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【第1回】「大丈夫」と言う奴から順番に死んでいく――台風6号が暴く都市の脆弱性とホモ・サピエンスの生存戦略

増水した濁流の中、傘を差してスマホを見ながら歩くスーツの男。背後にはサメの背びれが見え、私は大丈夫と言う奴から死ぬという警告文が書かれている。


6/3(水)朝刊チェック:高市早苗に泣きついたところで大阪維新はもう時代遅れの用済み政党なんです。


【結論】
「威勢のええ奴から順番に死んでいく」という冷酷な真理。氾濫警報が鳴り響く東京で出社を企てるサラリーマンの姿は、大日本帝国の「行ける行ける」という破滅のDNAそのものである。己の弱さを自覚して正しくビビれる「臆病者」こそが生存戦略の勝者であり、都市の虚飾に騙されず冷徹に現実を見抜かなければならない。
【ポイント3選】

サメ映画の死亡フラグ: 危機において「大したことない」と舐めるパーティーピーポーや威勢のいい奴から順番に死ぬという古今東西の鉄則。
賢者タイムの絶望: 危機が去ってモチベーションが半分死んだ状態で、雨水をたっぷり吸ったクソ重い土のうを片付ける水防待機の過酷な現実。
記号化する梅田の浅ましさ: フードコートという新築の虚飾に群がり、「JRの音が聞こえる範囲」という冷徹な境界線を無視して地名を拡張する無教養。

「大丈夫、大したことないわ言うてる奴から順番に死んでいくんや。死ぬ順番は、最初から綺麗に決まっとんねん。威勢のええ奴、向こう見ずな奴は人類の敵やねん」
(※今まさにレベル4やレベル5の警報が出とる地域におる人間は、こんなおっさんの配信見とる場合とちゃうぞ。スマホ置いて今すぐ逃げなはれ!)

3日午前9時の日本列島周辺の気象予報図。色分けされた風向や降水分布により、台風や前線に伴う激しい気象状況を示している。

気象庁の災害警戒レベルがどれほど更新されようが、自治体がいくら避難指示を連呼しようが、大衆の危機管理能力は一向にアップデートされない。台風6号の接近に伴い、東京都内の中小河川には次々と氾濫警報が発令されているというのに、駅のホームには平然と「出社」の機会を窺うサラリーマンの列ができている。この光景にへばりつく、救いようのない従順さと危機感の欠如こそが、戦後日本がひた隠しにしてきた都市の脆弱性そのものである。

自然災害という容赦のない客観的現実の前に、精神論や「いつも通り」の日常は1ミリも通用しない。危機を前にしてなお思考を停止し、社会の歯車であることを優先する大衆の欺瞞を、我々は今こそ冷徹に解剖しなければならない。

【大日本帝国のDNAを受け継ぐ「行ける行ける」の集団自殺】

人間の真の強さとは、己の無力さを自覚し、生存のために徹底して「臆病」になれるか否かで決まる。生物の進化の歴史を紐解くまでもなく、ホモ・サピエンスが他の獰猛な猿たちを抑えて賢く生き残ることができたのは、彼らが「恐れるし、極めてビビリな生き物」だったからに他ならない。にもかかわらず、現代のサラリーマンどもは「大丈夫、行ける行ける」と自分に言い聞かせ、自ら生存フラグを折りに行く。かつて精神論だけで無謀な戦線を拡大し、「中国なんか一瞬、アメリカなんか一瞬」と威勢のいいことばかり並べて大敗北を喫した大日本帝国の破滅的なDNAは、令和の今もこの国の労働者たちの中に、何一つ変わらぬ形で脈々と息づいているのだ。

これほど明確な破滅の予兆を突きつけられてなお、「まだ大丈夫」と嘯く連中を救う言葉を私は持ち合わせない。自ら選んだ教養なき思考停止の果てに濁流に呑まれるというのであれば、それは自業自得という名の厳然たる結末である。

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【クリックで展開】全47箇所のタイムスタンプと要約を表示(動画の取扱説明書)

コンクリート砂漠の脆さと「行ける行ける」の集団自殺

神戸36階建てホテルの軋みと、避難情報を民放に丸投げする「田舎の弱者」の浅ましさ [▶ 0:01:35]

