6/5(金)朝刊チェック: 斎藤元彦に対するプリミティブな怒りを素直に表現しない限り、「兵庫県政の正常化」なんてものは訪れないんですよ。
【結論】
狂った「民意」という濁流に抗う時、大衆の「共感」を求めることは自ら濁流に呑まれるのと同じである。非人間的な権力の暴走には、共感という甘い罠を捨て、最も純粋で論理的な「怒り」を突き立てよ。孤立を恐れず、権力の欺瞞を「人殺し」と断罪し、粗にして野だが卑ではない気高さを持てという痛烈なメッセージ。
【ポイント3選】
・怒りこそ最も純粋な論理: 自殺を「異議申し立てなし」と切り捨てる知事の非人間性。これに怒らない社会こそが狂気であり、怒りは絶対的な論理である。
・粗にして野だが卑ではない: 「下品だ」「訴えられるぞ」という圧力を鼻で笑い、孤立を恐れずに権力を断罪する圧倒的な気高さと矜持。
「斎藤元彦は人殺し。1/6と2/6足したらほっといても1/2になんねん。それぐらい単純なロジックですよ」
(※共感という甘い罠を捨てよ。狂気には純粋なる怒りで立ち向かえ。容赦なき解剖の後半戦が幕を開ける)

この第2回からパッと読み始めてもらうのも、そら別に構へんのです。
でもね、いきなりこの記事を開いて、僕が「共感なんて甘い罠は捨てろ!」とか「斎藤知事は人殺しや!」ってキレてるのを見たら、「なんやこのおっさん、えらい感情的になって怒ってはるな」だけで終わってまう危険性があるんですよ。
実はね、この社会が今陥ってる一番の病巣、一番のホラーの正体っていうのは、その手前にあるんです。つまり、「選挙で110万票も取って勝ったんやから、公用車で赤信号無視してもええやんか」って大衆が平気で思考停止してしまう、「民意という名の恐ろしい濁流」の話ですね。これが第1回のテーマやったんです。
その第1回で、「いかに民意というものが絶えず動き、そして簡単に間違える不気味なもんか」という前提をしっかり見といてもらわんと、なんで僕らがこんなに必死になって、世間から「下品や」と指さされてまで、泥水の中に杭を打ち込まなアカンのか。その一番大事な「怒りの理由」が、ちょっと見えにくくなってしまうんですわ。
やから、別に「絶対読め」とは強制しませんけども。もし皆さんが、ただの知事批判やワイドショー的なスキャンダル消費で終わらせず、この狂った社会の構造をもう一段深く解剖してみたいと思うてくれはるんやったら。ちょっとだけ遠回りして、まずは第1回の方から順に目を通してもらう方が、結果的にこの後の「プリミティブな怒りのロジック」が、より深く、スッと腹に落ちるんちゃうかなと思いますわ。
【完全版】動画タイムスタンプ&要約辞書
【クリックで展開】全118箇所のタイムスタンプと要約を表示(動画の取扱説明書)
- 01 0:00:00 [結論]配信スタートと発声練習の言い訳
- 02 0:01:20 [分析]出だしの躓きと自然体への回帰
- 03 0:02:27 [視点]ミヤコ蝶々Tシャツと他人の離婚騒動への呆れ
- 04 0:03:31 [本質]「別れなはれ」の無言のメッセージ
- 05 0:04:37 [真実]全く伝わらなかったノンバーバルコミュニケーション
- 06 0:05:51 [論理]カウンター席がもたらした立ち位置の致命的ミス
- 07 0:07:16 [挑発]若年層には一切伝わらない「南都・蝶々」の構図
- 08 0:08:20 [闇]視聴者を離婚に導くかもしれない呪いの配信
- 09 0:09:31 [視点]ミヤコ蝶々の全盛期と「夫婦善哉」の記憶
- 10 0:10:38 [分析]上方演芸資料館の記憶と喜劇役者四天王の定義
- 11 0:11:44 [本質]藤山寛美から滲み出るルサンチマンと剥き出しの敵対心
- 12 0:12:51 [真実]藤山というフェノメノンと喜劇の乖離
- 13 0:13:56 [論理]松竹新喜劇DVDフルコンプから見える藤山の変容
- 14 0:16:05 [分析]「業」を見せる寛美とナラティブとして消費する大衆
- 15 0:18:14 [視点]脇役時代の寛美の圧倒的エネルギーと面白さ
