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【第3部】立花孝志の長期勾留に群がるN国信者と左翼の不毛なダブスタ――材料なき泥仕合の裏で、拘置所の外より「中の方がマシ」という人道的皮肉

【構図とレイアウト】 画面の左側(司法と経済の地獄): 高くそびえ立つ無機質な拘置所のコンクリート壁と、鉄格子のついた小さな窓。その外側(娑婆)には、無数の「債権者たちの貪欲な手(書類や請求書を持った黒いシルエットの手)」が壁を覆い尽くさんばかりに蠢いている。鉄格子の内側の闇は皮肉にも静寂に包まれており、ヤクザが頬をツンツンと叩く仕草の影がひっそりと浮かんでいる。 画面の右側(空白の12時間の恐怖): 2022年7月8日の銃撃直後の空気感を象徴する、ノイズまみれのテレビ画面とスマートフォンのタイムライン。画面からは「犯人は在日」「しばき隊の仕業」といったおぞましい文字列が毒々しい光を放って溢れ出している。その光に照らされる暗がりに、小さなトランクケースを握り締め、韓国行きの航空券の画面を見つめながら震える在日同胞家族の切迫した背中が描かれている。 【色調とカラーパレット】 左側は、近代法制度の無機質さと冷徹さを表す「漆黒(ソリッドブラック)」と「鉄格子(アイアンクレイ)」。 右側は、SNSの肥溜め空間が撒き散らすヘイトノイズを象徴する、目に刺さるような「警告のネオンイエロー」と「デジタルノイズの砂嵐(モノクロに混ざる不気味なシアンとマゼンタ)」。 【文字要素(入れる場合)】 「人権の逆説、デマの地獄」 または 「『中(ここ)』の方が安全という皮肉」 を、中央の境界線に沿って、引き締まった超硬質の太いゴシック体(あるいは手書き風の無骨な文字)で冷酷に配置。 【全体の雰囲気】 人権を毛布と勘違いしている幼児たちに冷水を浴びせるような「リーガルガジェットの冷徹さ」と、言葉の品質管理を怠った大衆が引き起こす「無辜の弱者への漠然たる恐怖」が同居する、極めてサスペンスフルでシニカルな「現代日本の精神的劣化」を解剖したグラフィック。

土曜雑感:辺野古の転覆事故と立花孝志の長期勾留について。


【結論】
立花孝志の長期勾留を巡る「左翼のダブスタ」批判は、過去の人質司法を黙殺してきた連中の欺瞞に過ぎない。民事上の非免責債権と経済的破産に直面する彼にとって、外の地獄から身を守るシェルターとして「拘置所の中にいた方がマシ」という人道的な逆説が成立する。クオリティコントロールの底が抜けたネットのデマ空間が、安倍元首相銃撃直後の在日同胞への漠然とした命の恐怖のように、無辜の弱者へ牙を剥く社会的害悪を徹底的に告発する。
【ポイント3選】

材料なき泥仕合と身内のビジネス:保釈却下理由の一次資料すら読まずに騒ぐ有象無象を切り捨てる。本当に長期勾留を人権問題化したいなら、優秀な「ド左翼弁護士」を雇えと皮肉る。
人権と人道の冷酷な逆説:破産しても生涯免責されない億単位の損害賠償から逃れるため、ヤクザの知恵と同じく「拘置所という安全なシェルターに囲い込まれている方が安全」という現実を解剖する。
空白の12時間がもたらした恐怖:東大爆破予告のプロマニアの影を追えぬネトウヨの浅ましさを一蹴。安倍氏銃撃直後、デマによって在日同胞が本気で韓国避難を考えた「地獄の12時間」の実害を暴く。
たもっちゃん
たもっちゃん

「おやおや、ちょっと待ってくださいな。あんた、もしかして第1回と第2回の記事をすっ飛ばして、いきなりここへ来はったんと違います?

