【結論】
兵庫の市民運動は極左に牛耳られ、他県が経験した成熟のプロセスから完全に弾かれ「昭和49年」で時計が止まっている。警察への抗議すらできない未成熟な人民の段階を直視し、高度な理想論ではなく現実的な運動論から再出発しなければならない。極左を排除し、健全な市民運動の土壌を一から耕し直すことこそが真の民主主義奪還への道である。
【ポイント3選】
・権力への盲従: 明治時代の「弁士中止」と混同し警察法第2条に基づく抗議すらできない絶望的未成熟
・確信的撤退: 尼崎の選挙事務所に鎮座する極左を見た瞬間に悟った、圧倒的レベル差と現実的運動論の必要性
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- 01 0:00:00 [結論]配信スタート(イコマの山を小学校のプールへ)
- 02 0:01:12 [闇]COWCOWとティーアップを冷遇する吉本の残酷な選民思想
- 03 0:02:17 [視点]伊丹空港で見たジャルジャル求人広告の絶望的違和感
- 04 0:03:22 [分析]絶対採用したらあかん奴らと、吉本の「売らない」という社風
- 05 0:04:27 [真実]売る・売らないの二大巨頭、ティーアップとCOWCOW
- 06 0:05:30 [本質]ティーアップの「落語になりたい」漫才の圧倒的面白さ
- 07 0:06:36 [構造]かまいたちの漫才の天才性とテレビ業界の致命的劣化
- 08 0:07:51 [挑発]かまいたちのUSJ・UFJ漫才の凄みと「年取ったライオン」
- 09 0:09:00 [結論]ようやく評価されたかまいたちと、静かになるまでの10分間
- 10 0:10:13 [警告]虚偽情報に流された2024年兵庫県知事選挙の惨状
- 11 0:11:18 [論理]立花孝志の選挙ポスター、日本語として完全崩壊するアホの文章
- 12 0:12:25 [断罪]「原因ってなんやねん」日本語の異常に気づけない奴は生きるのを諦めろ
- 13 0:13:31 [闇]「判明した」と「思われる」が同居する文に騙される資本主義の害悪
- 14 0:14:36 [挑発]兵庫の異常報道と、ネット記事のええ加減すぎる実態
- 15 0:15:47 [視点]「菅野完が暴言」ネット記事の過剰な顔写真修正へのツッコミ
- 16 0:17:06 [断罪]実物と違いすぎる修正写真とパネルマジックへの怒り
- 17 0:18:17 [結論]ネット情報のええ加減さと「チェンジ2回無料」の件
- 18 0:19:34 [視点]新刊『限界地方政治』の宣伝と、斎藤元彦極左論の予告
- 19 0:20:39 [分析]辞書の定義で証明する、斎藤元彦と支持者の「超極左」革命分子性
- 20 0:21:53 [真実]保守主義者の絶対적ルールブック『ザ・フェデラリスト』
- 21 0:23:00 [論理]保守と名乗る人間の絶対的な物差しとルーラー
- 22 0:24:05 [構造]日の丸を振りたがる奴らが極左に陥る必然的メカニズム
- 23 0:25:09 [断罪]根にあらざるものに期待するルンペンプロレタリアートの哀れ
- 24 0:26:14 [視点]神戸新聞の社説「議会は責任を問い続けよ」への最大限の賛辞
- 25 0:27:19 [本質]何をもって保守か、2024年3月からの逸脱と後戻りできない革命
- 26 0:28:27 [構造]兵庫に樹立された人民革命政権と「バスティーユ牢獄襲撃」
- 27 0:29:32 [分析]ロベスピエールの独裁へ向かう不可逆の革命と、神戸新聞の慧眼
- 28 0:30:39 [結論]「知事は襟を正せ」ではなく「議会を守護」にしたファインプレー
- 29 0:31:43 [警告]革命前夜に戻すレコンキスタの第一歩と、挨拶する奴の即BAN
- 30 0:32:48 [真実]兵庫県議会・給与削減条例と、各会派の思惑と自民党の造反
- 31 0:33:53 [構造]維新と躍動の賛成、自民党の「継続審議」への態度の変遷
- 32 0:35:05 [挑発]斎藤の甘い見通しと、自民党・内藤議員の造反とヘタレ退席
- 33 0:36:13 [結論]造反者を「処分しなかった」北口幹事長にみる保守政治家の英知
- 34 0:37:17 [断罪]「立候補もしないのに」と喚く田舎の弱者への完全論破
- 35 0:38:48 [視点]北口幹事長「会派が分断されるのは避けたい」という立派な判断
- 36 0:39:55 [構造]自民党の多数決議決への造反と、処分回避のマキャベリズム
- 37 0:41:12 [分析]れいわ・立憲との絶対的差異、自民党の強さを支える「議論の徹底」
- 38 0:42:19 [真実]昔の自民党の意思決定プロセスこそが真の保守である
- 39 0:43:25 [論理]高市早苗が総理になるべき理由と、自民党の「社民党化」の罠
- 40 0:44:48 [闇]自民党の英知を兵庫県議会で徹底できなかった不幸の構造
- 41 0:45:56 [視点]糖尿病の足の壊死で語る、対処療法と根本治療の決定的違い
- 42 0:47:03 [警告]パワハラ研修もデマ対策も所詮は合併症への対処療法に過ぎない
- 43 0:48:07 [結論]極左を政治から永遠に排除するシステム作りこそが唯一の根本治療
- 44 0:49:11 [挑発]「俺が売れる」という根本治療と、奇数回のいいねボタン要求
