2026/2/21(土)朝刊チェック:高市早苗施政方針演説を冷徹に解剖する
記事の要約と図解
【結論】 高市早苗の施政方針演説は、歴史の教訓を完全に忘却した「知性なき精神論」の結晶である。到底実現不可能な「積極財政と債務削減の両立」というペテンや、財政民主主義の根幹を破壊する基金の乱用、そして憲法を軽視して弱者を叩く「ウィークネスフォビア」に満ちており、かつて地球儀を俯瞰していた日本の政治の「器」が、お猪口サイズにまで劣化した絶望的な現実を証明している。
【ポイント3選】
- 歴史的健忘症と無策: 日中戦争で日本軍が朱徳に惨敗した真の理由は「知性と戦略の欠如」であり、現代の「勇ましいだけの無策」な政治姿勢はその自己愛の病理を完全に引き継いでいる。
- 経済政策の論理破綻(ペテン): 「積極財政」と「債務残高GDP比の引き下げ」の同時達成は、現実離れした経済成長を前提とした三流のペテンであり、その裏で官僚独裁を招く「財政民主主義の崩壊」が進行している。
- 狂気のダブルバインドと憲法軽視: 外国人労働力に頼りながら排斥を叫ぶ矛盾や、国家権力を誇示して弱者を叩く権威主義的姿勢は、日本が西側諸国である根拠(憲法14、21、31条)を根本から否定するものである。
序論:歴史の教訓を忘却した小国・日本の現在地
我々は今、何億リットルもの血を流して学んだはずの歴史的教訓を完全に忘れ去ろうとしている。
先日、アメリカの最高裁判所がトランプ大統領に対して「大統領に関税の権限なし」という判決を下した。東京新聞や週刊金曜日を読んで喜んでチンチンを立てているようなアホなリベラル層は、「トランプは王様気取りだ」などと矮小化して溜飲を下げているが、事の本質はそこではない。
1929年のブラックマンデーに端を発する世界恐慌の真の引き金は、ニューヨークの株価暴落そのものではない。パニックに陥ったアメリカ議会が「自国民の生活を守る」という大義名分のもと、スムート・ホーリー法で世界中の物品に関税をかけ始めたことだ。この保護貿易主義が世界的なブロック経済を生み、日本やドイツのような二流国を行き詰まらせ、結果として大東亜戦争へと世界を引きずり込んだのである。
「国際的な紛争調停機関が必要だ」「保護貿易は駄目だ」「法の支配を貫かなければならない」。1930年代から45年までの10年間で、我々は痛ましいほどの血を流してそれを学んだはずだ。しかし80年が経過した今、世界中でその秩序は崩壊しつつある。この歴史的な文脈を理解せず、ただ勇ましい言葉だけを並べ立てるのが、現在の日本の政治の絶望的な現在地である。そしてこの『勇ましいだけの無策』が国をどう滅ぼすかは、我々自身の歴史が最も残酷な形で証明している。
日中戦争における真の敗因
物量や装備ではなく戦術での敗北
歴史から学ばない「強気なだけの無策」がどれほどの悲劇をもたらすか。日本人はシナ人や朝鮮人に対して「猿と変わらないから勝てるはずだ」と思い込んでいるフシがあるが、現実の歴史において、日本軍は彼らに完膚なきまでに叩きのめされている。
一部の人間は「日本軍の装備が貧弱で、竹槍だったから負けた」と信じたがっているが、それは完全な言い訳だ。中国大陸における日本軍の歩兵部隊の火力は、当時の欧米諸国と比較しても引けを取らないものだった。にもかかわらず、なぜ負けたのか。
それは、映画『戦国自衛隊』が石器時代の『ギャートルズ』に負けたような無惨な敗北である。圧倒的な火力と最新装備を持ちながら、知性と戦略が欠如しているばかりに敗北したのだ。最新兵器の戦車で走り回っても、作戦がないからすぐ山の中に逃げられ、無駄にガソリンと弾薬を消費し、最後は息切れしたところをギャートルズに石の斧で頭をカチ割られて死んだ。それが日本軍の中国大陸での真実の姿だ。気合だけの「イケイケドンドン」で突き進み、常に四面楚歌に陥っていたのである。

朱徳(共産党軍)の軍事的才覚
日本軍がボロ負けした最大の理由は、能力の差だ。我々はマッカーサーに負けたのではない。毛沢東の側近であり、パリへの留学経験も持つ超インテリの軍事の天才、朱徳に負けたのである。

