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ガソリン400円とブルースクリーン:失敗を認めない日本人が高市早苗を神にする日

「燃え上がる黒い農業用マルチシート」と「ブルースクリーン(致命的なエラー画面)」を合成した背景の前に、中身のない白紙の「霞が関のパワポ資料」が舞い散っている、シニカルで不穏なコラージュ画像。

GW雑感:高市早苗の支持率は、経済状況が悪くなればなるほど上昇する。2026/5/4

【結論】

生活苦が進行するほど、日本人は自らの選択ミスを直視できず「何もしていない指導者」を狂信的に支持する。この病理は、過去の失敗を認められず破滅へと突き進んだ大日本帝国から続く「致命的なシステムエラー」である。

【ポイント3選】

  • 飢餓と熱狂のメカニズム: 農業用マルチ消滅による「カロリー半減」の絶望下で、弱者は現実逃避のため高市早苗を崇める。
  • 1945年のブルースクリーン: 盧溝橋事件から敗戦に至るまで、「失敗を認められない」というバグを放置した国家の末路。
  • 霞が関文学という知的な誤魔化し: 政治の「コミットメント」を喪失し、パワポに逃げ込む現代行政の堕落を撃つ。
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ガソリン400円時代と飢える中間層――何もしない権力者が崇められる日

農業用マルチ消滅と「カロリー半減」のリアル

あのね、これから我々の目の前にやってくるのは、ガソリンがリッター300円、400円になる世界なんですよ。でも、想像力が貧困な連中は「車のガソリン代が上がるから遠出できなくなるね」ぐらいにしか考えていない。狂ってるとしか言いようがない。

問題の本質はそこじゃないんですよ。原油が高騰し、ナフサが手に入らなくなるということは、農業用の黒い「マルチシート」が消滅するってことなんです。畑に被せるあの黒いビニールです。あれがないとどうなるか。保温もできず、雑草も防げず、葉焼けも防げない。今までマルチを使って、ひと株パッと抜いたら10個取れていたじゃがいもが、3個しか取れなくなるんですよ。

これは単なる「物価高」なんて生易しいもんじゃない。抽象化して定量化すれば、社会全体が摂取できる物理的なカロリーが半分になるってことです。社会全体が飢えていくプロセスが、もう始まってるんですよ。

年収600万以下の分断と、炭水化物で太る「弱者」たち

で、こうやって社会全体のカロリーが減り、モノの値段が異常に上がっていくと何が起きるか。決定的な「分断」です。年収700万〜800万から上の層は、まあなんだかんだ言って今までとさほど変わらない生活を維持できるでしょう。しかし、額面年収600万以下の層はズタボロになります。

金がないから、腹を満たすためにおにぎりなどの炭水化物ばかりを食うようになる。生活が苦しい、苦しいと嘆いている人間ほど、炭水化物で太っていくんですよ。そして糖尿病になり、痛風になる。これが貧困層にのしかかる残酷なリアリティです。政府が手厚い保護をしてくれるか?するわけないでしょう。政治は彼らを見捨てます。

美輪明宏の逸話が暴く「弱者の定義」と高市早苗への熱狂

では、こうして生活が絶望的になれば、大衆は怒り狂って政権を倒すか?違うんですよ。状況がヘビーになればなるほど、何の仕事もしていない高市早苗のような指導者の支持率が80%、90%へと跳ね上がるんです。

なぜか。ここで美輪明宏の言葉を引きます。僕はあいつが大嫌いですが、これだけは真理を突いている。「やりたくないことをやらないのが強者。やりたくないことばかりやっているのが弱者」なんです。社会の底辺で、やりたくもない労働を強いられ、貧困に喘ぐ「弱者」たちは、自分の所属する集団や社会が決定的に失敗しているという現実を直視できない。直視すれば、それに従ってきた自分の人生そのものを否定することになるからです。

だから彼らは、自分たちの選択は間違っていなかったと思い込むために、現状を全肯定し、強い(ように見える)指導者を狂信的に支持し始める。高市早苗がTwitterで田舎者を慰撫するだけの精神的麻薬を撒き散らしていれば、彼らはそれにすがりつく。何もしていない権力者が、生活が苦しくなるほど神として崇められる。これが「弱者の力学」の正体です。

1945年8月15日の「ブルースクリーン」――失敗を認められないシステムエラー

盧溝橋事件の真実「女の子の尻を触っていた兵士」から始まる泥沼

この「失敗を失敗と認められない」という日本人の致命的なバグは、今に始まったことじゃないんです。我々はこのバグのせいで一度、国を滅ぼしている。

1937年の盧溝橋事件。あれ、なんで戦争が始まったか知ってますか?夜中に銃声が聞こえて点呼を取ったら、兵士が1人足りなかった。「中国軍に殺されたに違いない!撃ち返せ!」と大騒ぎして戦端を開いたわけですが、そのいなくなった兵士、近くの村で女の子の尻を触ってて点呼に遅れただけなんですよ。朝になったらケロッと帰ってきた。

誰も死んでないんです。でも、一度振り上げた拳を下ろせない。失敗を認められないから、全部「中国のせい」「他人のせい」にして戦線を拡大していった。そこから真珠湾攻撃に至るまで、大日本帝国陸軍は「勝った試しがない」んですよ。ずっと負け続けていたのに、失敗を隠すための事後策を繰り返し、泥沼に落ちていったんです。

天皇の命令すら無視した林銑十郎が総理になる国

そもそも、当時の日本はガバナンスが完全に崩壊していました。満州事変の時、朝鮮軍司令官だった林銑十郎は、大元帥である天皇陛下の命令を完全に無視して独断で軍を動かした。本来ならその場で銃殺刑ですよ。最高権力者の命令に背いたんですから。

