2026/1/12(月)朝刊チェック:果たして高市早苗は解散に踏み切れるのか?
私が菅野完でございます。1月12日 朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけどね、まあ色々と言いたいことは山ほどあるんですが、今日はもう解散の話一本でいきましょうか。これやっとかんと先に進めんのでね。
序文:解散風の裏に潜む、政権の致命的欠陥
永田町に吹き荒れる「首相、解散を検討」の文字。週末の読売新聞スクープに端を発したこの「解散風」は、各紙が後追いを始め、一気に政局の様相を呈しています。しかし、その華々しいヘッドラインとは裏腹に、高市早苗政権が抱える現実はあまりにもお粗末です。本稿では、この一連の騒動を通じて浮き彫りになった、政権の致命的な戦略的欠陥、深刻な党内不和、そしてもはや末期症状と言える党組織の崩壊という深刻な実態を、徹底的に解剖していきます。
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1. 支持率78%の幻想と「サプライズ解散」の完全なる失敗
そもそも政治において、世論調査の数字というものは単なる数字ではありません。それは民意の温度計であり、政権が次の一手を打つための羅針盤です。そして「解散」というアクションは、そのタイミング、すなわち「時機」が全てを決定づけます。数字の裏に隠された民意の本質を読み違え、行動の「時機」を見誤ることは、政権にとって文字通り致命傷となりかねません。
高い支持率の正体―それは「弱者の自己肯定」である
まず、高市内閣の支持率が78%にも達するという世論調査の結果。これを「嘘だ」と断じる人々がいますが、それは現実を直視できない「陰謀論者」に他なりません。統計は嘘をつきません。この数字は、極めて現実的なものです。
なぜなら、今の日本には「弱い人間」が圧倒的に多いからです。まともに三食食べられる人間の方が少ない。そうした弱い人々が、「弱い者いじめ」をする強い権力者を支持することで、「自分も強い側にいる」と錯覚し、束の間の安心を得ようとする。これは、泣き叫びながら「僕は弱い人間じゃないですよね?」と世間に承認を求める心理構造そのものです。高市氏の人気は、この社会の歪んだ病理に支えられているのです。この現実から目を背けてはいけません。
「熟慮」を見せた瞬間に終わったサプライズ戦略
さて、この高い支持率を背景に打って出ようとしたとされる「サプライズ解散」。しかし、読売新聞のスクープが出た土曜日から、首相が3連休を「熟慮」に充てるという報道が出た時点で、この戦略は完全に破綻しています。
真のサプライズ解散とは何か。最も近い成功例は、2017年の安倍晋三元首相による解散です。当時、都議選で小池百合子氏率いる都民ファーストに歴史的惨敗を喫した自民党は、守勢に立たされていました。その小池氏が国政進出の準備を整える前に、機先を制して間髪入れずに断行したのがあの解散です。憶測が流れる暇もなく、「やる」と決めたら即座に実行する。それがサプライズです。
対して今回はどうか。スクープが出た後、首相は官邸に引きこもり「熟慮」する姿を見せている。我々のような外部の人間が「ああ、3日間考えるんやな」と見通せる時点で、もはや何のサプライズでもありません。土曜の朝11時にスクープが出たなら、その瞬間に記者会見を開き「解散します」と宣言してこそ、相手に準備をさせないという戦略的価値が生まれるのです。この初動のミスは、あまりにも致命的です。
自らの支持基盤を無力化する「2月選挙」という愚策
さらに言えば、選挙時期の選択も戦略的に破綻しています。今回想定されている2月中旬という日程は、大学入学共通テストをはじめとする入試シーズンと真正面から衝突します。
これは単に「受験生が可哀想」という情緒的な問題ではありません。高市氏の78%という高い支持率を支えている最大のボリュームゾーンは、若者たちです。その最も強力な支持基盤である若年層が、物理的に投票に行けない可能性が極めて高い時期を、なぜわざわざ選ぶのか。自らの最大の強みを自ら無力化する、信じがたいほどの戦略的欠陥と言わざるを得ません。
