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【第1回】「多数決」という名の独裁に屈した議会の罪。アメリカ建国の父たちが250年前に見抜いていた「民意による国家滅亡」の恐怖


6/9(火)朝刊チェック:【悲報】斎藤元彦さん、自民党から見放されてしまう。


【結論】
2024年9月の兵庫県議会による全会一致の不信任決議は、百条委員会の結論という正当な手続きを放棄し、一時的な民意の熱狂に迎合した戦後地方自治史最大の痛恨事である。アメリカ建国の父たちが恐れた「多数決による独裁」の罠に陥った議会の弱さを断罪し、既存の手続きを厳格に死守する「本寸法の保守主義」の真髄と、無記名投票によって議会のガバナンスを救った自民・北口幹事長の実務手腕を冷徹に解剖する。
【ポイント3選】

北口幹事長の本寸法: 選挙に怯え背中が寒い地方議員を「無記名投票」という制度の力で救い出したプロの高等マニューバー。
全会一致の熱狂の罪: 役所の電話回線をパンクさせたクレームの嵐に平伏し、百条委員会の調査結果を待たずに手続きを放棄した議会の失態。
血塗られたルールブック: ホモ・サピエンスが何億リットルもの流血の果てに書き上げた「手続き」を、狂気から自由を守る盾として厳格に死守する反革命思想。

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🏛️ 挙手を拒み「無記名投票」を貫いた自民・北口幹事長の本寸法

2024年、そして現在に至る兵庫県政の混迷を巡り、世間は「10月の選挙に立花孝志が来たからだ」「片山金玉ち〇ぽ之助みたいな顔した片山が余計なことをしたからだ」と、表面的なドタバタ劇ばかりを面白おかしく消費している。しかし、そんなものは最大の不幸の根本原因ではない。この惨劇の底に横たわる真の不幸は、百条委員会の結論が出る前に、沸騰する民意(世間のクレーム電話)や日本維新の会の焦りに流され、全会一致で不信任決議を出してしまった「手続き論の完全なる放棄」にある。沸騰する民意に議会が絶対になびいてはいけないという250年前のアメリカ建国の父たちの思想(ルールブック)と、今回の議会で自民党・北口幹事長が見せた本物の「保守政治家(ステーツマン)」としての圧倒的な実務手腕を対比させながら、冷徹に解剖していこう。

背中が寒い地方議員たちを救った「無記名の神の紙」という高等マニューバー [▶ 00:41:15]

質問を経て、知事のあまりにも酷すぎる答弁(ヘイトスピーチ問題への無責任な態度)を目の当たりにした自民党の北口寛人幹事長が下した決断は、実に見事な政治的マニューバー(高等戦略)であった。当時の自民党地方議員たちは、国政における高市早苗の凋落や、来年に控える統一地方選挙への恐怖で、文字通り「背中が寒い」状態に置かれていた。「快晴のゴルフコースで気持ちよく弾を打つような選挙」には到底ならず、吹雪のゴルフ場で凍えながら、サンドウェッジを使って小刻みに刻むような絶望的な選挙戦を前に、世論の視線や党利党略の圧力に晒されれば、議員たちは己の信じる正義の声を上げることすらできなくなる。

そんな議員たちに対し、北口氏は会派内での意思確認において、当初出た「挙手による採決」をあえて拒否した。「挙手したら誰が手を挙げたか一発で分かってしまう。背中が寒い奴がおるから」と、全員が遺痕を残さず、己の志を100%表現できるように「無記名の普通の紙の投票」という手段をとったのである。選挙に怯える議員の心理を完全に掌握し、結論を急ぐことなく手続きをきっちり踏んだこの知恵こそが、本物のプロのやり方である。

思想は違えど認めざるを得ない「手続きの確かさ」というプロの処理 [▶ 01:03:35]

率直に言って、北口氏と私の思想的な立場は、複雑なく話し合えば「殴り合いの喧嘩になる」ほど根本から異なっている。彼はあくまで斎藤元彦を応援する側の人間だ。しかし、思想的な対立を脇に置いたとしても、今回の彼の仕事の処理の仕方、「手続きの確かさ」に対しては最大級の賛辞を惜しまない。

