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【第1回】劇団☆新感線が蠢いた「真のサブカル」は死んだ。吉本芸人とパイプ椅子が象徴する大阪文化の貧困化

『TIME』や『The New Yorker』の表紙を彷彿とさせる、シネマティックなドキュメンタリースタイル・ハイエンドなエディトリアル表現。少し草の生えた大阪の放置された空き地(十三の火事跡を暗示)の中央に、安っぽいパイプ椅子がポツンと一つ置かれている。その傍らの土の上には、針の止まった古い時計が落ちている。文化とインフラの腐敗を強調する、深い影と落ち着いた色調のムードあるライティング。画像タイトルを配置した際に被写体と重ならないよう、画面の上部3分の1は被写体を置かず、完全なネガティブスペース(空や無地の背景)として空けておくこと。


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【結論】
かつて緻密な知性と狂気溢れるサブカルチャーを誇った大阪は、今や「パイプ椅子に並ぶ吉本芸人」と「インバウンドの虚構」に踊らされる「文化のブロイラー」へと貧困化した。さらに「副首都」を騙りながらも、既得権益にしがみつき、漫画トリオの時代から60年間時計が止まったままの絶望的なインフラが都市を根底から腐らせている。小手先の改革では治癒不能なこの街の欺瞞を、鋭い毒と圧倒的な論理で解剖する。
【ポイント3選】

バクの山内が示した知性: 安直なパロディに逃げずクスクス笑わせる、25年前の関西深夜番組に息づいていた分厚い真のサブカルチャー。
文化のブロイラーとハリボテの街: 粗悪な飼料のごとき安価なひな壇番組で満足し、興行不振をインバウンドの虚構で覆い隠す現代の惨状。
時計が60年止まった狂気のインフラ: 他都市に完敗する伊丹空港の導線や謎のタクシールールなど、既得権益に雁字搦めとなった都市構造の崩壊。

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25年前の関西深夜番組に息づいていた「分厚い文化」

かつての大阪の深夜帯には、現在では到底考えられないほど豊潤で、かつ緻密に作り込まれたお笑い番組が存在していた。それは「ただ馬鹿騒ぎをする」類のものではなく、知的な狂気を孕んだ「クスクス笑わせる」上質なサブカルチャーであった。

キリンの田中、バクの山内。計算され尽くした『週刊TV広辞苑』の「クスクス笑い」

当時の熱量を象徴するのが、読売テレビで放送されていた『週刊TV広辞苑』である。羽野晶紀がはっちゃけ、古田新太が大化けする前の初々しい姿で蠢いていたこの番組には、中島らもを筆頭とする劇団☆新感線の面々が深く関わり、大阪の深夜に強烈な磁場を形成していた。中でも特筆すべきは、山西惇(山西さん)が演じた「バクの山内」のコントである。


「昔の大阪の笑いってどういうことかと言うと、動物園のコントやるのに、ゾウとかキリンとかカバとか出てきて、みんな『田中です』とか『鈴木です』とか言うてんのに、バクだけちゃんと『山之内』なんですよ。そこで安易に『夢枕』とか『大田』に逃げずに、ちゃんと『山之内』って名前が出てきて、僕、沖縄の動物園に帰りたいって言うのが、すっごい面白かった。あれが本当の意味でのサブカルチャーですよね」

象やキリンが平凡な「田中」や「鈴木」を名乗るというシュールな設定の中で、夢を食うとされるバクにあえて「夢枕」や「大田」といった安直な作家のパロディ名に逃げず、生真面目に「山之内」と名乗らせる。さらにそのバクが「沖縄の動物園に帰りたい」と哀愁を漂わせて訴える。この研ぎ澄まされた設定の妙こそが、当時の関西深夜番組が持っていた「クスクス笑わせる連続」の真骨頂である。 [▶ 00:08:58]

生瀬勝久が『サラリーマンNEO』を25年前に先取りしていた圧倒的熱量と中島らも

この時代の関西ローカルがどれほど異常なレベルに達していたか。それを証明するのが生瀬勝久の存在である。彼がNHKの『サラリーマンNEO』で全国的な評価を得たのはずいぶん後のことだが、実はあれと全く同じベクトルの高度なコントを、彼は20年〜25年前の関西の深夜番組で既にやり切っていたのだ。


「生瀬さんが『サラリーマンNEO』でやることを、25年前にもう『サラリーマンNEO』的なことやってたの。関西の深夜おもろかったんですよ。ぶっ飛んでた。家帰って夜、深夜番組みたい。幸せでした、あの頃は」

