2026/2/11(水)朝刊チェック:斎藤元彦で高市早苗の予行演習しておきましょう。
私が菅野完でございます。2/11(水)朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
記事の要約と図解
【結論】 兵庫県知事・斎藤元彦氏の定例会見は、単なる地方行政のワンシーンではない。これは、聞く耳を持たない「独善的な権力者」をどう追い詰めるかという、来るべき国政(特に高市早苗氏のようなタイプ)との戦いに向けた「実戦予行演習」である。感情論や道徳心に訴えるのではなく、過去の「公式議事録」という動かぬ証拠を用いて論理的に「カーネルパニック(思考停止)」を起こさせることが唯一の勝機だ。
【ポイント3選】
- 「意図が分からない」という最強の盾:受験生の迷惑顧みず大音量で走る支持者を「注意すべき」という単純な問いに対し、「政策の質問をしろ」と繰り返し、会話自体を成立させない「無視の戦術」が常態化している。
- 死者への冒涜と「認識」の固執:百条委員会で偽証が確定した情報(故・竹内県議の発言)であっても、「当時の私の認識はそうだった」と言い張り、事実のアップデートを拒否する異常な自己正当化。
- 「議事録」こそが凶器:ネット番組の失言などではなく、彼らが最も恐れるのは「過去の公式発言」との矛盾だ。過去の自分と現在の自分を戦わせる「型にはめる」質問こそが、彼らを機能不全に陥らせる。
■ 【徹底解説】斎藤元彦の会見は「高市早苗」を倒すための実戦予行演習である
昨今の政治状況、特に兵庫県知事・斎藤元彦氏の記者会見を見ていると、ある種の「絶望」と同時に、極めて冷徹な「攻略のヒント」が浮かび上がってくる。
私が連日、体調不良をおしてまで彼の会見をチェックし、現場で質問を投げかけ続けているのは、単に彼を糾弾したいからではない。あの場所で行われているのは、これから国政で我々が対峙しなければならない「聞く耳を持たない政治家たち」――具体的に言えば高市早苗氏のようなタイプ――をどう攻略するかという、巨大な「予行演習」だからだ。
感情も、常識も、道徳も通じない相手を、どうやって「詰み」に持っていくか。そのメソッドを共有したい。
コミュニケーションの遮断という「最強の防壁」
まず、斎藤知事の特異な防衛本能について触れなければならない。
私が会見で投げかけた質問は極めてシンプルだ。
「あなたの支持者が、大音量のスピーカーを積んだ改造車で、高校入試が行われている学校の近くを『斎藤頑張れ』と走り回っている。これは迷惑行為だから、あなたの口からやめるように言うべきではないか?」
これに対し、普通の人間、あるいはまともな政治家であればどう答えるか。「受験生には配慮すべきですね、注意喚起します」と言えば済む話だ。そうすれば、私の追及もそこで終わる。
「質問の意図が分かりません」の破壊力
しかし、斎藤知事の回答は違った。
「質問の趣旨と意図がよく分からない。政策に関する質問があればしてほしい」
これを繰り返すのだ。日本語が理解できないのではない。彼にとって、この質問に「イエス(やめろと言う)」と答えれば、熱狂的な支持者を失う。「ノー(やめなくていい)」と答えれば、一般県民や受験生の親を敵に回す。
どちらに転んでも自分が損をする。だからこそ、彼は「回路を遮断する」という選択肢を取った。「意図が分からない」という言葉で、目の前の人間とのコミュニケーション自体を無効化する。これは、ユーザーインターフェースが崩壊していると言っていい。
受験生よりも「自分の保身」
ここで露呈したのは、彼の中に「公人としての責務」や「人間としての情愛」が欠落しているという事実だ。近くで入試が行われているという事実よりも、自分がどう切り抜けるか、自分の支持基盤をどう守るかしかない。
この「無視のスキル」は、今後、国政レベルのタカ派政治家たちが常套手段として使ってくるだろう。まともに会話をしようと思ってはいけない。彼らは「会話」をする気など端からなく、ただ「処理」をしているだけなのだから。
過去の「議事録」こそが唯一の凶器になる
では、こうした「無敵の人」をどう攻略すればいいのか。
感情論で「人としておかしい」と叫んでも、彼らには痛くも痒くもない。
有効なのはただ一つ。「過去の公式記録(議事録)」で、現在を縛り付けることだ。
故・竹内県議をめぐる「死後の名誉毀損」