世間のポリティシャン(単なる政治屋)と、北口氏のようなステーツマン(国家への責任を持つ政治家)は違う。最後の最後、議論が踏ん詰まりになってやむを得ず「多数決」という伝家の宝刀を抜くことになったが、その刀を抜く瞬間の所作が「大河内傳次郎ちゃうかな」と思うほど美しく、かっこよかった。いきなり数の力で斬りつけるのではなく、そこに至るまでの「どやねんこやねん(周到な意思確認)」を1個1個きっちり積み重ねてから刀を抜いたのである。彼のこの采配は、アメリカへ持っていっても、フランスやイギリスへ持っていっても、世界中のどこへ出しても一切恥ずかしくない「本寸法の保守政治家」のやるべき圧倒的な仕事の処理であった。

🚨 2024年9月、兵庫県議会が踏み外した「最大の不幸」の正体

百条委員会の結論を待てずに「全会一致」の熱狂へ逃げた維新と議会の罪 [▶ 00:43:52]

ここで歴史の時計の針を2024年9月に巻き戻さねばならない。兵庫県の最大の失敗であり、最大の不幸は、10月の選挙に立花孝志が来たことではない。躍動の会の3人が立花孝志にデマを吹き込んだことでもない。そして、片山金玉ち〇ぽ之助みたいな顔した片山が余計なことをしたからでもない。百条委員会の答え(結論)がまだ出ていないタイミングで、不信任決議を「全会一致」で採決させてしまったこと、これこそがすべての惨劇の始まりであり、最大の不幸なのだ。

その不幸を招いた元凶は、俺が保守とは一切認めない「日本維新の会」のせいである。あの時、吉村洋文が「もう党が持たない、これ以上庇えない」と言い出して不信任案を出そうとした。そのタイミングでどこかの会派が不信任案を出してしまえば、他の会派も反対に回れなくなり、みんなそこへなだれ込んでしまう。すぐ多数決を取ろうとするやつはダメなのだ。そのプロセスを完遂させずに数合わせの多数決に逃げた議会の罪は、極めて重い。

沸騰するクレーム電話に平伏した「地方議会の田舎っぷり」が招いた代償 [▶ 00:47:45]

当時、兵庫県庁には「斎藤元彦なんか辞めさせてしまえ」というクレームの電話が、毎日回線がパンクするほど殺到していた。しかし、どれだけ世論が沸騰し、不信任を出さなければならない政治的理由があろうとも、そこで「手続き論」を放棄して民意になびいてしまったことこそが、兵庫県議会が見せた最大の「田舎っぷり」である。議会が顔の見えないクレームの総量にビビり、多数決へと逃げ込んだ瞬間に、先人たちが何億リットルもの血で書き上げた「ルールブック」は無惨に破り捨てられたのだ。

「毎日毎日、県庁の電話がパンクするぐらい『辞めさせろ』とクレームがかかってきたからって、それはそれや。そこになぜ議会がなびいてはいけないのか。それは、250年前にアメリカ合衆国憲法を作った『おっちゃんら(建国の父たち)』が、すでに議論し尽くしているからや。『沸騰する民意の言うことを聞くと、国が滅ぶぞ』と。 あのタイミングでどれだけ世論の沸騰という政治的理由があろうと、手続き論は絶対に守り抜かなければならない手続き論やった。もしあの時、クレームにビビらず、百条委員会の答えが出るまできっちりと手続きを踏んでいればどうなっていたか。不幸にも渡瀬県民局長はすでにお亡くなりになっていたけれど、少なくとも竹内さんの命だけは絶対に救えたはずなんや。だって、それこそが血を流して獲得した『手続き論』なんやから!」

⚔️ 日の丸を振るだけのエセ保守を叩き斬る「反革命思想」の神髄

レイシズムとミソジニーを足して二で割っただけの「極左」という名の差別者ども [▶ 00:53:50]

日の丸の旗を振って「天皇陛下万歳」と叫びながら、「韓国人出ていけ」「朝鮮人〇ね」「女は黙って男の言うこと聞いとけ」と喚き散らす連中がいる。彼らは自らを保守だと気取っているが、あんなものは「田舎の弱者がやってる芸当」に過ぎない。レイシズム(人種差別)とミソジニー(女性嫌悪)を足して二で割っただけのゴミクズであり、保守でも何でもない。

本寸法の保守主義とはただ一つ、ホモ・サピエンスが300年かけて、何億リットルもの血をインク代わりにして書き上げてきた「権力の暴走を防ぐためのルールブック(既存の手続き)」を厳格に読み、守ることだ。ルールも読めず、手続きも無視して差別を扇動する奴らの振る舞いは、保守の要件を何一つ満たしていない。社会のルールをぶっ壊しているという意味で、俺から言わせれば保守の完全な反対側にある「極左」そのものだ。

