2025/12/26(金)朝刊チェック:政治が人を殺すとき。
序文
私が菅野完でございます。朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
兵庫県知事が鳥インフルエンザ対応で現場の指揮系統に介入し、組織を混乱させた一件。あるいは、現代の多くの政治家や経営者が、短期的な成果を求めて拙速な改革を断行し、かえって事態を悪化させる光景。我々は、リーダーが「介入しすぎること」で組織や社会が機能不全に陥り、最悪の場合、人の命が奪われる悲劇を、毎日のように目の当たりにしています。なぜ、良かれと思って行われるリーダーの「行動」が、これほどまでに破壊的な結果を招いてしまうのでしょうか。
この根源的な問いを解き明かすのは、小手先のリーダーシップ論ではありません。それは、統計学の実験器具である「ガルトンボード」が示す、冷徹な物理法則です。無数の釘が打たれた盤の上から玉を落とすと、玉は確率的に分岐し、最終的に美しい釣鐘型の正規分布を描く。この自然の摂理こそ、組織と社会のあるべき姿を示す普遍法則であり、リーダーたちが無視すれば必ず破滅を招く鉄則なのです。
本稿は、このガルトンボードが示す物理法則を通じて、組織マネジメントと政治の本質を根底から問い直す試みです。リーダーの真の役割とは何か。その答えは、「何かをすること」ではなく、むしろ「あえて何もしない」という、最も困難な勇気の中に存在することを白日の下に晒すことになるでしょう。
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1. ガルトンボードの摂理:なぜ「ほっとく」だけで組織は美しくなるのか
本稿全体の中心的なメタファーである「ガルトンボード」の原理を解き明かすことは、理想的な組織の姿を理解するための第一歩です。このセクションでは、なぜリーダーによる「不介入」が、組織を最も美しく、かつ効率的な状態へと導くのか、その揺るぎない物理的・組織論的な根拠を明らかにします。
ガルトンボードの仕組み
ガルトンボード(釘板)とは、無数の釘が等間隔に打ち付けられた盤のことです。盤の上部から小さな玉を落とすと、玉は釘に当たるたびに、ほぼ2分の1の確率で右か左へと分岐します。このランダムな分岐を幾度となく繰り返した結果、盤の下部に落下・堆積した玉は、中央が最も高く、左右に行くにつれてなだらかに低くなる、完璧な釣鐘型の曲線、すなわち「正規分布」を描き出します。
ここには、何の作為も、強制もありません。ただ物理法則と確率論に従って玉を「放っておく」だけで、自然で美しい秩序が生まれるのです。
「ほっとく勇気」の定義
この物理現象は、組織論における核心的な真理を、我々の目の前に突きつけます。リーダーが個々の玉、すなわち部下や個別の案件の動きに対して、その都度「あっち行け、こっち行け」と介入することは、組織マネジメントにおいて最もやってはならない愚行なのです。
多くの若手リーダーは、細かく指示を出すマイクロマネジメントこそが自分の仕事だと勘違いしています。しかし、組織というシステムを信頼し、構成員の自律的な判断に任せて「ほっとく」ことこそが、組織全体を自然で安定した最適解(正規分布)へと導く最善の策なのです。この、結果が出るまでの不安に耐え、プロセスに手を出さない自制心こそが、真のリーダーに求められる**「ほっとく勇気」**に他なりません。
リーダーの真の役割
では、リーダーは完全に無用なのでしょうか。断じて否。ガルトンボードの教訓は、リーダーの役割を「個体の操作」から**「環境の維持」**へと劇的に転換させます。
ガルトンボードが美しい正規分布を描くためには、絶対に守られなければならない二つの前提条件があります。
- 台が水平であること
- 釘が抜けていないこと
もし盤を置く台が傾いていれば、玉は一方に偏り、分布は歪んでしまいます。もし釘が抜け落ちていれば、玉の公平な分岐は阻害されます。したがって、マネージャーの真の仕事とは、玉の動きを指図することでは断じてなく、組織という土台が水平か(人事評価やルールは公平か)、そしてシステムの釘が抜けていないか(制度や指揮系統に欠陥はないか)を絶えず点検し、メンテナンスすることに限定されるのです。
