2026/1/25中道改革連合に関する衝撃の数字
【要約】 週末に行われた緊急世論調査の結果は、衝撃的な事実を突きつけました。「中道改革連合」の支持層を分解すると、旧立憲支持層が52.1%、**旧公明支持層が27.4%**という「倍近い差」が存在します。しかし、政策は少数派である旧公明党・右派の論理で動いています。これは民主主義の原則(数の論理)を無視した「主従逆転」であり、リベラル層への背信行為です。

■ 【第1章:データ分析編】その野合に「民意」はあるか ― 世論調査が暴いた中道改革連合の「主従逆転」
選挙の週末に判明した「衝撃の数字」
選挙戦真っ只中の週末、各報道機関は必死になって情勢調査を行っています。その中で、時事通信や共同通信といった信頼性の高い機関が弾き出したデータの中に、ある「衝撃的な数字」が含まれていました。
これは、そこらへんのYouTuberが適当に喋っている内容とはわけが違います。数学的に正しいサンプリングに基づいた、残酷なまでの事実です。
注目すべきは、新党「中道改革連合」を支持すると答えた人々の内訳です。
「中道改革連合を支持する」と答えた人に対し、「その前はどの政党を支持していましたか?」と問いかけた結果、驚くべき比率が明らかになりました。
- 旧 立憲民主党 支持層:52.1%
- 旧 公明党 支持層:27.4%
この数字をよく見てください。およそ「6対3」。ダブルスコアに近い差をつけて、圧倒的に「旧立憲民主党」の支持者が多いのです。
この新党の「図体(母体)」は、間違いなくリベラル層、かつての立憲民主党支持者によって構成されています。これが「世論調査はごまかせない」という現実です。
多数派が少数派にひざまずく「主従逆転」の怪
民主主義の基本的な論理に従えば、支持者の構成比率(図体の大きさ)は、その政党の政策決定に反映されるべきです。
支持者の過半数が旧立憲支持層であるならば、本来、中道改革連合の政策は「平和法制の堅持」「立憲主義の擁護」といったリベラル寄りのラインに落ち着くのが自然です。
しかし、現実はどうでしょうか。
外交安全保障、原発再稼働、そして辺野古新基地建設。これら全ての重要局面において、中道改革連合は「旧公明党」あるいは「自民党補完勢力」としての右派的な顔を覗かせています。
なぜ、52.1%の多数派が、27.4%の少数派の論理に従わせられているのでしょうか?
これは単なる妥協ではありません。明確な「主従逆転」です。
旧立憲支持者たちは、平和主義や憲法を守るために一票を投じてきたはずです。それがなぜ、数合わせの新党において、自分たちより数の少ない勢力の「下請け」のような扱いを受けなければならないのでしょうか。
「元々の比率が反映された」という欺瞞
一部の政治家は「元々の両党の支持率の比率が反映されただけだ」と強弁するかもしれません。
百歩譲ってそうだとしても、ならば政策決定権やポスト配分も「6対3」であるべきです。しかし実態は、イデオロギー的に右へ右へと引っ張られています。
この歪な構造が示している事実は一つです。
現在進められている野党再編劇は、有権者のニーズ(民意)に基づいているのではありません。永田町の論理、すなわち「バッジをつけたい政治家の都合」と「組織防衛」だけで進められている。
52.1%の有権者の思いを踏みにじりながら成立する野合に、明日などあるはずがないのです。
【第2章:思想・歴史編】「人間主義」の死と植民地主義
【要約】 公明党の原点は、国家神道による思想統制(神札の強制)に対し、投獄されても拒否し続けた牧口常三郎・戸田城聖の「抵抗の精神」にあります。しかし現在の公明党本部は、沖縄県本部が反対しているにもかかわらず、東京の論理で「辺野古推進」を押し付けています。これはかつて創価学会が闘った「国家権力の横暴」そのものであり、沖縄に対する植民地主義的差別です。

■ 【第2章:思想・歴史編】牧口・戸田が泣いている ― 「人間主義」を捨てて東京の論理にひざまずく公明党
牧口・戸田が命を賭して拒否したもの
公明党や創価学会は、長年「中道」を標榜し、その核心には「人間主義」があると説明してきました。
では、その「人間主義」の原点とは何だったのか。歴史を直視する必要があります。
戦時中、創価教育学会(当時)の牧口常三郎会長と戸田城聖理事長は、軍部政府から「伊勢神宮の神札(神宮大麻)を祀れ」と強要されました。これは国家神道による思想統制そのものです。
彼らはどうしたか。「ここは一つ、うまくやりましょう」と妥協したでしょうか?
