2026/1/23(金)朝刊チェック:維新とかいう社会の害悪について
私が菅野完でございます。1/23(金)朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
記事の要約と図解
【結論】 本記事は、「中道改革」や「維新」が掲げる美辞麗句の裏にある**「論理破綻」と「民主主義への冒涜」**を暴き出します。 筆者は、右傾化した政治を是正するために中道に立つことは物理法則(シーソー)として「自民党の補完」でしかなく、その正体は連立のための「花嫁修業」であると断じます。さらに、維新・東徹氏の「ネットがあるから掲示板は減らせ」という主張に対し、自分たちで60億円もの無駄な選挙費用(トリプル選挙)を発生させておきながら、民主主義の担保である掲示板コストをケチる「盗っ人猛々しい論理」を徹底批判します。
【ポイント3選】
- シーソーの物理法則:右に傾いた政治を戻すには「左」に乗るしかない。「中道」に立つ者は、物理的に現状(右傾化)を固定する共犯者である。
- 自民党への花嫁学校:「人間主義」などの美辞麗句は、自民党というDV夫に気に入られ、連立(結婚)するための「お行儀の良い振る舞い」に過ぎない。
- 東徹氏の無知と欺瞞:「掲示板削減」を正当化する東氏は、公職選挙法の「公平性(リング)」を全く理解していない。巨額の税金をドブに捨てた当事者がコスト論を語る資格はない。

「中道」という名の論理矛盾――東徹氏の暴論に見る「民主主義への冒涜」と自民党への花嫁学校
「中道改革連合」。
なんとも耳障りの良い、美しい響きです。
「右でも左でもない、第三の道を行く」「人間主義に基づく政治」と言えば、多くの日本人は「大人の態度だ」「現実的だ」と安心するのでしょう。
しかし、はっきり申し上げます。
この名称は、看板に「八百屋」と書いてあるのに、中でマグロを売っているようなものです。
今回は、彼らが掲げる「中道」の論理破綻と、その一翼を担う日本維新の会・東徹氏の発言に見る「民主主義の破壊工作」について、徹底的にロジックで解剖します。
1. 政治の「シーソー理論」:中学生でも分かる物理法則
彼ら「中道改革連合」の主張を聞いていると、必ずこういうロジックが出てきます。
「今の自民党政治は右に行き過ぎた。だから我々がキャスティングボートを握り、真ん中に引き戻すのだ」と。
一見もっともらしく聞こえますが、ここには致命的な論理矛盾があります。
これを「シーソー」に例えて考えてみましょう。
右に傾いたシーソーを戻すには?
想像してください。公園にあるシーソーです。
右側の座席に、自民党という巨大な岩(重石)が乗っています。当然、シーソーはガコンと「右に傾いて」います。
彼らは「この傾きを水平(真ん中)に戻したい」と言っているわけです。

では、あなたならシーソーのどこに立ちますか?
- A:真ん中(支点の上)に立つ
- B:左端に立つ
物理(力学)の答えは一つです。「B(左端)」です。
右側に重い荷重がかかっている状態で、それを水平に戻すには、反対側の「左端」に強い荷重をかけなければ、物理的に釣り合うはずがありません。
「真ん中」に立つ者は、自民党の応援団である
ところが、「中道」を自称する彼らは「私は極端を排するから、真ん中に立ちます」と言って、支点の上に乗ろうとします。
結果どうなるか? 傾きはそのままです。
いや、むしろ全体の重量が増す分、その「右に傾いた体制」を安定させてしまう。
つまり、今の日本において「真ん中に立つ」ということは、「右に行き過ぎた現状」を追認し、自民党を応援しているのと物理的に同義なのです。
「右に行き過ぎた政治を正す」と言いながら「中道」に立つ。
中学校の成績が「評定平均3.5」以上の知性があれば、この詐術には気づくはずです。
2. 「人間主義」という名の言葉遊び(ソフィスト)
私がこの「シーソーの矛盾」を指摘すると、支持者の方(特に公明党・創価学会の方々)からは必ず猛烈な反論が来ます。
「菅野さん、あなたは分かっていない。我々の言う中道とは、右や左の真ん中という意味ではない。『人間主義(ヒューマニズム)』のことなのだ」と
「どこまでも一人の幸福と世界平和のためなら、右も左も関係ない。これこそが中道なのだ」と 。
それはただの「言い訳」である
なるほど、美しい言葉です。「人間主義」。
しかし、それは政治的な議論における「言葉遊び(ソフィスト)」に過ぎません。
もしあなた方が「右も左も関係ない人間主義」を貫くのであれば、なぜ「右に行き過ぎた自民党政治を是正する」などというスローガンを掲げるのですか?
「右を直す」と言った時点で、あなた方は左右のスペクトル(座標軸)の話をしているのです。
それなのに、論理的に詰められると「いや、座標軸の話ではない、人間主義の話だ」とゴールポストを動かす。座標軸の話↓
これは「論理的な欺瞞(ごまかし)」です
一般の有権者は、「中道」と言われれば「左右のバランスを取る人たち」だと解釈します。その一般常識を利用して集票しながら、都合が悪くなると内輪の定義(人間主義)に逃げ込む。
これでは、有権者との対話は成立しません。
3. 中道改革連合の正体は「自民党への花嫁学校」である
では、なぜ彼らは論理矛盾を犯してまで「中道」を名乗り、野党のままでいようとするのか。
その答えは、彼らの現在地を「花嫁学校」だと捉えればすべて腑に落ちます。
「愛のない結婚」への準備
彼らが今やっていることは、選挙に勝つための準備ではありません。
「自民党さん(新郎)と一緒になるために、お行儀を良くする準備」です。
かつてのリベラル勢力には、「原発反対」「安保法制反対」といった、自民党が嫌がる主張(行儀の悪い振る舞い)がありました。
しかし、これらを捨て、お茶やお花や料理を習うように、「再稼働容認」や「防衛力増強」といった自民党好みの政策を身につけていく。
すべては、選挙の後に「連立政権」という名の結婚をするためです。
DV夫の元へ嫁ぐ愚かさ
しかし、その結婚相手(自民党)は、国民に対しても野党に対しても、常に高圧的で暴力を振るう「DV気質」を持った夫です。
殴られない時だけ優しいのを「愛」だと勘違いし、「自民党を倒す」と言って集めた票を手土産に、DV夫の元へ笑顔で嫁いでいく。
「人間主義」などという美辞麗句で飾っていますが、実態はただの「従属」です。
4. 維新・東徹氏に見る「民主主義への冒涜」とコスト論の嘘