- 16 0:19:20 [結論]四天王と藤山直美に通底する「業を見せない」凄み
- 17 0:20:25 [真実]「てなもんや三度笠」におけるミヤコ蝶々の圧倒的間合い
- 18 0:21:30 [本質]平参平の「おばはんやんけ」を引き出す天性のツッコミ
- 19 0:23:43 [分析]破れ奉行における千昌夫とジェリー藤尾の奇跡の受け
- 20 0:24:47 [論理]名優・萬屋錦之介でも受けきれない喜劇のリズム感
- 21 0:25:52 [視点]歌手だからこそ成立する至高の掛け合い
- 22 0:26:55 [真実]由利徹「カックン」という誰にも真似できない至芸
- 23 0:28:05 [挑発]鼻から抜けるカックンへの8万回の挑戦と絶対的な壁
- 24 0:29:15 [闇]由利徹の至芸の狂気的な再現
- 25 0:30:29 [結論]30代を費やした練習と絶対的な壁の認識
- 26 0:31:41 [挑発]義務教育化の提言とシャワー中のトランプのモノマネ
- 27 0:32:48 [視点]本題への帰還:トランプ大統領とカマラ・ハリスの得票分析
- 28 0:33:58 [構造]アメリカ大統領選挙のシステムとポピュラーボートの欺瞞
- 29 0:35:01 [真実]カマラ・ハリスは「大負け」していないという数字の提示
- 30 0:36:07 [分析]2年前のオハイオ州におけるトランプの圧倒的勝利
- 31 0:37:11 [闇]2年後のオハイオ州上院選における民主党リードの怪
- 32 0:38:31 [論理]わずか2年間で激変したオハイオの民意の振れ幅
- 33 0:39:35 [本質]民意とは何かという根源的な問い
- 34 0:40:54 [視点]韓国ソウルの事例:尹錫悦を倒した市民の反転
- 35 0:42:00 [分析]リベラル圧勝の中でソウル市長選だけが右派に流れた理由
- 36 0:43:13 [構造]物価高と不動産問題がもたらしたローカルな変節
- 37 0:44:20 [論理]東京都知事選・石丸伸二の得票から見る民意の移ろい
- 38 0:45:38 [真実]定期的な選挙制度が内包する「民意は移り変わる」という大前提
- 39 0:46:42 [警告]民意は絶えず動き、そして必ず間違えるという事実
- 40 0:47:45 [断罪]兵庫県知事選・110万票の民意の危うさと暴走
- 41 0:48:49 [結論]民意という物差しで決して測ってはいけない絶対領域
- 42 0:49:57 [闇]斎藤元彦知事の公用車赤信号無視に見る法治の崩壊
- 43 0:51:09 [論理]選挙の勝利によって違法行為は正当化されない
- 44 0:52:12 [真実]水谷氏の動画検証:公用車の赤信号無視の瞬間
- 45 0:53:22 [警告]知事の指示の有無と選挙結果による不条理の正当化
- 46 0:54:33 [本質]民意でルールを押し通す社会への根源的な恐怖
- 47 0:55:37 [分析]ネット世論の反転と「斎藤元彦辞めろ」の圧倒的ボリューム
- 48 0:56:45 [視点]フランス革命とマリー・アントワネットのブリオッシュの暗喩
- 49 0:57:50 [挑発]暴走する世論に抗うことの圧倒的な孤独
- 50 0:58:54 [結論]兵庫県のフロントで戦う人々の努力と民意の変容
- 51 1:00:00 [本質]民意という濁流に杭を打ち続けたファーストペンギンたち
- 52 1:01:06 [真実]共感を求めることは濁流に呑まれるのと同じである
- 53 1:02:13 [警告]プロテストにおける共感というKPIの致命的欺瞞
- 54 1:03:33 [視点]与謝野晶子やローザ・パークスが共感を求めていたらどうなったか
- 55 1:04:59 [挑発]「斎藤元彦は人殺し」発言に対するいかがなものかという反発
- 56 1:06:03 [断罪]人殺しとコールする者の杭を打つ作業を邪魔するな
- 57 1:07:11 [論理]喜怒哀楽の中で「怒り」だけが100%ロジックで他者に伝わる
- 58 1:08:33 [分析]ミヤコ蝶々や由利徹の「喜」が論理で解説不能な理由
