なぜ今、『慶次郎縁側日記』を再評価すべきなのか？―菅野完氏の視点で読み解く、安達祐実の天才性と時代劇の現代性―

2025/12/17（水）朝刊チェック:戦争で国は滅びない。バカが調子に乗り、バカが権力を握りバカなことを言い散らかすからこそ国は滅びる。

1. はじめに：忘れられた傑作、その再評価の狼煙

数多ある時代劇の中で、なぜ今、高橋英樹主演のNHK時代劇『慶次郎縁側日記』に光を当てる必要があるのだろうか。多くの人が高橋英樹の代表作として『桃太郎侍』や『遠山の金さん』を思い浮かべるだろう。しかし、菅野完氏は、彼のテレビ時代劇キャリアの集大成ともいえる本作こそが「後世に残すべき傑作」であり、真の代表作だと断言する。

この主張の核心を理解するためには、一つの重要な前提を共有せねばならない。この作品の価値を語る上で、真のキーパーソンは主演の高橋英樹ではない。その類稀なる才能によって物語に深みを与えながらも、これまで正当な評価を受けてこなかった一人の「名優」―すなわち、**安達祐実（あだち ゆみ）**である。本作の批評的価値の核をなすのは、まぎれもなく『家なき子』で一世を風靡した天才、足立祐実である。

本作の再評価は、単なる懐古趣味ではない。それは、一人の天才女優の真価を問い直し、現代社会が抱える課題を浮き彫りにする、批評的な営為なのである。

2. 「上質なドラマ」としての価値―#MeToo時代にこそ響く現代的テーマ

『慶次郎縁側日記』が単なる娯楽時代劇（チャンバラ）の枠に収まらない理由は、その戦略的なテーマ性にある。菅野氏が本作を「時代劇としてではなく、ドラマとしてすごい」と評するのは、作品が内包する現代的な社会性ゆえだ。

彼は、伊藤詩織氏のドキュメンタリー『Black Box Diaries』が社会に衝撃を与えた現代においてこそ、このドラマは再評価されるべきだと力説する。

「今の時代にこそ見直されるべき」

この言葉が指し示すのは、本作が性被害やジェンダーを巡る社会正義といった、極めて今日的なテーマに正面から向き合っているという事実だ。北原亞以子の優れた原作と、それを丁寧に映像化したNHKの演出が、単なる勧善懲悪ではない、人間の複雑な機微を描き出す「上質なドラマ」を生み出したのである。

では、この深く、そして時に痛みを伴う現代的なテーマ性は、作中でいかにして体現されているのか。その答えは、ある一人の「天才女優」の圧巻の演技の中にこそ見出される。

3. 核心にある批評―「天才・足立祐実」の再発見と日本のジェンダーバイアス

菅野氏の議論の核心は、このドラマの再評価が、女優・足立祐実の才能の再発見と、日本社会に根付くジェンダーバイアスへの批評と不可分であるという点にある。

3.1. 「化け物」と評された演技力

『慶次郎縁側日記』を観ることは、安達祐実という俳優の凄まじさを再認識する体験に他ならない。菅野氏は彼女の演技を称賛するために、ありったけの言葉を尽くす。

「とんでもない名優」「天才俳優」「化け物」

これらは、彼女が劇中で見せる演技がいかに規格外であったかを示す最大級の賛辞だ。しかし、同時に彼は、これほどの才能が「今の芸能界でいかに使い切れていないか」という、才能の浪費に対する深い嘆きも表明している。彼女のキャリアは、その実力に比して、あまりにも過小評価されてきたのではないか。

3.2. 役と本人を混同する視聴者の未熟さと、才能を潰す構造

なぜ、彼女ほどの才能が正当に評価されてこなかったのか。菅野氏は、その原因を日本の芸能界と視聴者が抱える構造的欠陥に求める。日本では、女優が演技力ゆえに生意気な役や悪役を完璧に演じきると、視聴者が役柄と本人を混同し、「むかつく」という感情的なバッシングを浴びせてしまう傾向がある。その結果、卓越した演技力を持つ女優ほど、その才能がキャリアの足枷となり、潰されてしまうというのだ。そして、まさにこの『慶次郎縁側日記』における安達祐実の圧巻の演技こそが、その才能ゆえに視聴者の反感という名の罰を受けかねない、という構造的欠陥を象徴する格好の事例となっているのだ。