このような数々の戦略的失策が、ただでさえ高市氏に懐疑的だった党内の実力者たちからの、静かだが決定的な反発を招くのは当然の帰結でした。
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2. 「正面切って挨拶せよ」― 麻生太郎の怒りが示す党内不和
自民党のような派閥力学が渦巻く政党において、総理総裁が党内の重鎮、特に自らを支える実力者との「根回し」を欠くことは、極めて危険な賭けです。今回、高市氏はこの禁じ手を犯し、政治的な”親”である麻生太郎副総裁の逆鱗に触れました。
麻生太郎が放った痛烈な皮肉
その証拠が、麻生氏が地元の成人式で行った挨拶に隠されています。彼は新成人に向かってこう語りました。
「今日帰ったらお父さんお母さんこれまで育ててもらってありがとうございましたと、正面切って親にそうやって言ってみろ」
これは単なる若者への訓示ではありません。報道されることを百も承知で、麻生氏は高市氏にメッセージを送ったのです。「正面切って」という言葉に込められた力点。それは、解散という国家の重大事を、自分を総理にした政治的な”親”である俺に、一言も相談なく進めようとしている”子”=高市首相に対する、痛烈な皮肉であり、抑えきれない怒りの表明に他なりません。これぞ昭和の政治家ですよ。周りが誰も理解できんでも、分かる人間にだけは突き刺さる、そういう芸当ですわ。
「俺が担いで総理にしてやったのに、なぜ一言もなかったんだ」――この強烈なメッセージを、高市氏は真正面から浴びせられたのです。
機能不全に陥った党執行部
麻生氏が知らなかったということは、すなわち鈴木俊一幹事長をはじめとする党執行部も完全に蚊帳の外だったということです。その証拠に、鈴木幹事長はつい数日前、国民民主党との連立に言及し、政権安定化への段取りを組んでいました。幹事長が党運営の地ならしをしている裏で、総理が独断で解散をリークさせる。これでは党のガバナンスが崩壊していると言われても仕方ありません。
繰り返される「奈良県知事選の悪夢」
周囲に相談せず独断で突っ走り、混乱を招いて孤立する。この高市氏の行動パターンは、かつて奈良県知事選で党内を分裂させ、大混乱に陥れた失敗と全く同じ構図です。人の気持ちが分からず、全ての段取りをむちゃくちゃにする「サークル・クラッシャー」としての本性が、またしても露呈したのです。この致命的な資質が、党内の亀裂を修復不可能なレベルまで深刻化させています。
党中枢がこれほどガタついている状況で、選挙の最前線である「地上戦」がまともに機能するはずもありません。
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3. ポスター1枚貼れない現実―崩壊する自民党の地上戦能力
現代の選挙は、メディア露出などの「空中戦」が重視されがちですが、最終的な勝敗を決するのは、ポスターの貼り替えや地域回りといった、地道な「地上戦」を遂行する組織力です。そして今、自民党のその能力は崩壊の危機に瀕しています。
貼り替えられない総裁ポスターが示す末期症状
その象徴が「ポスター問題」です。総裁が交代すれば、全国の掲示板に貼られた政党ポスターは新しいものに貼り替えられるのが常識です。しかし、高市氏の新しいポスターが発表されてから3週間以上が経つにもかかわらず、私の生活圏である東京・広尾の商店街では、いまだに石破茂元総理のポスターが貼られたままです。
これは、これまで自民党の地上戦を事実上肩代わりしてきた公明党・創価学会の組織力が失われたことで、自民党の末端組織が完全に機能不全に陥っている何よりの証拠です。ポスター1枚、自力で貼り替えることすらできない。これが今の自民党の偽らざる実力なのです。
公明党なしでは戦えない「ドブ板選挙」の現実
