菅野氏は、斎藤知事の行動を**「程度が低い」「能力が低い」個人の問題として捉え、その行動パターンを詳細に分析しています。特に、彼の問題は単なる地方の話題(ローカルネタ)に留まらず、「社会の根幹を崩す」**ような出来事であると厳しく指摘されています。
1. 斎藤知事の行動パターンの分析:解離性健忘(かいりせいけんぼう)
菅野氏は斎藤知事の行動を分析する際の中心的な概念となっているのが、**「解離性健忘(かいりせいけんぼう)」**のパターンです。
- 記憶の消失と自己防衛: 斎藤知事は、都合が悪くなると、関わった人物や出来事の記憶が**「シュッと消えて」**しまい、本当に知らない人になってしまう(ほんまに知らん人になってんねん)という行動パターンを示すと指摘されています。これは、隠蔽や嘘をつくのではなく、自己防衛本能として記憶から消えてしまう(ほんまに消えんねん)現象だと分析されています。
- 「売り飛ばし」行為: この記憶の消失は、結果として、過去の協力者や関係者を「売り飛ばす」(裏切る)という行為に現れます。具体的には、吉村洋文氏やYouTuberのふくまろ氏らを「売り飛ばしている」とされています。都合が悪くなると、立花氏、中島ゆみ子氏、ふくまろ氏、新田哲史氏ら全てを売り飛ばしてきたと述べられています。
- 病識の欠如: この行動は、本人に病識がないだけで、**「完全に病んでいる」**状態であり、医療につなげるべきだとまで言われています。
- 症状としての行動: 解離性健忘の症状として、時間の管理ができなくなったり、忘れ物や落とし物が増えたり、遅刻が増えたりする傾向が指摘されており、知事の周囲の職員は大変だろうと推察されています。
2. 記者会見での問題点と幼稚な態度
斎藤知事の記者会見での対応は**「幼稚園みたいな態度」**と評され、その稚拙さが問題視されています。
1) 他人への責任転嫁(他人売り)
- 万博の数値目標に関する対応: 兵庫県のパビリオン(楽一楽座)の成功について問われた際、知事は素直に回答せず、兵庫県ゾーンの成果を語る前に、万博そのものも数値目標を達成できていないと、しれっと他人を売る発言をしました。
- 政治的配慮の欠如: 関西圏のテレビが万博のフィナーレを大成功として72時間も報じ続けている中で、あえて「万博そのものも数値目標を達成できていない」と発言することは、政治的な配慮が極めて不足している証拠だと批判されています。大人の対応であれば、「定量的な評価はまだ時間がかかるので待ってほしい」と伝えるべきだったと指摘されています。
- 声のボリュームの変化: 知事が他人を「売り飛ばし」終わった後、声のボリュームが上がっており、これは**「腹から声が出ている」、つまり責任転嫁ができて「楽になった」**ことの現れであると分析されています。
2) 公務リソースの私的利用疑惑
- 著作権と公務員の業務利用: 知事は自身のXアカウントの著作権が個人に帰属すると認めました。しかし、県の職員が**「件として私の業務に関する記録として」**写真を撮っている事実を認めています。
- 問題の核心: 著作権が個人に帰属するにもかかわらず、公務員である県の職員の業務(リソース)をその私的なアカウントのPRに利用することは、**「業務上のリソースの私的流用」**に当たると指摘されています。これは、過去に他の職員が業務用PCの私的利用で処分されている事例(西播県民局長)との整合性の問題が生じています。
- 概念の理解不足: 知事は、自身の行為に**「全く問題ない」**と主張し続け、著作権や公的資産の概念を理解していない様子が示されました。
3) 文書問題への対応
- 適法性判断の時期の回避: 文書問題への対応(初動から懲戒処分まで)については、**「適正適切適方に」対応しているとの回答を繰り返しましたが、その「適法性」**をいつ判断したのかという問いに対しては、明確に答えることができませんでした。これは、適切なタイミングで判断を下したことを説明できていないと批判されています。
3. より大きな文脈(政治家としての評価)
斎藤知事の行動は、その能力の低さと人間としての厚みのなさに起因すると総括されています。
- 斎藤知事の「事件」は、**「田舎の片隅で能力の低いやつがとんでもない人殺しをやっている」**ような出来事だと形容されています。
- 彼の政治家としての行動は、著名な政治家(高市早苗氏など)と比較して、**「田舎のアホの子ムーブ」の典型であるとされ、菅野氏の視野に入るほど「程度が低い人間」**だと結論付けられています。
- また、斎藤知事を評価するような人間は、社会人としてのスキルが低く、必ず金の(不正)問題があるという推論が提示され、兵庫県民に対し、知事を評価する人々の政治資金報告書を調査するよう促されています。
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