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【第1回】兵庫に樹立された「極左革命政権」の正体と、失われた保守の英知

兵庫『極左革命政権』の正体と、陥落した保守の砦というタイトルの背景に、庁舎前で割れた虫眼鏡と折れた定規、散乱する選挙チラシが描かれた画像。


6/12(金)朝刊チェック:「斎藤元彦は人殺し」とのコールやプラカを禁止した「ひょうごデモ」の判断について

  1. 【完全版】動画タイムスタンプ&要約辞書
  2. 生駒の山を小学校のプールに押し込む日々:情報の乱れとリテラシーの欠如
    1. 吉本興業の選民思想と「かまいたち」の正当な評価から見える組織論
    2. 崩壊した日本語に騙される人々:立花孝志のデマポスターを解剖する
    3. ネット記事の過剰修正に見る、底なしに「ええ加減」な情報空間の実態
  3. 斎藤元彦とその支持者の正体:彼らは保守ではなく「極左反革命分子」である
    1. 『ザ・フェデラリスト』を定規に測る「保守」の定義と逸脱
    2. 日の丸を振りたがるルンペンプロレタリアートたちの哀れな実相
    3. 兵庫県庁に樹立された人民革命政権と「バスティーユ牢獄襲撃事件」
  4. 喪失した「保守の英知」の片鱗:神戸新聞と自民党・北口幹事長の決断
    1. 「議会は責任を問い続けよ」:神戸新聞が立てた完璧なる問いの凄み
    2. 自民党・内藤県議のヘタレ造反と、北口幹事長が下した「失責」処分に宿るマキャベリズム
    3. 徹底した議論から生まれる「古き良き自民党」の強さと、兵庫県議会が抱える不幸の構造
  5. レコンキスタへの第一歩:対処療法を捨てて「根本治療」を目指せ
    1. パワハラ研修やデマ対策は、足の壊死を遅らせるだけの対処療法に過ぎない
    2. 極左を政治から永遠に排除するシステム構築こそが唯一の「根本治療」である
  6. 💡 編集後記:もう一段深い核心へ

【結論】

兵庫における現在の政治的混乱の根本原因は極左的革命政権の樹立にあり、対処療法を捨てて保守の英知によるシステム再構築という「根本治療」に踏み切る必要がある。

【ポイント3選】

極左・反革命分子としての知事: 『ザ・フェデラリスト』の保守の定義から完全に逸脱した、人民革命政権の実態

徹底した議論と保守の英知: 神戸新聞の社説と北口幹事長のマキャベリズムに見る、失われた政治的合意形成の強靭さ

根本治療と対処療法の違い: 足の壊死を止めるだけのパワハラ研修を捨て、極左を永遠に排除するシステムを構築せよ

【完全版】動画タイムスタンプ&要約辞書

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生駒の山を小学校のプールに押し込む日々:情報の乱れとリテラシーの欠如

吉本興業の選民思想と「かまいたち」の正当な評価から見える組織論

執筆に追われる日々の中で、語るべき真実はあまりにも膨大だ。原稿の締め切りが迫る中、残り1500字、いや1000字程度の枠に、果てしなく広がる事象の核心を叩き込まなければならない。その圧倒的な情報量と物理的制約の落差について、話者はこう嘆く。

言いたいことは生駒の山ぐらい大きいんですけど、原稿の幅が小学校のプールぐらいしかないから、生駒の山を小学校のプールに入れるぐらいの作業

この比喩は、単なる原稿執筆の苦労話にとどまらず、現在我々が直面している複雑怪奇な社会事象を、いかにして矮小化せずに世に問うかという切実な問題提起でもある。そして、世間の関心が静まるのを待つかのように、ライブ配信の視聴者が5000人に到達するまでの10分間、話者は情報の乱れを象徴するひとつの寓話として、巨大エンターテインメント企業・吉本興業の異様な組織体質について語り始める。発端は、伊丹空港で見かけたジャルジャルの求人広告に対する絶望的な違和感である。

不動産事業は、モダンプロジェ。のコピーと、スーツ姿でポーズをとるジャルジャルが描かれた黄色の広告。

彼らのコントを知る者ならば、そこで描かれる社員が決して採用してはならない「絶対にあかん奴ら」であることは明白だ。しかし、この広告を真に受ける層と、その本質的な狂気に気づく層が真っ二つに分断されている現状は、そのまま現代社会が抱える情報リテラシーの断絶を暗示している。そこから話題は、吉本興業における「売る・売らない」という残酷な選民思想へと移行する。吉本という会社は、一度「売る」と決めた芸人は面白くなくても徹底的に売るが、逆に「売らない」と決めた芸人はどれほど実力があっても決して陽の目を見させない。その冷遇され続ける悲劇の代表格がCOWCOWであり、推して話者が「日本で一番漫才が面白い」と絶賛するティーアップである。ティーアップの

