地図から消された主権:東京の中心に潜む「見えない米国」 | 菅野完 朝刊チェック 文字起こし
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地図から消された主権:東京の中心に潜む「見えない米国」

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1. 序論:都心の一等地に存在する「空白地帯」

2025/12/1(月)朝刊チェック:沖縄を見よ。

東京・六本木。日本で最も地価の高いエリアの中心に、広大な米軍施設が存在する。しかし、多くの日本の地図やカーナビゲーションシステムにおいて、その場所は意図的に「空白」として扱われている。この物理的な実態と情報上の不可視性との間に横たわる深い溝は、現代日本における主権のあり方について、根本的な問いを投げかける。この驚くべき事実は、単なる地図製作上の特例ではない。それは、日本の主権が及ばない領域が首都の中枢に存在するという、より大きく、より深刻な現実の象徴なのである。

例えば、米国の巨大テック企業が提供するGoogle Maps上では「在日米陸軍六本木ヘリポート」と明確にその存在が示されているにもかかわらず、日本の地図サービスではその場所が名もなき「空白」として扱われるという対比は、この問題の異常性を浮き彫りにする。この菅野論説は、東京の都心に点在する米軍の治外法権的な拠点を可視化し、その存在がいかにして国民の意識から巧妙に隠蔽されているかを分析する。そして、この首都における「見えない主権侵害」が、遠い地と思われがちな沖縄でより露骨な形で顕在化する危機の構造的基盤となっていることを論証していく。まずは、我々の足元、東京の中心に物理的に存在する「見えない米国」の実態から見ていこう。

2. 物理的に存在する治外法権:東京を「占拠」する米軍施設

東京の日常風景に溶け込むように存在する米軍関連施設群は、単なる建物や土地ではない。それらは日本の法体系から切り離された「治外法権」の象徴であり、日本の主権が及ばない物理的な領域を首都の中心に形成している。これらの施設は、日米地位協定という枠組みの下で特権を享受し、日本の主権を静かに、しかし確実に侵食している。その実態を、具体的な三つの事例から分析する。

2.1. 都心の一等地を占めるヘリポートとプレスセンター

港区六本木、日本で最も価値ある土地の一角を占めるのが「六本木ヘリポート」である。その目と鼻の先には「赤坂プレスセンター」が位置する。これらの広大な施設は、単に存在するだけではない。例えば、トランプ前大統領が来日した際には、横田基地からヘリコプターでこの六本木ヘリポートに降り立った。これは、米軍が日本の首都機能の中枢において、独自の航空インフラを駆使し、自由に行動できる絶大な特権性を有していることを明確に示している。日本の主権が及ぶべき首都の空と土地が、米国の軍事的な都合によって日常的に利用されているのだ。

2.2. 「グレーチングから向こうはアメリカ」:ニュー山王ホテル

港区麻布に佇む「ニュー山王ホテル」。一見すると高級ホテルのようだが、その実態は「米軍基地と一緒」の完全な治外法権エリアである。敷地を隔てるグレーチング(溝蓋)を境に、法的な管轄権は日本から米国へと切り替わる。「グレーチングから向こう側はアメリカ」であり、米軍関係者以外が無許可で立ち入れば、日本の警察ではなく米軍によって拘束される可能性がある。ここは、日本の警察権力が完全に排除された空間なのである。さらに深刻なのは、日米間の重要事項を決定する最高機関の一つである日米合同委員会が、この治外法権の象徴たる場所で定期的に開催されているという事実だ。これは、日米関係の力学が、いかに非対称な空間で決定されているかを物語っている。

2.3. 首都高速を支配する特権

米軍の特権は、土地の占有にとどまらない。米軍のVIPが移動する際、日本の大動脈である首都高速3号線渋谷線は「完全封鎖」される。この特権は、単に理論上の話ではない。日本の首相の移動のために首都高速が閉鎖されるのも重大事であるが、それと全く同じ完全封鎖が、来日した米国の「ちょっと偉いさん」の便宜のために実行されるのが日常なのである。外国軍の都合で首都の基幹インフラが機能停止させられるという現実は、日本の公共インフラのコントロール権が、米軍の要請に対して絶対的に従属していることを示唆している。