- 45 0:50:17 [本質]「斎藤元彦は人殺し」コール自粛を決定した主催者の正しい判断
- 46 0:51:22 [断罪]斎藤元彦と支持者の行き着く先はスターリンとポル・ポトである
- 47 0:52:59 [闇]抗議者にスマホをかざす斎藤元彦の異常性とポル・ポト的振る舞い
- 48 0:54:04 [構造]兵庫の特殊な歩道橋事情と、デモにおける警察の「交通整理」の役割
- 49 0:55:14 [論理]思想信条の自由と、警察予算の根拠(治安維持・交通整理)
- 50 0:56:27 [警告]明治時代の「弁士中止」と警察の役割を混同する田舎の弱者の限界
- 51 0:57:32 [結論]越権行為の警官には「黙れ」と言うのが西側先進国市民の絶対的義務
- 52 0:59:03 [真実]警察法第2条が証明する、公務員に法を守らせる市民としての責務
- 53 1:00:07 [論理]警察法第2条「不偏不党かつ公平中立」に反する権限濫用の禁止
- 54 1:02:34 [結論]越権する警官に「黙れ座れ」と言うのが西側先進国市民の絶対的義務
- 55 1:03:44 [真実]武装した公務員に説教する韓国市民と、先進国たる所以
- 56 1:04:47 [断罪]日本で兵庫だけがやれていない「警察への抗議」という当たり前
- 57 1:05:55 [闇]兵庫の市民運動が育たない元凶:中核派・松田ら極左による支配
- 58 1:07:03 [視点]パリのデモが証明する、知識人やジャーナリストが警官と戦う必然
- 59 1:08:08 [本質]先進国スタンダードの運動論「堂々と『斎藤元彦は人殺し』と言うべき」
- 60 1:09:23 [挑発]刑事告訴されたらさせたらええ、俺は賢くて強いから戦える
- 61 1:10:33 [構造]未成熟な社会を守るため「人殺し」コールを自粛したリベル君の英断
- 62 1:11:39 [分析]東日本大震災以降の新しい社会運動が、兵庫県だけ育たなかった歴史的理由
- 63 1:12:45 [闇]SEALDsへの連帯すら無かった神戸と、極左を庇い続けたポンコツ市民運動
- 64 1:14:12 [警告]「デモは許可制」と思い込むおぼこい兵庫県民と、昭和49年で止まった時計
- 65 1:15:18 [結論]他県が15年前に卒業した「入門編」を解き直す兵庫の途方もない不幸
- 66 1:16:25 [視点]長谷川ういこ尼崎選挙の裏話と、れいわ新選組が兵庫の票を見放した事実
- 67 1:17:31 [真実]恩を返すため、マッツと共に長谷川ういこに応援へ向かった日の顛末
- 68 1:18:49 [断罪]尼崎の事務所に鎮座する「中核派のおっさん」を見た瞬間の絶望と撤退
- 69 1:19:55 [構造]「こいつらがいるなら絶対に関わってはいけない」と判断した確信的理由
- 70 1:21:00 [論理]圧倒的なレベル差を直視し、現状の兵庫に合わせた運動論を展開せよ
- 71 1:22:05 [挑発]1万人が「人殺し」と叫び1万人が逮捕されてみろ、それがガンジーの運動論だ
- 72 1:23:14 [本質]ガンジーの非暴力主義の真髄「喜んで暴力の犠牲者になり死体を積み上げろ」
- 73 1:24:20 [分析]機関銃の前に笑顔で散り、支配者の「暴力の無効化」を証明する残酷な戦術
- 74 1:25:25 [結論]「兵庫の人民はまだそのレベルに育っていない」という野崎氏の冷徹な指摘
- 75 1:26:42 [視点]ルーマニア革命・チャウセスクの演説動画にみる独裁崩壊のメカニズム
- 76 1:28:05 [闇]独裁者が自分を褒め称えるためだけに動員したサクラ群衆の不気味さ
- 77 1:29:11 [構造]「万歳」の熱狂から一転、群衆のざわめきが独裁者を呑み込む瞬間
- 78 1:31:43 [真実]動揺するチャウセスクと、称賛が100%のヤジへ反転する「人民の力」
- 79 1:34:04 [警告]秘密警察にビビる兵庫の現状と、独裁者を倒す唯一の手段
- 80 1:35:13 [断罪]「人民」という言葉を左翼認定する兵庫県民への歴史的説教
- 81 1:36:18 [論理]右翼の源流「玄洋社」の憲則が掲げる「人民の権利を固守すべし」
- 82 1:37:23 [結論]人民のレベルに合わせた運動論の肯定と、菅野完レベルへの成長待望
- 83 1:38:43 [視点]汎ヨーロッパ・ピクニック計画と、『ブリュメール18日』屋外読書会の予告
- 84 1:40:06 [本質]人民は広場から育つ。「人殺し」と叫んで逮捕される1万人への道程
- 85 1:41:24 [分析]マルクスの既存和訳に対する不満と、英語で読む『ブリュメール18日』の魅力
- 86 1:42:33 [挑発]「俺が訳すとめっちゃかっこええ」菅野完による独自翻訳の圧倒的クオリティ
- 87 1:44:25 [構造]あらゆる階級のクズの残骸に依存する「ボナパルティズム」の正体
- 88 1:45:28 [真実]ドイツ語版ではなく英語版から翻訳すべき、カール・マルクスの執筆背景
- 89 1:46:40 [論理]アメリカ人読者を想定し、あえて英語に訳しやすいドイツ語で書かれたという推論
- 90 1:47:44 [結論]育った暁には堂々と「人殺し」と言えばいい。黙って結果を見とけ
💡 導入:このコラムを100%味わいつくすために