私が今、滞在しているのは神戸の36階建ての高層ホテルである。台風6号が和歌山方面を通過していた夜中、この頑強なはずの近代建築が、外からの暴風を受けてどうなっていたか。「ギシギシ、プチプチ、ブリブリ」と、およそコンクリートの塊とは思えない不穏な金属音と軋み声を上げながら、一晩中、体感できるレベルでゆらゆらと揺れ続けていたのだ。夜中の3時頃、あまりの不気味な音に目を覚まし、恐る恐るホテルの窓から外を覗き込んでみた。そこに見えたのは、あの鉄筋でスケスケの構造であるはずの神戸ポートタワーが、暴風のただ中で明らかにグワングワンと歪んで揺れている、恐るべき光景だった。チェックインして部屋に入ると、ご丁寧に「荒天時におきまして、強風による建物の揺れや軋み音を感じる場合がございます」という紙が置いてあったが、いざ直面する「建物の軋み」は、人間の生存本能を心の底から逆撫でするに十分な不気味さを持っていた。

「お前ら、あのスケスケの網目構造のポートタワーが、風受け流すどころかガッツリ揺れとるの見たことあるか? どんな高級ホテルやろうが、風の力一つでただの巨大な揺り籠に変えられてまうねん。人間の作った建築なんて、自然の前ではこれっぽっちの張り子の虎に過ぎんという現実を突きつけられとるようなもんやぞ」

そんな、36階建てのビル全体がギシギシ、プチプチ、ブリブリと軋んで揺れるほどの極限の緊張感の中で朝を迎えたというのに、私のYouTubeのコメント欄を覗けば、信じられないようなド阿呆の書き込みが目に飛び込んでくる。「台風の話は民放やNHKに任せろ」だと? 呆れ果てて言葉も出ない。これこそが、現実世界では誰からも相手にされず、何の実権も持たない惨めなルサンチマンを抱えているからこそ、安全な匿名空間から他人の配信にわざわざしゃしゃり出てきて「ああしろ、こうしろ」と指図して回る、日本社会の底辺にへばりつく「田舎の弱者特有の人に指示したがるクソ野郎ども」の精神病理である。

彼らは「指示を待っている」のではない。自分の人生において何一つ思い通りに動かせるものがないからこそ、テレビの中で権威ぶるNHKの虎の威を借りて「俺たちの信奉するテレビ様に任せておけ」と、くだらないマウントを取って偉くなった気でいるのだ。何の影響力も持たない、生存能力を完全に去勢された哀れな弱者どもが、ちっぽけな承認欲求を満たすためだけにしょうもない指図を書き込んでいる。

恐ろしいものが迫っている時に、極めて恐ろしいと判断を下せる奴が本当に強い人間であり、「台風なんかテレビに任せとけ」「大したことない」と舐め腐っている威勢のええ奴、向こう見ずな奴から順番に死んでいくのが生物の世界であり、人類の歴史である。お前らが安全圏からくだらない指示出しゲームに興じて偉ぶっている間に、レベル4の「全員避難」、さらには逃げることさえ危ないレベル5の自然の濁流は、その足元を容赦なくすくい去っていくのである。

和歌山・古座川のレベル5氾濫が突きつける「垂直避難」というデフコン [▶ 0:02:40]

現に、和歌山県の串本の方を流れる古座川では、すでに午前6時の段階で「レベル5氾濫発生」という最悪の特別警報が叩きつけられている。この「警戒レベル5」という数字の持つ本当の恐ろしさを、お前らはどれほど理解しているのか。これは、戦争状態で言うところの「デフコン5」が発令されたに等しい、究極のデッドラインである。レベル3の段階であれば「お年寄りや子供、逃げるのに手間がかかる弱い人から先に逃げましょう」という猶予がある。レベル4になれば「全員、今すぐ危険な場所から立ち退きましょう」という最終通告になる。しかし、レベル5が画面に灯った瞬間、そのタイムリミットは完全に消滅する。つまり「もう外に出て避難所へ向かうこと自体が、命取りになるから今すぐやめろ」という意味なのだ。

地表はすでに激流と化し、一歩外へ踏み出せばそのまま泥水に足を取られて動けなくなる。そんな状況でやれることなど、もはや一つしか残されていない。今いる場所の、少しでも浸水しにくい高い場所へ命がけで逃げ延びる「垂直避難」、これだけである。横に逃げるのではない、上に逃げるのだ。この冷酷な生存の分岐点において、なお「テレビが何も言わないから」と居間で座り込んでいるようなアホは、自然淘汰の網の目に自ら絡まりに行っているようなものである。

