2026/1/7(水)朝刊チェック:中国、ほんまめんどくさい。
私が菅野完でございます。朝刊チェックの時間がやってまいりました。頑張っていかなあかんなぁ~言うてるところなんですけど
昨今、日中関係の緊張を指して「戦前のようだ」と安易に口にする風潮がある。特にリベラル左側の人々がこれを言うのを聞くと、本当に殴りたくなるぐらいムカつく。そいつの人生を全て否定したくなるぐらいムカつく。「何調子乗ってんの」と。この歴史的な比喩は、単なる言葉の綾ではない。100年前とは完全に逆転した日中の力関係から目を背け、自分たちが未だに優位にあるかのような幻想に浸る、極めて傲慢な現状認識の誤りである。
本稿は、その致命的な誤謬を正し、「戦前のよう」という言葉の欺瞞を暴く。そして、中国による黒鉛(グラファイト)の輸出規制という具体的な事象を切り口に、日本の産業基盤がいかに脆弱な土台の上に成り立っているか、そして我々が対抗策を持たない「弱者」であるという厳しい現実を、一切の感傷を排して突きつけるものである。
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1. 「戦前のよう」という言説の欺瞞:完全に逆転した日中関係
歴史からの類推(アナロジー)は、時に我々の理解を助けるが、その適用を誤れば、現状認識を致命的に歪め、国家の進むべき道を見失わせる劇薬ともなる。「戦前のよう」という言説は、まさにその典型例だ。この言葉は、我々が直面する危機の本質を見誤らせ、取るべきでない選択へと誘導する危険性を孕んでいる。この見方が根本的に間違っている理由は、以下の3点に集約される。
- 力の非対称性:完全に逆転したプレイヤー 100年前と現在とでは、日中両国の立場は「全く逆」である。国力、経済力、技術力はもちろんのこと、未来を担う「小学生の頭の中」に至るまで、あらゆる面で中国は日本を凌駕している。しかも、中国が一方的に急上昇しているのではない。中国がゆっくりと坂を上っている横で、日本だけが崖を転げ落ちるように急速に下がっているのだ。この圧倒的な力の差とダイナミズムを認識せずして、有効な対中戦略など描けるはずがない。
- 過小評価の質的変化:失敗から「幻覚」へ 100年前の日本の失敗は、実力差が比較的小さかったにもかかわらず、中国を「過小評価」したことに起因する。当時の軍指導部は、中国の実力を実際よりも遥かに低く見積もるという判断ミスを犯した。しかし、現在の日本の過ちは、それとは次元が異なる。日本がここ(下)で、中国がここ(上)という圧倒的な差があるにもかかわらず、中国を自分たちと同じか、あるいは下であるかのように錯覚している。これはもはや「過小評価」ではない。それは「幻覚を見ている」状態であり、正気を失っていると言わざるを得ない。
- 歴史の繰り返し:悲劇から喜劇へ カール・マルクスは喝破した。
- 100年前、自らの力を過信し、無謀な道へと突き進んだ日本の姿が「悲劇」であったとするならば、圧倒的な弱者であるにもかかわらず、その現実を直視できずに空威張りを続ける現在の日本の姿は、まさに「喜劇」そのものである。我々が今、世界史の舞台で演じているのは、悲壮な英雄譚ではなく、自らの滑稽さに無自覚な道化師の役なのだ。
この甘すぎる現状認識は、具体的な脅威を前にした時、いかに無力であるかを露呈する。その冷徹な現実が、経済安全保障という形で我々の喉元に突きつけられている。
2. 経済安全保障の急所:黒鉛(グラファイト)輸出規制という現実の脅威

