土曜雑感:辺野古の転覆事故と立花孝志の長期勾留について。
【結論】
立花孝志の長期勾留を巡る「左翼のダブスタ」批判は、過去の人質司法を黙殺してきた連中の欺瞞に過ぎない。民事上の非免責債権と経済的破産に直面する彼にとって、外の地獄から身を守るシェルターとして「拘置所の中にいた方がマシ」という人道的な逆説が成立する。クオリティコントロールの底が抜けたネットのデマ空間が、安倍元首相銃撃直後の在日同胞への漠然とした命の恐怖のように、無辜の弱者へ牙を剥く社会的害悪を徹底的に告発する。
【ポイント3選】
・人権と人道の冷酷な逆説:破産しても生涯免責されない億単位の損害賠償から逃れるため、ヤクザの知恵と同じく「拘置所という安全なシェルターに囲い込まれている方が安全」という現実を解剖する。
・空白の12時間がもたらした恐怖:東大爆破予告のプロマニアの影を追えぬネトウヨの浅ましさを一蹴。安倍氏銃撃直後、デマによって在日同胞が本気で韓国避難を考えた「地獄の12時間」の実害を暴く。

「おやおや、ちょっと待ってくださいな。あんた、もしかして第1回と第2回の記事をすっ飛ばして、いきなりここへ来はったんと違います?
いやね、別に怒ってるわけやないんですよ。ただね、いきなりこの立花さんの勾留とか、安倍さんが銃撃された直後の話を読み進めてもらってもね、たぶん『ああ、ネットのややこしい泥仕合の解説か』っていう、表面的な時事スキャンダルとして消費して終わってしまうと思うのよ。それやとね、せっかく時間を割いてここまで来てくれたのにつまらんし、なによりもったいないわけですよ。
第1回ではね、YouTubeの顔写真サムネがどうとか、タイパを崇めるのが野蛮だっていう一見プラットフォームの悪口みたいな話をしながらね、実は『昨日カレーを食べた』とか『隣のおっさんが洗濯したパンツの色が赤かった』なんていうくだらん私事を公の広場に書き散らさない慎み――つまりは言論の最低限の品質管理(クオリティコントロール)についてお話ししたんです。 で、第2回ではね、その大前提をお上の役人どもが忘れて、ネトウヨの騒ぎにそそのかされて自爆していった、マぬけなガバナンスの構造を解剖したわけ。
この『公私の峻別』と『行政の自壊』っていう2つの土台、僕らの頭の中の水準器がピシッと水平に保たれているからこそ、今回の第3回で語る『品質管理の底が抜けたデマ空間が、現実の社会でどれほど冷酷に、どれほどおぞましく無辜の弱者の日常を脅かすか』っていう、本当に身の毛のよだつ猛毒の本質が腑に落ちるようになるわけです。
だからね、そんなに焦らんと、ちょっとだけ急ぐ足を止めてもらって、まずは騙されたと思って第1回と第2回のゲートを通ってきてみてくださいな。そのほうが、この後に展開する法律の冷酷な仕組みや、大衆のドス黒いいじめの欲望の正体が、何倍も深く、大人の知恵としてしゃぶり尽くせるようになりますからね。そっちをちゃんと読んできてもらえたら、またここでじっくり続きを始めましょうね」

【完全版】動画タイムスタンプ&要約辞書
【クリックで展開】全114箇所のタイムスタンプと要約を表示(動画の取扱説明書)
- 01 0:00:00 [結論]配信スタート、辺野古の転覆事故と立花孝志 の 長期勾留
- 02 0:01:15 [挑発]YouTubeの流行りは百害あって一利なしの「害悪」である
- 03 0:02:19 [分析]なぜ誰も彼も動画のサムネイルに自分の顔を晒すのか
- 04 0:03:28 [構造]人間のプリミティブな幼児性をハックする顔写真の心理学
- 05 0:04:45 [視点]本屋の棚に並ぶ「知的ヒエラルキー」と表紙の顔写真比率
- 06 0:05:51 [論理]知的水準の高さと顔写真の露出度は「負の相関関係」にある
- 07 0:06:55 [本質]ホモ・サピエンスのプログラムを狂わせる「知性の邪魔」
- 08 0:08:05 [真実]霊長類の赤ん坊がオスの顔に向けて笑顔を作る生存戦略
- 09 0:09:08 [闇]利己的な遺伝子と群れのボスによる「子殺し」のリスク
- 10 0:10:26 [警告]知的理解の邪魔でしかない顔写真という名の情報ノイズ
- 11 0:11:35 [構造]YouTubeスタジオが視聴者のアクションを煽るシステムの歪み
- 12 0:12:40 [断罪]私の顔がデカすぎるからではない、言論に顔写真は不要だ
- 13 0:13:57 [視点]昭和の工業製品の取扱説明書に開発者の顔写真があったか?
