昭和16年、日本は中国に負けていた…bilibiliが暴く「無能」の正体 | 菅野完 朝刊チェック 文字起こし
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菅野完チャンネルの今後の予定について(全3回)第1回:歴史・思想編

【視聴者・切り抜き職人各位へ】菅野完チャンネルの今後の予定について

記事の要約と図解

【結論】 中国の動画サイト「bilibili」で、私の「昭和16年夏の敗戦」を解説した動画が注目を集めている。これは、日本人が直視したくない「対米開戦前に、すでに中国に負けていた」という事実を、中国の若者が冷静に分析し始めている証左である。我々は「悪魔」でも「英雄」でもなく、ただ外交計算すらできない「無能」であった事実を受け入れない限り、歴史の総括は不可能である。

【ポイント3選】

  1. 「新珠湾」への逃避:日本人は「アメリカ(白人)に負けた」と思いたがるが、実際は真珠湾攻撃の時点で、中国との泥沼の戦争に敗北していた。
  2. 「無能」という第3の視点:自虐史観(悪魔)も愛国史観(英雄)も、日本人を過大評価している。実際は、要求を吊り上げて全てを失う「単なるアホ(能力欠如)」であった。
  3. 外交的敗北の算数:ハル・ノート(要求10)を蹴り、ポツダム宣言(要求100)を飲まされたのは、世界史上稀に見る愚かな負け方である。

■ 【徹底解説】第1回:中国人が「昭和16年夏の敗戦」を凝視している ― 「自虐」でも「愛国」でもない、ただの「無能」としての日本史

私の動画が、中国の動画サイト「bilibili」で奇妙なバズり方をしているらしい。

きっかけは、高市早苗氏の「台湾有事」に関する答弁を批判した回だった。中国のユーザーが私を「発見」し、その論理展開に注目したのだ。だが、今、彼らが最も熱心に見ているのは、最新の時事ネタではない。なんと、昨年8月に配信した「昭和16年夏の敗戦」を語った動画なのだ。

なぜ中国の若者たちは、日本の「敗戦」の物語を、しかも80年も前の亡霊をわざわざ掘り起こして消費するのか。

そこには、日本人がどうしても直視できない「アメリカに負ける前に、すでに中国に負けていた」という冷厳な事実と、日本の歴史修正主義に対する強烈なアンチテーゼがある。今回は、中国からの冷徹な視線を通じて、我々日本人が目を背け続けてきた「無能な正体」を暴いていく。

「新珠湾」という名の現実逃避

日本人は8月15日になると、判で押したように「対米戦」の敗因ばかり語りたがる。「なぜアメリカに負けたのか」「物量の差が」云々。

しかし、bilibiliのユーザーたちは見抜いている。あの戦争の本質は対米戦ではない。昭和16年(1941年)の冬、真珠湾攻撃に踏み切った時点で、日本はすでに中国大陸での戦争(日中戦争)に負けていたのだ。

「白人に負けた」と思いたい心理

なぜ日本人は真珠湾攻撃以前の「日中戦争の敗北」を直視しないのか。答えはシンプルだ。人種差別である。

「白人様(アメリカ)に科学力と物量で負けた」のであれば、まだプライドが保てる。しかし、「中国人や朝鮮人に負けた」という事実は、彼らの差別的な世界観ではどうしても受け入れられないのだ。だから、8月15日の敗戦ばかりをクローズアップし、その前段にある「中国戦線での泥沼」を記憶から消去しようとする。

事実はどうだ。満州事変、国際連盟脱退、盧溝橋事件。威勢よく戦線を拡大したが、蒋介石を捕まえられず、八路軍(共産党)に翻弄され、補給線は伸びきり、資源は枯渇した。

真珠湾攻撃とは、中国大陸での「負け」が込みすぎてどうしようもなくなり、一発逆転を狙ってアメリカという巨大な敵に喧嘩を売った「最後のアガキ」に過ぎない。いわば、借金で首が回らなくなったギャンブラーが、最後の1000円を握りしめて競馬場に走ったようなものだ。これを「戦略」とは呼ばない。「自滅」と呼ぶのだ。

「悪魔」でも「英雄」でもない日本

日本の歴史論争は、常に不毛な二項対立に支配されている。「自虐史観」と「愛国史観」だ。

左派は言う。「日本軍はアジアで虐殺の限りを尽くした悪魔だ」。
右派は言う。「いや、あれは欧米列強からアジアを解放した聖戦だった」。

私の動画が中国で受け入れられ、そして日本人に突きつけているのは、このどちらもが「間違い」だという事実だ。もっと言えば、どちらも日本人を「過大評価」しすぎている。

単に「能力が低かった」だけである

日本人は、組織的に悪魔になれるほど徹底してもいなければ、アジアを解放できるほど賢くも高潔でもなかった。

考えてみてほしい。開戦直前の「ハル・ノート」。あれを受け入れていれば、満州国以外の権益はある程度維持できたかもしれない。当時の要求レベルを「10」としよう。日本はそれを「屈辱だ」と蹴飛ばして戦争を始め、数百万人の死者を出し、国土を焦土と化し、最終的にポツダム宣言という「100」の要求を飲まされて無条件降伏した。

外交交渉とは本来、10持っているものを15にするために行うものだ。あるいは、負けるにしても11程度の譲歩で済ませるのが政治だ。しかし日本は、10の要求を拒否するために全財産を賭け、結果としてマイナスまで叩き落とされた。

こんな負け方をした国は、世界史上日本だけである。これは「悪魔の所業」でも「英雄の悲劇」でもない。単なる「計算のできないバカ」、すなわち「能力の欠如」である。

結論:等身大の「無能」を受け入れよ

中国の若者たちがbilibiliで私の動画を見ているのは、単に「日本人が自国の悪口を言っている」からではない。彼らは、隣国がかつて犯した、そして今も繰り返そうとしている「判断のミス」を冷徹に分析しているのだ。

「日本人は優秀だ」という幻想も、「日本人は残虐だ」という自己陶酔も捨て去るべきだ。

我々は、中国戦線で負け、その事実を隠すためにアメリカに特攻し、国を滅ぼした「能力の低い集団」の末裔である。その等身大の無能さを直視し、「なぜ我々はあそこまで愚かだったのか」を検証することからしか、本当の歴史の総括は始まらない。

中国人は見ている。我々が、かつての無能さを認められるか、それともまた「美しい物語」に逃げ込むかを。

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