軍服を着た一軍の将、劉邦にとっての韓信のような存在であるこの男の手のひらの上で、日本軍は孫悟空のようにお釈迦様の手のひらの上で完全に翻弄され、負けたのだ。この絶望的な「知性の差と無策」から目を背け、ただ威勢の良い言葉だけを空虚に並べ立てる自己愛の病理は、そっくりそのまま現代の日本の政治、とりわけ今回の高市早苗の演説に引き継がれている。
施政方針演説の解剖(経済・財政政策の矛盾)
オペレーションの欠如と官僚への負荷
連休を無視した国会日程
その「勇ましいだけの無策」の最たる例が、高市早苗の施政方針演説である。この演説の最大の特徴を一言で表すなら「オペレーション・ゼロ」だ。
金曜日の午後に施政方針演説を行い、土曜、日曜、祝日(天皇誕生日)という3連休を挟んで、火曜日には代表質問をやれと要求している。これは官僚と政治家に「3連休を休まずに働け」と命じているに等しい。自ら官僚にブラック労働を強いておいて、「野党の質問通告が遅いから」などという言い訳は二度と通用しない。お題目と実務の間の懸け橋が一切存在していないのだ。
「責任ある積極財政」の論理破綻
債務残高GDP比引き下げとのダブルバインド
経済政策において、彼女は「責任ある積極財政」を掲げながら、同時に「政府の債務残高のGDP比率を安定的に引き下げる」と主張している。これは「ご飯を腹いっぱい食べながら痩せます」と言っているのと同じ、三流の錬金術師にしか許されないペテンである。
経済成長率と金利の逆転(R>G)の非現実性
このダブルバインドを成立させるには、経済成長率が金利を上回る(R>G)か、プライマリーバランスを黒字化させるしかない。つまり、彼女が総理大臣をやっている間、最低でも毎年2.5%以上の経済成長を維持し続けなければならない計算になる。今の日本にそんなことが可能なわけがない。経済学のイロハも理解していないのか、それとも国民を羊の群れか何かと見下して白痴扱いしているのか。到底できるわけがないペテンを、平然と語っているのだ。
財政民主主義の崩壊危機
複数年度予算と長期基金の乱用
さらに危険なのは、「補正予算ありきの予算編成から脱却する」と言いながら、「複数年度予算」や「長期的な基金」を大胆に進めると明言している点だ。
日本国憲法が通常国会を年1回召集すると定めているのは、単年度予算を作るためであり、それが財政民主主義の基盤である。複数年度予算や基金になれば、国会のチェックや決算のタイミングはどうなるのか。
官僚による特別会計化と国会チェックの形骸化
結果として喜ぶのは官僚だけである。国会のチェックなしに好きに使える「ダブついた基金」が一般会計予算を超える規模になろうとしている。これは一般会計を実質的に「特別会計化」しようとする企みであり、「保守の星」を自称しながら、その実態はボリシェヴィキ顔負けの社会主義的統制経済(官僚独裁)への移行である。アホなリベラル層はすぐ「武器輸出だ」と騒ぐが、民主主義の根幹である財政民主主義が崩壊しようとしている事態にもっと危機感を持つべきだ。
施政方針演説の解剖(内政・安保政策と憲法的課題)
政策に潜むダブルバインド(自己矛盾)
武器輸出とトレーサビリティの欠如
安全保障分野でも矛盾は露呈している。防衛装備移転(武器輸出)を推進すると言いながら、それが第三国に勝手に売られるリスクや紛争を助長するリスクを管理する「トレーサビリティ」への言及が一切ない。「武器を輸出したい」という精神論だけが先行し、制度設計や統制の議論が完全に欠落しているのである。
外国人労働者受け入れと厳しい入国管理・土地規制の矛盾
内政の支離滅裂さも目を覆うばかりだ。「外国人労働力は不可欠だ」「観光立国だ」と媚を売って門戸を開く姿勢を見せながら、その舌の根も乾かぬうちに「日本版ESTAによる入国審査の厳格化」や「外国人による土地所有の厳格化」を勇ましく叫んでいる。