この「中道改革」の一角を占める日本維新の会。彼らの本質が露呈した象徴的な出来事があります。
衆議院議員・東徹氏による、公営掲示板削減に関するツイートです。
一見、もっともらしい「改革」に見えますか?
いいえ。これは「公職選挙法の理念を全く理解していない、浅はかな素人の戯言」です。
彼の主張がいかに破綻しているか、3つの視点から論破します。
① 法の理念は「同じリングに上がること」
なぜ、公職選挙法には「ポスターの枚数制限」や「掲示板の設置」があるのか。
それは「公平性(Fairness)」を担保するためです。
もし掲示板や枚数制限がなければどうなるか?
資金力のある金持ち候補だけが、街中を自分のポスターで埋め尽くし、インターネット広告を大量に投下して圧勝します。
それでは民主主義ではなく、ただの「金持ちの道楽」です。
「全員を同じ土俵(リング)に乗せる」ために、あえてアナログな掲示板を用意し、全員同じサイズ、同じ場所で比較できるようにしているのです。
「ネットで見れるからいい」というのは、スマホを持たない高齢者や情報弱者を切り捨てる暴論であり、民主主義の否定です。
② お前が「コスト削減」を語るな(60億円の無駄金)
さらに許しがたいのは、東氏が「経費削減」を理由に挙げていることです。
維新の会は、大阪で何をやりましたか?
知事と市長が中身のない「トリプル選挙(辞職・出直し)」を仕掛けました。
この維新の党利党略のためだけに行われた選挙によって、約60億円もの税金が無駄に使われました。
自分たちの都合で60億円をドブに捨てておきながら、「掲示板の設置費用がもったいない」だと?
これを「盗っ人猛々しい」と言わずして何と言うのでしょうか。巨額の無駄遣いをした当事者が、民主主義の根幹コストをケチるなど、言語道断です。
③ ネットは「万能」ではない
ネット社会だからネットでいい? それはあなたの感想です。
健全な民主主義には、各陣営が自由に発信するネット情報だけでなく、選挙公報やポスターのように「全員が同じフォーマット」で横並びに比較できる材料が不可欠なのです。
東氏の発言は、自分たちが有利になるならルールなんてどうでもいい、金のない候補者は排除されてもいいという、維新の本質的な「弱肉強食・排外主義」を見事に表しています。
結論:ルールを壊す「改革」に騙されるな
右に傾いたシーソーを戻すには、左に乗るしかない。
公職選挙法の理念を守るには、公平性を担保するしかない。
彼らが叫ぶ「中道」や「改革」という言葉の裏にあるのは、物理法則を無視したごまかしであり、民主主義のルールを自分たちの都合で書き換えようとする危険な野心です。
自民党というDV夫の元へ嫁ぐために、民主主義という「実家」を売り払おうとしている彼らに、これ以上騙されてはいけません。
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