この第2回から読み始めてもらうのも一つの手ではあるんです。でもそれって、映画のクライマックスのド派手な爆破シーンだけを見て、物語の背景も知らんままポップコーンを頬張ってるようなもんでね。
目の前で大爆発してる「警察への抗議すら『デモは許可制やから』とビビってしまう兵庫の明治時代レベルの認識や、市民運動を食い物にして機能不全に陥らせた中核派ら極左の絶望的な実態」の火力は伝わるやろうけど、「なんでこんなことになってしもたんだ」っていう一番のホラー部分が抜け落ちてしまう。そのホラーの正体、つまり「保守の仮面を被った『極左反革命分子』による人民革命政権の樹立と、崩壊した日本語のデマに扇動される大衆の知性の劣化」については第1回で全部バラしてますんで。
あのね、基本となる読解力や近代国家のルールというものが、もう完全に欠如してるんですよ。会話の前提すら共有できへん、警察の交通整理を思想弾圧やと勘違いする不特定多数を相手に、これ以上何のロジックを積み上げろと言うんや、と。まともな教育を受けた大人から見れば、ただの質の悪い喜劇に過ぎませんからね。
別に強制はしませんけど、本気でこの兵庫の狂気の現在地を知りたい人には、ちょっとだけ遠回りして第1回から目を通してもらう方が、結果的におおもしろいんちゃうかなって気はしますね。
兵庫の市民運動が抱える歴史的停滞と日常に潜む違和感
「昭和49年」から時計が完全に止まっているポンコツ市民運動の実態
社会的なアップデートが完全に停止した空間が日本には明確に存在する。それが兵庫県のである。全国の47都道府県において、市民運動は長い年月をかけて成熟し、権力に対する適切な抗議のあり方や個人の権利主張を当然のものとしてきた。しかし兵庫の市民運動のレベルは、驚くべきことに「昭和49年」で完全に時計が止まっている。他県であればとっくに乗り越えているはずの市民的自由の行使すらままならず、権力への盲従と時代錯誤な手法を繰り返すポンコツな市民運動が蔓延しているのだ。
兵庫はマツダ一派がいるがために、市民運動のレベルが昭和49年ぐらいで止まってんのよ。だから未だに兵庫にはね、デモって許可制なんちゃうの?そんなん警官に文句言うたらあかんのちゃうの?みたいなおぼこい人しか育ってへんわけですよ!
なぜ時計が止まったのか。それは極左勢力が地域の市民運動を牛耳り、思考停止のまま特定の色に染め上げたからだ。結果として権力との向き合い方という現代的な問いは置き去りにされ、古いイデオロギーの亡霊が跋扈する不毛の地と化してしまった。
- [▶ 1:14:12] [警告]「デモは許可制」と思い込むおぼこい兵庫県民と、昭和49年で止まった時計
- [▶ 1:15:18] [結論]他県が15年前に卒業した「入門編」を解き直す兵庫の途方もない不幸