テレビをつければ中島らもが異彩を放ち、舞台を見に行けば劇団☆新感線の生瀬勝久や古田新太、羽野晶紀が暴れ回っている。年に3回は大人計画の松尾スズキが大阪へやってくる。当時の若者にとって、大阪の夜は間違いなく豊潤な文化の坩堝であった。そこには、東京のキー局が見向きもしなかった土着の泥臭さと鋭利な知性が混ざり合った「圧倒的な熱量」が確かに存在していたのである。 [▶ 00:11:11]

「文化のブロイラー」と化した現代大阪の惨状

しかし、時計の針を現在に進めると、そこにあるのは目を覆いたくなるほどの惨状である。かつての熱量は完全に失われ、ただ消費されるだけの安易なコンテンツが粗製乱造される「焼け野原」と化している。

パイプ椅子に並ぶ吉本芸人と、街の飯食いロケで満足する田舎の貧乏人

現代の大阪のテレビを支配しているのは、極めて安上がりで質の低いフォーマットである。吉本芸人が数人、パイプ椅子に並んで座り、身内ネタで15分間喋り続けるだけのスタジオ映像。あるいは、カメラ2台を引き連れて街に出て、5分間ただ飯を食う姿を流すだけのロケ番組。これが「大阪の笑い」として垂れ流されているのが現実だ。


「吉本の芸人がスタジオの中で、カメラ2台だけのスタジオの中で、パイプ椅子4つ並べて喋ってる映像だけ見て、でそれ 15分続いたな。5分間、吉本の芸人が街で飯食うてる姿見て喜んでるんでしょ。もうブロイラーやんか、文化の。まあブロイラーで良しとするんでしょう、貧乏人やから。田舎の貧乏人やからしゃあないですよね」

かつての緻密なコントやサブカルチャーは姿を消し、思考を停止した視聴者に与えられるのは、粗悪な飼料のごとき番組ばかりである。これを見て「面白い」と無批判に笑っている現状を、菅野氏は「文化のブロイラー」と容赦なく切り捨てる。自ら文化を醸成することをやめ、ただ与えられたものを漫然と喜び、飲み込むだけの姿は、まさに知的な貧困化の象徴である。 [▶ 00:15:58]

歌舞伎も格闘技も売れない。ありとあらゆる興行が不振に喘ぐ「インバウンドの虚構」

この文化的な貧困は、テレビの中だけの話ではない。現実の興行市場においても、大阪は極めて深刻な危機に瀕している。「大阪だけチケットの売上が悪い」という事実は、演劇界隈では公然の秘密となっている。


「歌舞伎や落語の興行が大阪は売上が悪いと言うてるだけではなくて、ありとあらゆる興行の、格闘技も悪いそうなんんですよ。相撲もあかんらしいですよ。嘘ばっかりついて大阪のテレビ見て笑ろてんでしょ。おかしいって」

道頓堀やミナミの街角に外国人観光客が溢れている映像を見て、「インバウンドで大阪は潤っている」と錯覚している人間は多い。しかし、ひっかけ橋から一歩裏の歓楽街に入れば、そこにあるのは草ボウボウの放置された空き地や、場末のうらぶれた風景である。表面的な賑わいの裏で、文化にお金を払うという成熟した消費行動は完全に消え失せている。インバウンドという薄っぺらいハリボテの陰で、大阪の文化基盤は文字通り崩壊しつつあるのだ。 [▶ 00:13:30]

「副首都」を騙る狂気。既得権益に縛られた絶望的インフラ

文化の貧困化と並行して、大阪という都市を根底から腐らせているのが、異常なまでに硬直した「インフラ構造」である。「副首都」などという大仰なスローガンを掲げる裏で、この街の交通網や都市設計は、世界中どこを探しても見当たらないほどの奇形的な姿を晒している。

梅田に出るのに蛍池と十三で私鉄2回乗り換え。福岡・仙台に完敗する伊丹空港の導線

都市の玄関口である空港のアクセスを見れば、その街のポテンシャルは一目瞭然である。大阪の主要空港である伊丹空港(大阪国際空港)から、都市の中心部である梅田に出るための導線を考えてみよう。


「伊丹の空港乗って梅田まで出よう思たら、蛍池と十三で2回乗り換えなアカンねんで。しかも私鉄やで。JRちゃうんで。めんどくさいでしょ。外国の人が副首都に来てくれはります言うて、降ろして伊丹やで。どんなにすんの。恥ずかしないのかなと思うのよ、副首都ですって」