- 14 0:15:02 [分析]モデムのSDカードの用途を探して迷い込んだYouTubeの惨状
- 15 0:16:06 [挑発]4つの解説動画すべてが「お兄ちゃんお姉ちゃんの顔」という無駄
- 16 0:17:15 [論理]令和のYouTube検索がもたらす情報取得の致命的な劣化
- 17 0:18:21 [真実]髪を毎日洗わない時代、昔の銭湯に存在した「洗髪料金」
- 18 0:19:27 [構造]水と湯を大量に使うから別料金という昭和の銭湯の合理性
- 19 0:20:31 [断罪]「今日のお湯は私が炊きました」のオヤジの顔写真は不要である
- 20 0:21:36 [挑発]生理的反応を釣る動画は「私の話を聞いてちんちん舐めるから」と同義
- 21 0:22:39 [闇]動画でホモ・サピエンスの顔を並べるのは本質的に「パネル指名」
- 22 0:23:42 [警告]YouTube言論が陥る競争原理の罠と、あえて話す「×0.5倍の速度」
- 23 0:24:46 [分析]早口でまくし立てる人間が考えているのは「効率」だけである
- 24 0:25:53 [本質]効率を最優先するなら「目の前の人間を全員殺せば早い」という真理
- 25 0:26:59 [論理]「結論から喋らない奴は無能」という若者の言説が孕む真逆の嘘
- 26 0:28:01 [構造]100の事案を10にコンデンスして投げる効率主義の薄っぺらさ
- 27 0:29:08 [挑発]動画を見るより本を読んだ方が早いのに「タイパ」を求める矛盾
- 28 0:30:13 [断罪]断定口調で脳に流し込むだけの「シャブ言論もどき」という社会的害悪
- 29 0:31:18 [視点]賢い人間の動画は顔写真を使わない。「シートナウ」の汎用サムネ
- 30 0:32:24 [真実]文芸春秋や中央公論が担った言論のアリーナを継承したYouTube
- 31 0:33:35 [闇]社会的役割を担いながらクオリティコントロールが底抜けた言論空間
- 32 0:34:43 [論理]右左や上下ではなく、最低限の「言論の品質」を提示し続ける自負
- 33 0:35:50 [本質]僕が朝刊チェックで喋る言葉には必ず「てんきょ(典拠)」がある
- 34 0:36:54 [警告]ここまでの前振りを理解できない奴に、これからの話は理解できない
- 35 0:38:01 [結論]高クオリティな言論のあり姿として「へのこの転覆事故」は語れない
- 36 0:39:07 [挑発]昭和64年にタイムスリップして半藤一利が「昨日カレー食べた」と書くか?