優れた組織マネージャーとは、「庭師」のようなものです。庭師は、植物の幹を無理やり引っ張って伸ばそうとはしません。そんなことをすれば植物は死んでしまいます。彼らがやることは、土を肥やし、水をやり、日当たりを確保することだけ。あとは植物が自らの力で育つのを信じて、静かに待つのです。
移行
この物理法則に根差した組織論の原則は、現実のリーダーシップ、特に巨大な組織を率いるリーダーの振る舞いに対して、極めて重要な示唆を与えます。次章では、この「不介入」の原則が、なぜ巨大組織において絶対的な条件となるのかを掘り下げていきましょう。
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2. 巨大組織におけるリーダーの条件:「大山巌」に学ぶ不介入の胆力
前章で提示した「不介入」の原則は、あらゆる組織に当てはまりますが、特に巨大な組織においては、リーダーが守るべき絶対的な条件となります。このセクションでは、なぜ組織の規模が大きくなるほどリーダーの介入が「罪」となるのか、そして理想的なリーダーは具体的にどう振る舞うべきかを、歴史的事例を基に解き明かします。
規模と不介入の法則
短期決戦の選挙事務所や少人数のスタートアップであれば、リーダーが個別に指示を出すマイクロマネジメントが機能することもあるでしょう。しかし、国家や大企業のように、構成員が多く、歴史が長い巨大な組織においては、リーダーによる現場への介入は、組織の自律的な秩序を破壊する「罪」に他なりません。これは巨大組織のマネジメントにおける鉄則であり、**「巨大な組織を動かす時は、ついつい手を出してしまうのを我慢して『ほっとく』という勇気を持つことが一番重要」**なのです。
組織が巨大であればあるほど、その内部には無数の相互作用から生まれる自然な秩序が形成されています。リーダーがその複雑なシステムに安易に手を加えることは、美しい正規分布を力ずくで歪める行為に等しいのです。
理想的リーダー像の提示
では、巨大組織のリーダーは何をすべきなのでしょうか。その答えは、日本の歴史の中に求めることができます。
- 日露戦争の「大山巌」 日露戦争における日本軍の総大将、大山巌は、その典型です。彼の最大の功績は、作戦の立案や現場の指揮に一切口を出さず、参謀である児玉源太郎や、現場指揮官である乃木希典といった専門家たちがそれぞれの役割を最大限に果たせるよう、**「どっしりと構えて動かないこと」**に徹した点にあります。この「どっしり構える」とは、単に動かないことではありません。巨大組織では必ず「正規分布の端っこ」、すなわち失敗や極端な事例が発生しますが、それにいちいち目くじらを立てて全体を萎縮させず、中心の大多数が健全に機能していることを信じる度量が求められるのです。もし大山が「俺がやる」と自己顕示欲を出し、指揮系統を飛び越えて現場に介入していたならば、巨大な軍隊は機能不全に陥り、戦争に負けていたことは確実です。
- 忠臣蔵の「大石内蔵助」 『忠臣蔵』の討ち入りにおけるリーダー、大石内蔵助もまた、不介入の達人でした。彼は討ち入りの最中、自ら槍を振るうのではなく、門の中で太鼓を叩き、指揮系統のリズムを刻むことに専念しました。これは、巨大プロジェクトにおけるリーダーの仕事が、現場を走り回ることではなく、「誰がどこで何をしているか(指揮命令系統)」というプロトコルを維持することに尽きるという事実を象徴しています。
「待つ時間」という試練
巨大組織の運営を困難にするもう一つの要因は、施策の結果が出るまでに長いタイムラグが存在することです。ガルトンボードの玉が盤の上から下まで落ちきるのに時間が必要なように、巨大組織では指示が末端まで浸透し、成果として現れるまでには相応の時間がかかります。
無能なリーダーほど、この「待つ時間」に内在する孤独や不安に耐えることができません。手っ取り早い「やった感」を求め、プロセスが完結する前に現場に介入し、組織を大混乱に陥らせるのです。危機管理の指揮系統を無視して現場に乗り込んだ兵庫県知事は、まさにこの「待てないリーダー」の典型例と言えるでしょう。