東日本大震災以降の波に乗れずSEALDsへの連帯すら無かった神戸の異常性
時計の針が止まっている事実は、近年の社会運動の歴史を振り返ればより明確になる。2011年の東日本大震災以降、日本全国では官邸前での反原発デモやアンチレイシズム運動など、北海道から沖縄まで新しい形の社会運動が次々と芽生え発展してきた。隣の岡山や広島、福岡の北九州でも、2013年以降の特定秘密保護法反対に連帯するSEALDsの大きなうねりが確実に存在していた。しかし、神戸だけは違った。神戸大学の学生たちは地元ではなく、わざわざ阪急電車に乗って京都まで行き運動に参加しなければならなかったのである。
兵庫県だけは47都道府県の中で極左が市民運動を牛耳てたから育たなかったのよ。神戸でSEALDsに連帯する動きなかったでしょ。神大の連中、頭の柱中どこやったから京都まで行って運動しとったんやで!
この圧倒的な異常性は、中核派の松田のような極左を庇い続け、彼らの支配を黙認してきたポンコツ市民運動の罪深さそのものだ。本来共有されるべき新しい運動のノウハウや連帯の経験が極左の介在によって根こそぎ奪われ、市民社会の成熟が完全に阻害され続けたのである。
- [▶ 1:11:39] [分析]東日本大震災以降の新しい社会運動が、兵庫県だけ育たなかった歴史的理由
- [▶ 1:12:45] [闇]SEALDsへの連帯すら無かった神戸と、極左を庇い続けたポンコツ市民運動