- 59 1:09:37 [真実]水俣病原告団の幟旗が証明する「怒り」の圧倒的伝達力
- 60 1:11:01 [本質]怒りを「感情的」として排斥する社会の決定的な誤謬
- 61 1:12:22 [結論]共感が欲しければ正論ではなくプリミティブな怒りを掲げろ
- 62 1:13:28 [視点]東大・本田先生の国会前演説に見る「知性ゆえの怒り」
- 63 1:14:56 [論理]怒れば怒るほど論理的になるという真理と斎藤元彦会見の異常性
- 64 1:16:05 [断罪]自殺を「異議申し立てなし」と処理する知事の非人間的行為
- 65 1:17:13 [警告]非人間的行為に対してプリミティブな怒りを抱けない者の異常
- 66 1:18:21 [挑発]「斎藤元彦は人殺し」という言葉が持つ圧倒的な訴求力
- 67 1:19:27 [構造]怒りを抑圧する教育の弊害と「怒りは二次感情」の真意
- 68 1:20:32 [分析]理屈を経由して発露する「怒り」という二次感情のメカニズム
- 69 1:21:38 [真実]公共の場での非人間的行為に対して怒らないことの異常性
- 70 1:22:57 [論理]1/6足す2/6は1/2になるのと同じレベルの「怒るべき」論理
- 71 1:24:19 [本質]「下品な言葉を使うな」という道徳的圧力が孕む欺瞞
- 72 1:25:23 [結論]堂々と「斎藤元彦は人殺し」と呼ぶことの圧倒的論理性
- 73 1:26:29 [挑発]下品と謗られることへの優越と「上品な知事」のグロテスクさ
- 74 1:27:35 [真実]「粗にして野だが卑ではない」という絶対的な矜持
- 75 1:28:44 [警告]孤立を恐れて民意という濁流に迎合することへの警鐘
- 76 1:29:49 [断罪]評価を気にして怒りを収める者への軽蔑と気高さの要求
- 77 1:30:53 [本質]迎合は110万人への屈服であり、問われているのは個の強さである
- 78 1:32:02 [視点]しなしなにならず8500人を集める配信と紛れ込むアンチ
- 79 1:33:07 [挑発]「活動家」という批判を年3冊の出版実績で粉砕する痛快
- 80 1:34:14 [闇]名誉毀損や逮捕をちらつかせる薄弱な脅しへの冷笑
- 81 1:35:27 [論理]「人殺し」発言を正当化する公益性・公共性・真実性の完全証明
- 82 1:36:34 [真実]一般人ではない「兵庫県知事」に対する論評という免責要件
- 83 1:37:56 [断罪]名誉毀損で訴えても司法の場で絶対勝てないという宣告
- 84 1:39:25 [本質]訴訟で勝つための唯一の条件は「知事を辞めること」である
- 85 1:40:40 [挑発]維新の県議に要求する「菅野完の人殺し発言」を議会で問う愚行の勧め
- 86 1:42:01 [闇]「看過できない」と息巻いてポストを消した県議の浅はかさ
- 87 1:43:27 [警告]県議会の場で正々堂々と菅野完の名前を出して議論してみろ
- 88 1:44:39 [結論]「粗にして野だが卑ではない」ダマになってかかってこいという宣戦布告
- 89 1:45:55 [視点]唐突なチャンネル登録要請と「脱ぐぞ」という謎の脅迫
- 90 1:47:15 [分析]自身のヌードにおける公益性の欠欠如と完全敗北の予測
- 91 1:48:19 [真実]「出したところで見えない」という痛烈なコメントとひよこ鑑定士の苦悩
- 92 1:49:31 [闇]カラーひよこの悲哀と経済合理性の残酷なシステム
- 93 1:50:43 [本質]菅野完を最も無力化する「しれっと定例会見に出席させる」戦略
- 94 1:51:57 [論理]出禁措置がもたらす爆発的な宣伝効果と「アホは逆を打つ」の法則
- 95 1:53:03 [構造]最悪の選択を自ら引き寄せるアホの行動原理
- 96 1:54:26 [警告]時計の針が2年前に戻っていることに気づかない滑稽さ
- 97 1:55:43 [挑発]パワハラ研修の予算返還を求める住民訴訟という新たなカード
