『15年戦争小史』を読む 第4回 最終回 真珠湾、ミッドウェー、サイパン、本土空襲、沖縄、広島、長崎、そして8月15日『 - 菅野完 朝刊チェック 文字起こし
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『15年戦争小史』を読む 第4回 最終回 真珠湾、ミッドウェー、サイパン、本土空襲、沖縄、広島、長崎、そして8月15日『

十五年戦争
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序論:『十五年戦争小史』とは

江口圭一著『十五年戦争小史』は、1931年9月の満州事変勃発から1945年8月の敗戦までを一連の「十五年戦争」として捉え、その原因、経過、帰結を体系的に描き出した画期的な通史である。本書は、大学の講義録を元に平明かつコンパクトにまとめられており、専門家でない読者にも戦争の全体像を理解させることを主眼としている。特に、日本の戦争指導部の一貫した無謀さ、無責任さ、そして戦争そのものの「愚かさ」を、具体的な史実に基づいて浮き彫りにしている点に特徴がある。

東京大学の加藤陽子教授は、本書が年表、地図、制度説明、組織、人事といった「5点セット」を周到に配置し、読者が歴史の因果関係を深く理解できるよう配慮された、講義用テキストとしても極めて優れた一冊であると評価している。

第1部:十五年戦争の全体像と本質

戦争の三段階区分と拡大のプロセス

江口圭一は、十五年戦争を以下の三つの段階に区分している。

  1. 満州事変(1931年〜):関東軍の謀略(柳条湖事件)に端を発し、中国東北部を占領。
  2. 日中戦争(1937年〜):満州での権益を守るため、戦線を中国全土へと拡大。
  3. アジア太平洋戦争(1941年〜):日中戦争の長期化による資源不足を補うため、東南アジアの資源地帯を狙い、米英蘭との全面戦争に突入。

このプロセスは、目先の利益を守るために次のより大きな戦争へと突き進み、自ら泥沼にはまっていくという、日本の指導部の戦略的展望の欠如を象徴している。

分析視角:「二面的帝国主義」

江口は、戦前期日本の特質を「二面的帝国主義」という概念で説明した。これは、当時の日本が持つ構造的な矛盾を指す。

  • 経済面:イギリスやアメリカに依存している。
  • 軍事面:イギリスやアメリカに対抗しようとする。

この矛盾から、国内では二つの対外政策路線が激しく対立した。

路線担い手政策
対米英協調路線天皇・元老を擁する宮中グループ、民政党、財界主流などヴェルサイユ・ワシントン体制という既存の国際秩序の中で国益を追求する。
アジア・モンロー主義的路線軍部、民間右翼、政友会など既存の国際秩序を打破し、アジアにおける日本の主導権を武力で確立しようとする。

十五年戦争は、「アジア・モンロー主義的路線」を掲げる勢力がクーデターや謀略といった実力行使を内外で連動させ、協調路線を打倒していく過程そのものであった。

戦争の帰結:揺るぎない「愚かさ」の証明

十五年戦争は、あらゆる側面から見て日本にとって破滅的かつ「愚かな戦争」であった。

  1. 領土の喪失:戦争開始前(1931年9月)と終戦後(1945年8月)を比較すると、多大な犠牲を払ったにもかかわらず、日露戦争で獲得した南樺太、遼東半島(旅順・大連)、朝鮮半島、台湾、千島列島といった領土をすべて失い、結果的に版図は縮小した。
  2. 外交的失敗:戦争の引き金となったハル・ノートが要求する内容よりも、最終的に受け入れたポツダム宣言の要求内容の方が、日本にとって遥かに厳しいものであった。
  3. 目的の倒錯:中国大陸での権益を守るための戦争が、最終的にその権益すべてを失う結果を招いた。

第2部:各段階の展開と実態

開戦計画の致命的欠陥

アジア太平洋戦争の開戦計画は、当初から致命的な欠陥を抱えていた。

「驚くべきことに戦争終結への明確な見通しのないまま…アメリカだけでも41年当時日本の約12倍に達するGNPを誇る超大国を相手とする大戦争の計画が立てられ、そのあやふやな計画に依拠して聖断が決定されたのであった。それはまさに無謀な聖断であり、開戦であった」

特に海軍軍令部総長・長野修身の見通しは、指導部の無責任さを象徴している。

「ただ米英連合軍の弱点は英国にありと考えられる。すなわち海上交通を断たれれば英が衰弱し継戦困難となるべし。英を餓死せしめて屈服せしむること最も捷径なり。これに先立ちドイツの英本土上陸成功すればさらに有利なり。英を屈服の余儀なきに至らしめ、一蓮托生たる米を圧することの着意とすべきなり」

この計画は、明確な勝利戦略を持たず、ドイツの勝利という「人頼み」の他力本願な願望に依存するものであった。

「大東亜共栄圏」の虚構と占領地の実態

開戦後、東條英機首相は国会で「大東亜共栄圏」の理念を掲げ、アジアを欧米の植民地支配から解放するための戦いであると演説した。しかし、これは実態を覆い隠すための「美辞麗句」に過ぎなかった。