この構造の犠牲者は、安達祐実だけではない。かつて、その天才性ゆえに視聴者から敬遠され、キャリアに大きな影響が出た俳優として、菅野氏は黒柳徹子や裕木奈江の名前を挙げる。彼女たちは、その才能ゆえに理不尽な評価に苦しめられた先達であった。

3.3. 浮き彫りになる男女間の評価のダブルスタンダード

この問題がさらに根深いのは、俳優の性別によって評価の基準が全く異なるという点にある。菅野氏が比較対象として挙げるのは、悪役で名を馳せた男性俳優たちだ。

例えば、菅貫太郎や佐野史郎が、どれほど極悪非道な役を演じても、視聴者から寄せられるのは「上手いな」という称賛の声であり、決してクレームの対象にはならない。そこには、女性俳優に向けられる視線との間に、歴然としたダブルスタンダードが存在する。女性は「好かれる」ことを求められ、男性は「実力」で評価される。この非対称な評価構造こそが、多くの才能ある女優たちから正当な評価を奪ってきた元凶なのである。

したがって、『慶次郎縁側日記』を現代の視点で見直すことは、理不尽な評価に晒されてきた安達祐実の真価を再確認する行為であると同時に、私たち自身の内に根付くジェンダーバイアスを自覚する、極めて重要な批評的実践でもあるのだ。

4. NHK時代劇の矜持―商業主義との決別

『慶次郎縁側日記』の価値は、そのテーマ性や演技だけでなく、作品を支える制作品質の高さにもある。菅野氏は、NHKが制作する「良質な時代劇」と、民放で量産される商業的な時代劇とを明確に対比させる。

• NHK時代劇の品質 『慶次郎縁側日記』や仲代達矢版『清左衛門残日録』といった作品は、脚本や演出が極めて優れており、何度見ても新たな発見がある。これらは再放送に耐えうる芸術的価値を持つ、まさに文化遺産と呼ぶべき作品群である。
• 商業時代劇の限界 一方で、松方弘樹版の『遠山の金さん』に代表されるような商業主義的な時代劇は、その場限りの娯楽としては成立するかもしれないが、記憶から消えていく。菅野氏はこれを、芸術的深みを欠いた「おもろない」の一言で切り捨てる。

だからこそ、彼は「受信料を払う価値はそこにある」と断言し、NHKに対してこれらの傑作を深夜帯でもいいから再放送すべきだと強く促す。それは、公共放送が担うべき文化的な役割への期待の表れに他ならない。

5. 結論：なぜNHKは今すぐ『慶次郎縁側日記』を再放送すべきなのか

これまでの議論を総括すれば、『慶次郎縁側日記』が単なる過去の時代劇ではなく、「今、再放送されるべき傑作」である理由は明白である。その現代的意義は、以下の3点に集約される。

• 現代社会に響く今日的なテーマ ジェンダーや社会正義が問われる現代だからこそ、本作が内包するテーマは深く私たちの胸に響く。
• 「天才・安達祐実」の真価の再発見 日本の視聴者がかつて「役柄への嫌悪感」で見過ごし、あるいは潰してしまったかもしれない天才女優の真の実力を、成熟した視点で再発見する絶好の機会となる。
• 男女優への評価におけるダブルスタンダードの自覚 本作を通じて、私たちは男性俳優と女性俳優に向けられる評価の不均衡を自覚し、自らの内なる偏見と向き合うことを迫られる。

菅野氏の主張の核心は、力強いこの一文に凝縮されている。

「『慶次郎縁側日記』は、現代社会の課題意識と照らし合わせながら、高橋英樹、そして稀代の天才女優・足立祐実らの演技を堪能するために、今こそ再放送されるべき傑作である」

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