- 98 1:57:10 [結論]「アホは逆を打つ」ゆえの予想的中への確信
- 99 1:58:21 [断罪]いじめ自殺における加害者への「人殺し」呼称と斎藤元彦知事の完全な合致
- 100 1:59:33 [真実]「自分で橋から飛び込んだ」という論理の破綻と「人殺し」以外の表現の不在
- 101 2:00:57 [真実]旭川いじめ事件との構造的同一性と世間のダブルスタンダード
- 102 2:02:06 [闇]唐突な由利徹への回帰と脳内で響き続ける「花街の母」
- 103 2:03:13 [挑発]「カックン」を知る者は半分死にかけの年寄りであるという暴言
- 104 2:04:20 [視点]15分動画スタート:読売新聞8面・NATO戦力削減の波紋
- 105 2:05:25 [論理]トランプのNATO軽視の背景にあるアメリカ右派の伝統的ナショナリズム
- 106 2:06:34 [構造]平和やLGBTQを叫ぶリベラル側こそが日米安保を支えるという逆説
- 107 2:07:40 [真実]アメリカ下院におけるイラン撤収案可決と共和党の造反
- 108 2:08:46 [分析]日経新聞11面:JD・ヴァンスへの冷遇に見るトランプの単純な嫉妬
- 109 2:09:53 [視点]韓国統一地方選:ソウル市長選敗北とリベラル与党の全体的勝利
- 110 2:10:56 [論理]先進国・韓国の有権者が下した尹錫悦政権への真っ当な審判
- 111 2:12:00 [構造]東京新聞1面:読売・日経が騒ぎ、永田町が黙殺する「ナフサ不足」の怪
- 112 2:13:04 [本質]大企業と霞が関の悲鳴を無視する高市早苗の神懸かりなアホさ
- 113 2:14:08 [真実]東京新聞ボイコット作戦中の特例:アカウントA追跡連載への賛辞
- 114 2:15:14 [闇]トランプに罵倒されても「最高の友人」と媚びるネタニヤフの惨めさ
- 115 2:16:20 [結論]イスラエル批判における毎日新聞・小倉解説員の圧倒的な筆力
- 116 2:17:26 [視点]読売新聞社会面:気象庁の線状降水帯予測的中率43%への惜しみない賛辞
- 117 2:18:31 [分析]太平洋上の新兵器(水蒸気ライダー)導入による予測精度向上の展望
- 118 2:19:36 [結論]高市早苗と週刊文春の話題を週末に回し、本日の配信終了と切り抜き指示
共感という甘いKPIを捨てよ。濁流に抗うファーストペンギンの孤独
社会運動やプロテストにおいて、現代人はまるで条件反射のように「共感」という言葉を口にする。世間の顔色をうかがい、「そんな過激な言葉を使ったら共感を得られない」「それでは一般大衆から引かれてしまう」と、自らの主張を丸く削り落とし、マイルドに漂白していく。しかし、この「共感至上主義」の欺瞞は徹底的に冷笑されねばならない。巨大な民意が誤った方向に暴走している時、そこに共感を求めることは、自らもその濁流に呑まれて死ぬことと同義である。
暴走する世論に抗うことは、マリー・アントワネットを擁護するに等しい
110万票という「直近の民意」を絶対視し、赤信号無視すらも正当化しようとする兵庫県の異常な空気。この濁流に正面から抗うことがいかに絶望的で孤独な闘いであるか。その圧倒的な重圧は、フランス革命で血に飢えた群衆を前にする光景に等しい。
「皆さんがやってることは、世の中の大半に反することを言うてるわけです。フランス革命で言うたら、サキュロットが怒り狂ってバスティーユ牢獄を襲って『マリー・アントワネットを殺せ』って言うてる時に、『いや、それはあかんやろ』って言うてんのが皆さんですよ」 [▶ 0:57:50]
だが、その孤独を引き受けた者たちがいなかったわけではない。すべてが斎藤元彦知事の免罪へと流れていく土石流のような世論の中で、「これはおかしい」と声を上げ続けた難波氏らフロントの闘士たち。彼らファーストペンギンが文字通り怪我をしながら、泥水の中に立ち続けて「杭」を打ち込んだからこそ、今ようやく民意の本流が緩和しつつあるのだ。
ローザ・パークスや与謝野晶子は「世間の顔色」をうかがったか?