善福寺川の濁流と「サメ映画」に学ぶ生存フラグ

善福寺川・目黒川・石神井川・野川・仙川の氾濫警報を無視して出社するサラリーマンの精神病理 [▶ 0:04:54]

東京という都市は、その華やかな見た目とは裏腹に、水害に対しては極めて脆弱なコンクリートの砂漠である。都心部の地下の防水構造がどれほど整備されようが、一歩、山手線の外側に目を向けてみろ。善福寺川、目黒川、石神井川、野川、仙川といった、都市の隙間を縫うように走る中小河川群の危うさはどうだ。これらの川の周囲は、地べたのほとんどがアスファルトとコンクリートで固められているため、降った雨が土に吸い込まれるという自然のクッションが一切存在しない。空から降った雨水は、そのままダイレクトにこれらの中小河川へと流れ込み、一瞬にして水位を危険域へと爆発させるのである。

それにもかかわらず、善福寺川や野川でレベル4の避難勧告が鳴り響いている朝に、ピシッとスーツを着込んで駅へ向かおうとする東京のサラリーマンどもの精神構造は、はっきり言って狂気の沙汰としか言いようがない。恐ろしいものがわからない時に「これは極めて恐ろしい」と判断を下せる奴こそが真に強い人間なのだ。「大したことないわ」と言っている奴は、ただの弱い人間である。

B級サメ映画の金字塔『ノー・シャーク』に見る「ビビれない弱者」の末路 [▶ 0:28:27]

この「危機に対して正しくビビれない奴の滑稽な末路」を、完璧に描き出している世界がある。映画界の最底辺に位置する「B級サメ映画」のジャンルだ。世の中には『シャークVS忍者』『フライングシャーク』『エイリアンVSシャーク』『トルネードシャーク』『ファイヤーシャーク』『シャクトパス』、挙句の果てには『台風シャーク』だの『津波シャーク』だの、悪趣味極まりない設定の映画がアホみたいに溢れかえっている。その中に2022年に制作された『ノー・シャーク』という、ある種、究極の輝きを放つ金字塔的な作品が存在する。

ノー・シャークの文字が重なる海辺で座る女性の映像を背景に、ネクタイ姿の菅野完が解説している様子。

この映画のあらすじが凄まじい。「サメに襲われたい、かじられたい」という異常な願望を持った女性が主人公なのだが、驚くべきことに、上映時間を通じてサメが1匹も画面に出てこないのだ。全編が、概念としてのサメしか出てこないという「禅の世界」で完結している、凄まじい狂気を孕んだサメ映画なのである。

だが、この映画の構造は、現在の東京の状況を強烈に皮肉っている。古今東西、ハリウッド映画には絶対に抗えない鉄則がある。真っ先に食われて死ぬのは誰か? それは、周囲が止めるのも聞かず「これくらい大丈夫やろ! ワハハ!」と海に飛び込んでいく威勢のええ奴や、状況を舐めきったパーティーピーポーから順番に決まっているのだ。

「今、レベル4の警報が出て氾濫しかけている善福寺川にサメは泳いでいない。泳いでいるのはせいぜいボラくらいのものである。しかし、そこにあるのは映画の気配ではなく、人間の命を簡単に押し流すリアルな激流という名の『破壊』そのものだ。画面の中のノー・シャークを笑っている場合ではない。今すぐその死亡フラグをへし折って、一歩でも高い場所へ逃げなはれ」

元町内会役員が語る土のう作りの現実と、雨上がりの「賢者タイム」の絶望 [▶ 0:52:01]

私にも、かつてサラリーマンをやりながら、地元の町内会役員として「水防待機」の泥臭い現場に駆り出されていた過去がある。大雨の予報が出るたびに、小学校の地下倉庫に潜り込んで避難用食料の賞味期限をチェックし、町内の要所に積むための「土のう」を黙々と作る作業をやらされたものだ。実際に土のうを作ったことがある人間なら分かるだろうが、あれは人間のモチベーションの残酷な反比例を見事に体現している作業である。

川の水位が上がりかけ、まさに危機が迫っている最中は、人間の脳内にはアドレナリンがドバドバと分泌されている。土のうを積む時は砂が濡れていないから軽いし、「危ないから積まなあかん」という明確な恐怖があるから、驚くほど高いモチベーションを維持したまま作業ができるのだ。しかし、本当の地獄は「雨が上がった後」にやってくる。