いやね、別に怒ってるわけやないんですよ。ただね、いきなりこの立花さんの勾留とか、安倍さんが銃撃された直後の話を読み進めてもらってもね、たぶん『ああ、ネットのややこしい泥仕合の解説か』っていう、表面的な時事スキャンダルとして消費して終わってしまうと思うのよ。それやとね、せっかく時間を割いてここまで来てくれたのにつまらんし、なによりもったいないわけですよ。

第1回ではね、YouTubeの顔写真サムネがどうとか、タイパを崇めるのが野蛮だっていう一見プラットフォームの悪口みたいな話をしながらね、実は『昨日カレーを食べた』とか『隣のおっさんが洗濯したパンツの色が赤かった』なんていうくだらん私事を公の広場に書き散らさない慎み――つまりは言論の最低限の品質管理(クオリティコントロール)についてお話ししたんです。 で、第2回ではね、その大前提をお上の役人どもが忘れて、ネトウヨの騒ぎにそそのかされて自爆していった、マぬけなガバナンスの構造を解剖したわけ。

この『公私の峻別』と『行政の自壊』っていう2つの土台、僕らの頭の中の水準器がピシッと水平に保たれているからこそ、今回の第3回で語る『品質管理の底が抜けたデマ空間が、現実の社会でどれほど冷酷に、どれほどおぞましく無辜の弱者の日常を脅かすか』っていう、本当に身の毛のよだつ猛毒の本質が腑に落ちるようになるわけです。

だからね、そんなに焦らんと、ちょっとだけ急ぐ足を止めてもらって、まずは騙されたと思って第1回と第2回のゲートを通ってきてみてくださいな。そのほうが、この後に展開する法律の冷酷な仕組みや、大衆のドス黒いいじめの欲望の正体が、何倍も深く、大人の知恵としてしゃぶり尽くせるようになりますからね。そっちをちゃんと読んできてもらえたら、またここでじっくり続きを始めましょうね」

【完全版】動画タイムスタンプ&要約辞書

【クリックで展開】全114箇所のタイムスタンプと要約を表示(動画の取扱説明書)

立花孝志の長期勾留を巡る不毛な泥仕合――ダブスタを笑うダブスタの醜悪

司法の判断や検察の動きに対して言論のメスを入れるためには、当然のことながら、発言のよって立つべき明確な「材料(リーガルなエビデンス)」が必要不可欠である。保釈申請が却下された理由の三号要件(罪証隠滅の恐れ)がどう記載されているのか、検察が提出した抗告状の論理がどうなっているのか、それらの一次資料が一切表に出ていない現段階において、外野が「不当勾留だ」「いや妥当だ」と喚き散らす行為は、言論でも何でもない。ただの材料なき居酒屋談義であり、底の浅い感情の放流に過ぎないのだ。

「左翼のダブスタ」を叫ぶN国信者のお前らこそが究極のダブスタだ

立花の勾留が長引くにつれて、彼の信者やネットの右寄りの有象無象どもが、狂ったように「左翼のダブスタ」を叫び始めた。「普段は人質司法だの長期勾留反対だのと人権を叫んでいる左翼どもが、大嫌いな立花孝志が拘置所にぶち込まれた途端、ニヤニヤ笑って黙り込んでいやがる。これこそ左翼の二枚舌だ」という、お決まりのレトリックである。

「あのな、冷徹に言わせてもらうけどな、そうやって『左翼のダブスタ』を大声で難詰しとるN国信者の有象無象ども、お前らこそがこの近代日本における商売の道具(ダブスタ)の体現者やんけ。何を被害者面して被害者サークル活動に勤しんどんねん。お前ら、自分の親分が中に引っ張られた時だけ急に『人権!』だの『人質司法反対!』だのと言葉を覚え立ての猿みたいに連呼し始めやがって、じゃあ聞くけど、他人の長期勾留の時には一体どんな態度を取ってきたんや?」

籠池の12ヶ月、角川の2年――山上徹也の勾留にすら黙っていた連中の欺瞞

日本司法の宿痾たる「人質司法」の残酷さは、今に始まったことではない。過去の重大事案において、国家権力がどれほど異常な長期勾留を連発し、個人の人権を圧殺してきたか、そのファクトの数々を現在のN国信者どもは完全に忘却しているか、あるいは端から無視している。

「森友学園の籠池泰典氏が、たいした金額でもない補助金適正化法違反の容疑で逮捕された際、起訴後勾留も含めて実に12ヶ月間も拘置所に閉じ込められたのを知らんのか。あの時、お前らは『人質司法だ!人権侵害だ!』と一言でも声をあげたか? オリンピックの汚職に絡んで角川歴彦氏が2年近くも勾留され、保釈を拒否され続けた時、お前らは一体どこの肥溜めで眠ってたんや? それどころか、安倍晋三銃撃事件の山上徹也の勾留状況に対してすら、お前らは『さっさと死刑にしろ』だの『の中に閉じ込めておけ』だのと言い放ってきたやろ。他人の人権が国家によって蹂躙されている時は拍手喝采して喜び、自民党のガバナンスの犬としてリベラルを叩く道具に人権利用しておきながら、いざ身内の立花が中に囚われたら『左翼が助けてくれない!ダブスタだ!』と騒ぎ立てる。その底抜けた欺瞞と幼児性に、私はヘドが出るほどの嫌悪感を覚えるんや」