これらの施設は、個別の特権の集合体ではない。それは、占領の並行インフラストラクチャーを構成している。米軍は、主要航空拠点である横田基地から、意のままに占有できる首都高速を経由し、日本で最も高価な土地にある私設ヘリポートへと至る、主権的な兵站回廊を運営している。そして、そのすべてが日本の法が及ばない赤坂プレスセンターやニュー山王ホテルといった施設によって支えられているのだ。この異常な現実が、いかにして私たちの意識から巧妙に隠蔽されているのかが次の問題である。

3. 情報的に隠蔽される治外法権:地図上の「空白」が意味するもの

物理的に存在する米軍施設群は、なぜ日本の情報インフラ、特に「地図」の上では意図的に不可視化されているのだろうか。この情報の非対称性は、単なる偶然や便宜上の措置ではない。それは治外法権という現実を国民の日常的な空間認識から切り離し、主権に対する意識そのものを鈍化させるための、計算された情報戦略である可能性が極めて高い。

3.1. 日米の地図情報の非対称性

この情報操作の最も明確な証拠が、地図サービスにおける日米間の非対称性だ。米国企業であるGoogleが提供するGoogle Mapsでは「在日米陸軍六本木ヘリポート」と、その存在が明確に表記されている。一方で、日本企業が運営するYahoo!マップや国内のカーナビゲーションシステムでは、同じ場所が名前のない「空白地帯」として扱われている。この情報の落差は、何を意味するのか。それは、米軍の存在を日本の公式な空間認識から意図的に排除しようとする力が働いていることの表れではないだろうか。米国にとっては公然の事実が、日本では不可視の存在として扱われる。この非対称性自体が、歪んだ日米関係を象徴している。

3.2. 「空白」と「英語表記」による不可視化

六本木ヘリポートが、個人の邸宅名まで記載されるような詳細な住宅地図にさえ掲載されず「空白」であるという事実は、この隠蔽が日本の空間認識における「現実」そのものとなっていることを示している。さらに巧妙なのは、赤坂プレスセンターの事例だ。Yahoo!マップでは、この施設が「わざわざ英語で」United States Army Akasaka Press Centerと表記されている。日本語の地図上で英語表記を用いることには二重の目的がある。それは日本人利用者の目に一種の迷彩として機能し、施設の意味を直感的に理解できなくさせると同時に、その周囲の日本空間を律するルールから免除された外国の実体としての地位を強化するのである。

地図からの意図的な消去や難読化は、単なる情報の欠落ではない。それは、日本の主権が及ばない治外法権という現実を、国民の集合的意識から覆い隠すための高度な隠蔽工作なのである。そして、この東京で静かに進行する「見えない主権侵害」が確立した特権の土壌こそが、沖縄でより暴力的かつ露骨な形で噴出する危機を可能にしているのだ。

4. 沖縄で顕在化する危機:現代の「ゴーストップ事件」

東京で巧妙に不可視化されている主権の侵害は、沖縄では米軍憲兵隊による警察権の公然たる行使という、誰の目にも明らかな形で可視化される。首都における構造的な治外法権の存在が、沖縄での米軍の傍若無人な振る舞いを許容し、支える温床となっている。国会や皇居、そして1000万の人口が存在する東京でさえ米軍は「まだ大人しい方」であり、その特権が、監視の目が少ない沖縄では「輪をかけてひどくなる」。東京が沖縄を可能にしているのだ。沖縄で起きていることは対岸の火事ではない。それは東京に存在する問題の根が、より深く、より危険な形で地表に現れた姿なのである。

4.1. 日本の街中で行使される米国の警察権

近年、沖縄の街中で米軍憲兵隊が市民(米国人観光客とみられる)を取り押さえる動画が撮影された。これは単なる治安維持活動ではない。日本の公道上において、パトロールし、職務質問し、実力を行使する権限は、日本の警察のみに属するはずだ。この光景は、まさに「アメリカ軍の警察権力が日本の警察権力(を)量がした瞬間」であり、外国の軍隊が日本の法執行権を公然と無力化した決定的な証拠である。さらにこの事態を悪質にしているのは、その背景にある事実だ。このパトロールは、米軍兵士によるレイプ、放火、窃盗といった犯罪の増加に対応するため、米軍自身が始めたものである。つまり、米軍は自らが引き起こした無法状態を理由に、日本の警察権を奪い、自らの手で自らを律するという、植民地でしか見られない究極の皮肉を現出させているのだ。