外国人労働力に頼るのか、頼らないのか。これは吉本新喜劇の「すんのかい、せんのかい」である。風呂上がりに服を脱いで布団の上で股を開いているのに、「絶対やらないで」と言っているような狂気のダブルバインドだ。
権威主義的な統制とプライバシー侵害のリスク
携帯契約時のマイナンバー確認と情報漏洩リスク
治安維持の文脈では、匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)撲滅を名目に、携帯電話契約時の本人確認にマイナンバーカードを義務付けるようなことまで総理大臣が語っている。
民間企業にマイナンバー情報が蓄積され、それが漏洩した際の責任や手当てについては全く議論されていない。総理大臣が語るべきは、そのようなシステム構築に伴うリスク管理の方であるはずだ。
再審制度における「規律」という言葉とウィークネスフォビア
さらに露骨なのが、再審制度の見直しにおいて「規律を整備する」という謎の言葉を挿入したことだ。これまでの袴田事件などをベースにした「検察が間違えることもあるから再審を早く受けられるようにしよう」という議論の文脈で、なぜ「規律」という言葉が出てくるのか。
理由は明白だ。国家権力の無謬性という幻想にしがみつき、犯罪被疑者という弱者に対して、ただ甘い顔を見せたくないだけだ。「調子に乗るなよ、クソ弱者が」と、弱い者に強く当たることで自分が強者であると誇示したい。この「ウィークネスフォビア(弱さへの恐怖)」と「イキり」こそが、今回の施政方針演説を貫く最大の特質である。
日本国憲法との整合性
憲法14条、21条、31条と西側諸国としてのアイデンティティ
国家情報局の設立構想、日本版ESTAによる入国管理、通信契約への介入。これらの政策は、日本国憲法第14条(法の下の平等)、第21条(通信の秘密)、第31条(適正手続の保障)と真っ向から衝突する危険性を孕んでいる。
日本が西側陣営の先進国である理由は、憲法9条があるからではない。この14条、21条、31条が機能しているからだ。これらを軽視し、精神論だけで「国民投票もないのに早期発議」などと叫ぶのであれば、それはもはや中国やソ連のチームに行くのと同じことである。
結論:器を失った国家の劣化と失われた「渦巻き」
今から約50年前、田中角栄元首相の第71回国会施政方針演説を例にとろう。かつての総理大臣の演説は、地球儀を俯瞰する以下のような「渦巻き」を描いていた。
- 世界情勢(渦の一番外側): ベトナム和平や地球規模の南北問題など、大きな国際情勢からスタートする。
- 外交・安全保障: その世界の中で日本が果たすべき国際援助の役割や、日米安保について触れる。
- マクロ経済: 外交力をつけるための経済力や、貿易不均衡の是正を語る。
- 国民生活: 国を魅力的にするための国民福祉の向上や平均賃金について触れる。
- 国内の個別課題(渦の中心): 福祉を充実させるための物価対策、土地問題、公害や環境保全など、具体的な国内問題へと落とし込む。
このように、地球規模の大きな視点から始まり、徐々にぐるぐると円を小さくしながら国内の個別課題へと焦点を絞っていくのが、明治時代から続く伝統的な演説の形であった。
「思考は器(フォーマット)で決まる」。これが本論考の底流にあるテーゼである。しかし、第一次安倍政権以降、この「大きな器」が失われ、国家そのものの視野が極小化し劣化してしまった。高市氏の演説に決定的に欠けているのは、まさにこの世界を見渡す「渦巻きの外側」の視点である。
力強い言葉さえ叫んでいれば強い指導者に見えるだろうという、中身のないハリボテの演説。これは高市早苗個人の問題ではない。官僚機構は劣化し、国家そのものが極小化し、かつて地球儀を包み込んでいたはずの政治の「器」が、今やお猪口(ちょこ)ほどに無惨に縮み上がってしまったという、これは我が国の絶望的な現実の証明なのだ。

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