材料なき言論の不毛――なぜ弁護士は優秀な「ド左翼」を雇わないのか

保釈却下の理由書も、検察の抗告の文面も、弁護側の反論の書面も読んでいない以上、この事案が「政治的な不当勾留」なのか「法手続き上、極めて妥当な罪証隠滅防止」なのかは、言論として評価のしようがない。典拠がない言葉は、公共のアリーナに流通させてはならない生ゴミだからだ。

「もしな、立花の勾留がガチの人権問題であり、国家による理不尽な人質司法の暴走だと言うなら、なんであいつの弁護団は、本物の優秀な『ド左翼の弁護士』を雇わへんねん。人権派と言われる自由法曹団の宇都宮健児や海渡雄一といった、国家の司法暴走と何十年もガチで戦い続けてきた本物のド左翼弁護士に頭を下げて、弁護を引き受けてもらえよ。彼らのようなリーガルのプロは、お前らみたいなネットの有象無象と違って、国家が手続きの隙を突いて個人を圧殺しにくるロジックを誰よりも熟知しとるし、それを法廷でひっくり返すテクニックを持っとる。それをやらずに、材料も出さないままネットの動画で『不当勾留だ!』と騒ぐだけの身内の弁護士を並べてマーケットを煽っている時点で、これは言論でも人権闘争でもない。ただの身内の信者を繋ぎ止めるための、お粗末なコンテンツビジネスの延長戦なんや」

「人権」と「人道」の冷酷な逆説――拘置所の外という本当の地獄

ここで、法における「人権(ヒューマンライツ)」という建前と、現実における「人道(ヒューマニティ)」という生の生存の間に生じる、極めて冷酷な逆説について、思考の補助線を引かなければならない。大衆は人権を「弱者に対する優しさ」と勘違いしているが、それは大きな間違いだ。人権の本質は、冷徹極まりないリーガルな武器であり、時にそれは当人を現実の地獄へと突き落とす道具にもなり得る。

破産、不法行為の損害賠償、債権者の追及――免責なき経済的死刑

現在、立花孝志という個人が置かれている現実の位相は、刑事事件の勾留という問題以上に、民事における経済的な崩壊のフェーズへと完全に突入している。彼はすでに破産手続きの渦中にあり、無数の債権者から一円単位の追及を受ける身だ。

「法律の典拠を教えてやるから、よく聞いて震えろよ。破産法第253条第1項第2号において、債務者が『故意または重大な過失によって加えた不法行為に基づく損害賠償請求権』は、裁判所から破産免責の決定が下りようとも、絶対に免責されない非免責債権として生涯残り続けるんや。つまりな、立花がこれまでやってきた数々の他者への嫌がらせや名誉毀損、不法行為によって積み上がった億単位の損害賠償金は、破産しようが何をしようが、死ぬまで本人の背中に張り付いて追いかけてくる。外に出た瞬間、待っているのは弁護士への着手金や数千万円の保釈金の出処を『その金はどこから湧いてきたんや、債権者に回せ』と、破産管財人や債権者から合法的に合法的に、骨の髄まで詰められる経済的死刑の地獄やねん」

人権の観点なら外、人道の観点なら中――ヤクザの「中に入っとく」という知恵

「ヒューマンライツ(人権)の近代デモクラシーの建前から言えばな、未決勾留の人間は一日も早く外に出すべきやし、人質司法は徹底的に批判されなあかん。これは法律論として100%正しい。しかしな、ヒューマニティ(人道・情け)という生の現実のレイヤーから見たら、話は180度ひっくり返るんや。外に出たら免責ナシの莫大な借金と債権者の容赦ない追及という本当の地獄が待っている人間に対して、今、拘置所の中に閉じ込めておくという状況は、本質的に何をもたらしているか。裏社会のヤクザの格言を知っとるか? 娑婆の抗争や借金まみれで首が回らなくなった時に、あいつらはよく『……ちょっと、中に入っとくわ』と言うんや。なぜなら、国家の管理下にある監獄の中だけが、娑婆の債権者の追及や物理的な襲撃から自分を100%合法的に守ってくれる、世界で最も安全なシェルターになるからや。人権論なら外に出すべきだが、人道的な情けで言えば、今あいつを拘置所の中に閉じ込めて鍵をかけておくことこそが、最も安全な保護(ケア)になってしまっているという、あまりにグロテスクで残酷な逆説がここにあるんや」

