高市早苗を勝たせる野党の罪…奈良2区「敵前逃亡」の衝撃核心 | 菅野完 朝刊チェック 文字起こし
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「中道改革連合」という虚構を暴く(全3回) 第1回:戦術・リーダーシップ編

2026/1/26(月)朝刊チェック:これじゃぁ中道改革連合が勝てるはずがない

私が菅野完でございます。1/26(月)朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど

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高市早苗を「当選」させる野党 ― 奈良2区の敵前逃亡とカール・シュミットの亡霊

記事の要約と図解

【結論】 「高市早苗政権の阻止」を掲げながら、彼女の本丸である奈良2区に候補者を立てない「中道改革連合」の判断は、戦術的撤退ではなく明白な「敵前逃亡」である。敵将を地元に縛り付けず、全国遊説の自由を与えるこの失策は、野党指導部の「政治=友と敵の峻別」という根本原理(カール・シュミット的政治観)の欠落を露呈させている。

【ポイント3選】

  1. 奈良2区の空白は利敵行為:高市早苗氏に対抗馬を立てないことで、彼女に「地元に張り付かなくてよい」というフリーハンドを与え、全国でのメディア露出と集票活動を許している。
  2. 自民党の「殺意」との差:千葉14区(野田佳彦氏の地盤)で自民党が「勝ち目ゼロ」でも必ず候補を立てるのは、相手のリソースを少しでも削ぐためである。この泥臭い「戦争の常識」が野党には欠けている。
  3. 敗北主義のリーダーシップ:戦う前から「厳しい」「非力」と弱音を吐く野田・安住ラインと、沈黙して組織を固める公明党・自民党。指揮官の覚悟の差が、最初から勝負を決めている。

高市早苗を「当選」させる野党の自殺行為

―奈良2区の敵前逃亡と「おぼこい」リベラルの病―

「これで勝てるわけがない」。

朝刊を広げ、各選挙区の情勢分析に目を通した瞬間、私の口からついたのはそんな独り言だった。怒りではない。呆れでもない。それは、目前で繰り広げられる「政治という営み」への冒涜に対する、深い絶望だ。

中道改革連合、あるいは立憲民主党とその周辺は、「高市早苗政権の誕生阻止」をお題目のように唱えている。ならば問う。なぜ、その高市早苗の本丸中の本丸、奈良2区がこれほど静まり返っているのか。敵の大将の首を狙わずして、一体何と戦うつもりなのか。

今日は、この「奈良2区の空白」という異常事態を起点に、野党指導部に決定的に欠落している「殺意」と、政治の本質である「友と敵」の概念について、徹底的に解剖していく。

第一章:選挙とは「引き算」の殺し合いである

まず、選挙というものの定義が間違っている。野党の連中は選挙を「自分の良さをアピールする学級会」だと思っている節があるが、菅野氏の指摘を引くまでもなく、選挙の本質は「戦争」であり、票の「引き算」だ。

高市早苗に献上された「全国遊説パスポート」

奈良2区に候補者を立てない。この事実がもたらす最大の罪は、単に「1議席を失う」ことではない。高市早苗氏に「地元に帰る必要がない」というフリーハンドを与えてしまったことにある。

もし強力な対抗馬がいれば、いかに現職が強くとも、高市氏は足元を固めるために奈良に張り付かざるを得ない。しかし、対抗馬不在の現状、彼女は自分の選挙区を完全に放置し、全国の激戦区を飛び回り、テレビカメラの前で愛想を振りまくことができる。メディアは「余裕の高市、全国を行脚」と報じ、その露出がさらに彼女の求心力を高める。

野党は自らの手で、敵将に最強の武器を与えているのだ。これは戦術的撤退ではない。明白な利敵行為だ。

自民党に見る「殺意」の作法

ひるがえって自民党を見ろ。彼らの冷徹なまでの「殺意」は芸術的ですらある。 例えば千葉14区、野田佳彦代表の地盤だ。前回、自民党候補はトリプルスコアで惨敗した。今回も勝負にはならないだろう。それでも自民党は、必ず刺客を送る。安住淳の選挙区にも、岡田克也の選挙区にもだ。