福岡空港であれば、地下鉄に乗ってたった2駅で博多である。仙台空港に至っては、JRの仙台空港アクセス線で仙台駅まで1本で直結している。これら他の地方都市の圧倒的な利便性と比較したとき、モノレールから阪急に乗り換え、さらに十三で乗り換える(あるいはリムジンバスでわざわざ下道を走らされる)伊丹空港のアクセスは、絶望的という言葉すら生ぬるい。これで「副首都」を自称するのは、もはや国際的なギャグである。 [▶ 00:18:19] [▶ 00:28:04]

タクシーの「大阪遠距離・近距離」ルールの異常性と、十三の火事現場放置

さらに狂気じみているのが、タクシー業界の既得権益によって温存されている謎のローカルルールだ。


「タクシーの既得権益で、高いメーター狙いのヤツを守るための『大阪遠距離』と『大阪近距離』に分かれているという、世界中どこ行ってもないようなルールでやってんねん。意味わからんでしょ。頭おかしいんですよ。アホがやってるからアホやねんて」

乗客の利便性など完全に無視し、業界内部の利益調整のためだけに存在するこのようなルールが、令和の現在に至るまで平然とまかり通っている。これこそが、大阪が新たな変化を拒み、既得権益の沼に沈み込んでいる証拠である。さらに言えば、阪急十三駅前の大規模な火事の跡地が長期間にわたって放置され続け、「あんなん精神衛生上悪いて」と忌み嫌われている風景なども、都市としてのガバナンスが完全に崩壊していることを可視化している。 [▶ 00:19:25] [▶ 00:33:06]

漫画トリオから時計が60年止まった街。成田・関空・普天間・神戸を巻き込む「国家改造の極論」

菅野氏に言わせれば、大阪のインフラ問題は今に始まったことではない。


「そんなんお前、時計60年止まってんねんな。漫画トリオが売れてた頃から時計止まってんねんて。フックさんがマイクの前に立って踊ったら、ノックさんとパンチさんが『痛ぁみ空っ港〜♪』言うネタをやってた頃から変わってへんねん」

もはや、小手先の改革でどうにかなるレベルではない。この絶望的な状況を打破するためには、狂気には狂気で対抗するしかない。ここで菅野氏は、痛烈な皮肉を込めた極端な「国家改造案」をぶち上げる。

中途半端な伊丹空港など「潰すねん」と一蹴する。そして、中途半端に遠い関西国際空港(関空)は、普天間飛行場の代替基地としてアメリカ軍にくれてやればいい(そうすれば辺野古に基地を作る必要もなくなる)。あるいは成田空港を丸ごと代替基地にするのも手だ。では大阪の空の玄関口はどうするか。ポートアイランドと関空の間を埋め立てて巨大空港にし、新大阪ではなく梅田の地下から新幹線を掘り進め、海の下を通してその神戸の空港へ直結させ、そこから姫路方面へと抜ける新たな大動脈を作るべきである、と。

もちろん、これは実現性を度外視した極論である。しかし、これほど荒唐無稽な国家改造レベルの外科手術でも妄想しない限り、既得権益に雁字搦めになり、漫画トリオの時代から時計が止まってしまったこの街の「狂気のインフラ」は、永遠に治癒することはないのだ。 [▶ 00:22:00] [▶ 00:23:13]

たもっちゃん
たもっちゃん

「ここまで読んで、『なるほど、大阪の文化もインフラもすっかり時計が止まって腐ってしもとんのやな』で満足してページを閉じるなら、そら別に構いません。それも一つの事実ではありますからね。

ただね、ああやって大衆が思考停止して、パイプ椅子で喋るだけの粗悪な笑いに慣らされて『文化のブロイラー』になってしまうと、次は何が起きるか。政治や権力の世界の側が『自分らはもう、何をやっても許される特別な存在なんや』と本気で勘違いし始めるんですわ。

白昼堂々、街行く市民にむかって『知事ですけど、お写真でも撮ります?』なんて迫る、教祖みたいな異常な権力ハラスメントが誰にも殴られることなくまかり通る。この『勘違いした権力というバケモノ』の具体的な症状と、それを理詰めの罠でどうやって追い詰めていくかっていう実践的なプロセスについては、続く第2回でみっちり解剖してますんで。

今の日本の惨状を『大阪のどうしようもないインフラの話』だけで終わらせず、この腐った土壌からどんな権力者が生え出してくるのか、もう一段深く知りたいという奇特な方は、そのまま第2回も覗いてみてもらうと、より絶望の解像度が上がるんちゃうかなと思いますわ。」

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