だからこそ、この孤独な闘いにおいて「共感」などという甘ったるいKPI(評価指標)を設定することは、歴史に対する冒涜ですらある。歴史を動かし、社会の不条理を打ち破ってきた偉人たちが、果たして「世間からいかがなものかと思われる」と忖度しただろうか。
「プロテストする側は『共感』なんてことを自分のKPIにしちゃダメなの。大月桂月と論争してた時の与謝野晶子が共感を求めてたか? 市川房枝が、平塚らいてうが、世論に迎合して共感にあった時にどうなってた? もしそうだったらローザ・パークスが共感を求めてたか? 『常識的に嫌われない』っていう価値判断が正しかったら、ローザ・パークスは席を立つべきです」 [▶ 1:03:33]
権力の暴走や非人間的な行為に対し「人殺し」とコールする。それに対して「過激だ」「共感されない」と顔をしかめる者たちへ、菅野氏は強烈な一撃を見舞う。「人殺しとコールする者の、杭を打つ作業を邪魔するな。お前がその杭を打ちたくないんだったら、打たなくていいんです」。共感という生ぬるい船に乗って濁流を下るか、孤立を恐れず川底に杭を打ち込むか。問われているのは、その覚悟なのだ。

1/6と2/6を足せば1/2になる。「怒り」という最も純粋な絶対論理
大衆はしばしば「怒り」を「感情的」という言葉でくくり、理性を失った下等な振る舞いであるかのように排斥する。しかし、この社会における真の狂気とは、怒るべき時に怒らないこと、非人間的な行為を前にして平然と「いかがなものか」と評論家ぶることである。
自死を「異議申し立てなし」と切り捨てる知事の非人間性
元西播磨県民局長が自死に追い込まれた事件。その直後に行われた記者会見において、斎藤元彦知事は平然とこう言い放った。「(亡くなったのだから)異議申し立てをしなかった。つまり懲戒免職を受け入れたということだ」と。この冷血極まりない言葉の処理に対し、「言葉を扱う人間としての敗北」すら覚悟の上で、最大の怒りを爆発させねばならない。

「言葉を使う商売の人間として負けかもわからんけども、常識から考えて、そんな非人間的な行為はないと思います。その非人間的な行為を見た時に、プリミティブな怒りというのは湧き立つはずです」 [▶ 1:16:05]
旭川のいじめ自殺事件では、直接手を下していなくても「いじめっ子は人殺しだ」と社会全体が糾弾した。にもかかわらず、全く同じ構図で県職員を死に追いやった権力者に対し、なぜ「人殺し」と呼ぶことに躊躇するのか。世間の持つこのグロテスクなダブルスタンダードと、怒りを抑圧する社会のシステムこそが異常なのだ。

「感情的」という言葉の欺瞞。喜怒哀楽の中で最もロジカルな感情は「怒り」である
喜怒哀楽の4つの感情のうち、「喜」「哀」「楽」は理屈を経由しない完全な情動である。ミヤコ蝶々の間合いや由利徹の至芸「カックン」でなぜ笑ってしまうのか、そこにロジックは存在しない。しかし、「怒り」だけは違う。怒りは、自らの内にある「正義」や「常識」という理屈を1回経由して発露する「二次感情」であり、だからこそ100%他者に論理として伝達できるのだ。
「水俣病の原告団がチッソの本社前でデモした時の幟旗。これ何が言いたいか全部わかるでしょ。怒りは他者に100%ロジックとして伝わる。みんな『感情的』って言うと『怒』だけを排斥するけど、ほんまは一番ロジカルなのは『怒』なんです」 [▶ 1:20:32]
東大の本田由紀教授が国会前で行った演説が100万再生を超えて拡散されたのも、そこに「知性ゆえの怒り」が迸っていたからだ。共感が欲しければ、綺麗にパッケージされた正論など捨てろ。己の内のプリミティブな怒りこそが、最も純粋な絶対論理として他者の胸を打つのだ。

「粗にして野だが卑ではない」。上品ぶる権力を笑い飛ばし、気高く在れ
「怒り」を表明した瞬間に降り注ぐ「下品だ」という道徳的圧力や、「名誉毀損で訴えられるぞ」という薄弱な脅し。これらの一切を鼻で笑い、己の気高さを証明して見せよ。
下品と言われたら上等。堂々と「人殺し」と呼ぶことの圧倒的論理性
「人殺しという言葉は下品だ」という批判に対するカウンターは、痛快を通り越して凄みすら帯びている。
「下品なんでしょうよ、そら。斎藤元彦は人殺しというのは。で、それに対して上品な知事っていう風に見えるんでしょう? 上等ですよ。上品な言葉で『県民局長は異議申し立てをしなかったんで懲戒免職を受け入れたことになりますね』って上品に喋ってたり、それが上品やと思うんでしょ? そんな奴から下品と思われるんだったら、下品と思われたいですよ」
