AIの真相:資本主義の暴走と政治の役割、その『核心』を徹底解説 | 菅野完 朝刊チェック 文字起こし
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AI×金融工学がもたらす未来と、私たちがAIに奪われない「非合理」な仕事

2026/2/23(月・祝)朝刊チェック:自民党をしばき倒すと叫ぶ以外に他党の存在価値などあろうはずもない

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記事の要約と図解

【結論】 昨今もてはやされているAIの本質は知能などではなく、「壮大なる差し込み印刷」に過ぎない。この高度な情報処理機能が金融資本主義と結びついたとき、実体経済から乖離した恐ろしい暴走が始まる。AIが極限まで合理性を追求する時代においてこそ、人間社会に不可避に存在する「合理性では割り切れない非合理」を引き受け、寄り添う「政治」の役割が決定的に重要になる。

【ポイント3選】

  1. AIの正体は「知能」ではなく「壮大なる差し込み印刷」である:AIに人生相談をするなど言語道断であり、真の活用法は既存の答えを組み合わせる「コーディング」や、人間が的確な「要件定義」を与えることにある。
  2. AI×金融工学がもたらす資本主義の暴走:AIの処理能力が金融工学やインデックス投資と結びつくことで、株価そのものの実体感が薄まり、極端な金融資本主義の加速を引き起こす。
  3. 「非合理」を引き受けるのが政治の存在意義:水争いのような、決して合理性だけでは解決できない人間の生々しい対立や矛盾に寄り添うことこそが、政治の果たすべき本来の役割である。

■ 【徹底解説】AIの本質と資本主義の暴走、そして政治の存在意義

AIに「人生相談」をするのは間違っている

最近のAIブームを見ていると、本当に呆れて果てる。世間のアホな連中が、AIを真顔で使い倒しているつもりになって、あろうことかAIに「人生相談」をしたり、AIに冷たいことを言われたと悩んだりしている。はっきり言っておくが、それは根本的に間違っている。AI(アーティフィシャル・インテリジェンス)などと小難しい横文字で呼んでいるが、あいつらには「知能」なんてものは一切ない。自ら物を考えているわけでは断じてないのだ。

もてはやされているAIの正体は「壮大なる差し込み印刷」である

現在もてはやされているチャットGPTにせよ何にせよ、あいつらがやっていることの本質は、ただの「壮大なる差し込み印刷」である。Excelで住所録を作って、Wordのタックシールに指定された郵便番号と名前を流し込んでいく、あの差し込み印刷だ。どんなに凄そうなAIであっても、超大量のファクトシートを超高速で読み込み、並べ直して出力しているに過ぎない。だから、AIを擬人化して物を聞いたり、議論の相手にするなんていうのは、己の知性の低さを露呈しているだけの滑稽な行為なのだ。

本論1:AIの真の活用法は「コーディング」と「要件定義」

すでに答えが存在するものを組み合わせる「コーディング」こそAIの主戦場

では、AIで何をやるべきか。唯一やるべき圧倒的に正しい使い道は「コーディング」である。コーディングという作業自体、要は差し込み印刷なのだ。「物をこっちからこっちに動かしたい」「これをこう処理したい」という行為には、すでに世界中のどこかに正解が存在している。AIはその膨大なデータベースから、要求に合致するコードを瞬時に引っ張ってきて組み合わせる。これほどAIの特性に合致した作業はない。

人間側に求められる論理的な「要件定義」のスキル

AIにコーディングをさせる上で、絶対的に必要となるのが人間側の「要件定義」の能力だ。自分が何をさせたいのか、システムとしてどう動かしたいのかを論理的に言語化し、AIに指示する力である。昨今、社会人としての基礎スキルが落ち、パワーポイントのポンチ絵で誤魔化すばかりで、きちんとした要件定義書を書ける若者が絶望的に減っている。AIという最強の「差し込み印刷機」を駆動させるのは、人間が書く緻密で論理的な要件定義に他ならない。ここができない人間に、AIを語る資格はない。

本論2:AIと資本主義の融合がもたらす脅威

AIの膨大なデータ処理能力が金融工学と結びつく危険性

私が心底恐ろしいと思っているのは、この「強烈な差し込み印刷」であるAIが、金融工学と結びついた時の未来である。機械学習とファイナンスの相性は抜群に良い。人間の感情や倫理といった仮面すら被らず、ただひたすらに資本の増殖という合理性のみを追求するプログラムが市場を駆け巡る。マルクスが200年前に予言した資本主義の極致、人間の阻害が、AIの力によっていよいよ現実のものになろうとしているのだ。

実体経済から乖離し、インデックス投資とAIに支配される株価形成

現在、機関投資家も含めて市場の半分以上がインデックス投資で占められている。企業価値を個別に吟味するのではなく、ETFをまとめて買うパッシブ投資が主流だ。その結果、ETFだけが動き、株価そのものの実体感がどんどん薄まっている。その実体のない数字の乱舞をAIがぐるぐると高速で回し始めたらどうなるか。もはやどこで金が踊っているのか、誰にも実態が掴めない。上部構造がどうのこうのと言う前に、AIによって極限まで自動化され、実体から遊離した金融資本主義という「下部構造」が、私たちの社会を完全に規定してしまうことになる。

結論:政治と人間にしかできない「非合理」の領域

世の中には合理性だけでは割り切れない「非合理」な問題が存在する

AIが金融市場を支配し、徹底的な合理性を追求して社会の仕組みを変えていくのなら、「もう政治なんて必要ないじゃないか」と言う極論が出てくるだろう。だが、それは大きな間違いだ。世の中には、どれだけテクノロジーが進化し、合理性を突き詰めても、決して割り切れない問題が必ず残る。限界集落における泥臭い水争いを思い浮かべればいい。あんなものは、データやアルゴリズムが弾き出す「合理的な最適解」で解決できるものではないのだ。

割り切れない問題に寄り添うことこそが「政治」の本来の役割である

AIがもたらす冷徹な合理性や、資本の論理だけではどうしても割り切れない人間の生々しい感情、矛盾、そして対立。そうした非合理な領域に泥臭く飛び込み、人々の不満の「ルートコーズ(真因)」を見極め、寄り添い、なんとか社会の形を保とうとする泥臭い営み。それこそが「政治」の本来の役割であり、存在意義である。AI時代になり、社会が合理化されればされるほど、人間が人間のために行う非合理の吸収装置としての「政治」の価値は、逆に高まっていくのである。

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