お前ら、あの雨上がりの土のう撤去のしんどさを知っとるか? 危機が去って頭が完全に冷え切っとる、まさに『賢者タイム』の真っただ中でなんか作業させられるようなもんやぞ。終わった後やからモチベーションが半分死んでる中で、雨水をこれでもかと吸い込んで2倍にも3倍にも重くなったドロドロの砂袋をほどく、あの絶望感な。あれに比べたら、迫り来る台風に向かってビビりながら逃げる準備をする方が、よっぽど精神的に健康的やわ!」

「夫がリモートワークになった」というブラックジョークと、兵庫の2大記者会見 [▶ 0:39:55]

そんな都市のドタバタの中で、「今日、夫がリモートワークになったんですよ」という主婦たちの声が聞こえてくるが、これには実にごっついブラックジョークが隠されている。

「『旦那はリモートになった』って、なんか知らんけど別居したっていう言葉の言い換えみたいね。『うちの旦那リモートです』って、もうなんかもう……ちょ、やめよう。こんな話。とにかく仕事なんか休んだ方がええって。どうせ子供が家におんのやから、極力リモートに切り替えてしもった方がええんとちゃいますか」

だが、家庭の事情などよりも、今日のタイムラインにおいて我々が遥かに注視しなければならない「本物の有事」が、関西の地で密かに火蓋を切ろうとしている。今日この日、兵庫県において、今後の地方政治の根幹を激震させるであろう「2つの重大な記者会見」が開催されるという情報を私は掴んでいる。一つは、斎藤元彦知事のいつもの定例会見だ。しかし、真に恐ろしいのは、その元彦の会見の「前」に設定されている、もう一つの極めて大事な記者会見である。この点と点が結ばれた時、兵庫の権力構造に何が起きるのか。実況中継の準備も並行して進めている。

本田宗一郎の哲学と、新梅田食道街という「本物の大阪」

本田宗一郎の哲学が消えた青山一丁目と、表参道の裏に眠るイトマン事件の亡霊 [▶ 0:09:16]

都市の劣化と脆弱性を語る上で、東京の青山一丁目に鎮座していた、旧ホンダ本社ビルの建て替え・閉鎖のニュースほど憂鬱な話はない。かつてホンダを一代で築き上げた本田宗一郎は、青山に本社ビルを建設する際、「近隣の方に迷惑をかけたくない」という強烈な当事者意識を持っていた。だからこそ、ホンダ本社ビルの地下には、ヒノキの樽で作られた何百tもの水が入る巨大な貯水槽が極秘裏に設置されていた。それは、周辺地域で万が一の災害が起きた際、近隣の住民が逃げてもええようにするための、本田宗一郎の偉大な配慮だったのだ。

なぜなら、青山一丁目の本田本社ビルの裏手から青山霊園、そして表参道の南側(246の南側)にかけて広がるエリア一帯を歩いてみればわかるが、あそこは日本屈指の超一等地でありながら、一歩大通りから中に入れば、ビルが全く存在しない、2階建ての古い民家が密集する広大なエアポケットなのである。

さらに言えば、表参道の南側、赤坂小学校の周辺やユニマット本社の裏手に、今なおポツポツと不自然な空き地が残されている背景には、戦後最大の経済事件と呼ばれた「イトマン事件」の黒幕・許永中の亡霊が、未だにその土地にまとわりついているからに他ならない。かつて許永中がイトマンに無理やり買い取らせようとした因縁の土地が、まともな開発もされぬまま放置されているのだ。本田宗一郎のセーフティネットが消え去り、かつての経済事件の闇だけが沈殿するこのエリアで、今もし大災害が起きれば、住民たちがどうなるか。

新梅田食道街「松葉」に勝てると思うな――誰も来ない駅直結フードコートの悲劇 [▶ 0:15:18]

都市の劣化は、東京だけの専売特許ではない。我が故郷である大阪の地でも、目を覆いたくなるような事態が進行している。先日、プレジデントオンラインに実に痛快な記事が掲載されていた。「大阪駅直結の一等地であるにもかかわらず、日本人も外国人客も全く寄り付かず、開業からわずか1年で事実上の廃墟と化した、ピカピカの新設フードコートの悲劇」という内容である。