落語になりたいねん

から始まる圧倒的な漫才の面白さが評価されない理不尽。一方で、その天才的な漫才の実力によって、会社が「ちゃんと評価して売る」と判断せざるを得なかったのがかまいたちである。かまいたちが放つUSJ・UFJ漫才の凄みは、彼らの才能がいかにテレビ業界の致命的な劣化を乗り越えたかを証明している。この吉本興業の組織論こそが、実力や本質ではなく権力側の恣意的な判断によって評価が決定される、兵庫県政の異常な支配構造を読み解く決定的な補助線となるのだ。

  • [▶ 0:00:00] [結論]配信スタート(イコマの山を小学校のプールへ)
  • [▶ 0:01:12] [闇]COWCOWとティーアップを冷遇する吉本の残酷な選民思想
  • [▶ 0:02:17] [視点]伊丹空港で見たジャルジャル求人広告の絶望的違和感
  • [▶ 0:03:22] [分析]絶対採用したらあかん奴らと、吉本の「売らない」という社風
  • [▶ 0:04:27] [真実]売る・売らないの二大巨頭、ティーアップとCOWCOW
  • [▶ 0:05:30] [本質]ティーアップの「落語になりたい」漫才の圧倒的面白さ
  • [▶ 0:06:36] [構造]かまいたちの漫才の天才性とテレビ業界の致命的劣化
  • [▶ 0:07:51] [挑発]かまいたちのUSJ・UFJ漫才の凄みと「年取ったライオン」
  • [▶ 0:09:00] [結論]ようやく評価されたかまいたちと、静かになるまでの10分間

崩壊した日本語に騙される人々:立花孝志のデマポスターを解剖する

2024年の兵庫県知事選挙は、まさに虚偽情報とデマが濁流のように社会を飲み込んだ絶望的な惨状であった。その情報空間の崩壊を最も象徴しているのが、立花孝志が掲示板に貼り出した選挙ポスターである。そこに書かれた文章は、政治的主張の真偽以前の問題として、日本語の構造が完全に破綻している。

あなたは知っていましたか 自殺した元県民局長は元知事のパワハが原因ではなかった

この文を読んで違和感を抱かない人間がいるとすれば、それはもはや知的怠慢の極みである。

県民局長の自殺は元知事のパワハラが原因ではなかった

と書くならまだしも、「県民局長はパワハラが原因ではなかった」という文脈は、「原因ってなんやねん」とツッコミを入れざるを得ないほど狂っている。さらにポスターには、

10年間で10名以上もの女性県職員と不適切な関係を結んでおり

と具体的な数字を羅列した上で、

判明した

思われる

という相反する推量が平然と同居している。話者はこの異常事態に対し、容赦のない怒りの咆哮を上げる。

いや、こんな日本語を書くやつの言うことを真に受けるという人生って、生まれてこの方落ちてるもんしか食うたことないですぐらい情けないと思うよ

論理的思考を放棄し、このような崩壊したアホの文章に騙される人々は、もはや資本主義社会において害悪でしかない。

なんかホームセンター行ってアサヒペンの緑のペンキ体塗って、その街路の木に立って光合成しててください

この激烈な罵倒は、アサヒペンという日常的な固有名詞を交えることで、デマに踊らされる大衆のグロテスクな無自覚さを極限まで冷笑しているのである。思考を停止し、虚偽情報を垂れ流す環境に甘んじる彼らは、人間としての機能を失い、ただ路傍に立つだけの植物と同義であるという強烈な断罪だ。

  • [▶ 0:10:13] [警告]虚偽情報に流された2024年兵庫県知事選挙の惨状
  • [▶ 0:11:18] [論理]立花孝志の選挙ポスター、日本語として完全崩壊するアホの文章
  • [▶ 0:12:25] [断罪]「原因ってなんやねん」日本語の異常に気づけない奴は生きるのを諦めろ
  • [▶ 0:13:31] [闇]「判明した」と「思われる」が同居する文に騙される資本主義の害悪