私は会見で、百条委員会での彼の発言について追及した。
かつて斎藤知事は、百条委員会で「故・竹内県議から、私が浴衣祭りで怒鳴り散らしたと聞いた」という趣旨の証言をした。しかし、その情報の出所である増山県議自身が、後に「それは間違いだった(事実誤認だった)」と認め、訂正しているのだ。
情報の出所が「嘘でした」と認めているにもかかわらず、斎藤知事は私の質問に対しこう答えた。
「自分自身の認識に基づいて、適切に発言させていただきました」

これは恐怖すべき事態だ。
客観的事実として「嘘」だと判明した後も、彼は「自分の認識」という主観の世界に閉じこもり、訂正を拒否した。これは、亡くなった竹内氏に対し、「嘘の情報を吹き込んだ人間」というレッテルを貼り続ける行為であり、実質的な「死者への名誉毀損」である。
「OSのハングアップ」を狙え
ここが攻略のポイントだ。
彼らにとって最大の敵は、野党でもメディアでもない。「過去の自分」だ。
ネット番組での放言や、切り抜き動画の発言ではない。「議事録」に残った公式発言こそが、彼らを追い詰める鎖になる。
「過去に公式の場でAと言いましたね(議事録提示)」
「しかし事実はBであることが確定しました」
「それでもなおAだと言い張るのですか?」
このロジックを突きつけられた時、彼らの脳内OSは処理落ちを起こす。事実を認めれば責任問題になり、認めなければ論理破綻を起こす。この「カーネルパニック(強制終了)」の状態を作り出すことだけが、彼らを機能不全に追い込む唯一の方法なのだ。
知事が犯した「死者への責任転嫁」
ここからが、菅野氏が指摘する戦慄のロジックだ。 ネタ元の増山氏が「嘘でした」と認めているにもかかわらず、斎藤知事だけが「いや、竹内さんはそう言っていた」と言い張り続ける。これはどういうことか? 知事は、自らの保身のために、「嘘をついた責任」をすべて亡くなった竹内県議に押し付けているに等しい。死者は反論できないのをいいことに、嘘を「死者の遺言」として固定化しようとしているのだ。
この行為は、立花氏が犯したとされる罪と完全に重なる。 すなわち、**「虚偽の事実による死者の名誉毀損」**だ。
知事は百条委員会での「偽証罪」を避けるために、必死でその主張にしがみついたのだろう。だが、その結果はどうだ? 偽証を避けるために選んだ道が、皮肉にも立花孝志と同じ「名誉毀損」という刑事罰の直撃コースだったとは、あまりに滑稽で救いようがない。
菅野氏の分析が示す通り、両者のリスクは「亡くなった竹内県議に対する虚偽事実の流布」という点において、完全に交差した。 斎藤知事は、自分だけは安全圏にいるつもりかもしれないが、その足元はとっくに崩れ去っている。死者を利用した代償は、彼が想像するよりもはるかに高くつくことになるだろう。
結論:政治的責任の取らせ方
今回の会見で、もう一つ象徴的なシーンがあった。
他県の知事がセクハラ問題で辞任した件を引き合いに、「兵庫県で同様のことがあればどうするか」と聞いた際、彼は「適切に対応する」と繰り返した。具体性は皆無だ。
その直後、彼自身のYouTube動画について「あのコーヒーは美味しかったですか?」と聞くと、彼は饒舌に「美味しくいただきました。リラックス効果があります」と語った。
セクハラや公益通報者保護といった重大な人権問題には、コピペのような「適切に対応」で済ませ、自分の好感度に関わるコーヒーの話には嬉々として答える。このコントラストこそが、斎藤元彦という政治家の本質であり、今の日本の「劣化しきった権力者」の縮図である。
高市早苗攻略への道
高市早苗氏との戦いも全く同じ構造になるだろう。
彼女もまた、自身のイデオロギーや支持層向けのパフォーマンスのためなら、論理の飛躍も厭わないタイプだ。
だからこそ、我々は感情的になってはいけない。大石あきこのように「おかしいじゃないか」と怒鳴っても無駄だ。
淡々と、冷徹に、過去の国会答弁や委員会の「議事録」を積み上げ、現在の発言との矛盾で四方を囲む。
「型にはめる」のだ。
斎藤元彦という「実験台」を通じて、我々はその具体的な手法と、相手がいかに「話の通じないモンスター」であるかを学んでいる。
この予行演習を無駄にしてはならない。次の戦いは、もう始まっているのだから。

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