- 37 0:40:10 [分析]塩野七生が数年に一度イタリアから帰国した際の各編集者の接待
- 38 0:41:13 [視点]煙草に火をつけられた塩野七生が「グラッチェ」と言った大爆笑の逸話
- 39 0:42:23 [断罪]隣のおっさんの赤パンツの話を論評の種にするクオリティの欠如
- 40 0:43:33 [本質]へのこの事故は痛ましいが「そのものに社会的な意味合いはない」
- 41 0:45:05 [論理]高校生が亡くなった東北道のバス事故と構造的には全く同一である
- 42 0:46:10 [闇]「このままやったら死ぬかも」と親にメールさせた乱暴運転の凄惨さ
- 43 0:47:54 [真実]京都の父親による児童殺害事件に、僕が一言しか言及しなかった理由
- 44 0:48:59 [構造]不特定多数に提供される言論が帯びべき「社会的な問題性」の前提
- 45 0:50:22 [結論]へのこ、常磐道、京都――これらは公ではなく「私」に属すること
- 46 0:51:25 [挑発]お前らがへのこの話を求めるのは「いじめの欲望」に負けているからだ
- 47 0:52:34 [断罪]東北道のバス事故では誰も騒がない、ネット右翼どもの醜悪な欺瞞
- 48 0:53:37 [警告]「へのこをいじめたい」なら堂々とその看板を掲げた方が客は喜ぶ
- 49 0:54:42 [分析]社会面に乗る事件事故のすべてに一切言及しないという私の価値判断
- 50 0:55:49 [視点]事件名をタイトルに書けば再生数は稼げるが、魂は売らないブランド
- 51 0:56:52 [論理]語らないという形で言論を紡ぐことで生まれる、受け手側の安心感
- 52 0:57:58 [闇]過激なタイトルで釣るYouTubeは「すぐちんこしゃぶるから」のゲーム
- 53 0:59:15 [本質]すぐ隣の部屋の話をする奴らと、大公のものを題材に言葉を紡ぐのが「言論」だ
- 54 1:00:20 [論理]皇室典範、京都事件、紀州のドンファンを語らない共通の「変数」
- 55 1:01:26 [本質]「私の領域」から機能をもって卒業した辺野古の転覆事故
- 56 1:02:46 [分析]文科省の同志社指導によって「公」の政治的問題へと位相が転換した
- 57 1:03:58 [挑発]これぞ「シットナウ」の真骨頂、ここから極めて意地悪な話をしよう
- 58 1:05:05 [真実]自衛隊の自民党大会歌唱を隠蔽し、同志社を「政治的中立」で縛る二枚舌
- 59 1:06:13 [断罪]感情的な煽りは一切なし、客観的な証拠を並べて行政のバグを突く手法
- 60 1:07:30 [視点]自衛隊の公的サービスを身内に使いながら他者を指導する行政の厚顔無恥
- 61 1:08:35 [警告]ネトウヨ言論に迎合した文科省の同志社指導は「明確な憲法違反」である
- 62 1:10:52 [闇]教育現場における「真の政治的中立違反」の決定的瞬間とは何か
- 63 1:12:00 [構造]「安倍総理頑張れ」と園児に叫ばせた塚本幼稚園の動画をメディアに流した男
- 64 1:13:06 [視点]森友学園の保護者が籠池夫妻への不満から俺に託したDVDの衝撃
- 65 1:14:12 [本質]愛国教育はウエルカムだが籠池夫妻の傍若無人ぶりを告発したかった保護者
- 66 1:15:20 [構造]「これは偉いことやんけ」と直感し、即座に報道へと繋いだ取材の裏側
- 67 1:16:28 [論理]私立の森友には「私学だから踏み込めない」とした当時の文科省の詭弁
- 68 1:17:33 [挑発]同じ私立の同志社を叩く文科省のダブスタはミルクボーイの漫才並み
- 69 1:18:37 [本質]「安全管理義務違反」としての指導なら、学校現場の義務として納得がいく
- 70 1:19:48 [警告]政治を隠れ蓑にして「単にいじめたいだけ」の大人たちへの痛烈な皮肉
- 71 1:21:01 [構造]教育基本法が求める「政治的中立性」の本来の定義と具体的意味
