📖 リーディング追従
Active View対応
※短い広告を1回視聴すると、高品質な朗読音声(約24分)とテキスト追従リーディング機能がアンロックされます。
💡 導入:このコラムを100%味わいつくすために

いきなりこの最終第4回に飛び込んできて、「5000人の県庁職員を救出するレスキュー作戦」だの「行政権力による人質劇からの奪還」だのという切迫した言葉に触れ、映画のクライマックスみたいに興奮してもらうのも、まあ読者の自由ではあるんです。
ただね、なぜ行政の現場でそこまで凄惨な人質劇が進行し、職員たちが職場ごと恐怖に怯える事態に陥ってしまったのか。その背景にある土壌を知らないままこの奪還劇だけを眺めても、それは激しい火事現場で命がけの消火活動をしている消防隊に向かって「演出が派手でかっこええな」と暢気に拍手送ってるようなもんでしてね。
その元凶、つまり半世紀前に賞味期限が切れた昭和のコテコテな政治パフォーマンスを有難がり、自分たちと異なる批判をすべて「共産党の陰謀」という雑なラベル一枚で片付けて思考停止に陥っている、大衆の絶望的な「知的周回遅れ」と集団健忘の惨状については、直前の第3回で容赦なくえぐり出しているわけですわ。
古臭い政治ショーの狂騒に酔いしれ、権力の暴走を自ら歓声で後押ししてしまった大衆の知的退廃。そのグロテスクな狂気の土壌をあらかじめ直視しておくからこそ、いま兵庫の地で引き直さなければならない絶対防衛線「ノー・パサラン」の真の意味と、5000人の職員を奪還する戦いの切実さが、骨身にしみて腑に落ちるはずなんです。
まずは第3回へ引き返し、自分たちがどんな陳腐なポピュリズムの幻影に踊らされていたのかを冷徹に確認してから、この決死の現場へ戻ってきてみてください。
【結論】
兵庫県政を恐怖政治で支配する斎藤元彦氏とポピュリズムの暴威に対し、全党派と市民が結集する「人民戦線(ノー・パサラン)」の再建を提唱する。権力暴走下で人質と化した県庁職員5,000人の救出と法治回復を叫ぶとともに、トランプの無知、自民党の一人親方殺戮、検察による「誤認で殺せる」恐怖支配等、国内外の権力腐敗を徹底弾劾する。
【ポイント3選】
- ※特級比喩:スペイン内戦におけるファシズム防衛線「ノー・パサラン(奴らを通すな)」を兵庫県知事選の地政学へ移植する。ポピュリズムとデマゴーグが人々の日常生活を破壊しようとする局面において、党派の相違を超えて市民と民主主義を防衛する絶対防衛線「人民戦線」の結成が不可欠であると喝破する。
- ※論点:『20世紀少年』の独裁支配になぞらえ、県知事選の本質を単なる政権交代ではなく「人質と化した県庁職員5,000人の救出作戦」と再定義する。狂気的人事権による魂の殺戮現場から職員を解放し、行政不作為による「行政死」を阻止する法治の回復こそが真の争点であると糾弾する。
- ※ファクト:13年ぶりの倒産急増(5,300件)が自民党の強大な集票基盤である「一人親方」を直撃し自滅を招く構造や、38年ぶりの空襲被害者救済法案放置、検察特捜部による公費不倫と「誤認でお前なんか殺せる」という密室恐喝等、数字と具体的事件が露呈する権力中枢の腐敗と道徳的破綻を摘出する。