大阪駅直結ながら集客に苦戦する新施設を廃墟フードコートと報じるPRESIDENT Onlineの記事見出し。

大阪駅直結なのに、日本人も外国人客も来ない…開業1年で「廃墟フードコート」と呼ばれたピカピカ新施設の悲劇【2026年4月BEST】 #プレジデントオンライン

梅田のあのグランフロントやったけ、グランフロントなのか、なんかフロントホックなんか知らんけど、あの界隈に小綺麗なガラス張りのフードコートを作れば大衆が喜んで金を落とすと踏んだ開発デベロッパーどもの無教養さには、ただただ呆れ果てる。あんなハリボテの商業スペースが、JRと阪急の狭間に厳然と鎮座する「新梅田食道街」に勝てるわけがないのだ。新梅田食道街があったらそれでええやないか。

  • 【梅田の駅前で完結する「本当の大阪」】
  • 「松葉」で串カツを食う: カウンターに立ち並び、熱々の串を頬張りながらビールを飲む幸せ。
  • 「とり平」で肉を食う: 職人の絶妙な火入れによって供される、老舗のプライドが詰まった合鴨と焼き鳥。
  • 「末ひ」でテキとエビフライを食う: 洋食を食いたい気分の時、裏切らない圧倒的なボリューム。
  • 「新キラ」で鴨を食い、「きじ」でお好みを食う: 大阪の粉もんと出汁の文化が、狭い空間の中で完全に完結している奇跡。
  • カウンターだけの店で「カスうどん」を食う: 飲んだ後の胃袋に染み渡る、油カスの旨味が凝縮された究極の出汁。

これだけの「本物の大阪」が数十年の歴史を経て、駅の真ん前で完全に完結しているというのに、なぜわざわざ、どこにでもあるような薄っぺらいフードコートに行かなあかんねん。これに勝てると思ってフードコートを作った奴らの気が知れない。

上岡龍太郎が看破した「消えゆく古い地名」と、お初天神まで梅田と呼ぶ浅ましさ [▶ 0:22:31]

かつての名高き天才芸人・上岡龍太郎は、都市における「地名の記号化と劣化」について、極めて鋭い言葉を残している。東京において、本来の歴史的な境界線を無視して「銀座」という名前がどんどん拡張され、「銀座1丁目から9丁目まであって、どれがほんまの銀座か分からん」と街が劣化していった現象を、彼は冷酷に看破していた。

そして、現在の大阪でも、これと全く同じ浅ましい欺瞞が横行している。「どこでもかしこでも梅田と呼びたがる」風潮と、天満エリアの異常な地名侵食である。車を運転していて「西天満東」という交差点があれば、そこは歴史的にも地理的にも完全に「天満」の範疇であって、間違っても梅田ではない。最近の奴らは、あろうことか「お初天神」の周辺までを指して「梅田の駅前」などと平然と言いやがる。

「大阪人が定義する、本物の『梅田の駅前』という概念の境界線は、極めて冷徹に決まっている。すなわち、ほんまのJRの線路の音が聞こえる範囲、阪神電鉄の地下、そして阪急とJRの間の狭い空間、これだけである。郵便局の建つ桜橋の交差点でギリギリ、ヒルトンホテルが駅前と呼べるかどうかのデッドラインなのだ。丸ビルから向こうは梅田であっても『駅前』ではない。歴史ある古い地名を無視し、すべてを平坦なブランド記号に変えていく現代の再開発の浅ましさは、そのまま、現実を直視できないアホの子どもたちが集まる、政治の貧困へと直結している」

そのアホの行き着く最終駅、大阪維新の会という「用済みのガラクタ」が、いかにして自滅の道を突き進んでいるかという極めて残酷な構造論については、次の記事で徹底的に、1ミリの容赦もなく暴いていくことにしよう。

graph TD
    Root["台風6号が暴く都市の脆弱性とホモ・サピエンスの生存戦略"]

    subgraph SG1 ["【結論】ホモ・サピエンスの真の生存戦略"]
        A1["大日本帝国の『行ける行ける』の精神論"]
        A2["威勢のええ奴、向こう見ずな奴は人類の敵"]
        A3{"危機において正しくビビれるか?"}
        A4["生存戦略の勝者:己の無力さを自覚する『臆病者』"]

        A1 ==> A2
        A2 ==> A3
        A3 == "No (思考停止・指示待ち)" ==> A1
        A3 == "Yes (冷徹な現実直視)" ==> A4
    end