- 72 1:22:13 [論理]辺野古埋立への賛否は「行政の発動」であり、政党の支持・反対ではない
- 73 1:23:19 [断罪]「自民党=国家」と錯覚し、公共事業への反対を政党反対とみなす歪んだ認知
- 74 1:24:33 [視点]「辺野古は政治的色彩を帯びている」と文科省自らが告白してしまった自殺行為
- 75 1:25:50 [真実]自分で自分の首を絞める文科省、これこそが白日の下に晒すべき「言論」だ
- 76 1:27:11 [挑発]もし僕が国会議員なら、文科大臣に「辺野古に政治的色彩はあるか」と問う
- 77 1:28:19 [分析]単なる公共事業の見学がなぜ政治的中立違反になるのかという逃げ場なき論理
- 78 1:30:04 [警告]9年前の森友学園への判断と、今回の同志社への判断における論理的一貫性の欠如
- 79 1:31:20 [構造]防衛大臣への波及――自民党大会での自衛官歌唱が問う自衛隊の中立性
- 80 1:32:49 [論理]森友・自衛隊・辺野古の3つの山を並べた時に破綻する政府の整合性
- 81 1:33:55 [断罪]産経新聞やネトウヨ動画の「いじめ」と、本物の言論を分かつ編集点
- 82 1:34:59 [視点]教育基本法だけではない、事業に「政治的中立」を求める放送法の存在
- 83 1:36:04 [分析]放送法における中立性義務対象は「番組単位」ではなく「放送局全体」である
- 84 1:37:23 [本質]「木ではなく森を見る」――個々の番組の偏りを許容する言論統制への安全弁
- 85 1:38:33 [闇]東京はセーフで大阪の読売テレビは一発アウトになる「パキパキ」な中立論
- 86 1:39:43 [挑発]「政治的中立」に過剰に踏み込む文科省のアホさと、曖昧さを残す知恵
- 87 1:40:51 [断罪]斎藤元彦前知事の失敗と同じ――局所最適な「パキパキ判断」が招く身内の矛盾
- 88 1:42:01 [構造]白黒つけたがる無能の失敗パターン、局所最適による全体最適の崩壊
- 89 1:43:11 [真実]「いずれまたはるながに」――文科省が政治的曖昧性を残せなかった決定的な敗北
- 90 1:44:26 [挑発]立花孝志の長期勾留を巡る、N国信者と左翼の不毛な「ダブスタ」の擦り付け合い
- 91 1:45:32 [断罪]山上徹也や籠池泰典、角川歴彦の長期勾留で騒がなかった奴らの欺瞞
- 92 1:46:36 [本質]右左の主張の前に、言論として「最低限のクオリティ」を保つことの重要性
- 93 1:47:41 [論理]保釈申請の状況すら不明――立花案件は議論の材料がなく「議論の仕様がない」
- 94 1:49:03 [分析]通常の人質司法批判が成立するための要件と、立花の弁護団の沈黙
- 95 1:50:13 [視点]長期勾留を問題化したければ宇都宮健児や海渡雄一など「左翼弁護士」を雇え
- 96 1:51:34 [闇]破産手続きと不法行為による損害賠償、免責されない債務を抱える立花の現実
- 97 1:52:39 [警告]立花孝志にとっては「長期勾留が続く方が人権状況がマシ」という奇妙な逆転
- 98 1:54:10 [本質]ヒューマンライツではなくヒューマニティ(人道的配慮)から見る外と中
- 99 1:55:14 [真実]人権とは弱者を守る道具ではない、本当は「強い人間だけが使える冷たい道具」
- 100 1:56:48 [論理]債権者との兼ね合いから逆算する、立花にとっての「人道的」な拘置所生活
- 101 1:57:54 [視点]材料がないのに無理して語るな、沈黙を守ることこそが言論の誠実さである
- 102 1:59:10 [断罪]東大5月祭の爆破予告を「左翼の犯行」と決めつけたネット言論のクオリティの低さ
- 103 2:00:12 [論理]大学とは外から人間が来る場所、左翼もリベラルもしばき隊も関係ない
- 104 2:01:30 [本質]「黙るということ」が一番重要な局面は人生において無数にある
- 105 2:02:47 [断罪]東大の件で一番悪いのは爆破予告をした奴、ただそれだけの当たり前の話
