2026/1/29(木)朝刊チェック:立花孝志完全敗訴判決文の強烈なインパクトについて
私が菅野完でございます。1/29(木)朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
記事の要約と図解
【結論】 令和8年1月28日の立花孝志氏に対する330万円の賠償命令は、単なる金銭的敗北ではない。司法が「論理性の欠如」と「悪質なデマの流布」を公式に認定した、言論人・政治活動家としての「知性的死刑判決」である。ネットの断片的な情報を「真実」と誤認し、コストを払わず知性を放棄した有権者の姿勢が、民主主義の根幹を揺るがしている。
【ポイント3選】
- 司法による「アホ」の認定: 判決文の中で、立花氏の言説は「理路整然としていない」「趣旨が不明瞭」と、社会人としての基礎能力を否定された。
- 徹底的なデマの解体: 告発文作成への関与、不倫疑惑、PC内のクーデター計画など、立花氏が振りかざした全ての「真実」が、裁判所で「根拠なき虚偽」と断じられた。
- 情報リテラシーの崩壊: 膨大な資料とコストをかけて初めて到達できる「真実」を、スマホ一つの無料情報で得られると錯覚する「傲慢さ」が、デマに踊らされる土壌を作っている。

■ 330万円の「死刑判決」が意味するもの
令和8年1月28日、神戸地裁尼崎支部は立花孝志氏に対し、330万円という名誉毀損訴訟としては異例の高額賠償を命じた。この数字だけを見て「高いな」と驚いているようでは、事の本質を見誤る。この判決の真の恐ろしさは、金額そのものではなく、その判決文に刻まれた「評価」にある。
裁判所は、立花氏が選挙期間中に行った街頭演説について、「理路整然とした内容でないため、趣旨が必ずしも明瞭ではない」と断じたのだ。これは単なる法的敗北ではない。日本の司法が公の文書において、「あなたには社会人としての基本的な論理性も知性も備わっていない」と宣告したに等しい。いわば、言論の世界における「人格的死刑判決」である。
健全な知性を持つ人間であれば、彼の顔や言動を見た瞬間に「この子はアホやな」と直感できるはずだ。しかし、その「アホさ」が司法によって公認されたことのインパクトは計り知れない。
■ 裁判所が認定した「悪質なデマ」の正体
本判決において、裁判所は立花氏が選挙運動の名の下に流布した情報を、ことごとく「虚偽(デマ)」であると認定した。立花氏が主張した「真実」なるものは、何一つとして客観的な根拠を持っていなかったのである。
丸尾議員に関する捏造
立花氏は「丸尾議員が竹内県議と共に虚偽の内部告発文書を作成した」と吹聴したが、裁判所はこれを一蹴した。立花氏が根拠として挙げたものは「誰とやったんやと片山副知事が言っていた」といったレベルの伝聞に過ぎず、判決では「同語反復であり、主張立証として不十分」と切り捨てられた。
卑劣な不倫疑惑と誹謗中傷
さらに悪質なのは、丸尾議員が元県民局長と不倫していたかのような発言だ。これについても立花氏は一切の証拠を示せず、単なる個人的攻撃を目的とした誹謗中傷であると認定された。これらは「意見や論評」の域を遥かに超えた、純然たる名誉毀損である。
「クーデター計画」という妄想
立花氏が執着した「公用パソコン内のクーデター計画」についても、衝撃の事実が明らかになった。判決文によれば、立花氏は演説時点でパソコンの中身を一切確認しておらず、内容を認識していたという立証もなされていない。つまり、見てもいないものを「ある」と断定して広めたのである。これをデマと呼ばずして何と呼ぶのか。
■ 「真実」を安売りする傲慢な人々へ
なぜ、これほどまでに支離滅裂な「アホの言説」を、多くの人々が信じてしまったのか。石森弁護士は記者会見で「信じた人間は恥を知れ」と厳しく述べた。判決文の行間を読み解けば、それは「うんこを美味しいと言って食べている」ような異常な光景である。
現代人は、スマホ一つで、無料で、手軽に「真実」に到達できるという傲慢な錯覚に陥っている。私が300ページの[日本会議の研究」を世に出すためにどれだけのリソースを割いているか想像してほしい。

資料代だけで1800万円、読破した本は本棚8つ分、期間は2年に及ぶ。これほどのコストと訓練を経て、ようやく「真実」の断片に触れることができるのだ。
知性の放棄と民主主義の危機
何のコストも払わず、何の訓練も受けていない人間が、ネットに転がっている断片的な情報を拾い集めて「真実を見つけた」と叫ぶ。その姿は、人気ゲーム『モンスターハンター』の狩る側ではなく、常に「狩られる側」の獲物でしかない。立花氏のような人物に扇動される人々は、自らの知性を母親の子宮に忘れてきたのかと疑いたくなる。
司法が「理路整然としていない」と断じたデマを信じ、有権者としての判断を歪められた110万の人々は、自らの能力不足を猛省すべきだ。この知性の放棄こそが、民主主義の存立そのものを危うくする最大の弊害である。自ら考えることをやめた人間は、もはやホモ・サピエンスではなく、ただの「獣」へと堕落しているのである。自らの知性を放棄したその代償は、民主主義の崩壊として我々全員に跳ね返ってきています

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