ネット記事の過剰修正に見る、底なしに「ええ加減」な情報空間の実態

大衆を騙すのは、何も選挙のデマポスターだけではない。ネット上に氾濫するニュースメディアそのものが、底なしに「ええ加減」な情報空間を形成している。その実態を暴くため、話者は自身を題材にしたあるネット記事を引き合いに出す。「菅野完が知事に暴言を放った」とセンセーショナルに報じるその記事は、SNS上で300件ものリツイートを記録し、無批判に拡散されていた。しかし問題はその記事の内容だけではなく、そこに添えられた話者の顔写真の異様なまでの過剰修正であった。

菅野完はこんな男前ではない

と自らツッコミを入れるほど、実物とかけ離れたシュッとした顔立ちに加工された写真。それはもはや報道ではなく、ただの「パネルマジック」である。

本棚が並ぶ部屋で、カラフルなチェックシャツを着た菅野完が、身振りを交えながら熱心にカメラに向かって話す。

こんなもん、部屋入ったらチェンジ言われるわ!

という夜の街の隠語を交えた痛烈な皮肉は、情報の真実性を担保すべきメディアがいかに見栄えだけを重視し、実態を平然と捏造しているかを嘲笑している。もしこの捏造された写真を信じた1000人の聴衆が講演会に押し寄せたならば、その全員から

チェンジ

を要求されるだろう。話者は

なお、チェンジは2回まで無料ですから

と冗談めかして語るが、その奥底にあるのは、こうした些末な嘘すら見抜けないままええ加減なネット情報を盲信し続ける社会全体への深い絶望である。この底なしに軽薄な情報空間こそが、極左的な暴走を許す土壌となっているのだ。

  • [▶ 0:14:36] [挑発]兵庫の異常報道と、ネット記事のええ加減すぎる実態
  • [▶ 0:15:47] [視点]「菅野完が暴言」ネット記事の過剰な顔写真修正へのツッコミ
  • [▶ 0:17:06] [断罪]実物と違いすぎる修正写真とパネルマジックへの怒り
  • [▶ 0:18:17] [結論]ネット情報のええ加減さと「チェンジ2回無料」の件

斎藤元彦とその支持者の正体:彼らは保守ではなく「極左反革命分子」である

『ザ・フェデラリスト』を定規に測る「保守」の定義と逸脱

新書『限界地方政治 民主主義崩壊を読み解く6つの視点』の書影と、地方自治の現状を危惧する内容が記載された販売サイトの商品ページ。

ここまでの情報の乱れと大衆の愚かさを切り捨てた上で、話者は核心となる政治論へと刃を向ける。7月1日に1000円超の価格で発売される新刊『限界地方政治』の宣伝を交えつつ彼が提示するのは、現在の兵庫県政を覆う狂気の正体である。斎藤元彦知事および彼を熱狂的に支持する連中は、自らを「保守」と自称している。しかし政治学の厳密な辞書の定義に照らし合わせれば、彼らの振る舞いは共産党よりもさらに左に位置する「超極左」であり、「極左反革命分子」に他ならない。これを単なる罵詈雑言ではなく客観的な事実として論証するために、話者は保守主義者の絶対的ルールブックである『ザ・フェデラリスト』を持ち出す。

真の保守主義者にとって、この書物は世界を測るための絶対的な「虫眼鏡と定規」である。保守とは、先人たちが築き上げてきた歴史的連続性や、権力の暴走を抑制するためのシステム(議会制民主主義や法の支配)を何よりも重んじる思想だ。日本的であるべきだといった感情論や、一人の指導者に熱狂して既存のシステムを破壊しようとする衝動は、保守の対極にある。その絶対的な定規で斎藤元彦の政治手法を測った時、彼らがやっていることは、既存の秩序を破壊しポピュリズムによって大衆を扇動する、極左の暴力革命そのものであるという恐るべき真実が浮かび上がる。

  • [▶ 0:19:34] [視点]新刊『限界地方政治』の宣伝と、斎藤元彦極左論の予告
  • [▶ 0:20:39] [分析]辞書の定義で証明する、斎藤元彦と支持者の「超極左」革命分子性
  • [▶ 0:21:53] [真実]保守主義者の絶対的ルールブック『ザ・フェデラリスト』
  • [▶ 0:23:00] [論理]保守と名乗る人間の絶対的な物差しとルーラー

日の丸を振りたがるルンペンプロレタリアートたちの哀れな実相

では、なぜ極左であるはずの彼らが一見すると右翼的な装いをし、保守を自称するのだろうか。その矛盾を解き明かす鍵は、彼らの本質が「ルンペンプロレタリアート」であるという点にある。彼らは日の丸を振り回すことで、自分たちが何か歴史的で偉大なものに属しているという幻想に縋っている。しかし話者はその本質を冷酷に突く。