人権とは優しいものではない――強い人間だけが使える冷たい道具である

大衆や支配層は、人権という言葉を「弱者を優しく包み込む毛布」のように語りたがるが、それは言葉のクオリティコントロールを欠いた者のポエムに過ぎない。人権とは、国家という巨大な怪物に対して、個人の防壁として機能させるための、極めて冷酷でドライな「リーガルガジェット(法的道具)」である。

「人権ちゅうのはな、優しさでも何でもない。条文を隅々まで読み解き、判例のロジックを組み立て、プロの弁護士を動かせるだけの知性と資金力を持った『強い人間』だけが、国家を相手に冷酷に行使できる冷たい道具なんや。感情的に『可哀想だから助けろ』と喚く幼児には、人権の引き金を引くことすらできへん。材料も出さずにダブスタの泥仕合を演じている連中には、人権という言葉を口にする格式すら備わっていないんや」

クオリティゲートなきデマ空間が引き起こす、無辜の民への暴力

品質管理(クオリティコントロール)のすっぽぬけた言論空間、すなわちYouTubeやネットのタイムラインが撒き散らすノイズは、単に「バカが騒いでいる」というレベルの無害な現象では決して終わらない。言葉の格式、公私(パブリック・プライベート)の峻別というクオリティゲートを失った肥溜め空間は、最終的に、社会の中で最も防衛力の低い「無辜の弱者」に対して、漠然とした恐怖という名の牙を剥き、本物の暴力を呼び込む呼び水となる。

東大五月祭の爆破予告を「左翼の犯行」と釣る、20年捕まらないプロ爆破魔の影

先日、東京大学の五月祭において、爆破予告によって特定のイベントが中止に追い込まれるという卑劣な事件が発生した。事件が報じられた瞬間、ネットの有象無象やネトウヨどもは、典拠となる証拠など何一つない段階で、「中止になったのはしばき隊のイベントだから、犯人は身内の左翼の自作自演だ」「左翼の内ゲバだ」と、一斉にデマとレッテル貼りの大合唱を始めた。

「お前らな、本当に知性が枯渇しとるな。この日本における爆破予告の歴史を、典拠(過去ログ)に基づいてまともに調べたことが一度でもあるか? この国にはな、20年近くの長きにわたって、海外のプロキシ(踏み台サーバー)を何重にも複雑にかませ、各組織の問い合わせフォームのプログラムの脆弱性(バグ)を突き、他人のメールアドレスを偽装して、警察をあざ笑いながら爆破予告を送り続けている、本物の『プロの爆破予告マニア(常習犯)』の影が厳然として存在しとるんや。あいつの過去の犯行の手口や文体を冷徹に分析してみろ。そこには左翼のイデオロギーなんて微塵も存在せえへん。むしろ、あいつの根底にあるのは、お前らネトウヨと完全に同質の、極めて下劣な大衆的欲望や。自信があるなら、その幼稚な自作自演論とやらを四の五の言わずに警察に情報提供して、20年間捕まらないそのプロの爆破魔を捕まえる手助けをしてこいよ。できないなら、証拠もないデマを流して『いじめの看板』を掲げるのを今すぐやめろ」

安倍晋三銃撃直後の「地獄の12時間」――在日同胞を襲った漠然たる恐怖

クオリティコントロールを欠いた無責任なデマの放流が、社会にいかに凄まじい「本物の害悪」をもたらすか。我々日本社会が、その歴史の記憶から絶対に消去してはならない、おぞましい実例がある。

今から4年前の2022年7月、参議院選挙の最中に、安倍晋三元首相が奈良の路上で銃撃され、殺害されたあの運命の日。犯人である山上徹也の身柄が確保され、その具体的な動機(世界平和統一家庭連合への怨嗟)が警察の取り調べを通じて公式に報道され、日本社会のタイムラインに行き渡るまでの、空白の「約12時間」。あの時の言論空間の地獄を、お前らはもう忘れたのか。

