2026/2/11(水)朝刊チェック:斎藤元彦で高市早苗の予行演習しておきましょう。
記事の要約と図解
【結論】 今回の中道改革連合の敗北は、単なる議席減ではない。「解散があるかわからない」状態で書かれた原稿のように、魂と確信を欠いた言葉が有権者に届かなかった結果である。さらに、落選した118人の仲間の生活(兵站)を顧みない組織に「人間主義」を語る資格はなく、敗戦処理すらできない集団に再生の未来はない。
【ポイント3選】
- 言葉の軽さ:「中道」とは名ばかりで、実際は右顧左眄した「中途半端」な妥協の産物であり、腹の底からの声が失われていた。
- 文化の断絶:「威風堂々」のエピソードに象徴されるように、連立パートナー(創価学会)の精神性や文化を理解しないままの野合であった。
- 偽りの人間主義:落選者(死者)の生活を守るための年間30億円規模の経済的覚悟がなく、仲間を見捨てる組織が国民を救えるはずがない。
■ 【徹底解説】中道改革連合が「人間主義」の看板を掲げて仲間を見殺しにする理由
今回の選挙結果を見て、多くの識者が「リベラルの再編」だの「これからの戦略」だのを語っているが、はっきり言ってちゃんちゃらおかしい。
死体が転がっているのだ。
中道改革連合の敗北によって、118人もの仲間が議席を失い、政治生命の危機に瀕している。この「死者」たちの骨も拾わず、高尚な未来を語るなど言語道断である。今回は、なぜ彼らが負けたのか、そしてなぜ彼らが「人間主義」を語る資格がないのか、徹底的に解剖する。
1. 借り物の言葉では魂は震えない
まず、数字を見よう。中道改革連合は公示前から18議席を減らし、自民党は118議席を増やした。これは単なる負けではない。完敗であり、有権者に見透かされた結果だ。
「解散があるかわからない原稿」の虚しさ
私自身の経験で恐縮だが、先日「解散があるかどうかわからない」という状況で月刊誌の原稿を書かされた。解散する前提で書けば、しなかった時に嘘になる。逆もまた然り。結果、両方の可能性を含ませた「どっちつかず」の文章になった。書いていて思った。「これは腹の底から声が出ていない」と。
今回の中道改革連合の敗北の本質はまさにこれだ。
かつて「集団的自衛権反対」「安保法制は違憲」と叫んでいた人間が、選挙のためにその旗を降ろし、「中道」という名の「妥協」を選んだ。昨日まで否定していたものを、今日は肯定する。そんなダブルバインド(二重拘束)の中で、腹の底から声が出るはずがない。
借り物の言葉、迷いのある言葉は、有権者に「気持ち悪さ」として伝播する。それが「中道改革連合」ならぬ「中途半端連合」の実態だったのだ。
2. 「威風堂々」が暴いた決定的な断絶
選挙戦の最中、この「中途半端な野合」を象徴する、あまりにも喜劇的で、かつ悲劇的なエピソードがあった。
エルガーか、学会歌か
現場の立憲民主党関係者が、支援に入ってくれた創価学会員に対してこう言ったという。「学会の皆さんは熱心ですね。やっぱり『威風堂々』だからですか? 儀式でエルガーを聴くんですか?」
これを聞いて、私は膝から崩れ落ちそうになった。
世間一般で『威風堂々』と言えば、エルガーのクラシック曲だ。しかし、創価学会員にとっての『威風堂々』とは、初代会長・牧口常三郎先生の獄死を悼み、権力との闘争を誓う、血の涙が出るような学会歌のことだ。「悪鬼の如き」「邪宗の都」といった激しい歌詞と共に歌われる、闘争の歌なのだ。
この違いを知らずに、「エルガーですか?」と聞く。これは単なる知識不足ではない。パートナーとして組んでいる相手の「魂の在処」を全く理解していないということだ。
相手が何に命を燃やし、何に涙するのかを知ろうともせず、ただ票だけを当てにする。そんな上っ面の連携で、強固な自民党の岩盤を崩せるはずがない。熱伝導が起きていないのだ。
3. 「人間主義」という名の欺瞞
私が今回、最も怒りを感じているのは、選挙の負け方そのものではない。負けた後の態度だ。彼らは口を開けば「人間主義」「一人の人を大切に」と言う。
ならば問いたい。落選した118人の仲間の生活を、誰がどう面倒を見るつもりなのか?
政治には金がかかるという現実
きれいごと抜きで計算しよう。
落選した候補者が次の選挙まで政治活動を続けるには、支部長として事務所を維持しなければならない。
北海道から沖縄まで、約200人の支部長を抱えると仮定する。彼らに生活費と活動費として月50万円を渡すだけでも、月1億円。年間で12億円だ。本部コストを含めれば、優に年間30億円規模のビジネスモデルが必要になる。
これだけの巨大な固定費を、誰が負担するのか。
借金をしてでも、党代表が泥水をすすってでも、一緒に戦った仲間の食い扶持を確保するのが「組織」であり「リーダー」の責任だ。

分水嶺となった「Def Tech・Micro」の逮捕
そして、この選挙の潮目が変わった決定的な瞬間があった。あれは単なる芸能ニュースではない。2月6日、Def TechのMicro(マイクロ)が大麻取締法違反の疑いで逮捕された件だ。
知っている人間ならピンとくるはずだ。彼は学会芸術部のメンバーとして知られている。投票日の直前、このタイミングで彼を逮捕し、実名で報道させる。これは権力側からの、創価学会に対する強烈なメッセージだ。「お前ら、調子に乗るなよ。次は誰になるかわからんぞ」という恫喝だ。
私が学会の青年部員なら、このニュースを見て震え上がる。上から指示がなくとも、勝手にブレーキを踏むだろう。「何、急にパクってんの?」。恐怖が走る。 これは「えげつない」一手だった。ネット上のスピン云々というレベルではない。この逮捕劇が、現場の運動員の足に鉛をつけさせ、あの中途半端な選挙結果にトドメを刺したのだと私は見ている。
死体の上で未来を語るな
今、私の目の前には、議席を失い、ただの無職となったかつての代議士たちが転がっている。
それなのに、党の幹部や支持者たちは「これからのリベラルはどうあるべきか」などと、カフェで茶を飲みながら話すような暢気な議論をしている。
ふざけるなと言いたい。
一緒に戦って溺れ死んだ仲間の骨も拾わず、香典の計算もせず、自分たちだけ生き残って「人間主義」を語る。これを「偽善」と言わずして何と言うのか。
自分たちの仲間の生活すら守れない人間に、国民の生活が守れるわけがない。
「中道改革連合」が真に再生したいのなら、まずは落選者全員を再雇用し、次の選挙まで泥にまみれて支え続ける覚悟を見せることだ。それができないなら、即刻解散し、それぞれの信じる旗のもとへ帰るべきだ。
借り物の言葉を捨て、死者の骨を拾い、腹の底から自分の言葉で語れ。
再生は、そこからしか始まらない。

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