反斎藤「人民戦線(ノー・パサラン)」結成と人質・県庁職員5000人救出作戦
フランコ的権力に対抗する「人民戦線(スペイン内戦モデル)」と「ノー・パサラン」
ノー・パサラン(奴らを通すな)なんですよ。立花孝志にノー・パサランなんです。斎藤元彦にノー・パサランですよ。社会に入ってくるな。これ以上日常生活に入ってくるな。ノー・パサランですよ、これ。
この「ノー・パサラン(奴らを通すな)」という話者の強烈な咆哮は、単なる感情的なスローガンの連呼でも、一既存政党の選挙的利害から発せられたものでもない。
それは1936年のスペイン内戦において、フランコ将軍のファシズム軍事クーデターに対し、イデオロギーの相違を超えて結集した「人民戦線」が掲げた、社会の最小限度の人間性と民主主義を防衛するための絶対防衛線の叫びである。
かつてスペインにおいて、ファシズムの暴力が市民の平穏な日常生活を侵食しようとした際、右派も左派も、自由主義者も無政府主義者も、あらゆる政治的立場の差異を棚上げにしてただ一つの防衛線に集結した。
話者が本配信において提示する兵庫県知事選の地政学的構図とは、まさにこの歴史的「人民戦線」の再建に他ならない。
斎藤元彦氏という行政権力の私物化者と、そこに寄生して社会規範を破壊する立花孝志氏というポピュリズムの暴威に対し、自民党から共産党、野党各派、そして無名の市民に至るまでが党派を超えて横断的に結集しなければならない必然性を、菅野氏はここに鋭く摘出してみせる。
ポピュリズムの本質とは、人々の日常生活の中にデマゴーグと恐怖を直接注入し、人間的な信頼関係と社会の共通善を根底から破壊する点にある。
したがって「社会に入ってくるな、これ以上日常生活に入ってくるな」という叫びは、行政の民主的コントロールを取り戻し、狂乱の政治から市民の生を全うするための切実な防衛の意思表示なのだ。
私たちが対峙しているのは、単なる政策の優劣や政党間の議席争いではなく、人間社会の基盤そのものを侵食する破壊的権力への抗戦であると、話者は力強く断言する。
人民戦線(ノー・パサラン)とは、1936年のスペイン内戦でファシズムに対抗し党派を超えて結成された統一戦線と、その合言葉「奴らを通すな」のことです。単なる政局を超え、人間性と民主主義を防衛する絶対防衛線を示す批評的概念として用いられています。

真の選挙争点=「法治の回復」と恐怖政治下の「県庁職員5000人救出」
近代的な法治の回復だしね。あともっと言うとこれは県庁の職員救出作戦ですよ。5000人の人間が洗脳されて、とんでもない統治体系の中で仕事をさせられて人質に取られてるんですよ。
浦沢直樹の不朽の名作『20世紀少年』のクライマックスにおいて描かれたのは、偽りの救世主である「ともだち」の狂信的独裁支配から、全住民と都市機構そのものを解放・救出していく凄惨な人間の奪還劇であった。
本配信において菅野氏が解剖する兵庫県政の現状とは、まさにそのフィクションの暗黒面が現実化されたかのような、恐ろしい「行政支配の人質劇」に他ならない。
次期兵庫県知事選の争点を、大手メディアが好むような「誰が次の知事になるか」「誰が行政改革を推進するか」という表面的な政権交代劇へと矮小化することは、権力の惨禍を覆い隠す罪悪に等しいと話者は糾弾する。
本質的な争点とは、斎藤政権下で破棄された「近代的な法治の回復」であり、何よりも内部告発者への報復と人事権の濫用によって精神的自由を剥奪され、絶望的な統治体制のもとで人質と化している「5,000人の兵庫県庁職員の救出作戦」なのだ。
ここで看過してはならないのは、権力の暴走現場において沈黙を余儀なくされている県庁職員たちを、世間の平準化された安易な事なかれ主義(「組織の不祥事を静観していた傍観者・共犯者」)へとすり替える論理の不当性である。
彼らは暴走を容認した共犯者などではなく、狂気的人事権という刃によって日常的に脅迫され、思考と発言の自由を奪われた「構造的な暴力による思考麻痺の直接的被害者」である。その職場環境は、言葉の真の意味における「魂の殺戮現場」と化している。
過去のドイツにおいて発生した熱波の際、適切なクーラー設備の設置を怠った行政不作為によって5,000人もの市民が命を落とした事例を、話者は「行政による静かな大量破壊兵器の稼働」と形容する。
兵庫県庁で進行している事態もまた、目に見える武力こそ使われないものの、組織内部の法治と人間性を内部から死滅させていく「行政死」のプロセスであり、この恐怖統治から職員と県政を解放することこそが、今作戦の絶対的命題であると痛切に訴えかける。
近代的な法治とは、権力者の不当な私物化や人道無視の支配を排し、個人の生命・権利・尊厳を守る統治の根幹のことです。内部告発者への報復や人事権の乱用で精神的に人質化された5,000人の職員解放こそが本質的課題です。