この問題は、地方に行けばさらに深刻になります。例えば私の地元、奈良県の3区を見てみましょう。この選挙区は桜井市から十津川村まで、広大で山深い地域にまたがっています。その山々は、「山の上から富士山が見える」ほどの過酷な地形で、集落が点在しています。
こうした地形で、家々を回り、一枚一枚ポスターを貼り替えていく作業を、この30年間、公明党の組織が担ってきました。その協力なしに、今の自民党がまともな選挙活動を行うことなど、不可能に近いのです。
「自民党の社民党化」という病理
ではなぜ、国会議員のほとんどから「人格破綻者」と認識されている高市氏が、総裁にまで上り詰められたのか。その構造的問題こそが、**「自民党の社民党化」**です。
近年の総裁選ルール改正で、一般党員の票の比重が過度に重くなりました。その結果、メディア受けの良さだけでトップが決まるポピュリズムに陥っている。しかし、問題はそれよりもっと根深いのです。
これは、自民党が「自由民主主義」の「自由主義」たる所以を放棄したことを意味します。冷戦時代、西側陣営は「民主主義勢力」ではなく「自由主義勢力」と呼ばれました。なぜなら、自由主義の根幹には「権力は制限されなければならない」という思想があるからです。そして、その制限されるべき権力には、人民の権力、すなわち「民主主義」そのものも含まれます。
本来の保守政党である自民党は、この自由主義の原則に基づき、長年ともに仕事をしてきた国会議員たちの評価という「内部のチェック機能」によって、人民の熱狂(ポピュリズム)を抑制するガバナンスを働かせてきました。しかし今の自民党は、一般党員票という名の「制限なき民主主義」に身を委ねてしまった。これは、かつて党員の声ばかりが大きくなり、現実から乖離して崩壊していった社会民主党と全く同じ道を辿る、極めて危険な兆候なのです。
自民党が内側から崩壊しつつある一方で、この状況を無責任に煽る他の野党もまた、深刻な問題を抱えています。
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4. 結論:当事者意識なき「評論家」たちと自民党の自壊
ここまで分析してきたように、高市首相の解散戦略の迷走は、単に彼女個人の資質の問題に留まりません。それは、根回しという伝統を軽視し、地上戦の組織力を失い、ポピュリズムに陥った自民党という組織全体の、構造的な劣化と機能不全の現れなのです。
安全地帯から戦場を語るな
しかし、この混乱をさらに助長しているのが、当事者意識を欠いた「評論家」たちです。日本維の会の吉村洋文大阪府知事は「国民に信を問う」と解散に理解を示しました。
甘えるな。
お前は知事であって国会議員ではない。衆議院が解散されても、お前の議席が失われるわけではない。解散総選挙という言葉の重みは、総理大臣自身を含む全ての衆議院議員の身分が失われるという、そのリスクを引き受けているからこそ生まれるのです。れいわ新選組の山本太郎氏も同じです。衆議院から参議院へ「逃げた」人間が、国政を軽々しく語る資格はありません。安全地帯から戦場を眺めて偉そうに語るな。税金で食わせてもらっている評論家はもうたくさんです。

願ったり叶ったり―高市首相への逆説的期待
最後に、この混乱した状況を私、菅野完の視点から締めくくりましょう。
私がかねてから「高市早苗が総理になるべきだ」と主張してきたのは、まさにこのためです。彼女は人の気持ちが分からず、全ての段取りを破壊する最高の「サークル・クラッシャー」だからです。彼女がこのまま暴走し、自民党を内側からめちゃくちゃにしてくれるなら、それはそれで**「願ったり叶ったり」**なのです。
高市首相には、ぜひこのまま少なくとも3年、いや8年は続けていただき、自民党をかつての社民党のように、完全に解体してほしい。その後の掃除は我々がやればいい。そう考えれば、今回の解散騒動もまた、日本の政治が抱える根深い問題をえぐり出す、実に興味深いショーと言えるのかもしれません。
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