日の丸を振りたがる奴らがいかに極左か。日の丸を振りたいと思う段階で極左なんですよ。根にあらざるものに期待をかけてどうするんだってことですよ

彼らには、守るべき真の伝統も、積み重ねてきた歴史的教養もない。ただ社会の中で根無し草として浮遊し、自分の人生の不遇を埋め合わせるために表層的な国家のシンボルに縋りついているだけである。そうした「根にあらざるもの」への過剰な期待こそが、彼らを無責任な熱狂へと駆り立て、システムを破壊する極左的な暴動へと結びついているのだ。頭の良し悪し以前の問題として、彼らは自らの寄る辺なさを政治的狂気によって糊塗しているだけの哀れなルンペンプロレタリアートの実相を晒しているのである。

  • [▶ 0:24:05] [構造]日の丸を振りたがる奴らが極左に陥る必然的メカニズム
  • [▶ 0:25:09] [断罪]根にあらざるものに期待するルンペンプロレタリアートの哀れ

兵庫県庁に樹立された人民革命政権と「バスティーユ牢獄襲撃事件」

この極左反革命分子たちによって、兵庫県はもはや取り返しのつかない事態に陥っている。話者は、保守政治からの決定的な逸脱の起点として、2024年3月の告発文書に対する斎藤知事の無茶苦茶な記者会見を挙げる。Jesus2024年9月に至るまでの過程を、フランス革命における「バスティーユ牢獄襲撃事件」に例えて解説する。バスティーユが陥落した後、フランス革命がロベスピエールの血塗られた恐怖政治へと不可逆的に突き進んでいったように、兵庫県でもすでに後戻りのできない革命の第一歩が踏み出されてしまった。現在、兵庫県庁に樹立されているのは、法の支配を無視し、大衆の熱狂を背景にして反対派を弾圧する「人民革命政権」である。

人民革命政権が樹立されてしまった中で我々はそれにリベリオン(反逆)をしてる

。この壮大な歴史的比喩は、事態の深刻さを鮮烈に描き出している。我々が対峙しているのは、単なる一地方自治体の不祥事などではない。民主主義の根幹を破壊し、独裁と恐怖政治へ向かう極左革命政権そのものであり、それに対する闘争は、奪われた本来の政治秩序を取り戻すためのレコンキスタ(失地回復)なのである。

  • [▶ 0:27:19] [本質]何をもって保守か、2024年3月からの逸脱と後戻りできない革命
  • [▶ 0:28:27] [構造]兵庫に樹立された人民革命政権と「バスティーユ牢獄襲撃」
  • [▶ 0:29:32] [分析]ロベスピエールの独裁へ向かう不可逆の革命と、神戸新聞の慧眼

喪失した「保守の英知」の片鱗:神戸新聞と自民党・北口幹事長の決断

「議会は責任を問い続けよ」:神戸新聞が立てた完璧なる問いの凄み

狂信的な極左政権が暴走する暗黒の兵庫県において、辛うじて機能した「真の保守」の残滓が存在する。その第一の功労者が神戸新聞である。知事の給与削減案が否決された翌日、神戸新聞は社説において「議会は責任を問い続けよ」というタイトルを掲げた。

話者はこの社説のタイトル付けを、最大限の賛辞をもって絶賛する。なぜなら、ここで「斎藤知事は襟を正せ」や「知事は説明責任を果たせ」といった、知事個人の道徳や行動を主語にするのではなく、「議会」というシステムを主語に据えたからだ。一個人の独裁的振る舞いを非難するだけでは、大衆の感情的な糾弾に堕してしまう。しかし、権力を監視し制衡する「議会」の機能不全こそが問題の核心であると見抜き、システムに責任を問うたこの問いの立て方は、保守主義の真髄を突いた完璧なファインプレーである。この革命前夜の狂気を正常な状態へと引き戻すレコンキスタの第一歩は、こうした冷徹で構造的な問いを立て続けることに他ならない。なお、こうした本質的な政治議論を展開する最中、ライブ配信のチャット欄でユーザー同士の挨拶という馴れ合いを行った内田ゆみこに対し、話者は

挨拶する奴は即BANや!