危険地帯・エモさ知らずとロフトプラスワン出版記念イベント告知
もう玉置浩二の「恋の予感」以上に勝つ予感しかしない。もうこなったら隣に青田典子来るんちゃうかなってぐらい似てるんちゃうかな。
先ほどまでの血の滲むような政治的抗戦とガバナンス批判の緊張感から一転し、菅野氏は自らの日常における芸能モノマネや爆笑必至の音楽ユニット妄想へと、軽やかに脱線してみせる。
安全地帯の玉置浩二を完璧(?)に模倣する自称「危険地帯」のパフォーマンスにおいて、熱唱の果てに漏れ出た自虐的な全能感と、「恋の予感」に引っ掛けた勝利の確信は、周囲を苦笑と爆笑の渦に巻き込んでいく。
さらに、メンバー全員が2時間にわたって延々と喋り続け、曲が始まってもMCの延長でカスタネットを叩くだけという架空のパフォーマンス集団「エモさ知らず」の構想に至っては、表現者としての自虐とフリートークのグルーヴが極限に達している。
高尚な思想や崇高な批評性を自らに一切押し付けることなく、ただの生身のおっさんとして滑稽な雑談に身を投じるこの落差こそが、本配信の人間味あふれる魅力となっている。
この軽快なトークの流れの中で告知されるのが、7月12日に新宿ロフトプラスワンにて開催される出版記念イベントである。

菅野完、清義明、そして「選挙ウォッチャーちだい」という、現代日本のネット政治空間と街頭闘争の最前線を泥まみれになりながら歩んできた3人の「おっさんのごった煮」がリアルな会場で一同に会する。
政治の重苦しい現実を鋭く撃ちつつも、楽屋裏のフリートークの熱量をそのままステージ上にぶちまけるこのイベントの告知は、何ら高尚な理論へ回収されることなく、ただただ愉快な集いの招待状として提示されているのだ。
新宿ロフトプラスワンとは、サブカルチャーや社会的言論・街頭闘争の最前線を走る表現者が集う伝説的なトークライブハウスのことです。重苦しい政治現実を照らしつつ、生の言葉の熱量を直接観客にぶつける現場を意味しています。
朝刊チェックに見る国内外の権力腐敗・外交失策・司法の狂気
トランプの「日本イスラム共和国」誤認と高市早苗のNATO欠席・外交失策
Islamic State of Japan(日本イスラム共和国)言うたよ。日本イスラム共和国ね。もうね、で、それ訂正しないんすよ。言いっぱなしです。ゼレンスキーのことはプーチン大統領って呼んでるしね。
朝刊を開いた菅野氏は、国際情勢の最前線において発せられる指導者たちの言動が、時に正気を疑うほどの認知不全と劣化を露呈している事実を指弾する。
ドナルド・トランプ元米大統領が公然と日本を指して「Islamic State of Japan(日本イスラム共和国)」と口走り、ウクライナのゼレンスキー大統領を「プーチン大統領」と呼び間違えてなお、周囲も本人も何ら訂正すら行わない事態は、超大国のリーダーシップが崩壊しているグロテスクな現実を痛烈に物語っている。

