2026/1/9(金)朝刊チェック:どうやら維新は崩壊のフェーズに突入したようです
私が菅野完でございます。1月9日朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
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1. 情報工作に脆弱な日本:埼玉クルド人問題の深層
埼玉県で表面化しているクルド人問題は、単なる一地方の社会問題ではない。それは、日本の世論がいかに外部勢力の情報工作や国内の政治的思惑によって容易に操作され、分断されてしまうかという、我が国の「認知的・不良債権」を白日の下に晒す象徴的な事件である。この問題の根源を理解せずして、現代日本の病理を語ることはできない。
1.1. 朝日新聞が描く「知事の葛藤」とその限界
朝日新聞は、埼玉県の大野元裕知事が抱える葛藤を報じている。公式データ上、県内の外国人による犯罪が増加している事実はない。しかし、知事の元には「クルド人を何とかしろ」という趣旨の苦情や批判が殺到しているという。この記事は、知事がこの「データと民意の乖離」に苦悩していると描く。
だが、この分析は怠慢の極みだ。朝日新聞は、データと乖離した「民意」が、なぜ、そしてどのようにして形成されたのかという最も重要な問いを放棄している。それは単なる事実の羅列であり、問題の本質に斬り込むジャーナリズムの責務を果たしているとは到底言えない。
1.2. SNS上の憎悪急増の真因:反転した「英雄」の物語
SNS上で急増した反クルド感情を、近年にわかに発生した自然現象と捉えるのは致命的な誤りだ。朝日新聞の分析は2023年4月から始まっているが、その時点ですでに物語は仕掛けられ、世論は反転させられた後だった。真実は、日本のネット空間におけるクルド人のイメージが、外国勢力と国内政争の合作によって180度反転させられたという事実にある。
この劇的な転換には、2023年に発生した2つの大きな事象が触媒として機能した。
- トルコ大統領選: エルドアン政権が選挙戦を前に、世界中の在外公館を動員し、グローバル規模での反クルド・キャンペーンを展開。日本のネット空間もその標的の一つとなった。
- 入管法改正議論: 日本の通常国会で入管法の改正が議論された際、立憲民主党が反対論の具体例としてクルド人の名を挙げた。これが、国内の政敵を叩くための格好の「弾薬」を、特定の勢力に提供してしまった。
驚くべきことに、この反転劇が起こる直前まで、日本のネット上でクルド人は英雄視されていた。過激派組織「イスラム国(IS)」が猛威を振るった際には、米軍の支援を受けながら最前線で戦う彼らの姿が「ISを打ち破ったヒーロー」として称賛されていたのだ。
ほんの数年前まで英雄だった人々が、今や社会不安の元凶であるかのように語られている。これは、日本社会を標的とした情報戦が、いとも容易く成功してしまった教科書的な事例である。
この外部からのプロパガンダに対する脆弱性は、孤立した弱点ではない。それは、リサイクルされたアイデアが新作として売られ、不都合な真実が何十年も見過ごされてきた、知적 퇴廃という国内環境の中でこそ繁殖するのである。
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2. 経済停滞と45年遅れの「発見」:社会保障を巡る知的怠慢
実質賃金が11ヶ月連続で減少し、国民生活が疲弊し続ける中、日本の経済停滞はもはや慢性疾患の様相を呈している。政治家や専門家から提示される解決策は、どこかで聞いたことのある焼き直しのように感じられ、閉塞感を打破するには至らない。なぜ、我々は同じ場所で立ち往生し続けているのだろうか。
2.1. 「年収の壁」と個人単位の社会保障という「新説」
最近の政策議論の場で、一つの「賢明な」見解が注目されている。日本経済新聞のコラム「経済教室」で近藤綾子氏が論じたように、「年収の壁」が女性の就労意欲を削いでいる問題の根本解決には、社会保障制度を現在の「世帯単位」から「個人単位」へ移行すべきだという主張だ。既婚者を優遇する現行制度は不公平であり、働き方の多様性を阻害する。だからこそ、個人を基盤とした制度改革が必要だ、と。
