導入:歴史の「思い込み」を解きほぐす
2025/11/28(金)朝刊チェック:高市早苗さんこそ令和の新時代に相応しいリーダーだ!!!!
ニュースで頻繁に目にする、中国と台湾をめぐる緊張。なぜこの問題はこれほど複雑で、多くの日本人にとって理解しにくいのでしょうか? その根本には、多くの人が国共内戦について抱いている「一つの決定的な思い込み」があります。
菅野氏は、その「思い込み」を、織田信長や蒙古襲来といった日本の歴史に例えることで解きほぐしていきます。読み終える頃には、台湾問題の核心がいかにシンプルな構造であるかに気づき、現代のニュースをより深く、冷静に理解できるようになることをお約束します。
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1. あなたの常識は間違い? 国共内戦の「よくある誤解」
多くの日本人が、中国の国共内戦について、無意識に次のようなイメージを抱いています。
- 古い国「中華民国」(蒋介石)が存在した。
- 新しい国「中華人民共和国」(毛沢東)が誕生し、古い国を打ち破った。
- 敗れた中華民国は、台湾に逃げた。
このイメージは、「新しい独立国家が、旧政府の領土を侵略した」という、分かりやすい構図に繋がりがちです。
しかし、厳密な歴史的事実は、このイメージとは全く異なります。そして、この違いこそが「一つの中国」原則の全てのナゾを解くカギなのです。
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2. 真実は「国の乗っ取り劇」― 信長と秀吉で理解する国共内戦
2.1. 戦争ではなく「社内の派閥争い」だった
国共内戦の真の性質は、「中華民国という一つの国の中で、どの政党が主導権を握るかを決める内戦だった」という点にあります。
これは国家間の戦争ではありません。例えるなら、「自民党の武装勢力と立憲民主党の武装勢力が、どちらが政権を担うかを巡って日本国内で争った」ようなものです。あくまで一つの国内での政権争いでした。
そして、最も重要な事実は、毛沢東は新しい国を作ったのではなく、勝利後に既存の国「中華民国」の名前を「中華人民共和国」に変えただけ、ということです。
ポイント: 国は新しく作られていない。名前と支配者が変わっただけ。
2.2. 歴史を丸ごと理解する「織田信長」の例え話
では、この複雑な権力闘争を、我々が最もよく知る歴史の教室に持ち込んでみましょう。主役は、織田信長です。
| 中国近現代史 | 日本の戦国時代 | 解説 |
| 孫文 | 織田信長 | 「中華民国」という国の枠組みを作った創業者。 |
| 毛沢東 | 豊臣秀吉 | 信長の作った枠組みの中で主導権争いに勝利し、天下を取った(国名を変えた)人物。 |
| 蒋介石 | 柴田勝家 | 主導権争いに敗れ、辺境(台湾)へ追いやられた人物。 |
| 袁世凱 | 斎藤道三 | 信長の義父であり、過渡期に権力を握っていた人物。 |
| 当時の地方軍閥(張作霖など) | 滝川一益や丹羽長秀 | 信長の作った枠組みの中にいた地方の有力者たち。 |
この対応関係を見れば、毛沢東(秀吉)も蒋介石(勝家)も、もとは孫文(信長)が作った中華民国という一つの枠組みの中にいたことが分かります。つまり、国共内戦は「信長亡き後の後継者争い」のようなものだったのです。
このように歴史の構造を正しく理解することで、なぜ中国も台湾も「中国は一つ」という奇妙な主張を続けるのか、その理由が見えてきます。
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3. なぜ中国も台湾も「中国は一つ」と主張するのか?