    Root ==> SG1

    subgraph SG2 ["自然災害という冷徹な『現実』"]
        B1["神戸36階建てホテルの軋み
(暴風で歪むポートタワー)"] B2["テレビの指示を待つ『田舎の弱者』
(生存能力の完全な去勢)"] B3["和歌山・古座川のレベル5氾濫
(デフコン5クラスのデッドライン)"] B4["唯一の選択肢:上に逃げる『垂直避難』"] B1 == "恐怖の現実から目を背ける" ==> B2 B3 ==> B4 end SG1 ==> SG2 subgraph SG3 ["コンクリート砂漠・東京の脆さと『死亡フラグ』"] C1["善福寺川・目黒川などのレベル4警報"] C2["濁流を横目に出社するサラリーマンの狂気"] C3["B級映画『ノー・シャーク』に見る真理"] C4["死亡フラグ:『大したことない』と舐める奴から食われる"] C5["水防待機の現実:土のう作りのアドレナリン"] C6["雨上がりの絶望:『賢者タイム』の重たい泥袋撤去"] C1 ==> C2 C3 ==> C4 C2 -. "共通する愚かさ" .-> C4 C5 ==> C6 end SG2 ==> SG3 subgraph SG4 ["要塞化する都市の虚飾と『本物の文化』"] D1["青山一丁目:旧ホンダ本社ビルの地下貯水槽
(本田宗一郎 of 哲学・強者の配慮)"] D2["表参道の裏に眠るイトマン事件の亡霊
(逃げ場のない超一等地の危険なエアポケット)"] D3["梅田:誰も寄り付かない新築フードコート
(開発デベロッパーの無教養)"] D4["新梅田食道街の完璧な生態系
(松葉・とり平・カスうどんで完結する『本物の大阪』)"] D5["上岡龍太郎の看破:地名の記号化と劣化
(お初天神まで『梅田の駅前』と呼ぶ浅ましさ)"] D6["本物の境界線:『JRの線路の音が聞こえる範囲』"] D1 == "対比(失われた哲学 vs 残された闇)" ==> D2 D3 == "対比(新築の虚飾 vs 歴史ある生態系)" ==> D4 D5 ==> D6 end SG3 ==> SG4 %% スタイル定義(決定的な結論やパンチラインをハイライト) style Root fill:#f0f0f0,stroke:#333,stroke-width:3px style A2 fill:#ffcccc,stroke:#cc0000,stroke-width:2px style A4 fill:#ffff99,stroke:#ff9900,stroke-width:3px style B4 fill:#ccffcc,stroke:#009900,stroke-width:3px style C4 fill:#ffcccc,stroke:#cc0000,stroke-width:2px style C6 fill:#e6e6fa,stroke:#663399,stroke-width:2px style D4 fill:#ffff99,stroke:#ff9900,stroke-width:3px style D6 fill:#ccffff,stroke:#0099cc,stroke-width:3px
たもっちゃん
たもっちゃん

「ここまで読んで、『なるほど、コンクリート砂漠の都市は脆いんやな』とか『危ない時に正しくビビられへん威勢のええ奴から順番に死んでいくんやな』と納得してページを閉じるなら、そら別に構いません 。ホモ・サピエンスの生存戦略としては、それで一つの正解ですからね 。
ただね、この『客観的な現実から目を背けて、都合のええ精神論に逃げ込む』っていう病理は、なんにも台風とか水害に限った話やないんです。政治や経済っていう、我々の生活の根幹でも、これと全く同じ『行ける行けるの集団自殺』が現在進行形で起きてるんですよ 。
続く第2回では、その『政治と経済の濁流』についてみっちり解剖してます。中東の泥仕合を己の保身や選挙のために利用し合うトランプとネタニヤフの醜悪さとか 、その余波で起きたナフサ不足に対して『供給は確保した』と空疎な強弁を張る高市早苗の真横に、『カントリーマアム減量』のニュースをドンと置いた、読売新聞の『紙の新聞だからできるごっつい意地悪』とかね 。
結局ね、街角で日の丸振って『日本は美しい』とか叫んでる連中の正体も、濁流に向かって出社していくサラリーマンと一緒なんです。能力だけが問われる冷徹な資本主義社会において、他人を差別することでしか自我を保てない『生まれ立ての仔牛より弱い』連中は、ただの金儲けの邪魔者でしかないっていう事実を 、あの日経新聞が社説で完全にトドメ刺してますから 。
目の前の川の濁流にビビれない人間が、どうやって資本主義の冷徹な構造にビビれるねん、っちゅう話ですわ。自然災害という『物理的なホラー』の裏側に潜む、この国を覆う『イデオロギーと知性のホラー』の正体を知りたいという奇特な方は、そのまま第2回も覗いてみてもらうと、より絶望の解像度が上がるんちゃうかなって気はしますね。」

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