先進国スタンダードからの完全な断絶と警察への盲従
デモにおける警察の存在理由は「治安維持・交通整理」に過ぎない
民主主義社会において、デモや集会における警察官の役割とは何か。この極めて基礎的な問いに対する解像度が、この地域では絶望的なまでに低い。デモ行進に対して多くの警官が動員される光景を見て、それを「参加者を監視・弾圧するため」と思い込んでいるとすれば重大な錯誤だ。警察が歩道橋や沿道に配置される予算上の根拠は「子供の登下校を安全に見守るため」であり、デモの際も例外なく「治安維持と交通整理」に他ならない。一般の大人が歩道橋を通ろうとする際に動員される2人の警官も同じ理由である。
警察というのは雑踏整理のためにいるんです。それ以外の予算の付けようがないでしょ。あいつら危ないこと言いそうやから監視する言うて予算つけたら、それ憲法違反になるやんか!
思想信条の自由が保障された西側先進国において、特定団体の発言内容を監視するために国家権力が予算を割くことなどあり得ない。そこに政治的な弾圧の意図を読み取るのは、近代法治国家の仕組みを理解していない証拠だ。

警察法第2条が示す権限濫用の禁止と、越権行為の警官には「黙れ」と言う義務

現実には職務権限を超えて市民の言動に干渉しようとする警察官が存在する。これに対し市民はどう振る舞うべきか。答えは警察法第2条に明確に記されている。「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ…不偏不党かつ公平中立を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」。この法的根拠があるからこそ、越権行為を行う警官への抗議は単なる感情の爆発ではなく、納税者としての正当な行為となる。
あいつらはほっといたなんか変なこと言うかもわからん言うたら、そんなもん明治時代に逆戻りやんけ!弁士中止っていうためにやってるんやろうと思ってる、それはもう偏差値の低い田舎の弱者特有の、民主主義と近代的な国家ということを理解していない人生の負け組なんや!

職務の範囲を逸脱した公務員には「貴様にはその権限はない、黙れ」と突きつける。公務員に自らが縛られるべき法律を遵守させることこそが、西側先進国における市民としての絶対的な責務である。
- [▶ 0:56:27] [警告]明治時代の「弁士中止」と警察の役割を混同する田舎の弱者の限界
- [▶ 0:59:03] [真実]警察法第2条が証明する、公務員に法を守らせる市民としての責務
- [▶ 1:00:07] [論理]警察法第2条「不偏不党かつ公平中立」に反する権限濫用の禁止

ジャック・デリダの例や韓国市民に学ぶ、知識人が武装した公務員と戦う必然
先進国における市民と権力との対峙はさらに苛烈で直接的だ。フランスの哲学者ジャック・デリダが、パリのデモの最前線で警官に向かって石を投げていたという歴史的事実は、知識人やジャーナリストがいかに権力機構と対峙すべきかを示している。

アサルトライフルで武装した警察や軍隊に対してすら、一歩も引かずに説教し権利を主張する韓国市民の姿。これらこそが、西側先進国で「当たり前」とされる市民運動のスタンダードだ。
韓国の市民は武装した公務員にこういうことをします。これが先進国たる所以です。アメリカ人でもフランス人でも韓国人でもドイツ人でもイタリア人でも、学者とジャーナリストほど市民運動の先頭に行って公務員と戦うのは当たり前なんですよ!
国家の暴力装置に対して知識人こそが率先して盾となり理不尽な弾圧に抗う。この強靭な市民社会の基盤があるからこそ民主主義の成熟を誇ることができるのだ。
他県が10年、15年、20年前に卒業した入門編を未だに解き直す兵庫の不幸
現在の惨状を見よ。「警察に抗議する」「公務員の越権行為を正す」という、他県であれば10年、15年、あるいは20年前にとっくに卒業し当たり前の前提となっている「入門編」のドリルを、未だに解き直さなければならない状況にある。日本という国自体は先進国であるにもかかわらず、この地域だけがその基準から完全に脱落し孤立しているのだ。
日本で兵庫だけがやれていないんです。そのやれていない理由は何かと言うと、市民運動を松田のおっさんみたいな極左が牛耳ってたからなんんですよ。要は極左によってダメになってんのよ!
この歴史的な断絶と遅れは、一部の極左過激派が運動の主導権を握り続け、市民の自由な政治参加の機会を奪ってきた結果だ。先進国スタンダードの当たり前を共有できない絶望的なまでのギャップ。それが現在抱える最も深く不幸な病巣である。

