菅野完「漫才の本質は音楽」華ゆり逝去とヨネダ2000の核心 | 菅野完 朝刊チェック 文字起こし
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音楽的構造と継承・菅野完の視点

漫才の本質:言語化された音楽としての構造

漫才とは何か。多くの者はそれを「話芸」と捉えるが、その認識は表層的である。私の視点において、漫才の本質は音楽に他ならない 。

これを構造的に解剖してみよう。単に情報の面白さやストーリーの伝達、あるいはネタとしての純粋な享楽を追求するのであれば、演者は一人で十分である 。米国のスタンドアップコメディや、日本の落語がそうであるように、コンテンツの消費において N=1(演者が一人)であることは、伝達効率において合理的であり、観客もまた落ち着いてネタを享受できるはずである 。

しかし、なぜ漫才は N=2以上 の形式をとるのか 。なぜ複数人による掛け合いが必要とされるのか。それは漫才が情報の伝達ではなく、セッション(演奏) として機能しているからである 。

漫才 ≒ セッション (ただし N ≧ 2)

歴史的経緯として三河万歳における鼓と扇子の役割分担などが存在するが 、現代においても漫才が成立し続けている理由は、それが「2ピースバンド」と同様の音の紡がれ方をしている点にある 。つまり、我々は漫才師の言葉の意味内容を聴いていると同時に、そのリズムと間が生み出す音楽的快楽を消費しているのである 。

音曲漫才の終焉:フラワーショウ花ゆり氏の死

この「漫才=音楽」というテーゼを具現化していたのが、いわゆる「音曲漫才」というジャンルである 。昨日、フラワーショウの華ゆり氏が逝去されたという報に接した 。享年78歳 。

フラワーショウをはじめとする音曲漫才の功績は、1960年代から70年代、80年代にかけての大阪の演芸において極めて重要であった 。彼女たちの芸は、トークの内容そのものよりも、圧倒的な演奏技術と音楽と共に展開される舞台構成にあった 。

宮川左近ショージョウサンズといった名跡も含め 、かつては隆盛を誇った「楽器を用いた漫才」の伝統は、華ゆり氏の死をもって、大阪・東京を含めほぼ完全に消滅したと言わざるを得ない 。一つの芸能ジャンルが、演者の死と共に物理的に消滅しようとしている現実は、冷徹な観察者としても哀惜の念を禁じ得ない 。

現代漫才における「音」の系譜:ヨネダ2000からビートたけしへ

伝統的な音曲漫才は姿を消しつつあるが、「漫才=音楽」という本質は現代の鋭敏な演者たちによって形を変え継承されている 。

まず特筆すべきはヨネダ2000である 。彼女たちの漫才を「革新的」と評する声もあるが、本質はそこではない 。あれは徹底した「音玉(おとだま)漫才」である 。言葉の意味性から離脱し、リズムと音の反復によって快楽を生み出すその手法は、極めて音楽的なアプローチである 。

また、私が現在、音楽として最も心地よいと感じるのがトータルテンボスである 。彼らの掛け合いは、もはやフリージャズの領域にある 。整合性のある会話ではなく、音と音がぶつかり合い、即興的に展開していく様は、高度なジャズセッションを聞いているに等しい 。

さらに視野を広げれば、テレビバラエティにおける明石家さんまの機能もまた、音楽的に解釈可能である 。彼は「ひな壇」という巨大な編成を指揮するデューク・エリントンであり、そこで繰り広げられるトークはビッグバンドジャズ(例えば『A列車で行こう』)そのものである 。彼がいなければ番組が成立しないのは、彼がバンドマスターとして全体の音を統御しているからに他ならない 。

そして、この「漫才=音楽」という真理を誰よりも早く、本能的に見抜いていたのがビートたけしである 。彼がコンビ名を「ツービート」とした時点で、彼は漫才の本質がビート(リズム)にあることを看破していたのである 。

結論として、漫才の歴史とは、三河万歳から現代のヨネダ2000に至るまで、形を変えながらも一貫して「音楽」を追求してきた営みであると言える 。華ゆり氏の訃報は一つの時代の終わりを告げるものであるが 、その魂(リズム)は形を変え、現代の演者たちの中に脈々と受け継がれているのである。

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