2026/2/5(木)朝刊チェック:議員定数削減とかいうアホな政策について
私が菅野完でございます。2/5(木)朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
記事の要約と図解
【結論】 「国会議員の定数を削減すれば、政治は良くなる」という言説は、完全なる幻想であり、国益を損なう「愚策」である。2月5日の日経新聞が報じた通り、真に必要な政治改革は「定数削減」ではなく、裏金問題に直結する「政治資金の透明化」だ。
【ポイント3選】
- イタリアの失敗: 2020年に議員の1/3を削減したが、予算圧縮効果は微々たるもので、政治への信頼も回復しなかった(腐敗指数は高止まり)。
- 日本の現状: 人口当たりの議員数はすでに先進国でアメリカに次いで少なく、これ以上の削減は「民意の切り捨て」につながる。
- 質の低下: 過去30年の定数削減の結果、まともな議論をする政治家が減り、目立つだけの「パフォーマンス重視の政治家」が跋扈するようになった。

■ 【徹底解説】「議員定数削減」という亡国の詐術について――日経新聞が報じた不都合な真実
本日は、多くの国民がなんとなく「良いこと」だと信じ込まされている、ある政治的な詐術について切り込みたい。それは「国会議員の定数削減」だ。
「議員を減らせば税金の無駄が減る」「身を切る改革だ」――。耳障りの良いスローガンだが、断言しよう。これは日本の民主主義を殺す毒薬である。2月5日付の日本経済新聞が、珍しくこの問題の核心を突く記事を掲載した。この記事を補助線に、「なぜ定数削減がアホな政策なのか」を徹底的に論じていく。
1. 「身を切る改革」の成れの果て――イタリアの失敗事例
まず、世界で行われた実験の結果を見てみよう。日経新聞は「議員減らせば信頼回復? イタリアでも停滞」という見出しで、非常に重要なデータを紹介している。
改革の幻想と現実の数字
イタリアでは2020年、国民投票によって国会議員の定数を3分の1も削減した。当時のイタリアは「五つ星運動」などのポピュリズム政党が台頭し、「政治家という特権階級を減らせ」という熱狂の中でこの決定がなされた。
では、その結果どうなったか。
- 予算圧縮効果: 国家予算全体から見れば「誤差」レベルの削減にしかならなかった。
- 政治不信: 世界の汚職を監視するNGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」のデータによれば、イタリアの「政治に腐敗を感じる指数」は改善していない。
つまり、「身を切った」にもかかわらず、政治はきれいにならず、国民の暮らしも良くならず、ただ「国民の代表」の数が減っただけだったのだ。これが現実である。
削減が招いたのは「停滞」のみ
議員を減らせば、一人の議員がカバーすべき有権者の数は増える。それは物理的に、市民の声が政治に届きにくくなることを意味する。イタリアの事例が示しているのは、定数削減とは「政治家への懲罰」としては機能するかもしれないが、「政治の質の向上」には何一つ寄与しないという冷徹な事実だ。
2. 日本の議員数は「多すぎる」のか?――データの嘘
次に、「日本の国会議員は多すぎる」という俗説を検証する。これも日経新聞が指摘しているが、国際比較をすれば一目瞭然だ。
先進国で最低レベルの議員数
人口100万人あたりの衆議院議員の数を比較すると、日本より議員数が少ない先進国はアメリカだけである。
アメリカは大統領制かつ連邦制の国であり、州政府の権限が極めて強いため、連邦議会の人数が少なくても機能する特殊な事情がある。それを除けば、日本はすでに世界でもトップクラスに「国会議員が少ない国」なのだ。
すでに「減らしすぎ」ている
この30年間、日本はずっと定数削減を行ってきた。その結果、何が起きたか冷静に思い出してほしい。政治は良くなったか? 暮らしは豊かになったか?
答えはNOだ。
むしろ、定数が減ることで「多様な意見」が国会から排除され、極端な意見や、組織票を持つ巨大政党だけが生き残るシステムが強化されてしまった。これ以上減らす余地など、どこにもない。
3. 定数削減が招いた「政治家の劣化」
私が最も懸念するのは、定数削減がもたらす「政治家の質の変質」だ。
「まともな議論」から「絶叫」へ
議員の椅子が減り、競争が激化するとどうなるか。地味だが実務能力に長けた人間や、少数派の声を丁寧に拾い上げる良識的な人間が選挙で勝てなくなる。
代わりに当選するのは誰か。
テレビ受けする過激なパフォーマンスをする者、SNSで極端なことを言ってバズる者、あるいは「改革」という名の空虚なスローガンを大声で叫ぶ者たちだ。
維新的なるものの台頭
具体名を挙げれば、吉村洋文氏や山本太郎氏、あるいは杉田水脈氏のような、良くも悪くも「キャラの立った」人間ばかりが目立つようになる。これを私は「政治のエンタメ化」と呼ぶ。
定数削減とは、こうした「声の大きいポピュリスト」にとって有利な土壌を作ることに他ならない。本来、国会とは多様な国民の縮図であるべきだが、定数を減らせば減らすほど、そこは「声のデカい者勝ち」の闘技場へと変貌してしまうのだ。
4. 結論:真の改革は「カネの透明化」にある
日経新聞は記事の中でこう結論づけている。「議員定数削減よりも、政治資金の透明化を急げ」。
これこそが正論中の正論である。
目くらましに騙されるな
政治家が「定数を減らします!」と叫ぶとき、それは大抵の場合、別の問題から目を逸らさせるための目くらましだ。
今、我々が怒るべきは「議員の数」ではない。「議員が何にカネを使っているか分からない」という不透明さだ。裏金問題の本質もそこにある。
我々が要求すべきこと
- 定数削減反対: これ以上、国民の声を届けるパイプを細らせてはならない。
- 資金の透明化: 政治資金規正法を抜本的に改正し、1円単位までカネの出入りをガラス張りにすること。
イタリアの失敗を繰り返してはならない。「身を切る改革」という心地よい言葉に酔いしれ、自らの首を絞めるのは、もう終わりにしよう。政治の質を取り戻す道は、定数を減らすことではなく、カネの流れを白日の下に晒すこと、ただそれだけなのだから。

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