- 106 2:03:56 [挑発]「犯人は左翼だ」とそこまで確信があるならネットで騒がず警察に情報提供せよ
- 107 2:05:00 [真実]他人のアドレスやプロキシを悪用して20年間捕まらない爆破予告マニアの手口
- 108 2:06:05 [分析]Twitterの犯行声明と過去ログから透けて見える犯人の「ネトウヨっぽさ」
- 109 2:07:26 [警告]警察すら気づいていないことに気づくネットの天才(笑)どもへの冷徹な視線
- 110 2:08:29 [闇]安倍晋三が銃撃されてから山上の背景が判明するまでの「地獄の12時間」
- 111 2:09:44 [真実]「犯人は在日だ」と言われる日本の空気、本気で韓国行きを考えた在日同胞の恐怖
- 112 2:11:05 [構造]クオリティコントロールの抜けた言論もどきが、無辜の民を漠然とした恐怖に陥れる
- 113 2:12:10 [結論]言論のクオリティゲートを通さない奴らを野放しにする社会的害悪
- 114 2:13:23 [視点]配信終了、夏前に補中益気湯を飲んで週末らしいお掃除をする日常へ
立花孝志の長期勾留を巡る不毛な泥仕合――ダブスタを笑うダブスタの醜悪
司法の判断や検察の動きに対して言論のメスを入れるためには、当然のことながら、発言のよって立つべき明確な「材料(リーガルなエビデンス)」が必要不可欠である。保釈申請が却下された理由の三号要件(罪証隠滅の恐れ)がどう記載されているのか、検察が提出した抗告状の論理がどうなっているのか、それらの一次資料が一切表に出ていない現段階において、外野が「不当勾留だ」「いや妥当だ」と喚き散らす行為は、言論でも何でもない。ただの材料なき居酒屋談義であり、底の浅い感情の放流に過ぎないのだ。

「左翼のダブスタ」を叫ぶN国信者のお前らこそが究極のダブスタだ
立花の勾留が長引くにつれて、彼の信者やネットの右寄りの有象無象どもが、狂ったように「左翼のダブスタ」を叫び始めた。「普段は人質司法だの長期勾留反対だのと人権を叫んでいる左翼どもが、大嫌いな立花孝志が拘置所にぶち込まれた途端、ニヤニヤ笑って黙り込んでいやがる。これこそ左翼の二枚舌だ」という、お決まりのレトリックである。
「あのな、冷徹に言わせてもらうけどな、そうやって『左翼のダブスタ』を大声で難詰しとるN国信者の有象無象ども、お前らこそがこの近代日本における商売の道具(ダブスタ)の体現者やんけ。何を被害者面して被害者サークル活動に勤しんどんねん。お前ら、自分の親分が中に引っ張られた時だけ急に『人権!』だの『人質司法反対!』だのと言葉を覚え立ての猿みたいに連呼し始めやがって、じゃあ聞くけど、他人の長期勾留の時には一体どんな態度を取ってきたんや?」
籠池の12ヶ月、角川の2年――山上徹也の勾留にすら黙っていた連中の欺瞞
日本司法の宿痾たる「人質司法」の残酷さは、今に始まったことではない。過去の重大事案において、国家権力がどれほど異常な長期勾留を連発し、個人の人権を圧殺してきたか、そのファクトの数々を現在のN国信者どもは完全に忘却しているか、あるいは端から無視している。
「森友学園の籠池泰典氏が、たいした金額でもない補助金適正化法違反の容疑で逮捕された際、起訴後勾留も含めて実に12ヶ月間も拘置所に閉じ込められたのを知らんのか。あの時、お前らは『人質司法だ!人権侵害だ!』と一言でも声をあげたか? オリンピックの汚職に絡んで角川歴彦氏が2年近くも勾留され、保釈を拒否され続けた時、お前らは一体どこの肥溜めで眠ってたんや? それどころか、安倍晋三銃撃事件の山上徹也の勾留状況に対してすら、お前らは『さっさと死刑にしろ』だの『の中に閉じ込めておけ』だのと言い放ってきたやろ。他人の人権が国家によって蹂躙されている時は拍手喝采して喜び、自民党のガバナンスの犬としてリベラルを叩く道具に人権利用しておきながら、いざ身内の立花が中に囚われたら『左翼が助けてくれない!ダブスタだ!』と騒ぎ立てる。その底抜けた欺瞞と幼児性に、私はヘドが出るほどの嫌悪感を覚えるんや」

