1/23(金)朝刊チェック:維新とかいう社会の害悪について
私が菅野完でございます。1/23(金)朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
記事の要約と図解
【結論】 本記事は、映画『八甲田山』の「天は我々を見放した」というセリフをキーワードに、現代の政治リーダーに欠けている**「他者認識(他者性)」を徹底解剖します。 筆者は、斎藤元彦知事が公の会議中に靴を脱ぐなどの奇行や、維新・国民・参政党に「民間企業で通用しない人材」が集まる構造的要因を指摘。これらは全て「自分以外の他者」が見えていない「公共空間の私物化」**であり、トランプ大統領の国家私物化とも通底する病理であると断じます。真のリーダーとは、安住淳氏のように「クソナイチャー(本土の論理)」と罵られようとも、他者(沖縄)の痛みを認識した上で現実と向き合う者のことであると結論づけます。
【ポイント3選】
- 斎藤元彦の「他者性」欠落:他県の幹部が待つ会議で靴を脱ぎ、貧乏ゆすりをする姿は、周囲(他者)が完全に見えていない「精神的独房」の中にいる証拠である。
- 政治家の逆選抜:まともな企業なら引き止められる人材が国会へ行くのが本来だが、維新や参政党は「会社にいられては困る人材」の受け皿(=質の低下)となっている。
- 「天」とは「他者」である:「天は見放した」のではなく、リーダーが「現実(他者)」を見ることを放棄した結果、孤立して自滅したに過ぎない。

「天は我々を見放した」――斎藤元彦の“靴下”とトランプの“不動産”。政治家を蝕む「他者性」の欠落
映画『八甲田山』をご存知でしょうか。
雪中行軍で遭難し、部隊が壊滅する寸前に、北大路欣也演じる神田大尉が発する絶望的なセリフがあります。

「天は我々を見放した」
この言葉を指揮官が吐いた瞬間、兵士たちは次々と倒れ、死んでいきました。
なぜか? リーダーが「現実(天)」との対話を放棄し、自分の無能さを「運命」のせいにしたからです。
今回は、この「天(=他者・現実)」を見ようとしない現代の政治家たちの病理を、斎藤元彦知事の「靴下」、維新議員の「年収」、そしてトランプの「不動産」という3つの視点から解剖します。
1. 斎藤元彦知事はなぜ「靴」を脱ぐのか?