中国が軍民両用の可能性のある品目について対日輸出規制を強化したというニュースは、単なる経済記事ではない。日本の産業構造の根幹を揺るがす、極めて深刻な安全保障上の脅威である。この事実が、大企業や中央省庁の提灯記事以外は滅多に載ることのない「日経新聞の一面トップ」を飾ったことこそ、事態が「よっぽどの非常事態」であることを物語っている。
2.1. レアアース問題との本質的な違い
多くのメディアや人々はすぐに「レアアース」の問題を想起するが、今回の危機の本質はそこにはない。両者の脅威レベルは全く異なる。
- レアアース: 確かに重要物資ではあるが、調達先を他国に切り替えたり、国内の産業廃棄物から回収したりといった「日本得意の貧乏人作戦」で、時間を稼ぎ、どうにか「なんとかなる」可能性が残されている。
- 黒鉛(グラファイト): 今回の規制対象に含まれる黒鉛は、話が全く違う。これは代替が極めて困難であり、日本の基幹産業に直接的かつ致命的な影響を与える戦略物資である。この輸入が止まることの恐怖を、我々は正しく理解する必要がある。
2.2. CCコンポジットへの依存というアキレス腱
黒鉛(グラファイト)が致命的な戦略物資である理由は、それが**「CCコンポジット(炭素繊維強化炭素複合材料)」**の主原料だからだ。この素材は、我々の生活と産業に深く、そして広く浸透している。
- 自動車のブレーキパッド
- 新幹線のパンタグラフ
- 航空機のジェットエンジンのノズル部分
これらはほんの一例に過ぎない。CCコンポジットの供給が途絶えることは、単に一つの部品がなくなるというレベルの話ではない。自動車産業から高速鉄道、航空宇宙産業に至るまで、日本の広範な産業基盤そのものを麻痺させる、まさにアキレス腱を断たれるに等しい打撃となるのだ。
中国は、日本の弱点を的確に見抜き、最も痛いところを突いてきている。問題は、この一撃に対し、我々が有効な対抗策を何一つ持ち合わせていないという無力な現実である。
3. 対抗策なき「弱者」の現実:報復手段を持たない日本の戦略的無力
外交や安全保障の舞台において、対抗・報復措置というカードの有無は、その国の交渉力を決定づける。相手に打撃を与える能力があって初めて、対等な交渉のテーブルに着くことができるのだ。この観点から日本の現状を問う時、我々は愕然とせざるを得ない。
痛烈な皮肉を込めて問おう。
我が国は、戦略的な石の置き方として、中国の新聞の一面トップに載せられるような制裁をかけることができる、何らかのオプションを持っているのか?
答えは、言うまでもなく「否」である。我々が報復として打ち返せる「石」とは、一体どのようなものだろうか。
「銀魂見せてあげません」 「お前らに鬼滅の刃を見せてあげないぞ」


これが、我々の現実だ。文化的なコンテンツや一部の娯楽を除けば、中国社会の根幹を揺るがすような有効なカードを、日本は何一つ持っていない。相手が戦略物資の輸出規制という実弾を撃ち込んできているのに対し、我々が持ちうるのは、もはや武器ですらない玩具の石なのである。
このような戦略的無力は、単なる経済や軍事の失敗ではない。それは、この国の社会、教育、そして人々の精神性にまで深く根差した、より根源的な病の症状に他ならない。

4. 結論:現実を直視し、対等な関係を築くための覚悟
これまでの議論は、単なる現状批判や悲観論に終わるものではない。日本の未来を真に考えるからこそ、目を背けたくなるような現実を直視し、そこから出発する必要があるという、本質的な問いかけである。
私の最終的な主張は、決して中国への隷属を勧めるものではない。むしろ、その逆だ。我々が今なすべきは、「怠惰で不潔で怠け癖」という日本人の宿痾(しゅくあ)を洗い流し、学問に励み、勤勉に働くことで真の実力をつけることである。目的はただ一つ、中国と真に対等な関係を築くことだ。私が描く理想は、こうだ。
神戸の酒場で、たまたま隣り合わせた中国人。意気投合し、ナプキンの上に李白の漢詩「山中にて幽人と対酌す」を書きつけながら酒を酌み交わす。「両人対酌山花開く」――互いの文化に敬意を払い、知性で交感できる関係。それこそが、一衣帯水の隣国として目指すべき姿ではないか。
そしてその先に、より大きな夢がある。日本人と、中国人と、韓国人が共に立ち、西半球を、アメリカを指さしながらこう宣言するのだ。「後期成獣我にあらず(栄光も不名誉も、我々の関知するところではない)」と。これこそが、東アジアが世界に提供できる新たな価値観ではないか。
しかし、今の実力不足の日本人には、隣人と漢詩を語らうことさえ叶わない。この惨めな現状から脱するために、我々は何よりもまず、己の現在地を正確に知らなければならない。感情論や過去の栄光にすがるのではなく、客観的な事実の上に思考を組み立てるのだ。
政治家に必要なのは、賢さでも体力でもない。誰よりもクリアに現実を直視する能力です。
この言葉は、政治家のみならず、現代を生きる我々一人ひとりに向けられたものである。中国の輸出規制は、我々の脆弱性を白日の下に晒した。この現実を直視し、変わるための覚悟を固めることができるか。日本の未来は、その一点にかかっている。
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