材料なき言論の不毛――なぜ弁護士は優秀な「ド左翼」を雇わないのか
保釈却下の理由書も、検察の抗告の文面も、弁護側の反論の書面も読んでいない以上、この事案が「政治的な不当勾留」なのか「法手続き上、極めて妥当な罪証隠滅防止」なのかは、言論として評価のしようがない。典拠がない言葉は、公共のアリーナに流通させてはならない生ゴミだからだ。

「もしな、立花の勾留がガチの人権問題であり、国家による理不尽な人質司法の暴走だと言うなら、なんであいつの弁護団は、本物の優秀な『ド左翼の弁護士』を雇わへんねん。人権派と言われる自由法曹団の宇都宮健児や海渡雄一といった、国家の司法暴走と何十年もガチで戦い続けてきた本物のド左翼弁護士に頭を下げて、弁護を引き受けてもらえよ。彼らのようなリーガルのプロは、お前らみたいなネットの有象無象と違って、国家が手続きの隙を突いて個人を圧殺しにくるロジックを誰よりも熟知しとるし、それを法廷でひっくり返すテクニックを持っとる。それをやらずに、材料も出さないままネットの動画で『不当勾留だ!』と騒ぐだけの身内の弁護士を並べてマーケットを煽っている時点で、これは言論でも人権闘争でもない。ただの身内の信者を繋ぎ止めるための、お粗末なコンテンツビジネスの延長戦なんや」

「人権」と「人道」の冷酷な逆説――拘置所の外という本当の地獄
ここで、法における「人権(ヒューマンライツ)」という建前と、現実における「人道(ヒューマニティ)」という生の生存の間に生じる、極めて冷酷な逆説について、思考の補助線を引かなければならない。大衆は人権を「弱者に対する優しさ」と勘違いしているが、それは大きな間違いだ。人権の本質は、冷徹極まりないリーガルな武器であり、時にそれは当人を現実の地獄へと突き落とす道具にもなり得る。
破産、不法行為の損害賠償、債権者の追及――免責なき経済的死刑
現在、立花孝志という個人が置かれている現実の位相は、刑事事件の勾留という問題以上に、民事における経済的な崩壊のフェーズへと完全に突入している。彼はすでに破産手続きの渦中にあり、無数の債権者から一円単位の追及を受ける身だ。
「法律の典拠を教えてやるから、よく聞いて震えろよ。破産法第253条第1項第2号において、債務者が『故意または重大な過失によって加えた不法行為に基づく損害賠償請求権』は、裁判所から破産免責の決定が下りようとも、絶対に免責されない非免責債権として生涯残り続けるんや。つまりな、立花がこれまでやってきた数々の他者への嫌がらせや名誉毀損、不法行為によって積み上がった億単位の損害賠償金は、破産しようが何をしようが、死ぬまで本人の背中に張り付いて追いかけてくる。外に出た瞬間、待っているのは弁護士への着手金や数千万円の保釈金の出処を『その金はどこから湧いてきたんや、債権者に回せ』と、破産管財人や債権者から合法的に合法的に、骨の髄まで詰められる経済的死刑の地獄やねん」

人権の観点なら外、人道の観点なら中――ヤクザの「中に入っとく」という知恵
「ヒューマンライツ(人権)の近代デモクラシーの建前から言えばな、未決勾留の人間は一日も早く外に出すべきやし、人質司法は徹底的に批判されなあかん。これは法律論として100%正しい。しかしな、ヒューマニティ(人道・情け)という生の現実のレイヤーから見たら、話は180度ひっくり返るんや。外に出たら免責ナシの莫大な借金と債権者の容赦ない追及という本当の地獄が待っている人間に対して、今、拘置所の中に閉じ込めておくという状況は、本質的に何をもたらしているか。裏社会のヤクザの格言を知っとるか? 娑婆の抗争や借金まみれで首が回らなくなった時に、あいつらはよく『……ちょっと、中に入っとくわ』と言うんや。なぜなら、国家の管理下にある監獄の中だけが、娑婆の債権者の追及や物理的な襲撃から自分を100%合法的に守ってくれる、世界で最も安全なシェルターになるからや。人権論なら外に出すべきだが、人道的な情けで言えば、今あいつを拘置所の中に閉じ込めて鍵をかけておくことこそが、最も安全な保護(ケア)になってしまっているという、あまりにグロテスクで残酷な逆説がここにあるんや」