「あの山上という固有名詞と動機が表に出てくるまでの12時間、日本社会のネット空間はどんなノイズで埋め尽くされてた? 典拠(エビデンス)なんか一ミリもない状態で、『犯人は在日韓国朝鮮人に違いない』『絶対にしばき隊の差し金だ』というヘイトデマが、怒涛の勢いで垂れ流されとった。あの12時間の間、この日本社会で暮らしている在日韓国・朝鮮人の同胞たちが、一体どれほどの血の凍るような恐怖を味わっていたか、お前らは想像したことが一度でもあるか? 『今のこの狂った日本の空気なら、絶対に自分たちのせいにされて襲撃される』『もうこの国には住んでいられない』と本気で絶望し、大日本帝国領朝鮮から連れてこられて帰る故郷(家)もない彼らが、着の身着のままで、一時避難のために韓国行きの飛行機のチケットを真剣に探したという在日同胞が、この日本中に溢れかえっとったんやぞ。クオリティコントロールのないデマ空間(肥溜め)は、何の関係もない無辜の民の日常を、一瞬にして『漠然とした命の恐怖』の地獄へと叩き落とす。言葉の責任を放棄したお前らのオモチャ(コンテンツ)の裏側には、常にこういう本物の犠牲者がおるんや」

クオリティコントロールなき言論が社会に撒き散らす「本物の害悪」

言論のアリーナに言葉を提供する者には、その発言が社会にどのような波紋を広げ、誰の首を絞めることになるのかを、極めて冷徹に見通す絶対的な責任(クオリティゲート)が課せられている。

「右だの左だの、そんなイデオロギーのレイヤーはどうでもええ。一番大切なのは、お前が今吐き出したその言葉に『典拠(エビデンス)はあるのか』、そして『公私の峻別という最低限の倫理(格式)をパスしているか』、ただそれだけのことや。その品質管理を放棄し、ただ目先の再生回数を稼ぎ、大衆の下卑た『いじめの欲望』をハックしてドライブし続ける現在のYouTubeの言論空間は、明確な社会的害悪であり、表現の自由の皮をかぶった野蛮の放流に他ならない。私は、そのクオリティの底が抜けた肥溜めに対して、言葉のプロとしての圧倒的な冷徹さとロジックの刃を突きつけるために、今日も顔写真を排した汎用のサムネイルを掲げ、流行の真ん中に向かって、激しく唾を吐き続けるのである」

たもっちゃん
たもっちゃん

「まあ、連載3回にわたって、僕の長話に最後まで付き合ってくれてね、本当にありがとうございました。

最後はちょっと、立花さんの法律のリアルな仕組みとか、安倍さんが銃撃された直後のあの『空白の12時間』の話までいって、なかなかにヘビーな内容になってしまいましたけどね。でもね、これが今の日本の言論空間が抱えている、剥き出しの現実なわけですよ。

ネットの有象無象がさ、材料もまともに読まんと『ダブスタだ!不当勾留だ!』って騒いだり、証拠もないのにすぐ『左翼の自作自演だ!』ってデマを放流して遊んでるでしょ。それを見てね、僕は本当にちょっと呆れてしまうんやけど、でも同時にね、すごく恐ろしいなと思うわけです。

だってね、品質管理のすっぽ抜けた肥溜めみたいな空間が撒き散らすノイズは、ただバカが騒いでるだけでは終わらんのよね。あの12時間に、何の関係もない在日同胞の皆さんが『今の空気やと絶対に襲撃される』って血の凍るような恐怖を味わったように、言葉のクオリティゲートが壊れると、必ずどこかで一番防衛力の低い無辜の弱者に牙を剥いて、本物の犠牲者を作ってしまう。

だからこそね、僕が第1回からしつこいくらいに言ってきた『言論のクオリティコントロール』とか『公私の峻別』っていう引き締めが、どれほど大切か分かってもらえると嬉しいんやけどね。

言葉を扱う、言論をやるっていうのはね、目先の再生回数を稼いだり、普段ムかつく誰かをいじめて脳汁を出したりするためのオモチャではないんですよ。他者の日常や、大切な命をデマの暴力から守るための、極めて厳格な防壁でなければならない。

だからね、皆さんも日々タイムラインに流れてくる早口の断定ノイズに右往左往させられる前にね、ちょっと一息ついて『これ、典拠(エビデンス)はどこにあるんやろ?』って自分で確かめてみる知性を持ってみたらどうですかね。それだけで、この劣化した空間に少しずつでも、まともな大人のクオリティが戻ってくるかもしれないからね。

それじゃあ、また毎朝の朝刊チェックの配信でお会いしましょうな。長々とお付き合いいただいて、本当にありがとうございました」

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