4.2. 歴史的警告:「ゴーストップ事件」との同質性

この米軍憲兵隊による警察権の行使を、戦前の日本が戦争への道に舵を切るきっかけとなった「ゴーストップ事件」と比較することは、単なる誇張ではない。それは、「ポイント・オブ・ノーリターン」としての歴史的警告である。国家の市民的な法秩序が、軍事力に従属する瞬間だ。1933年のゴーストップ事件では、陸軍の権威が警察の権威を凌駕した。それは日本の軍部が国家の法秩序を公然と踏みにじり始めた、後戻りのできない一歩だった。現代の沖縄で起きていることは、日本の警察権が外国の軍事力によって侵害されているという点で、この歴史的事件と全く同質の構造を持つ。1933年、その力は日本の軍隊だった。今日、沖縄の路上では、それは外国の軍隊である。

東京における構造的な治外法権と、沖縄における露骨な主権侵害は、日米地位協定という同じ根から生じた問題である。しかし、この異常な状況に対し、なぜ多くの日本人の認識は追いついていないのだろうか。その答えは、私たちの内なる問題へと繋がっていく。

5. 歪められた主権意識:なぜ「異常」を認識できないのか

これまで論じてきた、首都の中枢における治外法権や、沖縄での公然たる警察権の侵害という深刻な現実が、なぜ多くの日本人にとって「当たり前」のこと、あるいは「見て見ぬふり」をすべきこととして受け入れられているのか。問題の根源には、国民的な主権意識そのものの歪みが存在する。

この認識の歪みは、日本国外からの視点と対比することで一層鮮明になる。沖縄での米軍憲兵隊によるパトロールの動画について、米国のSNSでは次のようなコメントが投稿され、大量の支持を得ているという。

The concept of american [soldier] casually patroling a city in another country is really fucking demonic (よその国の街中を米兵が普通にパトロールしているという考え方は、めっちゃ悪魔的だ)

「悪魔的」という言葉の選択が核心を突いている。客観的な観察者にとって、これは複雑な地政学的問題ではなく、根本的な道徳の問題なのだ。あまりに間違っているため「悪」としか表現しようのない行為なのである。しかし、日本ではこの種の感覚が広く共有されているとは言い難い。鋭い問いが私たちの核心を突く。「アメリカ人のスタンダードに立つとこれが異常行動だってことを言えない自分たちがいかに異常か」。多くの日本人が、無意識のうちに自らを「白人」と同等の先進国民だと考えていながら、その「白人」のスタンダードから見ても極めて異常な主権侵害を、異常だと感じられない。この主権意識の麻痺こそが、問題の本質なのである。

この認識の欠如、すなわち「異常」を「異常」として認識できない国民的無関心が、米軍の特権を永続させ、日本の主権を蝕み続ける最大の要因となっているのかもしれない。

6. 結論:見えない境界線を引き直すために

東京の都心に存在する「地図上の空白」は、単なる情報の欠落ではない。それは、日米地位協定の下で構造化され、戦後の政治・教育システムが意図的に直視を避けてきた、日本の主権の脆弱性を象徴する深い傷跡である。六本木のヘリポート、麻布の治外法権ホテル、そして首都高速を支配する特権。これら東京における「見えない治外法権」は、沖縄における米軍のより露骨で傍若無人な振る舞いを支え、可能にする土壌そのものなのだ。

この二つの現実は、決して切り離して考えることはできない。そして、その根本には、自国の領土内で起きている主権侵害を「問題」として認識することさえできなくなってしまった、私たち自身の歪められた意識が存在する。外国からの客観的な視点では「悪魔的」と評される異常事態を、私たちはあまりにも長く受け入れすぎてきた。

主権とは抽象的な概念ではない。それは我々が使う地図に、そして我々が歩む地面に刻み込まれている。究極の問いは、日本の市民が、他者によって引かれた空白地帯と見えない境界線をこのまま受け入れ続けるのか、それとも、ついに自らの手でその線を引き直すことを選ぶのか、ということである。

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