2026/2/11(水)朝刊チェック:斎藤元彦で高市早苗の予行演習しておきましょう。
記事の要約と図解
【記事の要約】 【結論】 兵庫県知事・斎藤元彦氏の記者会見における「空虚な答弁」は、極地に達している。高校入試当日の支持者による騒音を放置し、受験生への配慮を一言も語らない冷酷さと、県政の重大事案にはロボットのように答える一方で「コーヒーの味」には笑顔で即答する軽薄さ。この二つの事象は、彼が「政治家としての適性」のみならず「人間としての共感性」を欠いていることを残酷なまでに浮き彫りにした。
【ポイント3選】
- 受験生無視の騒音暴力:抗議派が音量を絞る中、斎藤支持者は大音量で街宣。それを諌めるよう求めた質問に対し、知事は「質問の趣旨が不明」と逃げ、受験生を気遣う言葉はゼロだった。
- UCCコーヒーの怪:セクハラや内部告発問題には「適宜適切に対応」と繰り返すのみだが、「動画で飲んでいたコーヒーは美味しかったか?」という問いには「美味しかった」と即答。この対比が全てを物語る。
- 現場の共有感覚:会見後、記者同士がトイレで交わした「コーヒー、美味しかったらしいですね」という失笑こそが、現在の兵庫県政の評価を象徴している。
■ 【徹底解説】斎藤元彦知事、受験生より「自分の応援」を優先し、人の死より「コーヒーの味」を語る。——2・11神戸取材記
身体が悲鳴を上げている。
仙台での選挙取材、東京での街頭演説と配信イベント、そこから休む間もなく新幹線に飛び乗り、神戸へ。そしてまた東京へとんぼ返り。正直、若くない身体には堪える。それでも、現場に行かなければ見えないものがある。空気の振動、現場の緊張感、そして「音」だ。
2月11日、神戸の兵庫県庁で行われた定例会見。そこで私が目撃したのは、政治家としての能力以前に、人間としての回路が決定的に焼き切れた男の姿だった。
今回は、私が現地で仕掛けた「二つの罠」と、それに見事なまでにはまり込んだ斎藤元彦という男の「空虚な本質」について、徹底的に語ろう。
1. 現場でしか見えない「音」の暴力と、受験生への無関心
■ 「斎藤頑張れ」の大音量が、受験生の耳を劈く
あの日、県庁の近くでは公立高校の推薦入試(面接等)が行われていた。
私が「歩道橋プロテスター」と呼ぶ反斎藤派の抗議者たちは、これを知っていた。だからこそ、彼らは指向性の高いスピーカーを使い、県庁の建物に向けてのみ音が出るように工夫し、全体的な音量も絞っていた。これが「配慮」であり、社会生活を営む大人の作法だ。
しかし、斎藤知事の親衛隊は違った。
大音量のスピーカーを積んだ改造車で県庁の周りをぐるぐると回り、「斎藤頑張れ!」「負けるな!」と絶叫し続けていたのだ。入試の行われている静寂が必要な空間に、無遠慮な怒号を撒き散らす。これはもはや応援ではない。「音の暴力」だ。
■ 「受験生を守る」という一言さえ言えない知事
私は会見で、この事実を突きつけた。
「あなたの支持者が、入試の日に大音量で迷惑行為をしている。あなたの支持者なのだから、あなたの口から『やめろ』と言うべきではないか?」
普通の政治家なら、どう答えるか。「私の応援をしてくれるのはありがたいが、今日は入試だ。受験生に迷惑がかからないよう配慮してほしい」と言うだろう。それが普通の「人間」の反応だ。
そう言えば、私は「そうですね」と引き下がるしかない。
だが、斎藤元彦は違った。
「質問の趣旨が分からない」「政策に関する質問をしてほしい」
彼はこの一点張りで逃げ続けたのだ。
ここで重要なのは、彼が私の質問をかわしたことではない。彼の口から最後まで「受験生が可哀想だ」「受験生に配慮すべきだ」という言葉が、ただの一言も出なかったことだ。
彼は、自分の親衛隊を諌めることで支持を失うことを恐れたのか、あるいは単に何も感じていないのか。いずれにせよ、彼にとって「兵庫県の未来を担う高校生」の人生よりも、「今の自分が気持ちよく応援されること」の方が重要だということが、この瞬間に確定したのだ。
2. 「コーヒーは美味しかった」——ユーモアと皮肉の境界線
■ 全ての不祥事を「適宜適切」で埋める男
会見の後半、ちだい氏面白い仕掛けを用意していた。
県庁内でのセクハラ疑惑や、内部告発者への対応について問いただす。しかし、返ってくるのは壊れたレコーダーのような言葉だけだ。
「適宜適切に対応しております」
「様々な場面で、様々な判断を……」
人が亡くなっている重大事案であっても、彼の言葉には体温がない。定型文のコピペを口から出力しているだけだ。ここで私は、あえて話題を急旋回させた。
■ 「ところで、UCCコーヒーは美味しかったですか?」
直近で、斎藤知事は自身のYouTubeに、地元企業であるUCCのコーヒーを飲んでリラックスする動画をアップしていた。ちだい氏は聞いた。
「UCCのコーヒー、美味しかったですか?」
するとどうだ。それまで能面のような顔で「テキギテキセツ」を繰り返していた男が、急に人間らしい反応を見せたのだ。
「ええ、美味しくいただきました。リラックス効果もありますし……」
戦慄した。
部下が命を絶った問題や、ハラスメントの対策については、具体的な感情や改善策を何一つ語れない男が、「コーヒーの味」についてだけは、実に滑らかに、嬉しそうに語るのだ。
「セクハラ処理の話はお答えいただけないけれど、コーヒーが美味しかったことだけはお答えいただけるということですね」
ちだい氏がそう締めくくった時、彼は何も言い返せなかった。このコントラストこそが、斎藤元彦という政治家のグロテスクな実像だ。彼は、自分自身の快楽(コーヒーが美味い、応援されて嬉しい)には敏感だが、他者の痛み(受験生の迷惑、職員の自殺、被害者の苦しみ)には、驚くほど不感症なのだ。
3. 権力と対峙する作法:会見場のトイレにて
■ 記者たちの乾いた笑い
会見が終わり、トイレに立った時、記者クラブの記者と一緒になった。
小便器に向かいながら、私は思わず呟いた。
「コーヒー、美味かったらしいですね」
その記者は吹き出しながら答えた。
「らしいですね(笑)。リラックス効果あるらしいですよ」
この瞬間、現場の空気は共有された。
「こいつは駄目だ」という感覚。論理や政策以前に、人間として何かが欠落しているという共通認識。それが、あの乾いた笑い声に含まれていた。
■ アホを相手にする時の戦い方
斎藤元彦のような「アホ(政治的適性も人間的共感も欠いた存在)」と戦う時、高尚な議論は通用しない。彼らは言葉の通じない別世界の住人だからだ。
だからこそ、今回のように「型にはめる」必要がある。
- 「入試の日に騒ぐ支持者を止められるか?」という、人としての常識を問う踏み絵。
- 「コーヒーの味は分かるのに、人の痛みは分からないのか?」という、残酷な対比。
彼はまんまとその罠にはまり、自らの異常性を満天下に晒した。
私たちは、彼が辞めるその日まで、何度でもこの「事実」を突きつけ続ける必要がある。死んだ人間の骨を拾い、生きた人間の愚かさを記録し続ける。それが、現場に立つ我々の仕事なのだから。

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