なぜか。「相手の足を止めるため」だ。 たとえ耳かき一杯分でもいい、相手の票を削り、リソースを消費させる。それが組織全体の利益になると知っているからだ。これこそが、味方を少なく殺し、敵を多く殺すための「選挙の算数」である。

第二章:「悪口」を忘れた去勢された野党

なぜ野党はこうも弱いのか。それは彼らが「おぼこい」からだ。菅野氏の分析によれば、自民党と民主党系では、悪口や批判の「目的意識」に決定的な差がある。

「素粒子レベル」で敵を否定せよ

自民党は悪口を「武器」として戦略的に使いこなす。彼らが「立憲共産党」とレッテルを貼るのは、相手をビビらせるためではない。「あいつらは敵だ」と明確に指差し、身内(味方)の結束を極限まで高めるための儀式なのだ。 相手を「素粒子レベル」で否定し、「絶対に相手には入れない」と信者に刷り込む。安倍晋三はそのタイミングの天才だった。

ここでカール・シュミットの亡霊を呼び起こそう。『政治的なるものの概念』において、彼は「政治的なものの特有な区別は、友と敵という区別である」と定義した。自民党はこの定義を肌感覚で理解している。だからこそ、人格否定レベルのネガティブキャンペーンすら躊躇なく行える。

「お上品」な自滅

一方、中道改革連合はどうだ。「悪口はいけない」「上品であるべき」という、政治とは無縁の道徳律に縛られている。 かつて菅直人が維新を「ナチス」と呼んだ時、党執行部は何をしたか。諫めたのだ。「言い過ぎだ」と。馬鹿か。あれこそが正しい喧嘩の作法だ。相手を悪魔化して味方を奮い立たせるチャンスを、自らドブに捨てたのだ。

かつて東京・武蔵野では、民主党陣営が「あいつは人間のクズだ」「裏切り者」と選挙カーで絶叫し、自民党並みのド根性を見せて勝利をもぎ取っていた時代があった。今の野党にその気概はあるか? 「高市さんは邪魔しない」などと寝言を言っている間に、自民党は着々と「敵」を殺すための布陣を敷いている。友と敵を区別できない集団に、政治的な実存などありえない。

第三章:敗北主義に染まるリーダーたち

指揮官の質もまた、絶望的だ。

野田佳彦や安住淳は、選挙前から「厳しい戦いになる」「我々は非力だ」と公言してはばからない。戦争において、指揮官が「この戦は負けそうだ」と口にすれば、兵士の士気はどうなるか。自壊するに決まっている。彼らは「正直であること」と「無責任であること」を履き違えている。

対照的なのが公明党の斉藤鉄夫だ。彼は余計なことは言わない。公明党が高市早苗を嫌悪し、連立離脱をちらつかせたのは「生理的に無理」という感情だが、感情は政治の駆動力になる。だが、その公明党ですら、奈良2区の空白を埋める動きを見せない。結局は彼らも、本気で高市を殺す気などないのだ。

結論:泥を啜ってでも旗を立てろ

今回の選挙で、中道改革連合が勝てる要素はゼロだ。候補者数が足りていない時点で、政権交代など夢のまた夢だ。

もし奇跡が起きるとすれば、それは野党が頑張ったからではない。自民党が自滅し、投票率が極限まで下がり、組織票を持たない自民党が「浮動票頼み」の弱点を露呈した場合という、他力本願の「棚ぼた」のみだ。

しかし、そんなラッキーパンチを期待する前に、やるべきことがあるはずだ。 敵の本丸に旗を立てろ。「人間主義」だの「中道」だのという綺麗事を並べる前に、まず目の前の敵を「敵」として認識し、泥にまみれて倒しに行け。「あいつは人間のクズだ」と叫んででも、票をもぎ取る気概を見せろ。

奈良2区に誰も立たない。その事実一つが、この「中道改革連合」という組織が、戦う集団ではなく、単なる「仲良し互助会」であることを雄弁に物語っている。

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