2.2. フェミニズムからの剽窃:上野千鶴子の45年前の先見
この「新しい発見」とされる社会保障改革案の知的クレジットは、一体どこにあるのだろうか。
結論から言おう。このロジックは、今から45年前にフェミニスト学者である上野千鶴子氏が著書の中で寸分違わず提唱したものである。
一体、彼らは45年間何をしていたのか?眠っていたのか?維新の会や国民民主党を支持し、彼らが今になって「賢い知恵」として掲げる政策は、彼らが嘲笑し、忌み嫌うフェミニストが半世紀近く前に考え抜いた論理そのものなのだ。これは単なる偽善ではない。数十年にわたる知的怠慢の告白である。
45年前にこの声に耳を傾けていれば、日本の社会は今とは全く違う姿になっていたかもしれない。女性の知見を軽んじてきた根深いミソジニー(女性嫌悪)。これこそが、我が国の「失われた40年」を生み出した最大の「社会経済的・不良債権」に他ならない。挑発的な駄洒落を借りるなら、まさに**「不良『再』権はみそに親父たちです」**ということだ。
この国政レベルで見られる知的 dishonesty は、単なる抽象的な偽善ではない。それは、メディアが共犯者となり、正当な批判を封殺する手法が常態化した、維新の政治基盤を蝕む腐敗の直接的なソースコードなのである。
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3. メディアに見捨てられた維新と、権力に抗う市民
長年にわたり、特に大阪を拠点とするメディアから異様なまでの寵愛を受けてきた日本維新の会。しかし、その蜜月関係にも終わりの兆しが見え始めた。かつて最大の応援団であったはずの大手メディアが、公然と批判の刃を向け始めたのだ。風向きは、明らかに変わりつつある。
3.1. 朝日新聞の「手放し」:改革を語る資格への疑義
その象徴が、朝日新聞の豹変だ。同紙は社説で**「維新国保逃れ 改革語る資格あるのか」**と断罪し、さらには看板コラム「天声人語」でも維新を厳しく批判した。社説と天声人語という二大論壇で立て続けに叩くのは、メディアが特定の政党を「見限った」明確なシグナルだ。
大阪、兵庫、京都にお住まいの皆さん、理解してほしい。あなた方が日々目にしている地元のテレビ局(朝日放送、関西テレビ、MBSなど)が垂れ流す維新への迎合報道は、権力を監視するというメディア本来の役割を放棄した、もはや北朝鮮の国営テレビ以下の代物だ。あなた方は、全体主義国家の市民に与えられるものよりも、さらに卑屈なプロパガンダを浴びせられている。これこそが、清算されるべき「民主主義の不良債権」である。
3.2. 兵庫県政への鉄槌:「左翼の批判」という虚構を暴く
維新が深く関与する兵庫県政においても、権力の歪みは深刻化している。斎藤元彦知事への批判が噴出するや否や、地元では「あれは左翼の仕業だ」という単純なレッテル貼りによって、正当な言論を封殺しようとする動きが横行している。
だが、この主張がいかに虚構であるかは、産経新聞の社説を見れば一目瞭然だ。保守論壇を代表する同紙は、首長によるハラスメント問題を厳しく批判し、「権力者にも物を言えぬ組織の歪み」を正す責務が全ての自治体にあると断じている。
**保守を自認するメディアでさえ、斎藤知事の周辺で起きている問題に厳しい監視の目を向けるよう求めているのだ。**この問題は、もはや「右か左か」という不毛な党派対立の次元を完全に超越している。
3.3. 行動への呼びかけ:西宮神社への集団参拝
無責任な権力に対し、市民は沈黙や受動的な不満表明に甘んじてはならない。今こそ、正当な市民的不服従の権利を行使し、具体的な行動によって抵抗の意思を示す時である。
斎藤知事を巡る一連の問題に抗議し、県政の正常化を求めるため、西宮神社への集団参拝を行う。これは単なる参拝ではない。説明責任を果たさない権力に対する、市民の明確かつ平和的な直接行動である。
- 日時:1月14日 15時
- 場所:西宮神社前 集合
我々の社会が健全な批判精神を失っていないことを、この行動によって証明しようではないか。

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