移行
リーダーが介入の誘惑に打ち勝ち、「待つ」という試練に耐えるためには、単なるスキルや知識以上のものが求められます。それは「信頼」という、極めて高度な精神的態度です。次章では、このリーダーシップの核心に迫ります。
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3. 「放っておく」勇気と「信頼」の精神構造
「放っておく」という行為は、決して単なる放任や怠慢ではありません。それは、リーダー自身の支配欲や自己顕示欲を抑制し、システムと他者への絶対的な信頼に裏打ちされた、極めて高度な精神的態度です。本セクションでは、この勇気と信頼の精神構造を解き明かします。
勇気の本質
「放っておく勇気」とは、第一に、結果が出るまでの不安や焦燥に耐え、「待つ」という苦痛に打ち克つ胆力です。ガルトンボードの玉が落ちきるまでの時間、リーダーは孤独です。その孤独に耐えられず、プロセスに介入してしまうのは、リーダー自身の弱さの表れに他なりません。
さらに重要なのは、リーダー自身の「自分がやった」という実感、すなわち「我(が)」を求める自己顕示欲を乗り越える精神的な強さです。介入したがるリーダーの耳元では、常に「我がが、我がが」という自我のノイズが鳴り響いています。優れたリーダーは自分の存在を消し、システムと部下が成果を出すことを自らの手柄としないのです。彼らは「一番邪魔な上司」になることを、何よりも恐れます。
信頼の対象
では、リーダーが持つべき「信頼」とは、具体的に何を指すのでしょうか。それは、単に個々の部下を人間的に信じる、といったレベルの話にとどまりません。より重要なのは、以下の二つへの絶対的な信頼です。
- 組織が本来持っている自浄作用や調整能力(自然な秩序) 公平な環境さえあれば、組織は自律的に最適な形(正規分布)に落ち着く能力を持っている。リーダーは、自分の浅薄な指示よりも、この組織に内在する自然の摂理を深く信頼しなければなりません。
- 公平なルールや人事評価といった「システム(釘と台)」 一度、公平な環境(水平な台)と正常なルール(抜けていない釘)を整えたら、あとはそのシステムが正しく機能すると信じ、委ねることが求められます。
不信が「人を殺す」メカニズム
兵庫県知事が、マニュアルで定められた指揮系統(防災監への委任)を信頼できずに現場に介入した事例は、この悲劇的なメカニズムを如実に示しています。彼の行動は、まさに**「システムへの不信」と「待つ勇気の欠如」**の致命的なコンビネーションでした。
リーダーによる不信と介入は、まず現場の指揮系統を麻痺させます。次に、自律的に動こうとする構成員の意欲を削ぎ、組織全体を指示待ちの機能不全状態に陥らせます。優れたリーダーが精巧な機械時計の水平を保つ管理人に徹するのに対し、無能なリーダーは針の動きがもどかしいとガラス蓋を開け、自分の指で針を無理やり進めようとします。その結果、繊細な歯車(指揮命令系統)は砕け散り、時計は止まるのです。そして危機管理の現場においては、この機能不全が、最終的に救えるはずの命を奪う**「人を殺す」**事態へと直結するのです。
移行
これまで組織論として展開してきたガルトンボードの理屈は、より大きな社会、すなわち国家の運営という文脈へと拡張することができます。次章では、我々の議論を国家レベルへと引き上げ、政治の本来の役割を問い直します。
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4. 政治の役割とは何か:「土台の傾き」を是正する調整作業
これまでの組織マネジメント論を国家レベルへと拡張し、政治の本来の役割を「人為的な歪みの是正」として再定義すること。それが本セクションの目的です。個々の国民を管理・操作するのではなく、社会という巨大なガルトンボードの「土台」をメンテナンスすることこそ、政治に課せられた真の責務なのです。
「人間」と「カネ」の分布のズレ