違います。彼らはそれを断固として拒否しました。その結果、治安維持法違反などで逮捕・投獄され、牧口会長に至っては獄中で亡くなっています。
世の中の体制がどうあろうと、権力がどれほど強大であろうと、間違っていることには命を賭して「否」を突きつける。
その「抵抗の精神」こそが、創価学会の、そして公明党の精神的支柱だったはずです。
「人間主義」か、それとも「植民地主義」か
翻って現在、沖縄の問題を見てください。
沖縄県議会の公明党や地元の支持者たちは、辺野古新基地建設に対して一貫して「反対」の声を上げています。沖縄で生活し、米軍基地による重圧と矛盾を肌で感じている彼らにとって、それが「人間主義」に適う唯一の結論だからです。
しかし、東京の公明党本部は彼らに何をしているか。
「東京が決めたことだ」「連立政権の維持のためだ」と言って、沖縄の同志の切実な声を握りつぶし、自民党と共に辺野古推進(容認)を押し付けています。
これは構造的な暴力です。かつて牧口や戸田が戦った「国家権力の横暴」を、今度は自分たちが沖縄に対して行っているのです。
「東京の都合を沖縄に押し付ける」。これを政治学では「植民地主義」と呼びます。
思想的なアキレス腱はここにあります。「人間主義」を掲げる政党が、最も弱い立場にある人々の声を権力でねじ伏せる。牧口常三郎が生きていれば、今の執行部を破門にするのではないでしょうか。
小説『虹の鳥』が描く断絶
この構造的暴力の深さを理解したければ、目取真俊氏の小説『虹の鳥』を読んでください。
そこには、本土(ナイチャー)と沖縄(ウチナーンチュ)の決定的な断絶が描かれています。本土の人間が無自覚に沖縄へ向ける視線がいかに暴力的か。
現在の「中道改革連合」における公明党の態度は、まさにこの小説に出てくる無自覚な暴力そのものです。
「中道」とは、右と左の真ん中でフラフラすることではありません。人間としての尊厳を守る道のことです。
辺野古に土砂を投入することに加担しながら「人間主義」を語ることは、もはや許されません。それは完全な自己矛盾であり、歴史への裏切りなのです。
【第3章:軍事・戦術編】地政学という「嘘」と高市早苗への「媚び」
【要約】 「沖縄の基地は地政学的に必要」という言説は嘘です。冷戦期、対ソ連の最前線だった北海道に米軍基地は置かれませんでした。理由は「ソ連を刺激しないため」です。つまり、沖縄への集中は軍事的必然性ではなく、本土の政治的都合による差別に過ぎません。また、「打倒・高市早苗」を掲げながら、彼女の選挙区(奈良2区)に候補を立てない態度は、戦うふりだけの完全な茶番です。

■ 【第3章:軍事・戦術編】地政学という「嘘」と高市早苗への「媚び」 ― 北海道に米軍基地がなかった理由
「地政学」というもっともらしい嘘
「沖縄に米軍基地が集中するのは、地政学的な要請だ」。
政治家や評論家は、判で押したようにこう語ります。しかし、歴史を少し紐解けば、これが真っ赤な嘘であることはすぐに分かります。
40年前、冷戦真っ只中の時代を思い出してください。当時、日本にとって最大の脅威は「ソビエト連邦」でした。「不沈空母」発言があった中曽根内閣の時代です。
もし「地政学的な最前線に基地を置く」のが軍事的な鉄則なら、対ソ連の最前線である北海道にこそ、米軍の大規模な実戦部隊基地を置くべきだったはずです。
しかし実際には、北海道に米軍基地は置かれませんでした(レーダー基地などは除く)。
理由は単純です。「ソ連を過度に刺激したくないから」という政治的配慮があったからです。