このような世界秩序の混迷期にあって、トルコのアンカラで開催されたNATO首脳会談において韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領が積極的な武器外交と防衛産業の売り込みを展開し、国際舞台での存在感を強烈にアピールしたのとは対照的に、日本の対応は惨憺たるものであった。

安保3文書の改定という千載一遇の好機がありながら、高市早苗安全保障担当相(当時)は国会の不祥事対応を理由に欠席し、外交的決定権を自ら放棄したと話者は告発する。今上陛下を「こんじょうへいか」と平然と誤読する知性の欠如と相まって、権力の中枢に座る者たちの無能と怠慢が、日本の国際的立場を根底から失墜させているのだ。
安保3文書とは、日本の防衛・外交指針を規定する最高レベルの戦略文書群のことです。重要局面でのNATO首脳会談において、担当閣僚が国内の不祥事対応を理由に欠席し外交機会を逸した失策が厳しく糾弾されています。

13年ぶり倒産急増(5300件)と「一人親方」崩壊による自民党の構造的自爆

13年ぶりに国内の倒産件数が増えました。潰れてんのはみんな1人親方の会社が潰れてんのね、今。自民党の衆議院議員というのはとりわけ1人親方の親方やから選挙強い。消費税や今の税制とこの円安誘導のせいで1人親方がどんどんおらへんようになって自民党自爆してんの。
朝刊の経済面に踊る「13年ぶりの倒産件数増加(5,300件超)」という数値に対し、菅野氏はこれが単なる景気循環の波などではなく、過酷な物価高と無謀な円安誘導政策が日本国内の基幹的な小規模事業者を直撃している惨劇の証明であると見抜く。
とりわけ建設・土木業界の底辺を支えてきた「一人親方」たちの事業体が次々と倒産へ追い込まれており、長年にわたる過酷な税制改革と消費税の重圧が彼らの息の根を止めつつある。
ここに見出される最も皮肉な政治的力学とは、自民党の衆議院議員たちが誇ってきた選挙地盤そのものの自滅構造(自爆)である。
自民党の地域集票システムにおいて、小選挙区を支える最大の「ドライビングフォース(駆動力量)」となってきたのは、まさにこれらの一人親方や中小土建業者の親方衆であった。
自らが推進した円安誘導と庶民いじめの税制によって自らの最大の集票基盤である一人親方を経済的に殺戮している現状は、自民党という政治装置が自らの脚部を食い荒らして自滅していく構造的バグを痛烈に告発していると、話者は喝破する。
一人親方とは、自らの技術で独立し雇用を持たずに事業を営む建設業等の個人事業主のことです。自民党小選挙区の強固な集票基盤でありながら、インボイス制や円安誘導政策によって自らその基盤を壊滅させる矛盾が示されています。

皇室典範・空襲被害者救済法案(38年ぶり)に見る野党主導と自民の不誠実

同種法案提出は1988年から38年ぶりで、早期成立を目指す。これ1番怒るじゃないですか。
皇室典範改正案をめぐる与野党の駆け引きにおいて、立憲民主党をはじめとする野党陣営が安易な審議入りに反対の意を表明する一方、朝刊の紙面が静かに伝えたのは、38年ぶりとなる「太平洋戦争における空襲被害者救済法案」の野党主導による提出という重大なファクトであった。

1988年以来、実に38年もの長きにわたって放置されてきたこの法案の成立に奔走したのは、自民党ではなく野党4幹部であった。

本来、民間空襲被害者の救済運動とは、旧遺族会や保守系の運動体と親和性が高く、自民党政治家こそが率先して取り組むべき道義的責任であったはずだと菅野氏は怒りを露わにする。
しかし自民党政権は、英霊や戦争被害者を集票の道具として利用する一方で、実際の犠牲者救済という具体的・法的な救済措置を半世紀以上にわたって不誠実に放置し続けてきた。
与党の不誠実と怠慢を突いて野党が法案提出へと漕ぎ着けたこの事実は、保守を自称する自民党の道徳的破綻を白日のもとに曝け出していると、話者は切り捨てる。
空襲被害者救済法案とは、第二次世界大戦中の民間空襲被災者への公的救済を定める法案のことです。1988年以来38年間も与党に放置されてきた人道課題に対し、野党主導による法案提出が与党の道徳的破綻を浮き彫りにしています。