抗議者を倫理で叩く連中の正体「田舎特有のルサンチマン」

一方で、抗議活動の写真に写っていたパンクスのお兄ちゃんの「モヒカン」や「射的の銃」を見て、過激だ、けしからんとぐちぐち文句を言う連中がいるが、その正体は高尚な倫理観でも何でもない。

ダメージデニムを履いている若者を見て「風邪引くで」と勝手に縫ってしまいたくなる田舎のおばあちゃんや、線の細い薄くなったモヒカンを見て「ウルトラマンの背中のチャックの終わりみたいやな」といじりたくなるのと同じだ。単に見慣れない異物(特有のファッションや表現形態)に対して、田舎者特有の「心理的拒否反応(ルサンチマン)」が反射的に出ているだけであり、本当に恥ずかしいからやめろ。

ホモ・サピエンスが何億リットルの血をインクにして書いた『ルールブック』の重み [▶ 01:06:53]

「では、彼ら差別者どもが逆立ちしても理解できない『本寸法の保守主義(コンサバティブ)』とは一体何か。それは、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)万歳だの天照大御神万歳だの、『愛国行進曲』や『昭和維新の歌』の歌詞すらパッと出てこない現代のエセ右翼たちが日の丸を振って喜んでいるような、田舎の弱者がやってる薄っぺらい芸当のことではない。

保守主義の考え方とは『反革命』である。それは高尚な哲学などではなく、人間の本性に対する『そんなんしたら怪我するで』というシンプルな態度だ。ダメージのデニムを穿いている若者を見て、『怪我するで』と縫ってしまいたくなるおばあちゃんと同じである。エドマンド・バークが、フランス革命に興奮しているパリの青年に向けてロンドンから手紙を書き、『君ら、それ怪我するで。絶対怪我するで』と冷水を浴びせ続けた、あの感覚こそが保守主義なのだ。

本物の保守の要件はただ一つ。ホモ・サピエンスがこの300年ぐらいかけて、何億リットルもの血をインク代わりにして書き上げてきた『国家をどう運営するか、これだけはやってはいけない』というルールブック(既存の手続き)をきっちり読み込んで、その通りに守ることである。

日の丸を振って『韓国人出ていけ』『女は黙ってろ』と喚き散らすのは、保守でも何でもない。それは、何億リットルもの血で書かれたルールブックに『絶対にそんなことしたらあかん』と禁止されている振る舞いそのものだ。ルールをぶっ壊しているという意味で、奴らは保守の完全な反対側にある『極左』の暴力に過ぎない。」

「冬の国会が面白いんですよ。皆さんがテレビで見ている予算委員会の部屋や本会議場ではなく、国対委員長室や幹事長室、各会派の控室として事務的に使われているちっちゃい部屋での話です。

国会は昭和の建物ですから、暖房はエアコンじゃなくて『お湯の暖房(ラジエーター)』なんです。芯からぬくもる暖房はちゃんと入っているんですが、何分建物が全部『石』で出来ていて天井が高いから、やっぱり底冷えがするんですよ。 そしたら、なぜか特定の同じ窓のところに、おじいちゃん議員とおばあちゃん議員、それにおじいちゃん記者とおばあちゃん記者がたくさんいる。こっちの窓だけ3人おるな、なんでかなとずっと不思議に思ってたんやけど、ようやく分かってきた。

みんな、一番日当たりの良いところに背中を向けて集まってるんです。最初は偉そうにしてるのかと思ったら違う。光を求めて、ぬくさを求めて集まってはるんです。生理的な動きとして完全に『猫』と同じ。半分猫です。 普段は思想がどうのと言い合っている連中が、ただ日向に群がる様は、ちゃんと『呉越同舟』なんですよ。年取ってくたびれたら、みんな猫になるんです。だんだん分かってきた。俺もだんだん猫になってきた。」

📉 250年前にマディソンらが看破した「ピュア・デモクラシー」の恐怖

沸騰する民意の言うことを聞いていたら国家が滅ぶという厳格な設計図 [▶ 00:57:30]

「今から250年前、ジェームズ・マディソンやアレクサンダー・ハミルトン、ジョン・ジェイらアメリカ合衆国憲法を作った『おっちゃんら(建国の父)』たちが、最も激しく恐れたものは何であったか。

