2026/1/8(木)朝刊チェック:維新とかいう社会のゴミについて
私が菅野完でございます。1月8日 朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
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1. 新聞報道チェックと社会批評
日々の新聞報道を、我々はつい額面通りに受け取ってしまいがちだ。しかし、紙面に並ぶ言葉の裏には、各報道機関の立ち位置や編集方針、そして時には社会全体が共有する「見て見ぬふり」が隠されている。報道される事実そのものより、**「何を、どのように報じ、そして何を報じないのか」**を読み解くことこそが、この狂った時代を生き抜くためのメディアリテラシーだろう。本稿では、浜岡原発をめぐる報道と、国際ニュースが示す日本の体質という二つの事例を通し、メディアと社会の深層に巣食う病理を暴いていく。
1.1. 浜岡原発「審査白紙」問題に見る報道の歪み
まず最初に言うとかなアカンのは、今回の中部電力・浜岡原発の話が、単なる一企業の不祥事みたいなチンケな話やないっちゅうことです。これは日本のエネルギー政策そのものと、それを報じる大手メディアの信頼性を根っこから揺るがす、とんでもない大問題なんですよ。
そもそも何が起きたか。中部電力が原子力規制委員会に出した浜岡原発の調査資料が、あまりにもデタラメで「むちゃくちゃ」やった。せやから、再稼働の審査が「完全白紙」に差し戻された。前代未聞の事態です。
この問題がどれだけヤバいか、読売も朝日も毎日も東京も、ちゃんとわかっとるわけです。だから一面トップで報じた。当たり前の話やんか。ところが、一社だけ狂った新聞がある。日本経済新聞ですわ。こいつら、この国家的な大問題を差し置いて、一面トップで報じたのが「トヨタ ポイント経済圏参入」やて。アホかと。





この報道姿勢は、単なる判断ミスやない。完全に倒錯しとる。だって、これまで「原子力発電所がなければAI時代の電力は賄えない」いうて、一番大声でキャンペーン張ってきたんが、どこのどいつや。日経、お前ら自身やないか。
本気でそう思ってるんやったら、日経はどの新聞社よりも先に「何してくれてんねん!」と中部電力の胸ぐらを掴みにいかなアカンかったはずや。「我が国には原発が必要なんやろ?お前らのせいで全部パーやないか」と、誰よりも激しく怒るのが筋やろが。
せやけど、彼らはそれをせんかった。これはもう「電力会社への忖度」なんて生易しい話やない。「自分たちにとって都合の悪いことは報道しない」という、ジャーナリズムにあるまじき、もっと根深い病気の発露なんですわ。
結局、この一件でハッキリしたのは、日経がやりたいのは健全なエネルギー政策の議論やなくて、ただ「原発を回したい」だけっちゅうこと。そのための理屈を後付けしてるから、こんな狂ったことになる。けどな、こんな狂った話はなにも国内に限ったことやない。世界に目を向ければ、もっと壮大なアホがおるんやから、目も当てられへんのです。
1.2. 国際・環境ニュースの教訓:「改革」という言葉の罠
結局、日経が浜岡原発から目を逸らしたように、日本政府もまた、アメリカという巨大な存在の前では見て見ぬふりをする。この「都合の悪いことから逃げる」という体質は、メディアも政治も同じ根に繋がっているのだ。海外で起こる突飛な出来事や、過去の環境政策の失敗は、現在の日本の政治や社会を映し出す鏡となる。そこからは、常識が通用しない「狂っている」状況への対処法や、安易に掲げられる「改革」という言葉の危険性を学ばねばならない。
事例1:トランプ氏のグリーンランド購入発言と日本の反応
「軍を活用してでもグリーンランドを領有したい」 ドナルド・トランプ前大統領によるこの発言は、主権国家がひしめく現代の国際秩序において、まさに「狂っている」としか評しようがない。
この常軌を逸した発言に対し、隣国カナダは明確な態度を示した。「グリーンランドの将来を決めるのは、グリーンランドとデンマークだ」。国家の主権を尊重するという国際社会の基本原則を再確認する、毅然とした対応である。
対照的に、日本政府が取った姿勢は「コメントを控える」というものだった。この態度は、国際社会における日本の立ち位置の危うさを白日の下に晒している。ソースの言葉を借りれば、その評価はこれに尽きる。
「めっちゃダサいよね。中国にはイキってるけどアメリカにはイキられへんのか」
力を持つ国に対してはっきりと物を言えない、日本の情けない外交姿勢がここにある。
事例2:奄美大島のハブとマングースが示す「改革」の失敗
時に、「改革」という耳障りの良い言葉は、思考停止を招き、取り返しのつかない悲劇をもたらす。その象徴的な寓話が、奄美大島におけるハブとマングースの物語だ。
かつて奄美大島では、住民に危害を加える毒蛇・ハブを撲滅するため、天敵であるマングースが導入された。画期的な「改革」案として。しかし、この計画には致命的な欠陥があった。計画者たちは、根本的な事実を見落としていたのだ。ハブは主に昼間に活動する**「昼行性」であるのに対し、マングースは夜に活動する「夜行性」**だったのである。両者が遭遇する機会など、ほとんどありはしなかった。
結果、どうなったか。本来の目的を果たせなかったマングースは、代わりに島の固有種であるアマミノクロウサギなどを捕食し始め、貴重な生態系を破壊するという最悪の結末を招いた。
この事例から我々が骨身に染みて学ぶべき教訓は、極めて明確である。
「『改革』という言葉を聞くたびに、このハブとマングースの話を思い出すべきだ。きっと、何かとてつもなく重大なことを見落としている可能性がある」
単純な解決策や勇ましいスローガンが、いかに危険であるか。この物語は、前提を疑うことの重要性を我々に突きつけている。

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浜岡原発を黙殺した新聞と、生態系を破壊した「改革」。これらは、思考停止という同じ病に侵されている。我々が問うべきは一つだ。その言葉の裏で、誰が、何を見落とさせようとしているのか。メディアの言葉も、政治家のスローガンも、まずは疑ってかかること。それこそが、狂った時代を生き抜く唯一の武器である。
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