検察機構の特大不祥事と特別公務員暴行陵虐罪(プレサンス事件)における「誤審でお前なんか殺せる」暴言

人の人生狂わせる権力持ってんだから。こっちはちっぽけな誤認とかで人を殺すことだってできるんですよ、私らは。冤罪で誤認でお前殺せる言うてんねん。
毎日新聞25面にひっそりと掲載された二つの記事から、菅野氏は日本の国家権力の頂点に位置する検察機構が、いかに底なしの腐敗と人権蹂躙の暗黒面に没入しているかを白日のもとに曝してみせる。
第一の不祥事は、東京地検特捜部の主任検察官が、自らが担当する政治資金(裏金)捜査の対象関係者である女性と、公費で手配したホテルで不倫交際を重ねていたという呆れ返るべき特大の倫理破綻である。
さらに悪質な第二の不祥事は、プレサンスコーポレーション冤罪事件等をめぐる特別公務員暴行陵虐罪の裁判において露呈した、大阪地検特捜部・田渕大輔検事による狂気の取調室恐喝である。
50分間におよぶ密室の取り調べの中で「ちっぽけな誤認で人を殺すことだってできる」「誤認でお前なんか殺せるんだ」と言い放ち、無実の被疑者を精神的に叩き潰して嘘の自白を強要した事実は、単なる個人の口の滑りや不手際(「書類不備」的な誤解)などでは断じてない。
それは巨大な強権を握る検察という捜査機関が、故意に事件をでっち上げ、市民の人生を抹殺する「事件捏造機構」と化している司法の暗黒面の告発であると、話者は怒りを込めて糾弾するのだ。
特別公務員暴行陵虐罪とは、裁判官・検察官・警察官等が職務権限を悪用して人権蹂暴や陵虐を行う罪のことです。プレサンス事件における「誤認で殺せる」暴言は、検察機構が冤罪を捏造する暴力装置と化している実態を示しています。

💡 編集後記:もう一段深い核心へ(最終回総括)

さて、全4回にわたって繰り広げてきた「兵庫県政の暗黒面」をめぐる解剖劇も、ひとまずここで幕を閉じるわけです。
第1回で暴露した記者会見の犬笛と情報工作の毒牙。第2回で暴いた自民党壊滅工作という血生臭い政治殺戮。第3回で突きつけたポピュリズムに酔いしれる大衆の知的退廃。そしてこの最終回で描いた、5000人の県庁職員を救出し、法治主義の絶対防衛線「ノー・パサラン」を引き直す決死の戦い。こうして全体を見渡せば、いま兵庫で起きている惨劇の正体が、単なる地方政治のローカルな不祥事などではなく、日本の民主主義そのものを侵食するグロテスクな病理であることが、いやでも理解できたはずなんですわ。
権力を私物化する知事の冷酷な狂気と、それにまんまと踊らされる大衆の集団健忘。その負の連鎖を断ち切るために必要なのは、冷笑決め込んで高みの見物することでも、陳腐な正義感に身を委ねることでもありません。生々しいリアリズムの眼をもって現実を直視し、一人ひとりが自らの「思考の自由」と「法治の尊厳」を泥臭く守り抜くこと、ただそれだけなんですよ。
この連載で提示した「劇薬」のような真実を胸に刻み、あなたはこれからどんな眼でこの政治の現場を見つめ直すのか。ページを閉じた後に始まる本当の戦いは、読者であるあなた自身の思考の姿勢にかかっているんですわ。


コメント