まず、強烈な違和感について語らねばなりません。
先日行われた「関西広域連合」の委員会。大阪・京都・兵庫など近畿の知事や幹部が集まる公的な会議の映像です。
ここで斎藤元彦・兵庫県知事が見せた振る舞いは、ある種の「戦慄」を覚えるものでした。
公共空間で「くつろぐ」異常性
会議の開始が少し遅れていました。
他の県の知事や幹部職員たちは、背筋を伸ばし、書類に目を通しながら静かに待っています。それが「公人」としての当たり前の態度です。
しかし、斎藤知事だけは違いました。
- キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回す。
- 貧乏ゆすりのように体を揺らす。
- あろうことか、机の下で靴を脱ぎ、リラックスし始めた。
これは単なる「行儀が悪い」という話ではありません。
彼の目には「他者」が映っていないのです。
周囲に他県の重鎮がいようが、カメラが回っていようが、彼にとっては「自分」しか存在しない。だから、自宅のリビングにいるかのように靴を脱げる。
「セックスが下手」なリーダー
あえて下世話な比喩を使いますが、こういう人間は間違いなく「セックスが下手」です。
相手の反応を見ない。相手がどう感じているか想像しない。自分の快感と都合だけで動く。
「事後」に「適切に対応しました」と言ってさっさと寝るタイプです。
他者の視線(まなざし)を感じない人間が、数百万人の県民の命を預かる「知事」という職に就いている。
これこそが、パワハラやおねだり問題の根底にある「他者性の欠落」です。彼は悪気があってやっているのではなく、そもそも「他人が存在すること」を認知できていないのです。
2. 維新・国民に“ヤバい奴”が集まる理由。「人材市場」の残酷な論理
次に、視点を国会に移しましょう。
最近、日本維新の会、国民民主党、参政党といった政党の議員による不祥事が絶えません。
なぜ、これほどまでに「質の低い」人材が集まるのか。
そこには、残酷なまでの「人材市場の論理」があります。
「会社を辞めてほしくない人」vs「辞めてくれて清々する人」
まともな政党(自民、立憲、公明、共産など)の候補者は、多くの場合、こうやって送り出されます。
「お前が会社を辞めたら戦力ダウンだ。痛手だ。でも、お前の夢なら仕方ない。国のために頑張ってこい!」
周囲から惜しまれ、涙ながらに送り出される。これが本来の姿です。
しかし、維新や参政党の候補者はどうでしょうか。
「え? お前が選挙に出る? ……どうぞどうぞ! 今すぐ辞めていいよ! 頑張ってね(二度と帰ってくるなよ)」
会社で使い物にならない、トラブルメーカー、あるいは窓際族。
「会社を辞めてくれて、むしろホッとする人材」が、行き場を失って政治家を目指している。これが実態です。
議員報酬「450万円」の真実
よく「国会議員は年収4000万円で貰いすぎだ」と批判されますが、秘書給与や事務所費などの経費を引いた「手取り(可処分所得)」は、実質450万円程度だと言われています。
優秀な弁護士である共産党の山添拓氏や、大企業の幹部クラスだった人たちが、年収を激減させてまで国会議員をやっている。これはある種の「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」です。
しかし、民間で通用しない「年収300万円レベル」の人材にとっては、議員になれば収入アップになる。
だから、維新や参政党には「食い扶持としての政治家」を求める層が殺到し、結果としてモラルも能力も低い集団が出来上がるのです。
3. トランプと安住淳に見る「クソナイチャー」のリアリズム
最後に、「他者性」という観点から、トランプ大統領と立憲民主党の安住淳氏を比較してみましょう。
国家を私物化するトランプ
トランプ大統領(※再選想定)は、グリーンランドを「買いたい」と言い出したり、娘婿のクシュナー氏を通じてウクライナの穀物利権に介入したりと、国家を「自分の不動産」のように扱っています。
ここには「公」という概念がありません。あるのは「俺の金、俺の土地」という肥大した自我だけです。
これは斎藤元彦知事が会議室で靴を脱ぐのと、スケールが違うだけで本質は同じ病理です。
「クソナイチャー」安住淳の誠実さ
一方で、安住淳氏の沖縄(辺野古)に対する発言が物議を醸しました。
彼は「政権を取るなら、辺野古移設を直ちに止めるのは現実的ではない」という主旨の発言をしました。
これに対し、沖縄からは「裏切り者」「クソナイチャー(自分勝手な本土の人間)」と批判の声が上がりました。
しかし、私はあえて言いたい。
「クソナイチャー」上等ではないか、と。
安住氏は、沖縄の苦しみ(他者の痛み)を理解していないわけではありません。理解した上で、「日米安保」や「政権運営」という「現実(天)」とも向き合わなければならない。
「かわいそうですね、全部止めましょう」と耳障りの良い嘘をつくことは簡単です。しかし、それは政治家としての誠実さの放棄です。
批判されることを覚悟で、嫌われることを承知で、現実的な解(苦渋の決断)を提示する。
そこには、沖縄という「他者」と、国家という「他者」の板挟みになりながら、それでも逃げないという「公人としての覚悟」があります。
結論:天(他者)を見よ
「天は我々を見放した」
そう嘆いた神田大尉は、雪山の自然(他者)を甘く見、自分の精神論(自我)を押し通そうとして破滅しました。
斎藤元彦知事やトランプ氏のように、他者が見えず、自分だけの世界に閉じこもるリーダーは、遅かれ早かれ「天(現実)」に見放されます。
なぜなら、政治とは「自分以外の無数の他者」のために行う営みだからです。
靴を履いたまま礼儀正しく待つこと。
嫌われる勇気を持って現実を語ること。
安月給でも公のために働くこと。
これら当たり前の「他者性」を取り戻さない限り、日本の政治という雪中行軍は、全滅の結末を避けることはできないでしょう。
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