名誉毀損で訴えてこい。相手は一般人ではなく兵庫県知事。自身の発言は公人に対する論評であり、「公益性・公共性・真実性・真実相当性」という免責要件を完全なまでに満たしている。「あいつらが訴えようが何しようが、司法の場で絶対勝たれへんから。勝とうと思ったら知事辞めることですわ」 と、法的なロジックにおいても権力側を完全に包囲しているのだ。 [▶ 1:39:25]

アホは必ず逆を打つ。孤立を恐れず、己の内の「プリミティブな怒り」を突き立てろ
知事側が批判者を黙らせるための最適解は「記者会見にしれっと出席させて無力化すること」である。しかし、権力というものは往々にして自らの知性の欠如により自滅する。「アホは逆を打つ」という絶対法則により、彼らが最も悪手である「出禁措置」を取ることで、かえって自らの炎上に油を注ぐだけだ。
そして、「お前は記者ではなく活動家だ」とレッテルを貼るアンチに対し、菅野氏は「ごめん、俺の人気コンテンツやねん。同接8500人超えてるし、俺の本30万部売れるし今年3冊出んねん」 と、圧倒的な実績の数字で粉砕する。
「菅野完は粗にして野かもしれないが、卑ではない。そして皆さんも粗にして野かもしれないが、卑ではないはずです。迎合しようとするな。受けようとするな。ただただ、気高くあれ」 [▶ 1:51:57]

110万票の民意に屈服せず、孤立を恐れず、非人間的な権力に対して堂々と「人殺し」と突きつけること。それこそが、この狂った社会において人間が人間として気高く在るための、唯一の闘い方なのである。
【実況(コラム):「脱ぐぞ」の脅迫と気象庁の新兵器】
お前らチャンネル登録せえよ。せえへんのやったら脱ぐぞ。…お前ら「出したところで見えない」とか言うな。ほんまのこと言うな泣くぞ。俺がひよこやったら、ベルトコンベアで流れてきてひよこ鑑定士のお兄さんの手止まるからな。どっちかな言うて。で、そのまま縁日の紫とかピンクのカラーひよこにされるか、ミンチにされて肉骨粉やないか。俺のヌードに公益性なんかあってたまるか。
しかしまあ、今日の読売新聞社会面ね。こないだの台風6号で、気象庁が線状降水帯の発生的中率43%叩き出しましたわ。目標の50%には届かんかった言うても、これすごいですよ。今度、太平洋に水蒸気ライダーっていう新兵器浮かべる言うてるし、打率5割で的中できるようになったら、これ確実に助かる命が増えるんです。気象庁よう頑張った。高市早苗の神懸かったアホアホ答弁と週刊文春の話は、週末の特別編に回しますわ。切り抜き職人の皆さん、ようけあったと思うんで、ポンポン切り抜いといてください。ほなさいなら!

これで、今回の兵庫県政を巡る一連の解剖もひと段落です。
僕が今回、なんでこんなに時間を使って「怒れ」って言うたか、少しは伝わりましたかね。単に斎藤知事の悪口を言って留飲を下げたいからやないんです。世間がなんとなく絶対視してる「110万票の民意」っていう怪物の軽薄さと、「共感されなきゃダメだ」っていう同調圧力のグロテスクさを、一回きれいに剥がしてみたかったんですわ。
「人殺しなんて過激な言葉使ったら、世間から引かれるよ」って、安全な場所から賢ぶって言うのは簡単です。でもね、人が死んでるのに「いかがなものか」なんて言葉でお茶を濁して、非人間的な権力に上品に合わせてどうするんですか。そんな濁流の中で、周りの顔色ばっかりうかがって「共感」なんて甘いもん探してたら、結局自分もその泥水の一部になって流されていくだけなんですよ。
だからこそ、自分の常識に照らし合わせて「それはおかしい」と思ったら、純粋でロジカルな怒りを持って、川底に一本の「杭」を打ち込まんならんのです。誰かに下品やと思われても、孤立してもええやないですか。大事なのは、狂った多数派に迎合せず、人間として「気高く在る」ことですからね。
ここまで読んでくれた皆さんなら、もう世間の言う「民意」や「共感」という言葉の裏にある罠に気づいてるはずです。見えなかった構造が見えるようになった今、ここから先、あなた自身が濁流に大人しく流されるのか、それとも泥をかぶってでも自分だけの杭を打ち込むのか。それを決めるのは、僕でも世論でもなく、皆さん自身の矜持なんちゃうかなと思いますわ。







コメント