極左に牛耳られた選挙戦と支援を絶たれた絶望的経緯
2026年2月の長谷川ういこ尼崎選挙におけるマッツとの恩返しの顛末
極左による運動の私物化がいかに致命的な結果をもたらすか。それは実際の選挙現場で最悪の形で証明された。時は2026年2月。長谷川ういこが尼崎の選挙に立候補した際、話者は知人のマッツと共に彼女の支援へ向かうことを決意した。なぜなら長谷川ういこは、かつての知事選において全選挙区を見渡した中で唯一、明確に対立候補を支持し斎藤元彦を批判した勇気ある政治家だったからだ。
2024年の選挙で長谷川ういこさんが頑張らはったんは事実やから、その恩を返すためにね、正式に長谷川ういこさんのことを応援した方がいいんではないかという話が俺とマッツの間で上がったんですよ。
恩に報い、政治を少しでもマシな方向へ向かわせるため彼らは尼崎の事務所へ足を運んだ。現場の状況を自分の目で確認し効果的な支援を模索しようとする極めて真っ当な行動であった。
尼崎の事務所に鎮座する中核派の松田を見た瞬間の絶望と即座の撤退
しかし、尼崎の選挙事務所の扉を開けた瞬間、待ち受けていたのは底知れぬ絶望だった。そこには地域の市民運動を長年食い物に腐敗させてきた元凶である中核派の松田が、我が物顔で鎮座し仕切っていたのだ。真っ当な政治家の背後に極左の影がべったりと張り付いている。その異常な光景を目にした瞬間、彼らは記帳台に名前だけを書き、一切の支援活動を行うことなく即座にきびすを返して事務所を後にした。
行ったら松田のおっさんが仕切っとったんやで!うわ、もうこれどうしようもないな、て。なんかしようと思ったら絶対あの中核派のおっさん出てきんのんかって。もう絶対近づいたらあかんよなって言うて、そのまま回れ右して帰ってきたんですよ!
それは単なる好悪の問題ではない。「こいつらがいるなら絶対に関わってはいけない」という生存本能レベルの拒絶だ。極左が入り込んでいる運動体は、どれほど理念が立派であっても最終的には必ず内部から崩壊し腐臭を放つ。その法則を熟知しているからこその即時撤退という冷徹な判断だった。

極左の介在によりれいわ新選組・山本太郎が兵庫の票を完全に見放した歴史的事実
この極左の浸透という毒は、個人の判断にとどまらず政党の組織的決定にも決定的な影響を与えていた。れいわ新選組の代表である山本太郎は、兵庫の選挙における票の掘り起こしや積極的な関与を事実上放棄し、完全に見放していたのである。
そやけどれいわ新選組はね、山本太郎は見放したんです。兵庫の票を見放してるんです!なんかれいわ新選組の支持者も結局半分以上は斎藤元彦に投票してるしね。
なぜ見放されたのか。それは極左勢力が深く根を張り、まともな政治運動や組織構築が不可能であると見切られたからだ。特異な土壌が中央の政党からすら見限られる原因となっている。結果として本当に支援を必要としている候補者が孤立し、極左の食い物にされる悪循環が完成しているのだ。
- [▶ 1:16:25] [視点]長谷川ういこ尼崎選挙の裏話と、れいわ新選組が兵庫の票を見放した事実