と無慈悲な処断を下す。この一瞬の場の支配もまた、緊張感なきルンペンプロレタリアート的振る舞いを徹底して排除するという話者の強烈な規律の現れである。

  • [▶ 0:26:14] [視点]神戸新聞の社説「議会は責任を問い続けよ」への最大限の賛辞
  • [▶ 0:30:39] [結論]「知事は襟を正せ」ではなく「議会を守護」にしたファインプレー
  • [▶ 0:31:43] [警告]革命前夜に戻すレコンキスタの第一歩と、挨拶する奴の即BAN

自民党・内藤県議のヘタレ造反と、北口幹事長が下した「失責」処分に宿るマキャベリズム

もう一つの「保守の英知」は、兵庫県議会における自民党・北口幹事長の驚くべきマキャベリズムの中に宿っていた。事の発端は、斎藤知事の給与削減条例に関する議会での対応である。自民党は当初この条例案に賛成する方針であった。しかし6月3日の異常な記者会見と、6月8日の本会議における斎藤知事の無茶苦茶な答弁を目の当たりにし、多数決によって急遽「継続審議(事実上の反対)」へと方針を覆した。維新と躍動が賛成に回る中、自民党は党議拘束をかけてこの継続審議の方針に臨んだ。しかし本会議の採決において、自民党の内藤県議がたった1人で退席するという造反劇を引き起こした。斎藤知事側は、裏情報から「自民党から6人くらいは寝返ってくれる」と甘い見通しを立てていたようだが、実際には賛成に回る根性すらない、ただ退席するだけのヘタレな造反者が1人出ただけであった。通常であれば、党議拘束を破った造反者に対しては離党勧告などの厳しい処分が下されるのが当然である。しかし北口幹事長は内藤県議を「失責」という極めて軽い処分に留めた。ネット上の田舎の弱者たちはこの顛末を見て

立候補もしないのに偉そうに語るな

などと的外れな批判を書き込むが、彼らには政治の奥底でうごめくマキャベリズムなど理解できるはずもない。北口幹事長の

あの法案は筋が悪い。それで会派が分断されるのは避けたい

という言葉の裏には、流血を避け、党の結束を最優先に守り抜くという冷酷なまでに合理的な保守の判断が隠されているのである。

  • [▶ 0:32:48] [真実]兵庫県議会・給与削減条例と、各会派の思惑と自民党の造反
  • [▶ 0:33:53] [構造]維新と躍動の賛成、自民党の「継続審議」への態度の変遷
  • [▶ 0:35:05] [挑発]斎藤の甘い見通しと、自民党・内藤議員の造反とヘタレ退席
  • [▶ 0:36:13] [結論]造反者を「処分しなかった」北口幹事長にみる保守政治家の英知
  • [▶ 0:37:17] [断罪]「立候補もしないのに」と喚く田舎の弱者への完全論破
  • [▶ 0:38:48] [視点]北口幹事長「会派が分断されるのは避けたい」という立派な判断
  • [▶ 0:39:55] [構造]自民党の多数決議決への造反と、処分回避のマキャベリズム

徹底した議論から生まれる「古き良き自民党」の強さと、兵庫県議会が抱える不幸の構造

北口幹事長のこの決断がなぜ立派なのか。それは、この造反が単純な方針への反逆ではなく、「徹底した議論の末に多数決でひっくり返したコンセンサス」に対する造反だったからだ。一度話し合いで決めたことを、状況の変化に応じて3日でも4日でも徹底的に議論し直し、再び多数決で決定する。これこそが、他者の意見を封殺し一部の熱狂で物事を決めるれいわ新選組や立憲民主党といった左派政党には絶対に真似のできない、「古き良き自民党」の圧倒的な強さである。保守の真髄とは、イデオロギーの純化ではなくプロセスを重んじ、組織の血を流させずに合意を形成する強靭なシステムにある。しかし兵庫県議会の最大の不幸は、この「保守の英知」を議会全体で徹底することができなかった点にある。自民党内ではかろうじて維持された合意形成のシステムが県政全体においては機能せず、極左的な知事の暴走を許してしまった。その結果が今の後戻りできない人民革命政権の樹立であり、バスティーユ牢獄の陥落なのである。

  • [▶ 0:41:12] [分析]れいわ・立憲との絶対的差異、自民党の強さを支える「議論の徹底」
  • [▶ 0:42:19] [真実]昔の自民党の意思決定プロセスこそが真の保守である
  • [▶ 0:43:25] [論理]高市早苗が総理になるべき理由と、自民党の「社民党化」の罠
  • [▶ 0:44:48] [闇]自民党の英知を兵庫県議会で徹底できなかった不幸の構造