北海道には置かないという「政治判断」が可能だったのです。それなのに、沖縄に対してだけは「地政学的に仕方がない」と言う。これはダブルスタンダード以外の何物でもありません。
敵の上陸地点など誰にも分からない
かつて、冷戦時代の深夜に放送されていた伝説的な番組『EXテレビ』でのことだ。 タレントの浜村淳氏が、司会の上岡龍太郎氏に対し、執拗にこう食い下がった場面がある。
「もしソ連が攻めてきたらどうするんだ!」
当時の世相を反映した、ヒステリックな問いだ。それに対し、上岡氏は冷ややかな視線でこう切り返した。
「攻めてこない。もし攻めてくるというなら、日本の『どこ』に上陸してくるのか教えてくれ」
浜村氏は言葉に詰まり、最後にはこう吐き捨てた。 「そんなのわっかない(稚内)」 その瞬間、スタジオは爆笑に包まれ、そのままCMへと雪崩れ込んだ。
単なるテレビのコントではない。この「笑い」の中にこそ、日本の防衛論議が直視しようとしない、冷徹な軍事の本質が隠されている。
「敵がどこに来るか分からない」。それが正解だ。 相手がこちらの都合に合わせて、沖縄を経由して攻めてくると約束してくれるわけがない。北海道かもしれないし、新潟かもしれない、あるいは東京湾へ直接来るかもしれない。 上陸地点が予測不能であるならば、本来、防衛力というものは日本全土に分散配置されていなければ理屈に合わないはずだ。敵の攻撃ルートが「分からない」以上、リスクは等しく日本列島全体にある。
にもかかわらず、現実はどうだ。 在日米軍基地の及ぶ過重な負担は、異常なまでに沖縄へ集中している。政府や専門家は、もっともらしい顔をして「地政学的な要請」などと口にする。 だが、上岡氏の問いを前にして、その理屈は破綻していると言わざるを得ない。
「地政学」などという高尚な言葉で、この差別構造を隠蔽するのはやめるべきだ。 沖縄に基地が集中しているのは、軍事的な必然性からではない。本土の人間が、自分たちの庭に基地を置きたがらず、その不都合な負担の一切を沖縄という「他所」へ押し付けた結果に過ぎない。
これは戦略ではない。「政治的な差別」だ。 本土の安全と引き換えに沖縄を切り捨てる、その醜悪なエゴイズムを「国防」という言葉で美化するのは、もういい加減にするべきだ。
「打倒・高市早苗」という茶番劇
最後に、中道改革連合の選挙戦術における最大の欺瞞を指摘します。
彼らは「右傾化する高市自民党と戦う」「極端な政治を終わらせる」と勇ましいスローガンを掲げています。
ならば問います。なぜ、高市早苗氏の地元である「奈良2区」に、最強の対抗馬を立てないのですか?
本当に高市氏を「日本の危機」と見なし、彼女の政治生命を絶つ覚悟があるなら、野党共闘の全てを注ぎ込んででも奈良2区を獲りに行くはずです。
しかし実際は、選挙区を事実上の「空白」にするか、比例復活も怪しい候補でお茶を濁している。
高市氏を落選させる気概もなく、東京でだけ「打倒・高市」を叫ぶ。これは戦っているのではなく、高市氏に「媚びている」のと同じです。「あなたの地元は荒らしませんから、国会での対立ごっこを続けましょう」という握手が見え隠れします。
「人間主義」を捨てて辺野古を押し付け、「地政学」という嘘で差別を正当化し、敵将の地元からは逃亡する。
そのような欺瞞に満ちた勢力に、日本の改革などできるはずがありません。彼らに必要なのは、まず鏡を見て、自分たちがついている嘘を直視することです。
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