3.1. 後継者たちの言い分
信長亡き後、豊臣秀吉も柴田勝家も、自らの正当性を「自分こそが織田信長の後継者である」という点に求めました。それと同じように、現代の中国(中華人民共和国)と台湾(中華民国)の双方が、今なお「自分たちこそが孫文の正統な後継者である」と主張しているのです。
この歴史的背景があるからこそ、多くの日本人にとっては意外なことに、台湾政府でさえも「一つの中国」という枠組みを今なお主張し続けているのです。彼らにとって、自分たちは国を乗っ取られただけであり、中華民国という国家そのものは続いている、という認識だからです。この文脈を理解しなければ、「一つの中国って何言っとんねん、勝手なこと」と中国の身勝手な主張として片付けてしまうことになります。
3.2. 国際社会が「手を出せない」本当の理由
国共内戦が「国内問題」であったという事実は、現代の台湾有事に国際社会が介入することを、構造的に極めて難しくしています。
これは、昨今の国際紛争とは全く文脈が異なります。
- ロシアのウクライナ侵攻: 主権国家による、別の主権国家への侵略。
- 中国の台湾への武力行使: 中国の主張によれば、これは**「国内問題」**の鎮圧。
もし中国が台湾に武力を行使した場合、彼らの論理は「日本の自衛隊が、岐阜県内で独立を宣言した知事を鎮圧する」のと同じだ、ということになります。これは主権国家間の侵略とは見なされにくく、他国が介入する国際法上のハードルが非常に高くなります。
そのため、台湾有事は**「ロシアがウクライナに侵略することよりも、イスラエルがパレスチナに侵略することよりも、もっと手を出しにくい」**という、極めて特殊な性質を帯びるのです。この「国内問題」という論理こそが、日中共同宣言などの政治的文書以上に、台湾問題への介入を構造的に難しくしている「重み」なのです。
そして、この複雑な状況に、かつて日本がどう関わったのかを知ることで、現代の日本の政治家がなぜ慎重であるべきなのかが見えてきます。
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4. 日本の「歴史的負債」― なぜ日本は口を出すべきではないのか?
4.1. 日本が演じた「蒙古」という役割
かつて日本が中国大陸で行ったこと(特に満州国の設立)は、この中国の「内戦」において、非常に罪深い意味を持ちました。では、これを再び日本の歴史の教室に持ち込んで、その構造を解き明かしてみましょう。
- 中国の国内の主導権争い(国共内戦) = 日本の**「南北朝の争い」**
- そこに外部から介入した日本の行為 = 「蒙古襲来」
日本は、中国が国内で主導権を争っている最中に、外部から土足で踏み込み、領土の一部(満州)を切り取って傀儡政権を作りました。これは、南北朝が争っている日本に対し、海を越えてやってきた蒙古が「九州だけを捕まえて自分の傀儡政権を作った」ような行為に等しいのです。
4.2. 失われた「謙虚さ」と「羞恥心」
かつての「昭和の政治家」たちは、日本がこの「蒙古」の役割を果たしたという歴史的な罪と、200年、300年かけても払拭できないほどの負債を深く認識していました。彼らは、愚かな戦争のツケとして課された「アメリカの首枷」を、主権が制限された「恥ずかしい」状態だと感じる羞恥心を持っていたのです。
しかし、今の政治家にはその歴史的負債に対する羞恥心が欠如しているように見えます。彼らが中国の内戦という文脈を無視して、軽々しく「台湾独立」などを口にすることは、当事者から見れば、歴史の罪を忘れた極めて筋違いな行為であり、**「超絶ダサい」**と見なされても仕方ありません。
この比喩が示す核心的なメッセージは、**「内戦に土足で踏み込んだ歴史を持つ『蒙古』が、その内戦の結果に文句を言う資格はない」**という、厳然たる事実です。
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5. 結論:歴史の解像度を上げ、未来を見る
菅野解説の要点を、3つのポイントにまとめます。
- 国共内戦は「国家の乗っ取り劇」であり、新しい国が古い国を滅ぼしたわけではない。
- 毛沢東は、孫文が創った「中華民国」という国の名前と支配権を変えただけである。
- この事実こそが「一つの中国」原則に国際法的な重みを与え、台湾問題を複雑にしている。
- 台湾への武力行使は「国内問題」と見なされる側面があり、国際社会の介入をロシアのウクライナ侵攻以上に困難にする。
- 日本はかつてこの内戦に不当に介入した「蒙古」の立場であり、その歴史的負債を自覚し、謙虚であるべきだ。
- 過去の介入者が、その内戦の結果に口を出すのは筋違いであり、国際的な信用を失う行為である。
歴史の事実を正確に理解し、その解像度を上げること。それこそが、感情論に流されず、現代の複雑な外交問題を冷静に判断するために不可欠な第一歩なのです。
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