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2500年の誇りと「アメリカの裏切り」:イラン革命の真実から読み解く日本のダブスタ外交

2026/3/4(水)朝刊チェック:高市早苗DV内閣の行末

記事の要約と図解

【結論】 「中東」という呼称そのものが植民地主義的な欧米視点の内面化であり、我々は無意識に支配者の目線で世界を見ている。イランの歴史を紐解けば、今回の米軍による攻撃は、150年にわたり民族の誇りと主権を蹂躙し続けてきた英米の「邪悪な二枚舌」の延長線上にあり、これを是認することは、将来の「台湾有事」において日本が国際社会に訴えるべき正当性を自らドブに捨てるに等しい。

【ポイント3選】

  • 「中東」は差別用語である: イギリスから見た「東」という呼称を日本人が使う滑稽さ。インドが呼ぶ「西アジア」こそが、我々が立つべき地理的・精神的座標である。
  • 蹂躙された2500年の誇り: アケメネス朝以来の超大国としての自負を持つイランに対し、石油利権のためにMI6やCIAが仕掛けた「偽のクーデター(アジャックス作戦)」こそが、現代に至る対立の元凶である。
  • 日本のダブルスタンダード: 独立国家イランへの主権侵害を非難せずに、どうして「台湾の主権」や「ウクライナの正義」を語れるのか。今の自民党は、占領の痛みを知っていた昭和の先達が築いた「独自外交」の精神を完全に喪失している。

【徹底解説】高市「DV内閣」の行末と、踏みにじられたペルシャの誇り――「中東」という呼称に潜む植民地主義の呪い

導入】「中東」と呼ぶことの危うさ――私たちの視点は支配されている

「西アジア戦争」――インドの有力紙『ザ・ヒンドゥー』が今、この事態をこう呼んでいるのを知っているか。この呼称こそが、我々日本人が持つべき正しい座標軸なのだ。

考えてみてほしい。イランもイラクもシリアも、日本から見れば「西」にある。なのになぜ、我々は恥ずかしげもなく「中東(Middle East)」などという言葉を使うのか。それは、イギリスから見て東側だったからに過ぎない。自分たちのことを「極東(Far East)」と呼ぶ差別的な白人目線を、我々は無批判に内面化し、支配者の目線で世界を眺めているのだ。

日本のメディアは事実を伝える。だが、その事象が持つ「歴史的意味」を語る知性は絶望的に欠拠している。今、西アジアで起きている火の手は、単なる宗教対立ではない。150年にわたり欧米に蹂躙され、尊厳をズタズタにされてきた民族の「怒りの爆発」なのだ。

本論1】イランのアイデンティティ――「古代帝国の末裔」としての自負

まず理解すべきは、イラン人の自己認識だ。彼らは自分たちを「ダレイオス1世」だと思っている。紀元前、アケメネス朝ペルシャがバルカン半島からインドまでを支配していた時代からの超大国。それが彼らのルーツだ。

日本人が「アメリカは建国250年だが、うちは2500年だ」と誇るのと同じ、いやそれ以上の自負がそこにはある。さらに言えば、彼らは「アラブ」ではない。同じイスラム教を信じていても、言語体系(インド・ヨーロッパ語族)も民族意識も全く別物だ。

「よもやならば」――かつての栄光を背負う彼らににとって、他国による干渉や主権侵害は、生理的な嫌悪感を伴う屈辱でしかない。この「古代帝国のプライド」を無視して、今の情勢を語ることは不可能だ。

本論2】地獄の150年史――欧米に蹂躙され続けた「グレートゲーム」

19世紀末、ペルシャの地はイギリスとロシアの覇権争い、いわゆる「グレートゲーム」の草刈り場にされた。20世紀に入り、民族の自立を掲げてパフラヴィー朝が興ったが、その苦難は続く。

第二次世界大戦中、中立を保とうとしたイランを、イギリスとソ連は「ナチスに接近している」という身勝手な理由で共同占領し、初代国王を強制的に失脚させた。これが大国のやり口だ。

さらにえぐいのは1951年だ。国民的英雄であるモサッデク首相が、イギリスに独占されていた石油の国有化を断行しようとした。すると、イギリスのMI6とアメリカのCIAが結託し、「アジャックス作戦(A作戦)」という偽のクーデターを仕掛けて彼を引きずり下ろしたのだ。

ここで歴史の皮肉が起きる。2代目のパーレビ国王は国外逃亡しようとしたが、「エリザベス女王からの激励」だと誤訳された電報を受け取り、大いに留まって居座った。だが、その実態はエリザベスという名の「船」からの伝言に過ぎなかった。こうして、アメリカの「首輪」をつけられた傀儡政権が誕生したのだ。

本論3】イラン革命とアメリカの「邪悪な二枚舌」

アメリカの犬となった国王は、秘密警察を使って自国民を弾圧し、西洋化を強行した。1979年のイラン革命。これは宗教革命ではない。右翼も左翼も共産党も、あらゆる階層が「民族の独立」を求めて立ち上がったナショナリズムの爆発だったのだ。

学生たちがアメリカ大使館を占拠し、「1951年のクーデターを謝罪しろ」と叫んだのは、至極当然の要求だろう。だが、アメリカの邪悪さは止まらない。

レーガン政権下のイラン・イラク戦争。アメリカはイラクを支援する一方で、裏ではイランにも武器を売りつけていた。両陣営に死を撒き散らして稼いだ金を、南米の反政府勢力コントラに流す。これが「自由の国」の正体だ。さらにアメリカ軍は、イランの民間旅客機を誤射して300人近い命を奪っている。こうした積み重なる「犯罪」の歴史が、今のイランの反米感情の血肉となっているのだ。

結論】日本の「ダブスタ」が招く、将来の致命的危機

今、トランプ政権が進める攻撃を、日本の保守派や高市早苗氏は諸手を挙げて歓迎している。だが、正気か。

イランは世界が認める独立国家だ。その主権を平然と侵害する軍事行動を是認しておきながら、将来、中国が「台湾は自国領土の内戦だ」と言って侵攻したとき、日本はどうやって非難するつもりだ?「独立国家への攻撃は許されない」というロジックを、自らドブに捨てているのではないか。

アメリカがダメと言えばダメ、オッケーと言えばオッケー。そんなものは独立国家の外交ではない。単なる「二重基準(ダブルスタンダード)」の奴隷だ。

かつての昭和の自民党政治家たちは、敗戦と占領の痛みを知っていた。だからこそ、アメリカに追従するだけでなく、中東の痛みを感じ取り「独自外交」を貫く気概があった。今の政治家たちに、その精神は欠片も残っていない。

今回の攻撃を黙認することは、国際秩序の崩壊を認めることであり、ひいては日本自身の首を絞めることになる。我々は今こそ、支配者の目線を捨て、歴史の真実に目を見開かなければならない。

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