人権とは優しいものではない――強い人間だけが使える冷たい道具である
大衆や支配層は、人権という言葉を「弱者を優しく包み込む毛布」のように語りたがるが、それは言葉のクオリティコントロールを欠いた者のポエムに過ぎない。人権とは、国家という巨大な怪物に対して、個人の防壁として機能させるための、極めて冷酷でドライな「リーガルガジェット(法的道具)」である。
「人権ちゅうのはな、優しさでも何でもない。条文を隅々まで読み解き、判例のロジックを組み立て、プロの弁護士を動かせるだけの知性と資金力を持った『強い人間』だけが、国家を相手に冷酷に行使できる冷たい道具なんや。感情的に『可哀想だから助けろ』と喚く幼児には、人権の引き金を引くことすらできへん。材料も出さずにダブスタの泥仕合を演じている連中には、人権という言葉を口にする格式すら備わっていないんや」

クオリティゲートなきデマ空間が引き起こす、無辜の民への暴力
品質管理(クオリティコントロール)のすっぽぬけた言論空間、すなわちYouTubeやネットのタイムラインが撒き散らすノイズは、単に「バカが騒いでいる」というレベルの無害な現象では決して終わらない。言葉の格式、公私(パブリック・プライベート)の峻別というクオリティゲートを失った肥溜め空間は、最終的に、社会の中で最も防衛力の低い「無辜の弱者」に対して、漠然とした恐怖という名の牙を剥き、本物の暴力を呼び込む呼び水となる。
東大五月祭の爆破予告を「左翼の犯行」と釣る、20年捕まらないプロ爆破魔の影
先日、東京大学の五月祭において、爆破予告によって特定のイベントが中止に追い込まれるという卑劣な事件が発生した。事件が報じられた瞬間、ネットの有象無象やネトウヨどもは、典拠となる証拠など何一つない段階で、「中止になったのはしばき隊のイベントだから、犯人は身内の左翼の自作自演だ」「左翼の内ゲバだ」と、一斉にデマとレッテル貼りの大合唱を始めた。
「お前らな、本当に知性が枯渇しとるな。この日本における爆破予告の歴史を、典拠(過去ログ)に基づいてまともに調べたことが一度でもあるか? この国にはな、20年近くの長きにわたって、海外のプロキシ(踏み台サーバー)を何重にも複雑にかませ、各組織の問い合わせフォームのプログラムの脆弱性(バグ)を突き、他人のメールアドレスを偽装して、警察をあざ笑いながら爆破予告を送り続けている、本物の『プロの爆破予告マニア(常習犯)』の影が厳然として存在しとるんや。あいつの過去の犯行の手口や文体を冷徹に分析してみろ。そこには左翼のイデオロギーなんて微塵も存在せえへん。むしろ、あいつの根底にあるのは、お前らネトウヨと完全に同質の、極めて下劣な大衆的欲望や。自信があるなら、その幼稚な自作自演論とやらを四の五の言わずに警察に情報提供して、20年間捕まらないそのプロの爆破魔を捕まえる手助けをしてこいよ。できないなら、証拠もないデマを流して『いじめの看板』を掲げるのを今すぐやめろ」
安倍晋三銃撃直後の「地獄の12時間」――在日同胞を襲った漠然たる恐怖
クオリティコントロールを欠いた無責任なデマの放流が、社会にいかに凄まじい「本物の害悪」をもたらすか。我々日本社会が、その歴史の記憶から絶対に消去してはならない、おぞましい実例がある。
今から4年前の2022年7月、参議院選挙の最中に、安倍晋三元首相が奈良の路上で銃撃され、殺害されたあの運命の日。犯人である山上徹也の身柄が確保され、その具体的な動機(世界平和統一家庭連合への怨嗟)が警察の取り調べを通じて公式に報道され、日本社会のタイムラインに行き渡るまでの、空白の「約12時間」。あの時の言論空間の地獄を、お前らはもう忘れたのか。