レコンキスタへの第一歩:対処療法を捨てて「根本治療」を目指せ

パワハラ研修やデマ対策は、足の壊死を遅らせるだけの対処療法に過ぎない

失われた政治的秩序を取り戻すため、我々は何をすべきか。話者はここで極めて残酷だが本質的な医療の比喩を用いる。竹内議員がデマや誹謗中傷、暴力扇動の末に命を絶ち、元県民局長が亡くなったという凄惨な犠牲の事実。これに対して、「斎藤知事にパワハラ研修を受けさせよう」とか「選挙におけるデマ対策や誹謗中傷対策を法制化しよう」といった議論が湧き起こっている。しかし話者はそれらを一蹴する。

糖尿病になると足の指先が壊死したり爪が変色したりする。その足の壊死を止める治療は対処療法であって、やらなあかんのは糖尿病の根本治療でしょ

血流が滞り、足が壊死していくのを止めるために温めたり血流を促進したりすることは確かに必要かもしれない。しかしそれはどこまで行っても合併症に対する対処療法に過ぎないのだ。表面的なルール作りや倫理研修でこの狂気の進行を止められると信じるのは、致命的な病巣から目を背ける自己欺瞞である。

  • [▶ 0:45:56] [視点]糖尿病の足の壊死で語る、対処療法と根本治療の決定的違い
  • [▶ 0:47:03] [警告]パワハラ研修もデマ対策も所詮は合併症への対処療法に過ぎない

極左を政治から永遠に排除するシステム構築こそが唯一の「根本治療」である

では、この絶望的な状況における「根本治療」とは一体何なのか。それは、斎藤元彦やその支持者のような極左反革命分子たちが、二度と政治の舞台に介入し権力を握ることができない強固なシステムを構築することである。それ以外にこの破壊された県政を立て直す道はない。狂気によって蝕まれたシステムは、個人の反省や小手先のルール改定では治癒しない。悪意あるポピュリズムや極左的な暴力扇動が議会民主主義という免疫システムを突破できないようにする、歴史的な教訓に基づいた防壁の再構築。それこそが我々に課せられた唯一のレコンキスタなのである。そしてこの壮絶な政治的議論の果てに、話者は突如としてユーモアと皮肉に満ちた着地を見せる。

その根本治療の1つとして、俺が売れることがある。だから、チャンネル登録といいねボタンを押してくれ

さらに

偶数回押すとキャンセルされるから、124回とかじゃなくて奇数回押せ!

というシニカルな要求は、極限の緊張感の中でこそ際立つ菅野完という言論人の真骨頂である。この圧倒的な熱量と冷徹な分析の両輪こそが、病んだ社会に対する最大の抗体となるのだ。

  • [▶ 0:48:07] [結論]極左を政治から永遠に排除するシステム作りこそが唯一の根本治療
  • [▶ 0:49:11] [挑発]「俺が売れる」という根本治療と、奇数回のいいねボタン要求

💡 編集後記:もう一段深い核心へ

たもっちゃん
たもっちゃん

ここまで読んで、「なるほど、極左反革命分子を政治から永遠に排除するシステム構築こそが唯一の根本治療なんや」で満足してページを閉じるなら、そら別に構いません。一つの事実ではありますからね。

ただ、権力側が何の抵抗も受けずにこの極左的な暴走やシステムの破壊をリングのど真ん中で続けたら、次は何が起きるか。政治の世界の「知性の劣化」が、さらに「昭和49年で時計が完全に止まったポンコツな市民運動の実態」にまで波及していくんです。

なぜ日本全国が東日本大震災以降の新しい社会運動の波に乗る中、兵庫県だけがSEALDsへの連帯すら起きず完全に孤立していたのか? そして、長谷川ういこの応援に向かった私たちが、尼崎の選挙事務所の扉を開けた瞬間に「こいつらがいるなら絶対に関わってはいけない」と即座に回れ右をして撤退した、そこに鎮座していた黒幕とは一体誰なのか?

そんな安全圏からコピペしたような綺麗事の能書きや正論はいいから、一回黙って現場のドブ板を踏んだ人間の、泥臭い事実を聞けや、と思うわけです。喋りすぎなんですよ、みんな。

この次の地獄のフェーズについては、続く第2回でみっちり解剖してます。今の惨状を「パワハラ研修やデマ対策といった小手先の対処療法」だけで終わらせず、もう一段深く知りたいという奇特な方は、そのまま第2回も覗いてみてもらうと、より絶望の解像度が上がるんちゃうかなと思いますわ。

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