを完璧に配置しながら、あえて「鳴らさない音」を作ること。
「サーターアンダギーやのうて、ドーナツはあの『穴』が美味いねん。空白にこそ旨味が詰まっとんのや。大野雄二も一緒や。譜面に載ってない、鳴ってない音が死ぬほどかっこええ。その空白こそが極限のロックンロールなんや」

この洗練された引き算の美学。都会的なセンス。それは彼が熱海の超高級旅館「大野屋」の息子であるという、圧倒的な「実家の太さ」と無縁ではない。本物の文化と才能は、泥臭いまでの執念と、それを支える資本の余裕から生まれる。大野雄二という天才の喪失に、私はただひれ伏すしかない。

【検証用ソース】事象の裏付け
- 00:13 涙をこらえて語る、「大野雄二=ルパン」論の浅はかさ
- 02:24 日本アニメ最高傑作・山竹ルパンの「泥臭さ」を知らぬ者たちへ
- 06:59 子供には早すぎた第一部と、路線変更で生まれた大野サウンド
- 14:54 劇伴職人の天才性。『犬神家の一族』で刻まれた「1秒」の狂気
- 17:05 全日本人が誤解している「スケキヨごっこ」と、誰も覚えていないオープニング
- 25:12 三國連太郎の死と秒針のリンク、そして坂口良子の芝居
- 40:28 どこで切っても成立する「羊羹と月餅」の美学
- 33:08 【独白】2013年、死にたかった俺を救った「鳴ってない音」
- 35:38 毎日恵比寿駅で飛び込もうとしていた朝の「ギャン泣き」
- 47:19 ドーナツの穴が美味いように。極限のロックンロールと「大野屋の実家の太さ」

連載第一回、どうやった?大野雄二さんが死んで、俺も昨日からずっと泣くのをこらえとるんですわ 。世間じゃ「ルパンと言えば大野雄二」なんて薄っぺらい追悼ばっかりやけど、本物のルパンのカッコよさを知る人間からすれば、山竹(山下毅雄)の時代を抜きには語れんのですよ 。
でもね、大野さんが天才なのは間違いない 。あの『犬神家の一族』の秒針の刻み一つとっても、市川崑と和田夏十の夫婦と極限まで打ち合わせして、譜面に乗ってない「鳴ってない音」まで計算し尽くした職人の狂気。それが、2013年に死にたかった俺の命を救ってくれたんです 。
ただな、そんな「本物の文化」を育てるには、世の中がちゃんと豊かじゃないとあかんわけ 。
で、次の記事。
今度は、今の兵庫県で起きとる「狂気」の話をしますわ。
大野雄二さんのような天才劇伴職人が命を削って「本物」を作っとる一方で、兵庫のトップが記者会見で何て言うたか知っとる?「マイナスイオンを感じさせていただいて」やて 。2026年にもなって、40年前の疑似科学を公務の場で真顔で語る知性。これが数兆円の予算を動かしとる恐怖。わかります? 。
さらにその足元では、ヘイトを垂れ流す連中が「スタンド使いはスタンド使いと惹かれ合う」みたいに集まってきとる 。
大野さんの「鳴ってない音」の美学の対極にある、この薄っぺらでグロテスクな権力の正体。
ちょっとね、次の話は頭痛くなるかもしれんけど、これが今の日本の、俺たちの足元の現実なんです。また付き合ってください。
ほな、次はもっとエグいところへ踏み込みますわ。




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