ところが、この天皇の命令を無視した男が、処罰されるどころかトントン拍子に出世して、のちに内閣総理大臣になっている。軍紀もガバナンスもボロボロ。こんな、命令系統すら維持できない国が、戦争に勝てるわけがないでしょう。

「パーロ軍には負けたが共産党には負けていない」という現実逃避

そして極めつけはこれです。「パーロ軍(八路軍)にはボコボコに負けたが、あれは共産党ではない」と言い張る現実逃避。当時の日本人は、「我々大日本帝国が、シナ人の共産主義者なんかに負けるはずがない」というレイシズムと驕りから、目の前の「負けた」という現実を受け入れられなかったんです。

我々は、この致命的なバグを抱えたまま、1945年8月15日に「ブルースクリーン」を出して強制終了したシステムのメンテナーなんですよ。バグフィックスもせずに、令和の今になっても同じOSを動かし続けている。だから同じ失敗を繰り返すんです。

アメリカの下僕にすらなりきれない「三流の犬」たちの末路

イラク戦争の総括すらできない「田舎の弱者のメンツ」

その最たる例が、イラク戦争の総括です。当事者であるアメリカはもちろん、イギリスもフランスもドイツもカナダも、主要国はすべて「イラク戦争は間違いだった」と総括しています。あのトランプでさえ、大統領選で「俺は最初からイラク戦争は間違いだと言っていた」と身内を叩き潰してのし上がったんです。

世界中で、たった一カ国、日本だけですよ。「イラク戦争は間違いではなかった」と未だに閣議決定までして言い張っているのは。

「ご主人様の過ち」に同調できない滑稽さ

右翼や保守は「日本はアメリカと同盟を結んでいるんだ」と偉そうに言いますが、お前らアメリカの犬を自称するなら、犬らしくしろよって話なんです。

本物の下僕なら、ご主人様であるアメリカが「あの戦争、間違いだったわ」と言った瞬間に、「マジっすか!いや、俺も薄々間違いじゃないかと思ってたんですよ!先輩どんまいっす!」と追従するはずでしょう。それが下僕の正しい振る舞いです。

なのに日本の政治家は、ご主人様が間違いを認めているのに、自分たちが過去に「賛成」してしまった手前、田舎の弱者特有のちっぽけなメンツが邪魔をして「間違いでした」と言えないんです。「アメリカの犬」にすらなりきれない、三流の滑稽な姿ですよ。

日本人はPDCAではなく「DDD(Do, Do, Do)」しか回していない

よく「日本の組織はPDCAサイクルが回っていない。Check(評価)とAction(改善)ができないからだ」と偉そうに語るコンサルがいますが、甘い。日本はそんな上等なもんじゃないんです。

日本人はそもそも「Plan(計画)」ができないんですよ。なぜなら、過去の失敗を失敗として認めないから、現状の正しい認識ができず、まともな計画なんて立てられるはずがないんです。ただひたすらに、無目的な行動だけを繰り返す。PDCAじゃない。「DDD(Do、Do、Do)」です。働いて、働いて、働いて、そのままバンザイクリフから飛び降りる。これが日本の本質です。

「所得倍増計画」の凄みと令和の「霞が関文学」という知的な誤魔化し

政治の本質は「予算の分配」である――高市早苗が「何もしない」ことの罪

翻って現代の政治を見なさい。政治の本質とは究極のところ「予算の分配」です。しかし、今の権力者たちは補正予算も組まず、国会も開かず、ただそこにいて酸素を消費しているだけ。高市早苗は文字通り「何もしていない」んです。

何もしないことを戦略としているならまだしも、ただ責任から逃げているだけ。予算をいじらない政治家は、政治家としての仕事をしていないのと同義です。

コミットメントから逃げるな――池田勇人の「26兆円」と現代の堕落

先日、国立公文書館で日本国憲法や過去の公文書の原本を見てきました。そこで一番震えたのが、池田勇人内閣の「国民所得倍増計画」の閣議決定文書(昭和35年)です。

そこにはこう書かれていました。「今後10年以内に国民総生産を26兆円に到達させることを目標とする」「年平均9%の経済成長を達成し、昭和38年度には17兆円を実現する」と。

凄まじいまでのコミットメントですよ。数字と期限を明確に切り、国家の命運を懸けて「これをやる」と言い切っている。裏に公害などの負の側面があったことは事実ですが、定量的な目標を立て、その通りに実行し、結果を出したという「仕事のクオリティ」は圧倒的です。

最大の行政改革は「パワポ禁止」である

それに比べて、令和の行政文書はどうですか。今の官僚が同じものを書いたらこうなりますよ。「国民所得等倍増計画等は、今後しかるべき期間内に、しかるべき目標に到達することを定めつつ、諸般の事情に鑑み、各方面との調整を考えながら……」

これが「霞が関文学」と呼ばれる知的な誤魔化しです。誰も責任を取らない。何も約束しない。そして、その中身のないスカスカの思考を隠すために、彼らはPowerPointでカラフルなポンチ絵を描くんです。

だからこそ、私がもし総理大臣になったら、最大の行政改革としてこう宣言します。「霞が関のパワポ使用を全面禁止する」と。Amazonやトヨタがやっているように、誤魔化しのきかない「言葉」と「文章」で論理を構築させろ。言葉から逃げるな。失敗から逃げるな。それができない限り、この国のブルースクリーンは永遠に直らないんですよ。

【検証用ソース】事象の裏付け

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