まず、現代社会が抱える構造的な歪みを理解する必要があります。
- 第一に、人間の能力、属性、判断といったものは、放っておけば自然と美しい**「正規分布」**を描きます。これが、社会における自然の摂理です。
- しかし第二に、資本主義経済を「ほっとく」と、富、すなわち**「カネ」は正規分布にはならず、ごく一部の富裕層(右側)に極端に偏在**してしまいます。
ここに、社会不安の根源的な原因が存在します。すなわち、「人間の分布」と「カネの分布」の形が一致していないという、構造的な「ズレ」です。人間は正規分布しているのに、その生活を支える富だけが不自然に偏っている。このギャップこそが、社会を不安定にするのです。
政治の役割の再定義
この「ズレ」を是正する行為こそが、政治の本質です。政治や労働運動の役割とは、個々人の経済活動に介入することではなく、資本主義というシステムが必然的に生み出してしまう**「土台の傾き」を、水平に戻すメンテナンス作業**に他なりません。
具体的には、累進課税や社会保障といった再分配政策がそれに当たります。これらは、決して富裕層をいじめるためのものではありません。資本主義によって歪められた富の分布を、本来あるべき自然な人間の分布に近づけるための、極めて合理的な**「マネジメント上の必然」**なのです。
「悪い政治」の類型:台をさらに傾ける者、釘を抜く者
この観点から見れば、「悪い政治」とは何かを明確に定義できます。それは、ガルトンボードのメタファーを用いると、以下の類型に分類されます。
- 歪みの助長 すでに富が右側に偏在しているにもかかわらず、富裕層減税などでさらに右側を富ませようとする維新や自民党の新自由主義的な政策。これは、**「傾いた台をさらに傾ける」**愚行であり、社会の歪みを加速させるだけです。
- 不自然な強制 一方で、自然な正規分布そのものを否定し、全ての人間を画一的な存在と見なして社会全体を無理やり「一本の棒」にしようとする、ポル・ポト派のような極端な共産主義的アプローチもまた、自然の摂理に反する「悪い政治」です。
- システムの破壊 さらに悪質なのは、有権者の判断という正規分布そのものを人為的に歪めようとする行為です。兵庫県知事選におけるデマの流布や、立花孝志氏による公職選挙法の脱法行為などは、人々が公平に判断するための「釘」を意図的に抜き去り、盤面を破壊する行為に他なりません。
移行
組織論から始まった我々の議論は、政治の本質へとたどり着きました。最後に、これら全ての議論を統合し、現代のリーダーと政治家に真に求められる役割について、最終的な結論を導き出しましょう。
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結論:リーダーとは「盤面を水平に戻す」メンテナンス技師である
本稿で展開してきた議論を総括します。組織運営と国家運営の核心は、人々を細かくコントロールすることではありません。それは、システムが構造的に生み出す「傾き」や「歪み」を是正し、構成員一人ひとりが自律的に最も良い結果(正規分布)を出せるような、公平な環境を整えることにあります。
この理想のリーダー像を、最後に二つのアナロジーを用いて力強く描き出したいと思います。
経済というゲームは、放っておくと盤面が勝手に傾き、すべてのボール(富)が一部のポケットに落ちてしまう欠陥を持っている。優れた政治家や経営者とは、ボールの動きを指図する人ではなく、盤の下に潜り込んでジャッキアップし、盤面を「水平」に戻すメンテナンス技師のことである。あるいは、嵐の中でもブリッジで微動だにせず、海図と乗組員を信じて「針路そのまま」と告げ続ける巨大船の船長のことだ。彼らが自己顕示欲に負けて持ち場を離れるとき、組織や国家はその重みで転覆し、多くの命が失われるのである。
この「何もしない勇気」と、その裏側にある「環境を整える責任」。これこそが、今、我々が全てのリーダーに求めなければならない最も重要で、そして最も困難な資質に他なりません。
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