開戦前に決定されていた「南方占領地行政実施要綱」では、占領の主目的が「重要国防資源の早急獲得及び作戦軍の自活確保」にあると明記されており、現地住民には「重圧はこれを忍ばしめ」、独立運動は「仮装に誘発せしむることを得ざるものとす」と、解放とは真逆の方針が定められていた。

その結果、占領地では凄惨な収奪と虐待が繰り広げられた。

これらの残虐行為が行われている裏で、日本では「大東亜会議」が開催され、共存共栄の理念が喧伝されていた。

泥沼化する中国戦線と国内のファシズム体制

太平洋で戦線が拡大する一方、中国大陸ではより残虐な作戦が展開されていた。

  • 三光作戦:共産党ゲリラの根拠地に対し、日本軍は「焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす」という徹底的な殲滅作戦を実行した。軍の命令書には「敵性ありと見たる住民、15歳以上から60歳までの男子…は殺戮す」と記されていた。
  • 細菌兵器の使用石井部隊(731部隊)などが、非人道的な細菌兵器を実戦で使用した。
  • アヘン政策:公式記録だけで714トンものアヘンを中国で販売。目的は戦費調達だけでなく、「中国人が馬鹿になる」という意図もあった。

国内では、戦争遂行のために国民を根こそぎ動員する「日本型ファシズム」体制が強化された。

  • 国民監視体制:「大政翼賛会」が結成され、末端組織である「隣組(町内会・部落会)」を通じて、配給や国策協力を強制するとともに、住民の相互監視を行った。
  • 思想統制:文部省の『臣民の道』は、「私生活の間にも天皇に帰一し国家に奉仕する」ことを国民に求め、自らを「新しい民族主義、全体主義の原理に立つイタリア、ドイツと仲良くする」ファシズム陣営の一員であると明確に位置づけていた。
  • 経済の破綻:国家財政に占める軍事費の割合は1945年に85%に達した。財閥は国家と癒着して莫大な利益を上げる一方、労働者の実質賃金は半減以下に下落。国民は深刻な物資不足と飢えに苦しんだ。しかし、資源を収奪されたアジア諸国の民衆は、それ以上に過酷な状況に置かれていた。

第3部:敗戦への道程

沖縄戦の悲劇

サイパン陥落後、B29による本土空襲が本格化し、戦局は絶望的となった。その最終段階で、日本国内唯一の地上戦となった沖縄戦では、住民を巻き込んだ未曾有の悲劇が起きた。

  • 住民の動員:小学生以上の男子が陣地構築や補給作業に、17歳から45歳までの男子約2万5千人が「防衛隊」として戦闘に動員された。
  • 甚大な犠牲:県民の犠牲者は、戦闘やマラリア、飢餓により約15万人に達したと推定されている。これは米軍の戦死者(約1万2千人)を遥かに上回る。
  • 日本軍による住民殺害:降伏が許されない玉砕戦法の中、スパイ容疑や「戦闘の邪魔になる」などの理由で、日本軍が住民を殺害する事件が頻発した。集団自決を強要された例も含め、その数は800名以上にのぼるとされる。

指導部の狂気と終戦決定

ドイツが無条件降伏し、日本の敗北が誰の目にも明らかになる中で、軍部はなおも「本土決戦」を叫び続けた。

決戦訓:「皇軍兵士は皇土を死守すべし…皇軍体当り精神に徹し、必死必殺の敵を斬伐するものごとくこれを殺戮し、一人の生還もあらしむべからず」

このような神がかり的な精神論が横行する一方、近衛文麿は「敗戦よりも敗戦に伴って起きるであろう共産革命」を恐れ、天皇制を維持するために早期終戦を主張する上奏文を提出するなど、支配層の関心は自己保身へと移っていた。

最終的に、広島・長崎への原爆投下とソ連の対日参戦が決定打となり、御前会議が開かれた。国体(天皇制)護持のみを条件に降伏するか、さらに「自主的な武装解除」など4条件を付すかで閣議は紛糾したが、最終的に昭和天皇が「忍び難きを忍び」ポツダム宣言の受諾を決定する「聖断」を下し、戦争は終結した。

結論:十五年戦争が残した教訓

『十五年戦争小史』が描き出す十五年戦争とは、指導層の権力闘争と無責任な判断が、アジア諸国と自国民に未曾有の犠牲を強いた「愚かで、醜悪で、残酷で、そして傲慢な戦争」であった。

この戦争がもたらしたトラウマは、戦後80年を経てもなお、家庭内での暴力の連鎖など、様々な形で社会に深い傷として残っている。この歴史から学ぶべき教訓は、以下の二点に集約される。

  1. 愚かさから距離を置くこと:客観的な事実に基づかず、精神論や希望的観測で国家の進路を決定することの危険性を認識すること。
  2. ファシズムと差別から距離を置くこと:特定の思想を絶対化し、異論を排斥する体制が、内外にどれほど破壊的な結果をもたらすかを忘れないこと。

これらの教訓を忘れることは、再び同じ過ちを繰り返す危険性を孕んでいる。

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