極左が47都道府県の中で兵庫の市民運動の成長だけを阻害し続けた罪深さ
帰り道、尼崎の駅から新大阪へと向かう道すがら、話者とマッツの間に流れたのは深い徒労感と危機感だった。もし周囲から「長谷川ういこさんを応援しよう」と純粋な声が上がった場合、「絶対に関わってはいけない」と止めなければならない。その絶望的な合意形成をせざるを得なかった背景には、極左が地域に与え続けた修復不可能なダメージがある。
俺らの中には、尼崎の駅前まで歩く間、「ひょっとしたら長谷川ういこさん応援せなあかんって言い出す人出てくるんちゃうんかな。出てきたら絶対あかんって言わなあかんな」と、なして言ようかっていう相談になったんです。
全国47都道府県のなかで、兵庫県だけが健全な市民運動の土壌を育むことができなかった。その最大の戦犯は間違いなく松田ら極左である。彼らが介在する限り、いかなる純粋な政治参加の志も汚染され潰されていく。他県が長年かけて築き上げた民主主義の基盤を、一部の過激派が徹底的に焼け野原にしてしまった歴史の罪深さは到底計り知れない。
- [▶ 1:19:55] [構造]「こいつらがいるなら絶対に関わってはいけない」と判断した確信的理由
圧倒的なレベル差を直視し、いかにして現状に合わせた運動を展開するか
「デモは許可制」と思い込むおぼこい兵庫県民の認識の限界
これほどの絶望的なレベル差を抱えたまま、それでも政治に声を上げようとする時、我々は何から始めるべきか。まず直視すべきは、現在の県民がいかに「おぼこい」認識に囚われているかという残酷な現実だ。「デモは許可制である」「警察に文句を言ってはならない」。明治時代で思考が停止したような勘違いを抱えたまま、権力に対して無自覚に従属し続けている。
他県の先進的な市民は10年、15年前に卒業している入門編の問題を、今解いてる最中だから、歴史の発展としてこちらとしては待つしかない。いきなり高度なことを求めても無理やねん!
この現状において、先進国基準の高度な運動論をそのまま持ち込んでも機能しない。まずは立っている地点の圧倒的な低さを認識し、そこから一段ずつ階段を上らせるしかないのである。
- [▶ 1:14:12] [警告]「デモは許可制」と思い込むおぼこい兵庫県民と、昭和49年で止まった時計
- [▶ 1:15:18] [結論]他県が15年前に卒業した「入門編」を解き直す兵庫の途方もない不幸
日本で兵庫だけがやれていない「警察への抗議」という当たり前を越えて
ではその第一歩とは何か。それは「権力への正当な抗議」という西側先進国市民としての当たり前の振る舞いを取り戻すことだ。越権行為を行う警察官に対しては毅然と「黙れ」と言い放つ。この日本でここだけがやれていない初歩的な行動を、一人ひとりが実践し当たり前として定着させていく必要がある。
越権行為の警官には「お前黙れ、座れそこに」って言うてあげるのが市民としての義務んです。それはフランス行ってもアメリカ行ってもイギリス行っても一緒です。それが西側先進国の普通の市民のやることです!
知識人が先頭に立ち武装した公務員と戦う姿を見せる。それは決して過激な行動ではなく、民主主義のシステムを正常に機能させるためのメンテナンス作業に過ぎない。この「当たり前」の壁を越えられない限り、市民運動が昭和49年の呪縛から解き放たれることは永遠にないだろう。
現状の圧倒的レベル差を直視した上での現実的な運動論の模索
結論として、現在の極左による支配と歴史的未成熟さという二重の足かせを抱えた地において、理想論だけを振りかざすことは無意味であり危険ですらある。圧倒的なレベル差を冷徹に計算し、現状の段階に完全に合わせた現実的な運動論を展開するしかない。
俺ももしデモの主催者やったら、そういった現状分析から言させません。だからレベル君のやってることは偉大なんですよ。
極左を排除し健全な市民運動の土壌を一から耕し直す。他県が歩んできた何十年という歴史の発展プロセスを、焦ることなく確実に歩み直す。それこそが真の民主主義を取り戻すための最も確実な道なのである。
- [▶ 1:21:00] [論理]圧倒的なレベル差を直視し、現状の兵庫に合わせた運動論を展開せよ

💡 編集後記:もう一段深い核心へ

ここまで読んで、「なるほど、レベル君が『人殺し』コールを自粛させたんは、極左のせいで昭和49年で時計が止まったままの兵庫の未成熟な現実を直視した、極めて正しい判断やったんや」で満足してページを閉じるなら、そら別に構いません。一つの事実ではありますからね。
ただ、権力側が何の抵抗も受けずに極左による市民運動の私物化や、明治時代みたいな「デモは許可制」というおぼこい勘違いをリングのど真ん中で続けたら、次は何が起きるか。政治の世界の「知性の劣化」が、さらに「ポル・ポトのように市民をリストアップして粛清しようとする極左権力とのシビアな闘争」にまで波及していくんです。
なぜ権力者は、抗議する市民に向けてアルファードの中から無言でスマホをかざすという気味の悪い行動に出たのか? そして、ルーマニアのチャウセスク演説でサクラの群衆が100%のヤジに反転したように、この未成熟な人民が覚醒し、1万人が「人殺し」と叫んで1万件の逮捕状を出させることで司法システムをパンクさせる「本物の非暴力主義」へと至るにはどうすればいいのか?
非暴力を血を流さない生ぬるい平和主義だと勘違いしてるお花畑の連中には一生理解できへんでしょうけどね。そんな安全圏からコピペしたような綺麗事の能書きや正論はいいから、一回黙って現場のドブ板を踏んだ人間の、泥臭い事実を聞けや、と思うわけです。喋りすぎなんですよ、みんな。
この次の地獄のフェーズについては、続く第3回でみっちり解剖してます。今の惨状を「兵庫の市民運動の歴史的停滞と圧倒的なレベル差」だけで終わらせず、もう一段深く知りたいという奇特な方は、そのまま第3回も覗いてみてもらうと、より絶望の解像度が上がるんちゃうかなと思いますわ。






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