2026/1/15(木)朝刊チェック:立憲x公明新党の成否はひとえに立憲民主党野田佳彦グループの「度量の広さ」にかかっている
私が菅野完でございます。1/15(木)朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど。
昨今の兵庫県政を巡る狂騒を眺めておりますと、特定の層によるカルト的な熱狂と、冷徹な事実関係との間に、到底埋めがたい巨大な乖離(かいり)が生じていることに気づかされます。この乖離の正体を暴き、現状がいかに「政治」の名に値しない異常事態であるかを白日の下にさらすこと。それは、単なる政局批判を超え、言論人としての「所作(しょさ)」に関わる決定的な責務であると考えます。
2. 政治における「所作」と落語的教養:『立ち切れ線香』に見る人間の機微
政治活動であれ、神社の参拝であれ、あるいは日々の暮らしの営みであれ、そこには「所作」の完璧さが求められます。柏手を打つタイミング一つ、お参りの際の一言に、その人間の教養と情緒が凝縮されるのです。
古典落語の傑作に『立ち切れ線香』という物語があります。ホモ・サピエンスが作った物語の中で、おそらく最も美しい物語の一つです。若旦那と芸妓・小糸の悲恋。小糸の百箇日の法要で、若旦那が焼香しようとすると、どこからともなく小糸の三味線の音が聞こえてくる。しかし、線香が立ち切れた瞬間、その音もふっと消えてしまう。この情緒、この「機微」を解せるかどうか。
昨日の参拝でも申し上げましたが、そこには「ようお参り」という一言がある。関西の生活文化に根ざしたこの言葉の響きには、相手への深い敬意と、伝統的な共同体への帰属意識が込められています。しかし、残念ながら、斎藤知事を熱狂的に支持する「社会の掃き溜め」のような、底辺偏差値のマイノリティの皆様には、この美しい物語を解する情緒も、伝統的な礼節を重んじる「所作」も欠落しています。
人間としての情緒や礼節を欠いた「クズ」が政治を弄んだ先に待ち受けているのは、組織の崩壊と、統治の「不備」の連鎖に他なりません。
3. 国政とのパイプ遮断:47都道府県で唯一の「異常事態」
兵庫県政が直面している最大の戦略的危機は、国との窓口が完全に目詰まりを起こしているという事実です。
通常、知事は予算編成期になると、地元の国会議員に対して予算の説明や要望を行います。これは行政の長として当然の「所作」です。しかし、斎藤知事は「国会議員への予算説明をやめる」と公言しました。北海道から沖縄まで、47都道府県でこのような「異常事態」に陥っているのは、今の兵庫県だけです。背景にあるのは、選挙時の恨みつらみという、極めて未熟で個人的な遺恨に過ぎません。

自民党の重鎮の渡海 紀三朗氏は、自身のFacebookで以下のように痛烈に批判しています。
「この3年間の斎藤憲制と国政の私から見て健全とは言えない」 「県予算説明会でも斎藤知事が自らの言葉で語る場面は少なく、知事自らが足を運ぶ個別要望もほとんどない」 「国会議員との意思疎通が十分に図れない状況にある」

与野党を問わず、全方位から批判を浴びるこの孤立無援の状態。国庫支出金なしには立ち行かない地方自治において、この外交的失敗は県民に対する背信行為です。
4. 「はばタンPay+」の正体:独自政策という虚構の解体
斎藤知事が自らの手柄として喧伝するプレミアム付デジタル券「はばタンPay+」。しかし、このポピュリズム政策の裏側には、呆れた「設定忘れ」が存在します。
これまで知事は「兵庫県独自の施策」と主張してきましたが、先の記者会見での失言により、その財源が実際には「地方創生臨時交付金(国庫支出金)」であることが露呈しました。
他の46都道府県の知事は、これを「国からの支援」として県民に届けています。それが誠実な「所作」というものです。しかし、斎藤知事だけは、国からの金を「自分が見つけてきた金」であるかのように偽装し、有権者に恩を売る。これはもはや「物乞いの真似(乞食の真似)」と呼ぶべき卑劣な偽装工作です。100%国の金を使って「私がやりました」と顔を売るその厚顔無恥さには、反吐が出ます。
5. 職員へのネギライなき統治:雪国・兵庫の過酷な現場軽視
組織の長として最も致命的な欠陥は、現場で働く職員への「労い(ねぎらい)」の欠如です。
予算編成期と選挙準備が重なる時期は、自治体職員にとって地獄の労働環境となります。千葉、埼玉、福岡、そして沖縄のデニー知事ですら、真っ先に「職員がかわいそうだ」と現場を慮る言葉を口にしました。しかし、斎藤知事だけは「総理の専権事項である」という冷徹な決まり文句を繰り返すのみ。現場への感謝など微塵も感じられません。
特に兵庫県北部の但馬地方は、冬場になれば「1.5安住淳」あるいは「3安住淳」、時には「1菅野完」といった積雪さえ珍しくない過酷な豪雪地帯です。こうした現場で選挙運営にあたる職員の苦労を完全に無視する姿勢は、組織の土台を根底から破壊するものです。職員を「道具」としか見なさない人間に、500万県民の生活を預かる資格などありません。
6. 「躍動の会」への試金石:衆院兵庫2区・8区における候補者擁立
知事の孤立と現場軽視を支える唯一の政治勢力、「躍動の会」。増山氏、岸口氏、白井氏らが、真に兵庫県政を前進させる気があるのか、あるいは単なる「迷惑系YouTuber」レベルの目立ちたがり屋なのか。その真偽を判断する試金石は、もはや一つしかありません。
国との窓口が閉ざされている現状を打破するためには、国政に代理人を送り込む必要があります。特に、自民と公明の選挙協力が崩壊し、公明党の牙城である「衆院兵庫2区」や「8区」は、彼らにとって絶好の、そして唯一の勝機があるはずの選挙区です。
もし彼らが本気で「県政を躍動させる」と信じているのなら、自らこれらの選挙区に候補者を立て、責任ある政治行動を示すべきです。今後48時間以内に記者会見を行わないのであれば、彼らの言説はすべて「嘘」であり、単なる「売名行為の徒」であると断じざるを得ません。
7. 結論:知性の暴力を持って「アホ」の支配を打破せよ
「本を読まない、字を書けない」層が、自らの合わせ鏡としてヒーローに祭り上げたのが、今の知事の姿です。今、日本は「物事を知らない自分たちをいじめるな」という絶叫が支配する地獄へと突き進もうとしています。
それに対抗するために必要なのは、圧倒的な「知性」という名の暴力です。 公明党の斉藤鉄夫氏(東工大工学博士・プリンストン大学客員研究員)や、共産党の志位氏(東大物理学科卒)のような、本物のインテリジェンスを備えた賢者たちが前線に立つこと。
賢いということ、本が読めるということ、原稿用紙5枚をさらりと書けるということ。この「知のヒエラルキー」こそが、今の社会を覆う「アホ」な支配に対する最大のアンチ勢力になり得るのです。
「頑張っていかなあかんなぁ」という言葉は、冷笑のためにあるのではありません。真の知性に基づき、この閉塞した社会を、不健全な県政を、根底から変革していく不退転の決意の表明でなければならないのです。
以上。

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