彼らは当時世界最強だったイギリスと戦争までして、『王様むかつく』と言ってイギリス人を追い出し、独立国家を作った。それなのに、自分たちでもっぺん新たな王様を担ぎ出すようなことになったら恥ずかしくて仕方がない。元も子もない。だから『どうやったら王様が出てこないようにできるんや?』と、ギリシャやローマの歴史を徹底的に研究した。 そこで彼らは恐るべき事実に気づいたのだ。『王様なんか最初おらへんところに王様が出てくるってことは、これ全部多数決やん!ほんなら多数決めっちゃ怖い!多数決めっちゃ怖いで!』と。

後に第4代大統領となるマディソンは、多数決(ピュア・デモクラシー)の暴走について明確に書き残している。 『ピュア・デモクラシーでは、弱小の党派や気に入らない個人を切り捨ててしまうという誘惑を抑えるようなものは何もない。それゆえに常に混乱と激論の光景を繰り広げ、個人の安全や財産権とは両立しがたいものとなり、一般的にその生命は短く、死滅に際しては暴力を伴うものとなってきたのである』

このマディソンの文章を読めば、もうこう叫ぶしかない。『兵庫やん!兵庫やん!』と。 250年前に彼らが看破したこのピュア・デモクラシーの恐怖と破滅の構図は、現代の兵庫で起きている惨劇そのままだ。何でもかんでも多数決で決めてしまえば、必ず新たな王様が誕生し、国は滅ぶ。だからこそ彼らは、多数決という化け物を縛り付けるための厳格な設計図(ルールブック)を作ったのだ。沸騰する民意の言うことを聞いていたら国が滅ぶ。これこそが憲法が内包する絶対の真理である。」

不逮捕特権と無答責が議員に与えられた「民意に媚びるな」というコア・カーネル [▶ 00:50:25]

「250年前にアメリカ合衆国憲法を作った『おっちゃんら(建国の父)』が議論し設計したこのルールブックは、フランスや、当時の民主主義の先進国だったイギリス、さらにはその他のあらゆる近代民主主義国家に影響を与えている。もちろん日本国憲法も、そして大日本帝国憲法もだ。伊藤博文も明治憲法を作る時に、このおっちゃんらの議論(フェデラリスト)を熟読吟味したと言っている。

これはコンピュータのOSで言えば、「昔のLinux(モスキとリナックス)」みたいなものだ。もうカーネルの「コアのコア」である。その絶対的なコア・カーネルの上に、色んな国の特徴を乗っけていったのが、それぞれの国の憲法なのだ。

国会議員には「不逮捕特権」や「院内発言の無答責」という特権がある。なぜそんな特権が認められているかと言えば、「お前はお前で、何にも心配することなくお前の志を述べろ」と言われているからだ。だからこそ、議員が一番なびいてはいけないのは、金でも暴力でもなく、「民意」になびくなと言われているのだ。

しかし、2024年9月に兵庫県議会が不信任決議を出した時の振る舞いは、議会としてこの「コア・カーネル」で絶対に『やったらあかん』と禁止されていることばっかりをやったのだ。沸騰する民意に怯え、手続きを破り捨てて多数決に逃げた。それこそが、兵庫の最大の不幸の始まりなのである。」

たもっちゃん
たもっちゃん

「ここまで読んで、『なるほど、百条委員会の結論も待たずに、沸騰する民意にビビって不信任決議を急いだ議会が一番の不幸やったんやな』で満足してページを閉じるなら、そら別に構いません 。一つの事実ではありますからね。

ただ、先人たちが何億リットルもの血を流して書いたルールブックを無視して、権力が何の抵抗も受けずに居座り続けると、次は何が起きるか 。政治の世界の機能不全が、社会の底が抜けたような惨状にまで波及していくんです。

県庁前で『朝鮮人〇ね』と叫ぶ連中を前に、本来は保守の最大会派であるはずの自民党議員から『差別はやめましょうよ、迷惑やと言ってください』と公式に諭されても、トップが『個別事案への発言は差し控える』と逃げ回って事実上の野放しにする 。なぜ彼がそんなゴミクズみたいな連中を『迷惑や』と切り捨てられないのか 。この『権力の醜悪な構造』については、続く第2回でマルクスの古典を引っ張り出しながらみっちり解剖してます 。

今の兵庫の惨状を『議会の失態』だけで終わらせず、もう一段深く知りたいという奇特な方は、そのまま第2回も覗いてみてもらうと、より絶望の解像度が上がるんちゃうかなと思いますわ。」

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