船場吉兆の再起にみる「文化」の本質:菅野完氏が語る経済合理性への抵抗 | 菅野完 朝刊チェック 文字起こし
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船場吉兆の再起にみる「文化」の本質:菅野完氏が語る経済合理性への抵抗

2026/1/12(月)朝刊チェック:果たして高市早苗は解散に踏み切れるのか?

私が菅野完でございます。1月12日 朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど

序論:日常の報道から見出された文化論

菅野完氏が日々配信する「朝刊チェック」。その日常の営みの中で、産経新聞の片隅に追いやられた社会面の記事が、現代日本が直面する根源的な危機を映し出すプリズムとなった。それは、一つの老舗料亭の顛末を通じて、我々の文化が「経済合理性」という名の野蛮な力によっていかに蝕まれ、破壊されうるかという、見過ごすことのできない闘争の記録である。

本稿は、かつて食への信頼を完全に失墜させた「船場吉兆」創業者一族のその後を追うことを通じ、菅野氏が撃ち抜いた「文化の継承」と「資本主義」の間の深刻な対立構造を白日の下に晒すものである。一度は地に堕ちた伝統が、看板を失った一個人の手によっていかに再生されるのか。その軌跡は、単なるスキャンダルの後日談ではなく、我々の時代への痛烈な批判と、一条の光を示す希望の物語に他ならない。

この記事が照らし出す一つの「ええ話」から、文化の本質を巡る思考の旅を始めよう。

1. 一つの記事が示す「ええ話」― 船場吉兆、その後の物語

これは単なる企業の再起譚ではない。一度失われた信頼と伝統という無形の価値が、ブランドという鎧を脱ぎ捨てた一個人の誠実な意志によって、いかに再建されうるかを示す感動的な実例である。だが、その核心にあるのは、美談を超えた、ある種の「抵抗」の姿だ。

菅野氏が「ええ話やったんですよ」と深く頷いたのは、産経新聞が報じた船場吉兆の創業者・湯木貞一氏の孫、湯木尚二氏の物語。彼は、あの謝罪会見で「ささやき女将」に「頭が真っ白になったと言いなさい」と指示された人物の弟にあたる。

事件後、彼は「吉兆」という重すぎる看板を捨て、「南地ゆきや。」という自らの名を冠した店を開いた。地道な努力を重ね、今や大阪市内で4店舗を経営するまでに成功を収めている。この再起の物語を決定的なものにする、胸を打つエピソードがある。

馴染みの食器屋さんに行ったら、食器屋の店主が「いつかこういう日がやってくると思ってた」と言うて、吉兆が潰れた後、吉兆から買い取った器を「これ使ってくれよ」って出してきてくれた。

この食器屋の主人の行動は、単なる温情ではない。経済合理性に対する、静かな、しかし断固たる抵抗である。吉兆が潰れた後、その器は市場価値を失ったはずの「不良資産」だ。それを損得勘定で処分せず、来るべき未来を信じて持ち続けた。この行為は、利益の最大化という資本主義の論理を完全に拒絶し、文化の系譜を信じるという、人間的な価値観に根差している。菅野氏がこれを「ええ話」と評したのは、ここに文化が生き延びるための本質を見出したからに他ならない。

では、なぜこの個人的な物語が、より大きな文化的文脈を持つのだろうか。その答えは、「吉兆」という存在が関西文化において担っていた、絶対的な意味に隠されている。

2. 『吉兆味ばなし』に象徴される「文化そのもの」

菅野氏にとって、「吉兆」とは単なる高級料亭を意味しない。それは、特に関西の人間にとって、守り伝えるべき精神性の結晶そのものであった。この思想的背景を理解する鍵が、彼が配信中に取り出した一冊の本、『吉兆味ばなし』だ。

創業者・湯木貞一氏が著し、『暮しの手帖』から出版されたこの本を手に、菅野氏は力強く断言する。

関西の人間にとっては、これは文化の結晶みたいな本ですよ。 これがね、そのなんて言うの…関西人にとってのね、文化そのものみたいなものだったんですよ。

この言葉は、菅野氏が「吉兆」に、料理の味や技術を超えた、総合的な美意識の体系――すなわち文化そのもの――を見出していたことを物語る。彼が「吉兆のことを擦り擦りに行く」と公言する背景には、この文化への深い敬意が存在するのだ。

しかし、これほどまでに尊ばれた文化の象徴は、なぜ崩壊したのか。菅野氏の分析は、現代社会を覆う根源的な病理へと、鋭く切り込んでいく。

3. 経済合理性と資本主義への警鐘

本稿の核心は、ここにある。菅野氏は、船場吉兆の事件を単なる経営者の倫理観の欠如として矮小化しない。彼は、この崩壊の根本原因を、文化が「経済合理性」によっていかに容易く破壊されるかという、現代資本主義の病理そのものに見出す。

菅野氏は、船場吉兆が道を誤った理由を、次の一言で喝破した。

それを経済合理性でああなってしまった。資本主義って恐ろしいなということなんですけれども。

この一言こそ、彼の批評の核心を撃ち抜いている。本来、手間暇をかけ、採算を度外視してでも本物を追求することに価値があった文化が、利益追求と効率化の論理に呑み込まれた。客の食べ残しの使い回しという行為は、その最も醜悪でグロテスクな発露であり、文化の魂がスプレッドシートの数字に完全に敗北した、必然的な結末だった。

この文脈において、創業者の孫である湯木尚二氏の「反省に基いて再建」する姿は、極めて重要な意味を持つ。彼のやり方は、かつて文化を破壊した経済合理性への明確なアンチテーゼだ。巨大資本に頼るのではなく、自らの名前で、あの食器屋のようなコミュニティとの信頼関係を礎に商いを再建する。それは、父の世代が捨て去った非経済的な価値の上にこそ、本物が宿ることを証明する闘いなのである。

菅野氏の視点を通して浮かび上がるのは、文化の価値を守り抜くことの困難さと、それでもなお、その本質に立ち返ろうとする個人の意志の尊さだ。

結論:本物の継承とは何か

船場吉兆の創業者一族の再起を巡る物語と、そこに寄せられた菅野完氏の深い共感と分析は、我々に「本物の継承とは何か」という根源的な問いを突きつける。

菅野氏の論を通して導き出される結論は、明快だ。真の文化継承とは、歴史あるブランド名や看板を守ることではない。それは、文化が内包する精神性を深く理解し、食器屋の主人のようなコミュニティとの有機的な関係性の中で、絶えず育み続ける営みそのものを指す。

湯木尚二氏の物語は、経済の論理がすべてを覆い尽くす現代において、それに抗い、文化の本質を守り抜こうとする個人の意志がいかに尊いものであるかを我々に教える。それこそが、一度失われたものを取り戻し、未来へと繋ぐ唯一の道なのだ。

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