「あの山上という固有名詞と動機が表に出てくるまでの12時間、日本社会のネット空間はどんなノイズで埋め尽くされてた? 典拠(エビデンス)なんか一ミリもない状態で、『犯人は在日韓国朝鮮人に違いない』『絶対にしばき隊の差し金だ』というヘイトデマが、怒涛の勢いで垂れ流されとった。あの12時間の間、この日本社会で暮らしている在日韓国・朝鮮人の同胞たちが、一体どれほどの血の凍るような恐怖を味わっていたか、お前らは想像したことが一度でもあるか? 『今のこの狂った日本の空気なら、絶対に自分たちのせいにされて襲撃される』『もうこの国には住んでいられない』と本気で絶望し、大日本帝国領朝鮮から連れてこられて帰る故郷(家)もない彼らが、着の身着のままで、一時避難のために韓国行きの飛行機のチケットを真剣に探したという在日同胞が、この日本中に溢れかえっとったんやぞ。クオリティコントロールのないデマ空間(肥溜め)は、何の関係もない無辜の民の日常を、一瞬にして『漠然とした命の恐怖』の地獄へと叩き落とす。言葉の責任を放棄したお前らのオモチャ(コンテンツ)の裏側には、常にこういう本物の犠牲者がおるんや」
クオリティコントロールなき言論が社会に撒き散らす「本物の害悪」
言論のアリーナに言葉を提供する者には、その発言が社会にどのような波紋を広げ、誰の首を絞めることになるのかを、極めて冷徹に見通す絶対的な責任(クオリティゲート)が課せられている。
「右だの左だの、そんなイデオロギーのレイヤーはどうでもええ。一番大切なのは、お前が今吐き出したその言葉に『典拠(エビデンス)はあるのか』、そして『公私の峻別という最低限の倫理(格式)をパスしているか』、ただそれだけのことや。その品質管理を放棄し、ただ目先の再生回数を稼ぎ、大衆の下卑た『いじめの欲望』をハックしてドライブし続ける現在のYouTubeの言論空間は、明確な社会的害悪であり、表現の自由の皮をかぶった野蛮の放流に他ならない。私は、そのクオリティの底が抜けた肥溜めに対して、言葉のプロとしての圧倒的な冷徹さとロジックの刃を突きつけるために、今日も顔写真を排した汎用のサムネイルを掲げ、流行の真ん中に向かって、激しく唾を吐き続けるのである」

「まあ、連載3回にわたって、僕の長話に最後まで付き合ってくれてね、本当にありがとうございました。
最後はちょっと、立花さんの法律のリアルな仕組みとか、安倍さんが銃撃された直後のあの『空白の12時間』の話までいって、なかなかにヘビーな内容になってしまいましたけどね。でもね、これが今の日本の言論空間が抱えている、剥き出しの現実なわけですよ。
ネットの有象無象がさ、材料もまともに読まんと『ダブスタだ!不当勾留だ!』って騒いだり、証拠もないのにすぐ『左翼の自作自演だ!』ってデマを放流して遊んでるでしょ。それを見てね、僕は本当にちょっと呆れてしまうんやけど、でも同時にね、すごく恐ろしいなと思うわけです。
だってね、品質管理のすっぽ抜けた肥溜めみたいな空間が撒き散らすノイズは、ただバカが騒いでるだけでは終わらんのよね。あの12時間に、何の関係もない在日同胞の皆さんが『今の空気やと絶対に襲撃される』って血の凍るような恐怖を味わったように、言葉のクオリティゲートが壊れると、必ずどこかで一番防衛力の低い無辜の弱者に牙を剥いて、本物の犠牲者を作ってしまう。
だからこそね、僕が第1回からしつこいくらいに言ってきた『言論のクオリティコントロール』とか『公私の峻別』っていう引き締めが、どれほど大切か分かってもらえると嬉しいんやけどね。
言葉を扱う、言論をやるっていうのはね、目先の再生回数を稼いだり、普段ムかつく誰かをいじめて脳汁を出したりするためのオモチャではないんですよ。他者の日常や、大切な命をデマの暴力から守るための、極めて厳格な防壁でなければならない。
だからね、皆さんも日々タイムラインに流れてくる早口の断定ノイズに右往左往させられる前にね、ちょっと一息ついて『これ、典拠(エビデンス)はどこにあるんやろ?』って自分で確かめてみる知性を持ってみたらどうですかね。それだけで、この劣化した空間に少しずつでも、まともな大人のクオリティが戻ってくるかもしれないからね。
それじゃあ、また毎朝の朝刊チェックの配信でお会いしましょうな。長々とお付き合いいただいて、本当にありがとうございました」





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